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手紙を読んでから数日後。俺は海辺にあるストラの街にいた。
ストラは有名な観光地である。妻はここから見える景色が好きで、二人で何度も訪れたものだ。
二通目の手紙の最後には、海の絵が描かれていた。ここ以外に思い付く場所はない。
行きつけの宿へ入ると、主人がにこやかに俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ、クリーヴズ様。いつもご利用ありがとうございます」
「ああ。妻から何か言伝など預かっていないだろうか?」
「はい、こちらの封書を預かってございます。旦那様が来られたらお渡しするようにと」
取った部屋からは、海が見えた。開け放たれたベランダからは潮の匂いが漂ってくる。
手には三通目の手紙があるが……。俺は空けるのを躊躇していた。
俺が妻を愛したように、彼女も俺を愛してくれていると思い込んでいた。
妻は俺を許してなどいなかったのだ。
……自業自得ではないか。俺の愚かさが招いたことだ。
だからこの手紙にどんな罵詈雑言が書かれていたとしても、俺はそれを受け止めなければならない。
震える手で封を開けた俺の目に、書かれた文字が飛び込んできた。線はヨレヨレで、形が崩れている所すらある。
シャーロットの書く文字は、彼女の性格を表すかのようにスッキリと美しいものだった。だが病が悪化してからは手が震えるようになり、侍女に代筆させていたはずだ。
つまり、これは彼女が亡くなる直前に書いたものだ。
『これが最後の手紙です。ここまで付き合ってくれてありがとう。
ストラの海辺には、何度も二人で訪れたわね。子供たちが生まれてからは、彼らと共に。
本当の夫婦になった後、すぐに子供が産まれて。日々忙しくしているうちに、こんなに歳月が経ってしまった。
貴方は子供たちのことをとても可愛がってくれたわ。私に対しても、誠実に尽くしてくれたと思う。
とんでもない始まり方だったけれど、通して見れば貴方との結婚生活は悪くなかったわ。
……ふふ。意地悪はこのくらいにしておきましょう。
貴方と共に歩んできた人生は、本当に幸せだった。だから、貴方と結婚して本当に良かったと思ってる。
愛しているわ、ハロルド。
シャーロットより』
気付くと、俺は涙を流していた。ポタポタと零れ落ちる雫が手紙を濡らし、慌てて袖で顔を拭う。
……ああ。俺も同じだよ、シャーロット。
君と共に過ごした時間ほど幸せなものは無かった。
俺の人生に彩りを与えてくれた女性。
君を、誰より愛している――
*******
ハロルド・クリーヴズ伯爵が逝去したのは、シャーロット夫人が亡くなってから一年後のことだった。
夫妻をよく知る者たちは、きっと彼は最愛の妻を喪くして気落ちしたのだろうと噂した。
子や孫たちに見守られながら妻の傍らへと埋葬される彼の手には、三枚の手紙が大切そうに握られていたという。
ストラは有名な観光地である。妻はここから見える景色が好きで、二人で何度も訪れたものだ。
二通目の手紙の最後には、海の絵が描かれていた。ここ以外に思い付く場所はない。
行きつけの宿へ入ると、主人がにこやかに俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ、クリーヴズ様。いつもご利用ありがとうございます」
「ああ。妻から何か言伝など預かっていないだろうか?」
「はい、こちらの封書を預かってございます。旦那様が来られたらお渡しするようにと」
取った部屋からは、海が見えた。開け放たれたベランダからは潮の匂いが漂ってくる。
手には三通目の手紙があるが……。俺は空けるのを躊躇していた。
俺が妻を愛したように、彼女も俺を愛してくれていると思い込んでいた。
妻は俺を許してなどいなかったのだ。
……自業自得ではないか。俺の愚かさが招いたことだ。
だからこの手紙にどんな罵詈雑言が書かれていたとしても、俺はそれを受け止めなければならない。
震える手で封を開けた俺の目に、書かれた文字が飛び込んできた。線はヨレヨレで、形が崩れている所すらある。
シャーロットの書く文字は、彼女の性格を表すかのようにスッキリと美しいものだった。だが病が悪化してからは手が震えるようになり、侍女に代筆させていたはずだ。
つまり、これは彼女が亡くなる直前に書いたものだ。
『これが最後の手紙です。ここまで付き合ってくれてありがとう。
ストラの海辺には、何度も二人で訪れたわね。子供たちが生まれてからは、彼らと共に。
本当の夫婦になった後、すぐに子供が産まれて。日々忙しくしているうちに、こんなに歳月が経ってしまった。
貴方は子供たちのことをとても可愛がってくれたわ。私に対しても、誠実に尽くしてくれたと思う。
とんでもない始まり方だったけれど、通して見れば貴方との結婚生活は悪くなかったわ。
……ふふ。意地悪はこのくらいにしておきましょう。
貴方と共に歩んできた人生は、本当に幸せだった。だから、貴方と結婚して本当に良かったと思ってる。
愛しているわ、ハロルド。
シャーロットより』
気付くと、俺は涙を流していた。ポタポタと零れ落ちる雫が手紙を濡らし、慌てて袖で顔を拭う。
……ああ。俺も同じだよ、シャーロット。
君と共に過ごした時間ほど幸せなものは無かった。
俺の人生に彩りを与えてくれた女性。
君を、誰より愛している――
*******
ハロルド・クリーヴズ伯爵が逝去したのは、シャーロット夫人が亡くなってから一年後のことだった。
夫妻をよく知る者たちは、きっと彼は最愛の妻を喪くして気落ちしたのだろうと噂した。
子や孫たちに見守られながら妻の傍らへと埋葬される彼の手には、三枚の手紙が大切そうに握られていたという。
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素敵なお話でした
ありがとうございました^_^
泣きました(˶߹꒳߹)