悔しいでしょう?

藍田ひびき

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3. 愛した人 side.シルヴァン

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 セリーヌ・ヴァレス子爵令嬢との婚約には何の不満もなかった。彼女の控えめで慎ましく、それでいて聡いところを好ましく思っていたし、俺を一途に慕ってくれる所も可愛らしいと思う。

 だけど俺は、彼女に――メロディ・ダルトワ男爵令嬢に出会ってしまったんだ。

 最初は警戒していた。婚約者がいるにも関わらず、メロディを傍に置こうとするジュスト王太子殿下のことは既に学院で噂となりつつあったからだ。
 側近として何度も苦言を呈したが、「同じ学院の生徒と親しくして何が悪い?」と返されるだけ。

 彼女が高位貴族の令嬢で、かつ妃に相応しい教養を兼ね備えているのであれば、殿下の側室として召し上げることも可能だろう。しかしメロディは男爵家の、しかも庶子だ。それに彼女の言動はとても貴族令嬢に相応しいとは言えない。

「彼女は貴族のしきたりに慣れていないんだ。もう少し寛大な心を持てよ」
「シルヴァンも話してみれば分かるさ。メロディは純真なだけだ」

 いつの間にか他の側近もメロディと親しくなっており、彼女の肩を持つ。
 俺だけでも、王太子殿下が彼女と親しくなり過ぎないよう見張らねば。そう思っていたのに……いつしか、俺自身も彼女と過ごす時間が嫌ではなくなっていた。いや、むしろ心地良いとすら感じていた。
 
「いい加減にしろ!そのメロディという令嬢は、王太子殿下の妻となるためにお前を利用しているだけだ。側近のくせに、そんなことも分からないのか?」

 学院で広まった噂が耳に届いたらしく、俺は父に呼び出されてこっぴどく叱られた。

「父上といえど、メロディの悪口は許せません。彼女は純粋な子です。そのような悪心を持っているはずがない」
「女狐にすっかり籠絡されおって。男爵令嬢如きが王族へ近づいた時点で、その性根など十二分に察せられるだろうが。それに、例え本当にそのような意図がなくとも『王太子殿下や側近が下位貴族の女を囲っている』という噂が広がっていることが問題なのだ。お前は我がロージェル伯爵家に泥を塗るつもりか?」
「俺は、そんなつもりは」
「こんな噂がヴァレス子爵の耳に届いたら、セリーヌ嬢との婚約にもヒビがはいるかもしれん。とにかく、その男爵令嬢にはこれ以上近づくな」

 これは浮心だということは理解している。セリーヌには申し訳ないとも思う。
 だけど、どうしようもない。頭では分かってはいても、心が動いてしまうのは止められない。

 俺はメロディの誕生会のことを思い出していた。
 殿下は宝石を散りばめた髪留めを贈っていたし、他の側近たちも金をかけた贈り物を用意していた。それに比べて俺が用意できたのはハンカチーフ一枚。
 
 俺には自由になる金がない。婚約者との交流へ使うようにと与えられる資金を少しだけ拝借して、ようやく買えたのがそれだった。
 
 そんなみすぼらしい贈り物でも、メロディは喜んで受け取ってくれた。後日渡された手紙には「ハンカチありがとう。大切に使いますね!これからも仲良くしてくれると嬉しいです」と書かれていた。
 そんな純朴で心優しい女性なのだ。父の言うような、野心ある女性ではない。
 
 俺は彼女から貰った手紙を大切に仕舞い込んだ。例えその文面が、他の側近たちに配った手紙とほとんど同じだったとしても。俺にとっては宝物のように感じた。
 きっと、王太子殿下はメロディを妃の一人として迎え寵愛するだろう。俺はその傍らで二人へ尽くせばいい。それだけで十分だ、と思っていた。
 
 メロディが令嬢たちから嫌がらせを受けているという話を聞いたのは、卒業も真近の頃だった。
 王太子殿下の婚約者であるマリエット・ベランジェ侯爵令嬢をはじめ、側近たちの婚約者がメロディを取り囲んで口汚くののしったらしい。さらには教科書を破ったり泥水をかけたり、階段から突き落とそうとしたそうだ。
 その中にセリーヌがいたと聞いて、最初は信じられなかった。慎ましく聡い彼女がそんなことに手を染めるとは信じがたい。
 
「ジュスト殿下は卒業パーティでベランジェ侯爵令嬢へ婚約破棄を宣言するつもりらしい」
「俺も婚約を破棄するぞ。嫌がらせをするような嫉妬深くて陰湿な女、こっちから願い下げだ!」
「俺もだ。シルヴァン、お前も同意するだろ?」
「あ、ああ……」

 頭の隅で警鐘が鳴っていた。
 例え令嬢たちに非があるとしても、婚約を解消するには順番というものがある。一方的な婚約破棄など、通るのか……?
 しかし、愛する少女が泣くほどに訴えるのだ。ならば俺はメロディを、そして仲間たちを信じようと思った。


「マリエット・ベランジェ!お前はメロディに嫉妬し、さんざん虐めていたそうだな。そのように陰湿な女は国母にふさわしくない。お前との婚約は破棄させて貰う!」
「フェリシー・ボルテール、お前もだ。ベランジェ侯爵令嬢と共にメロディを虐めていたんだろう?俺も婚約を破棄する!」
「俺もミラベル・シャリエとの婚約を破棄する!」
 
 卒業パーティの場で、王太子殿下に続き、次々と婚約破棄を宣言する側近たち。次はお前の番だとばかりに殿下が俺を肘でつつく。
 俺を見つめるセリーヌと目が合った。不安に揺らぐその瞳に気後れしながらも口を開こうとした、その時――。

「そこまでだ!」

 国王陛下と共に王宮騎士が会場へとなだれ込み、俺たちは捕らえられた。
 俺たちの行動は監視されていたのだ。卒業パーティで騒ぎを起こすと知り、陛下はベランジェ侯爵家と内密に調整済みだったらしい。

 メロディを虐めていたという事実はなく、全て彼女の虚言であること。
 王命で定めた婚約を勝手に破棄し、公の場で騒ぎを起こしたこと。

 それらの罪で、王太子殿下は王族から除籍。側近たちも廃嫡、あるいは貴族籍から除籍された。

 俺も側近を解雇され、今後王宮へ上がることは一切禁止。学院を卒業した後は父の下で執務手伝いをすることになった。ロージェル家にも類が及んだが、過去の功績を鑑み、一部領地を返還することで処罰を免れた。
 それでも廃嫡せずにいてくれたのは、両親の愛情ゆえだろう。
 
 いずれ国王となる殿下へ側近として仕え、家のことは賢妻のセリーヌに任せる……思い描いていた順風満帆な人生は閉ざされてしまったのだ。
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