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第一章 花嫁試験編

16. ローブ・コンクール(girl's side)(3)

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 軽食を食べ終わり、作業を再開したところでまた扉がノックされた。見回りの近衛騎士が消灯時間を告げに来たのである。

「もうそんな時間か」
「まだまだ終わりそうにないですわね。灯りを暗くして続けましょうか?」

 裁縫には十分な明るさが必要だとフェリーチェが譲らないので、灯りは落とさず、窓に目張りをすることになった。
 侍女たちが手分けをして窓に黒目の布を張る。扉の隙間から光が漏れないよう、そちらにも目張りをした。

「失礼、お花を摘みに行って参りますわ」
「ご一緒致します」

 キャスにカンテラを持たせて外に出た。窓から見える本館は煌々と明るいが、離宮の廊下は所々に蝋燭が立てられているだけで、薄暗い。カンテラが無いとつまづいてしまいそうだ。
 少し寒いわね、と話しながら歩く二人の耳に、何やら囁き声が聞こえてくる。
 
「よ~こ~せ~。よ~こ~せ~……ぎゃああああ!」

 背後から脅かそうと寄ってきた幽霊ゴーストだった。宙に浮かぶ彼が、振り向いたアレクサンドラを見て悲鳴を上げた。彼女の首が無かったのである。

「化け物ぉ!」
「失礼な。幽霊ゴーストに化け物呼ばわりされる謂われはありませんわ」

 アレクサンドラの手に収まった生首が答えた。

「よく見たらお前、こないだ俺を弾き飛ばした娘じゃないデスか」
「あら、先日の悪霊がいちゅうでしたのね」
「誰が害虫デスヨ!わっちにはトムって名があるデス」
「先日騎士団にバルサンを焚いて頂いたのに、まだ居座ってましたの」
「あれもお前のせいデスか!おかげで戻ってくるのに苦労したんデスよ」
「戻ってこなくてもよろしいのに……」

 手に扇子を構えると、幽霊トムは「このアンデッドめ!ばーかばーかデス!!」と叫びながら逃げていった。

「貴方もアンデッドではなくて?」
「お嬢様、誰かに見られないうちに首をお戻しなさいませ」

 キャスの冷静な指摘に従い、首を戻してお手洗いに向かう。帰路では巡回の近衛騎士とすれ違った。

「おや、お嬢様。こんな時間にどうされたのですか?」
「寝付けなくて……。お花を摘みに行ってきた所ですの」
「そうでしたか。もう夜中ですし、部屋までお送りしましょう」

 固辞するのも不審に思われるだろう、ここは大人しくエスコートされることにした。ついでに先ほど幽霊ゴーストに会ったことを伝える。

「大変申し訳ございません。あのトムという幽霊は、何度追い払ってもここに戻ってくるのです」
「地縛霊なのかしらね」

 部屋に戻ると、眠そうにしているディアナとは対照的に、縫いに没頭しているフェリーチェがいた。長時間の単調作業でも集中力を切らさない彼女に、アレクサンドラは感心する。
「ディア、眠いでしょうがもう少しですよ」肩を軽く叩いて、三人は作業を続けた。


 
「アレクサンドラ様、フェリーチェ様!」

 ローブ・コンクールの開始時刻である。大広間は順番待ちをしつつ、ランウェイを眺める令嬢たちでいっぱいだ。アレクサンドラは最後尾に並んでいた。

「今回のこと、私、なんとお礼を言って良いか」
「何のなんの。皆で徹夜するのも楽しかったしな」
「ええ。良い経験でしたわ」
「お二人とも……」涙ぐんだディアナが言葉を詰まらせる。
「もう、せっかくのお化粧がとれてしまうわよ」

「次、ディアナ・グローバー様!」
「ほら、呼ばれたわよ」
「もっとしゃんとしろよな。ドレスってのは正しい姿勢で立ったときが一番映えるんだ」
「はい!」

 ディアナは言われたとおりにしゃきっと背筋を伸ばし、雛壇へ向かった。その堂々とした足取りには、普段の弱気な田舎令嬢の雰囲気は無い。その背中を見ていると何だか誇らしい気持ちになる。他者に対してこんな感情を持ったのは初めてだ、とアレクサンドラは思った。
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