真実の愛も悪くない

藍田ひびき

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5. 番外編〜零れた水は戻らない side.マーヴィン

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「それではお休みなさいませ、旦那様」

 屋敷へ着いた途端、妻ビアンカはそう言って去っていった。引き留める間もない。
 
 自室へ戻って窮屈な礼服を脱ぎながら俺はため息を吐く。妻の部屋を訪れてみようかと考えたが、止めた。どうせ鍵が掛かっている。
 
 ――それにしても、今日のビアンカは美しかったな。

 今夜は久々に妻と共に夜会へ出席したのだ。ワインレッドのイブニングドレスが彼女に良く似合っていた。
 
 帰りの馬車で「そのドレス、よく似合っている」と話しかけたが、妻は「はあ、どうも」とそっけなく答えただけだった。
 夜会ではビアンカがにこやかに話しかけてくれたので、つい期待してしまったのだ。公の場だから取り繕っているだけだと分かっていたのに。

 俺はなぜ、妻に離縁など申し出てしまったのか……。

 修道院でキャロルを見掛けたとき、俺は運命に出会ったと思った。子供たちに囲まれ春の風のように柔らかく笑う彼女。一瞬で心を奪われた。
 
「実家は平民と変わらないような貧乏男爵家です。私なんかでよろしいのですか……?」
「生まれなど関係ない。君がいいんだ」

 彼女と添い遂げたい。俺の頭にはそれしかなくて。それが妻の矜持をどれほど傷付ける愚行だったのか、考えてもみなかった。
 ビアンカは寛大にもキャロルを妾として迎えることを認めてくれたのに。あの時の俺は、妻の地位にしがみつこうとする鬱陶しい女とさえ思っていた。
 
「子爵夫人にしてくれるって言っていたのに……!このまま一生子供も産めず、表舞台に出ることもできないの!?」

 渋るキャロルを説得して妾に迎えたものの、ヒステリーを起こす彼女に辟易する日々。
 真実の愛だと思っていた。俺の真摯な思いに応えてくれたと思っていたのに……彼女の目当ては子爵夫人の地位だった。
 恋心はあっという間に萎んだ。

 結局キャロルと別れて本邸へ戻ったが、俺の居場所はなかった。執務は父とビアンカが行っているためすることもなく、日がな一日ボーっとしている。
 誰かと話したくてクラブへ顔を出してみたが、同年代の貴族たちは当主を継いでいるものが多い。彼らの冷ややかな視線に居心地の悪い思いをするだけで、早々に」退散した。
 
「ビアンカ。執務と子育ての両立は大変だろう。執務の一部を俺がやってもいいが」
「いいえ。乳母もおりますし、アーサーもだいぶ手がかからなくなりましたので問題ございませんわ」

 何とか妻とやり直したい。
 そう思って提案してみたのだが、にべもなく断られてしまった。
 息子のアーサーも最近では冷たい態度だ。使用人から俺に愛人がいたことを聞いてしまったらしい。子供の頃はあんなに俺に懐いていたのに……。

 仲睦まじい妻と愛する息子に囲まれた幸せな家庭。俺はそれを持っていたのに、あの過ちのせいで全部失ってしまった。
 どれだけ嘆いても、時は戻らない。

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感想 1

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みんなの感想(1件)

さごはちジュレ

ウルトラハッスルざまあ!
藍田さま大好きですビアンカ夫人も!
藍田さまの主人公は皆さん聡明で凛としていて、どれを拝読しても安心してすっきり~出来そうです
自己中クズ夫のご両親といい、我が子可愛さに堕ちることない義実家も健全で安心。努力家の主人公と両輪ですね。

2025.04.27 藍田ひびき

ご感想ありがとうございます!

ビアンカは良い義両親に恵まれていたのが、本当に幸いでしたね。

イケメンに助けてもらってハッピーエンド❤️も悪くないですが、ヒロインが自分で道を切り開いていく展開が好きなのです。最終的に男いらねぇわ、となった主人公も結構書いてるかも😅

解除

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