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本編
8. 再会
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「ユリウスさ……殿下、どうしてここに……?」
駆け寄ってきたユリウス様は、私の両手を握った。
「ルイーゼを追いかけてきたんだ。母上が、酷いことを言ったのだろう?謝りたくて」
私をじっと見つめる優しい瞳と懐かしい声に、胸が温かくなる。気にはしていないつもりだったが、本当は少し辛かったのだ。婚約破棄されたことも、新しい生き方を兄に認めてもらえなかったことも。
「ありがとうございます。それにしても、よくここが分かりましたね?」
「大変だったんすよ~」
従者のオスカーが、会話に割り込む。
「お嬢が西へ向かったと聞いたんで、ビルテの町だろうと当たりをつけたんですがね。その後の行方が、とんと分からなくて」
ランツの職員や勇士たちにも尋ねたが、私の行く先は分からなかったそうだ。まあ、ランツも勇士の行方をいちいち把握はしてないものね。
「受付の娘が、ちょうど十の月の市が開かれてるからそこで聞いてみたらどうか、と教えてくれたんすよ」
六の月と十の月には、ビルテの広場で市が開かれる。地元の商人だけでなく、旅の商人や近隣の農夫なども特産品を売りに来るため、結構な賑わいだ。市場で外から来た人たちに聞いて回った所、運良くヒルシュ村の農夫に会い、私が村にいることを知った。そこで、村へ帰る彼の荷馬車に同乗させてもらってここまでやってきたのだ、とオスカーは語った。
「僕、馬車の荷台に乗ったのなんて、初めてだ。なかなか面白かったよ」
「乗り心地は最悪でしたけどね。おかげで尻が痛くなっちまいました」
「ありがとうございます。ユリウス殿下のせいではありませんのに、そんなにお気にかけて下さって」
ユリウス様は、不思議そうに私を見た。さらさらの金髪を揺らして首を傾げる仕草も、上品でまことに愛らしい。
「婚約者なのだから、心配するのは当然だよ。……どうして殿下をつけるの?いつものように、ユリウス様でいいのに」
「だって、もう婚約者ではありませんから。王子殿下に対して、馴れ馴れしい呼び方は出来ません」
「母上が勝手に決めたことだ。僕は認めてない」
「これは王家とクラッセン家が決めた婚約です。王妃様が婚約を良しとしないのであれば、従うほか無いのでは?」
「何か行き違いがあるに違いないんだ。ルイーゼ、一緒に戻ろう。僕が母上を説得するから」
王妃様のあの態度を思えば、いくらユリウス様のお願いとはいえ、婚約が復活するとは考えにくい。何より、私はもう家を出たのだ。こぼれた水は戻らない。
「殿下が会いに来て下さったこと、本当に感謝しております。ですが、戻りません」
「ルイーゼ、どうして!?」
「私は、お祖父様のように、剣の道を極めると決めたのです」
「君が強いのは知っている。でも、女性独りで旅なんて無茶だよ」
「危険は覚悟の上です」
しばらく問答が続いたが、私が一歩も引かないのを見て、説得が無理と分かったのだろう。ユリウス様は黙ってしまった。
怒らせてしまっただろうか。いや、それで良いのかもしれない。ユリウス様は王宮へ戻って、私の事など忘れて新しい婚約者を見つけるべきだもの。
……少しだけ、寂しいけれど。
「……ルイーゼはこれからどこへ向かうの?」
「国境に向かいながら、旅費を稼ぐつもりです。その後は、デルング共和国へ渡ろうかと」
「じゃあ、僕も行く」
「「駄目ですよ!」」
私とオスカーが同時に叫んだ。
「ルイーゼは、自分の好きなように生きると決めたんだろう?どうして僕は駄目なの」
「貴方は王子でしょうが。我が儘はそのくらいにしといて下さいよ。だいたい、陛下の許可無く王族が出国したら、我が国とデルング共和国との関係にも影響します。それくらい、お分かりにならない殿下じゃ無いでしょう」
オスカーの意見は全くもって正しい。だけど、ユリウス様の葛藤も分かる。私だって、婚約が決まってからは好きでもない社交や妃教育に煩わされたのだ。好きなように生きたいのは誰だって同じだろう。
「それじゃあ、国境のヴェストグレンの町まで一緒にいてもいい?」
「殿下……」
「ね、お願いだよルイーゼ」
ユリウス様が懇願するような瞳で私を見上げる。きゅるんとした瞳がうるうると濡れていて、抱っこをせがむ子犬のようだ。
断るべきだ。頭では分かっているのけれど、この可愛い方を傷つけてしまうという罪悪感で胸が痛む。
「……分かりました。ヴェストグレンまでですよ。その先は駄目ですからね」
「やった!ルイーゼと一緒に旅が出来る!」
大喜びするユリウス様の横で、頭を抱えているオスカーの姿が見えた。
ごめん、オスカー。だって、ユリウス様の「お願い」ポーズは殺人的な可愛さなんだもの。アレに逆らえる女性は、王妃様くらいじゃない?
駆け寄ってきたユリウス様は、私の両手を握った。
「ルイーゼを追いかけてきたんだ。母上が、酷いことを言ったのだろう?謝りたくて」
私をじっと見つめる優しい瞳と懐かしい声に、胸が温かくなる。気にはしていないつもりだったが、本当は少し辛かったのだ。婚約破棄されたことも、新しい生き方を兄に認めてもらえなかったことも。
「ありがとうございます。それにしても、よくここが分かりましたね?」
「大変だったんすよ~」
従者のオスカーが、会話に割り込む。
「お嬢が西へ向かったと聞いたんで、ビルテの町だろうと当たりをつけたんですがね。その後の行方が、とんと分からなくて」
ランツの職員や勇士たちにも尋ねたが、私の行く先は分からなかったそうだ。まあ、ランツも勇士の行方をいちいち把握はしてないものね。
「受付の娘が、ちょうど十の月の市が開かれてるからそこで聞いてみたらどうか、と教えてくれたんすよ」
六の月と十の月には、ビルテの広場で市が開かれる。地元の商人だけでなく、旅の商人や近隣の農夫なども特産品を売りに来るため、結構な賑わいだ。市場で外から来た人たちに聞いて回った所、運良くヒルシュ村の農夫に会い、私が村にいることを知った。そこで、村へ帰る彼の荷馬車に同乗させてもらってここまでやってきたのだ、とオスカーは語った。
「僕、馬車の荷台に乗ったのなんて、初めてだ。なかなか面白かったよ」
「乗り心地は最悪でしたけどね。おかげで尻が痛くなっちまいました」
「ありがとうございます。ユリウス殿下のせいではありませんのに、そんなにお気にかけて下さって」
ユリウス様は、不思議そうに私を見た。さらさらの金髪を揺らして首を傾げる仕草も、上品でまことに愛らしい。
「婚約者なのだから、心配するのは当然だよ。……どうして殿下をつけるの?いつものように、ユリウス様でいいのに」
「だって、もう婚約者ではありませんから。王子殿下に対して、馴れ馴れしい呼び方は出来ません」
「母上が勝手に決めたことだ。僕は認めてない」
「これは王家とクラッセン家が決めた婚約です。王妃様が婚約を良しとしないのであれば、従うほか無いのでは?」
「何か行き違いがあるに違いないんだ。ルイーゼ、一緒に戻ろう。僕が母上を説得するから」
王妃様のあの態度を思えば、いくらユリウス様のお願いとはいえ、婚約が復活するとは考えにくい。何より、私はもう家を出たのだ。こぼれた水は戻らない。
「殿下が会いに来て下さったこと、本当に感謝しております。ですが、戻りません」
「ルイーゼ、どうして!?」
「私は、お祖父様のように、剣の道を極めると決めたのです」
「君が強いのは知っている。でも、女性独りで旅なんて無茶だよ」
「危険は覚悟の上です」
しばらく問答が続いたが、私が一歩も引かないのを見て、説得が無理と分かったのだろう。ユリウス様は黙ってしまった。
怒らせてしまっただろうか。いや、それで良いのかもしれない。ユリウス様は王宮へ戻って、私の事など忘れて新しい婚約者を見つけるべきだもの。
……少しだけ、寂しいけれど。
「……ルイーゼはこれからどこへ向かうの?」
「国境に向かいながら、旅費を稼ぐつもりです。その後は、デルング共和国へ渡ろうかと」
「じゃあ、僕も行く」
「「駄目ですよ!」」
私とオスカーが同時に叫んだ。
「ルイーゼは、自分の好きなように生きると決めたんだろう?どうして僕は駄目なの」
「貴方は王子でしょうが。我が儘はそのくらいにしといて下さいよ。だいたい、陛下の許可無く王族が出国したら、我が国とデルング共和国との関係にも影響します。それくらい、お分かりにならない殿下じゃ無いでしょう」
オスカーの意見は全くもって正しい。だけど、ユリウス様の葛藤も分かる。私だって、婚約が決まってからは好きでもない社交や妃教育に煩わされたのだ。好きなように生きたいのは誰だって同じだろう。
「それじゃあ、国境のヴェストグレンの町まで一緒にいてもいい?」
「殿下……」
「ね、お願いだよルイーゼ」
ユリウス様が懇願するような瞳で私を見上げる。きゅるんとした瞳がうるうると濡れていて、抱っこをせがむ子犬のようだ。
断るべきだ。頭では分かっているのけれど、この可愛い方を傷つけてしまうという罪悪感で胸が痛む。
「……分かりました。ヴェストグレンまでですよ。その先は駄目ですからね」
「やった!ルイーゼと一緒に旅が出来る!」
大喜びするユリウス様の横で、頭を抱えているオスカーの姿が見えた。
ごめん、オスカー。だって、ユリウス様の「お願い」ポーズは殺人的な可愛さなんだもの。アレに逆らえる女性は、王妃様くらいじゃない?
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