ユリオリ

不安定なアスファルト

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#2

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 「で、最近どうよ? 私立はどんな感じなんだ?」
 友人からの電話にぼんやり応答する夜。小中と同じ学校だったアイツとは別の高校に通っている。向こうは公立、こっちは私立。だからとって大きな差は無いだろうと思い、何か話すネタはあったかと考える。
 ああ、そういえば。一学期経って慣れちまったけど、アレがあったな。
「ウチの学校は非公式のファンクラブ制度みたいなのがあるぞ」
「は? 何だそれ?」
 思ったより食いつくから知っている事を話す。
「なんか男女ともに有名な生徒ってのがいるんだよ。美男美女の先輩とかさ。で、オレみたいなフツーの生徒が勝手にファンクラブだーつって盛り上がって陰から日向から群がってんのさ」
 馬鹿馬鹿しい、としか思えない文化だ。確かにハイレベルな先輩を見かけると思わず目で追ってしまう事はあるが、追っかけをしようとは思わない。ファンとか言ってそいつら同士で馴れ合って、下らない。
 しかし冷めた自分とは違い、携帯端末の向こうの友人はテンション高めだ。
「ほー! なんか楽しそうじゃん。いいなー、お前とかさ、実はファンがいたりしてな」
「やめろよ、オレはそういうのお断りだ」
「でも中学ん時、お前の話ばっかりしてる女子グループとかいたぜ? 羨ましいなー、俺もキレーな先輩のファンになりてぇわ。ファンサとかあんのかな?」
「オレが知るかよ……」
 自分と真逆の感性に少し萎える。別に誰々がイケメンだとか美人だとか思うくらいは良いし、友人間で話題にするのは良いだろう。誰かを好ましく思い憧れるのも良い。でもファンって何だ。オレら学生だぞ。学生同士だぞ。そういうんじゃねーだろ、誰かを好きになるってのは。
「ふーむ、なんか苛立ってんな? 三舟、お前もしかして……そのファンとやらに嫌な思い出でもあんのか?」
 ノリが軽い割に何故か鋭い友人の声に複雑な感情が疼く。何でお前はクリティカルな部分を通話越しに当ててくるんだ。流石は九年間ダチやってただけはあるな。そう諦めて降参する。
「──ああ、図星だよ。ああいう手合いは邪魔なんだ」
「へぇ……何の邪魔なんだ?」
 しまった。誘導尋問かよ。これ以上話しているとオレが一方的に秘密を開示するだけな気がする。無理矢理話題を変えよう。ゴシップ好きなのはクラスの女子グループどもで十分だ。
「単純に好きじゃないから目障りなんだよ。ところで、そっちこそ何か話題ないのか? お前から掛けてきたんだぜ?」
「ちぇ、あと一押しだと思ったのにな……まあいいや。俺かー、そうだな。最近アニメにハマってんだよ」
……諦めてくれたようで何より。何の邪魔かって? 恋路の邪魔なんだよ。そんな事言っちまったらオレが恥ずかしいだけだから危なかった。で、アニメ?
「どんなアニメなんだ?」
 題名を言われたって自分はどうせ観ないだろうから内容について尋ねる。時刻は二十三時過ぎ。夏休み明けの気怠さがまだ抜けない熱帯夜。友人の声が高い粘性を持って耳に流れ込む。
「なあ三舟」
 次の単語が、妙に残った。
「百合って知ってるか?」

/

──何が一件落着なんだろう。帰宅しながらそう思う。学園の下り坂を歩くリズムに合わせてどくんどくん。あの後、差し出された手を握った。友達hへの第一歩だね、と言って笑った。あの場は私もそれで満足だった。

 ねえ、私。絵合奏瑚。「好き」って告白した人から「友達になろう」って言われたって事はさ。

「フラれたってことじゃん……」

 ため息が熱っぽい空気に混ざって見えなくなる。あたかも夕方の大気成分が初めから私の中身に詰まっていたみたいだ。私の恋は折れちゃったのかな。小石を蹴飛ばそうとして、足先は空を切る。下手っぴだ。思うようにいかない。
 でも、最悪の事態じゃない。一生関わらないでと言われた訳じゃない。もう顔も見たくない、って言われた訳じゃない。そうだよ、友達から恋愛に発展するパターンだってあるじゃん。
 階段を下りる。とんとんとん。影が長い。西日が眩しい。街のガラス窓が反射してキラキラしている。見方を変えれば希望はあるんだよ。

「……そんなの分かってるよ」

 わざわざ声に出して呟くのは、多分ちゃんと分かってないからだ。自分に言い聞かせる。問題なのは私でもイシューさんでもない。私たちの関係でもない。悩みの種はそこじゃない。
 問題なのはクラスだ。今日はまだ大丈夫だったけど、視線は感じた。昨日はちゃんと秘密のままになっていたけど、今朝のは見られた。まだ人数は少なかったけど噂なんて一瞬で広まる。ウチの学校は恋愛の話題で溢れかえっていて、当然私のクラスもそうだ。

 ちょっと整理しよう。まず、私はイシューさんを好きになった。入学してから昨日までずっとずっと片想いし続けてきた。そして告白をして、でも私が無理矢理過ぎて拒否された。この時点では私がイシューさんを好きって事は二人以外に知る人はいなかった。
 で、今朝。イシューさんが私に「友達になりたい」と言ってくれた。私は喜んで了承した。それをクラスの人達に見られた。
 私は友達が少ない。高校からの友達がクラスに二人。その二人には私が女の子好きって話はしてない。イシューさんは真面目で責任感があるから委員長に祭り上げられた人だ。面倒ごとを押し付けられ、風紀委員も兼任していて、ゆるゆるな校風の学園生活において品行方正を貫いている。だから孤立している。
 あと……自分で評価するのはむず痒いし恥ずかしいんだけど……私のことを「可愛い」って言って持て囃す子がクラスに数人いる。六月には男子に告白された。男の子は別に好きじゃないし興味もないから振った。私には一定の「目」が向けられている。
 そしてイシューさんも「見られて」いる。私が恋するくらいなんだから当たり前だけど、イシューさんは本当に美人さんだ。まさに高嶺の花。灯障維楸さん。私が知ってるだけでも数人から想いを寄せられている。イシューさんと表立って関わる人は少ないけど、遠巻きに眺める人は多いんだ。(私もその内の一人だったけど)

 私は一歩踏み出した。そして砕けた。恋人にはなれなかった。けれど……友達。悪くない響きだ。私もイシューさんと同じで友達は少ないから嬉しい。もう他人じゃなくなった。観客じゃなくなった。私はイシューさんの第三者じゃなくなった。
 明日はどうなるんだろ。友達になったら何を話すんだろ。よく考えれば考えるほど友達が何なのか分からなくなる。不安と期待。未来の不安定さに胸が燻る帰り道。


 翌日。静かな教室の引き戸を開ける。乗る電車を二本繰り上げたからいつも登校する時間より二十分早い。それでも──ああ、あなたがいる。
 教室の窓を全部開けて風がカーテンを靡かせる。換気は大事だから、と彼女は微笑むだろう。誰も見向きもしない花瓶の一輪、他のクラスでは先生に指名された不運な生徒が嫌々水を換えているようだけれど。彼女は笑顔で花の世話をする。
「おはよう、絵合さん。早いんだね」
 イシューさんは黒板に今日の日直を書いていた。そんなの日直本人に任せればいいのに、学級委員だからと彼女は言うんだろう。「早いんだね」って、あなたの方が早いじゃない。まだホームルームの四十分前だよ。
「おはよ。もう、イシューさんに勝つには朝練並みに早起きしなきゃだね」
 私はそう返して自席に鞄を置く。まだ日光が残暑を演出する前の爽やかな空気。風に揺れる柔らかな黒髪。手についたチョークの粉を払って、イシューさんは私の所まで歩いてくる。
「絵合さん、今日は何か用事でもあったの?」
 私がこの時間に登校するのは初めてだから、彼女の疑問は正しい道筋の帰結だ。ちょっとむくれてしまう。用事なんて一つしかないじゃない。
「イシューさんとお喋りしたくって」
 試すように微笑みを投げてみる。イシューさんはすぐに私の言葉の意味を理解して真っ直ぐな目線を逸らす。
「そ、それは嬉しい……です」
 ぴたりと立ち止まってぽそっと呟く様子が愛らしくて、私の喉にフィルターが掛かる。吸った息が通り抜ける時の抵抗を感じる。私はそれを恋と呼ぶ。
「ね、となり座って?」
 私は右手側の椅子を引く。遠慮がちにイシューさんが腰掛ける。綺麗な動作。上品で、嫌味じゃない。高貴と言っても過言じゃない。だって彼女の行動は心あってのものだから。ずっと見てきた。だから分かるよ。
「ここ、中峰さんの席ですが大丈夫でしょうか……?」
「そんなの気にしないで良いよー! それよりさ、昨日から聞きたかったことがあるんだ」
 生真面目が故に私だけを見ない彼女の目線を合わせる。ピントが合わないと全部ぼやけて霞になってしまうから、あなたには私をちゃんと見て欲しい。だから質問をする。回答っていうレスポンスを確実に手に入れるために。
「イシューさんが私と友達になりたかったのはどうして?」
 意中の人に「友達になって欲しい」と言われたのに私の意識がぽかんと浮いてしまったのは、この疑問符があったから。私とイシューさんに接点は無かった。まともに喋ったことがない。まあ、事務的な会話くらいはあったかもだけど、それくらい。
 隣の席のあなたは俯き気味で、教室机のつるつるした表面の奥を見ていた。少しして顔を上げ私を見る。どこか遠い異国の森の中、静止した湖面の瞳。
「私は……絵合さんも知っての通りクラスの誰にも親しくされてない。だから、明るくて素敵な貴女に憧れていて……」
「そうなの? 意外……。でも、私より目立つ子は他にいるでしょ? 何で私なの?」
 私は確かに基本フランクだけど、親しく接する人は限られている。もっとクラスの中心的な子は他にいて、その子の方が私なんかより派手で楽しい。もしかして接近してきた私が話すキッカケに丁度良かったから、なんて理由じゃないよね?

「えっと……その」
「か、可愛いから気になっていて……」

 っ……!
 か、可愛い……「可愛い」って単語がイシューさんの口から出てきたのが可愛いよう。言うの恥ずかしがって、ちょっと紅くなってるのも可愛いよぅ。込み上げてくる「好き」を吐きそうになって、思わず口を手で覆う。にやけちゃってる唇を隠す。
「それから、なんとなく目線は感じてたから……誰も見てない時の私も、絵合さんは見てくれてた気がして」
「え」
 見てたのバレてたの?
「と、とにかく……お友達になりたかったのは本当です。本心です。それは信じて欲しい」
 そっと手を握られる。私の手はされるがままになる。すべすべ。触れられている実感が温かさと一緒に肌の奥へ伝わる。きゅっと込められた力加減が彼女の繊細を表している気がして、私の右手は強張って動かない。そのまま、とろとろに甘受して煮崩れしてしまいたい。
「そんなに嬉しいコト言われちゃうと……私、あなたが欲しくなっちゃうよ?」
 左手を彼女の頬へ。顎のラインを撫でる。くすぐったそうにイシューさんは身を捩る。
「もう、触り方が疚しいですよ」
「キスはダメだけどスキンシップはオーケーなんだ?」
「これくらいなら……友達の範疇でしょう?」
 ならばその言葉に甘えさせて貰おう。イシューさんには分からないかもしれないけど、「友達になって」「はい」って応答だけで恋は消えないんだからね。私はまだ諦めてない。まずは仲良くなって、そのうち私だけのドキドキをあなたに伝染させるんだ。
「って……ちょっと触り過ぎ。やだ」
 不意に手を振り払われる。うーん、加減が難しい。でも今の言い方にはまだ余裕があった。ここで引いておけば怒られはしないだろう。
「ごめんごめん。綺麗なお肌だったから、つい」
「それを言うなら絵合さんの方が……」
「なんか私への評価が割と高くてびっくりだよ。ホントに私のこと見てくれてたんだね」
 イシューさんは「だからそう言ってるじゃないですか」とちょっぴりむくれる。まだ、この可愛いらしい一面に慣れていない自分がいる。これは今日の収穫だな。

 ふと、話し声が廊下を通るのが聞こえる。そろそろ皆が校舎に辿り着き始める時間らしい。名残惜しいけどここまでみたいだ。
「じゃ、また放課後とかに話そ」
 朝の教室に二人だけ、親密にしてる女子達。しかも真面目なクラス委員長と私の組み合わせ。見る人によっては百合だと言ってある事ない事勘繰られそうだ。節操の無い、群れるタイプのオタクは本当に鬱陶しいから見つかりたくないんだよね。私はトイレにでも行こうと立ち上がる。
「待って」
 イシューさんの細い指がそっと私のカーディガンの端を摘んでいた。呼び止められて振り向いて、彼女の切なげな表情に魅入られる。
「昨日もそうだった──どうして、すぐに何処かへ行ってしまうの? 私、もっと話してたい。友達になったばかりは長く話しちゃいけないの?」
「そんなワケないよ。私だってもっとお話ししたい。でも学校は目が多くて難しいから」
「人の目を気にしてるってこと? 友達なんだから大丈夫だよ」
 純粋に私を励まそうとしてくれてるのは分かる。でもクラスって単純じゃない。どれだけ仲の良いクラスにも昏い感情は渦巻いているものだ。人間で、男女で、協力と競争があって、近くて遠い距離感の教室。誰が誰にどんな想いを抱いているか、なんてまるで分からない。
 うちのクラスだってそうだ。イシューさんが孤高なのもそうだ。三十五の他人が詰め込まれた箱の中、グループと個人が混在している。人の繋がりが絡み合っている。私とイシューさんの間に新しく糸が張られた。それが他人に知られるという事は、結ばれた線に対して誰かの印象が付与されるってこと。全員が暖かく見守ってくれるほど人間は画一的でも聖人でもない。
 あなたは、それが分かってない。
「……私はイシューさんと仲良いのを秘密にしたいよ。ダメかな」
 彼女の湖光が私の思いを精査して瞬く。少しの沈黙。教室の外の声が近い。窓から入った朝の風を軽く吸って、イシューさんの唇が動く。
「わかった。その代わりさ、電話番号交換しよう」
「え、いいの?」
「電話なら人目を気にしなくて済むでしょ?」
 それは間違いないんだけど、いいのかな。一応個人情報だから一歩引いてしまう。でも願ったり叶ったりだ。私は全力で頷く。
「良かった。じゃあ、またタイミングの合う時に」
「うん。電話、楽しみにしてるね」
 微笑みを交わして私は一旦教室を出る準備をする。外の声はいつからか聞こえなくなっていたから、他のクラスの生徒だったかもしれない。ほっと胸を撫で下ろして、ドアを開け廊下に出る──

「っ……!」

 ドアの陰。目が合う。口を押さえて声を抑えている、二人の女子がそこにいた。


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