10 / 57
十話 英雄。
しおりを挟む馬車に乗ってから五時間、言葉の勉強を始めて四時間ほどが過ぎた。
『ふぅ……このくらいでしょうか?』
『えっと、それが……ブツブツ』
俺は手を顔に置いて俯く。
そして、覚えたての言葉をブツブツと唱える。
今日のところは簡単な文法と日常的な単語をいくつかを教えてもらっただけだが、もう頭の中が破裂しそうである。
せめて、紙に書き取りでもできれば覚えるのにいいのだけど……。
揺れる馬車の中、そして慣れない猫の前足では文字が書けぬ。
『ふふ。そろそろ、今日宿泊する街に着きますよ』
『あぁ、そうか……』
『見ますか?』
『頼む』
俺はアリアに体を持ち上げられて、馬車の窓から外を覗かせてくれた。
窓の外には、牛や羊が木の柵で囲われた広大な草原でのんびり草をむしゃむしゃと食べていた。何とも、牧歌的な風景が広がっていた。
遠くには古き良きヨーロッパ風の建物が並び小規模ながら街が見えた。
うわ……綺麗だ。
俺は思わず見惚れてしまっていた。
日本には日本の良さがあると思っているのだが、見慣れない装飾、色使い、建築様式を見ているだけで心が躍る。
……先ほどまで、言葉を覚えるのでいっぱいだった頭がすっと軽くなった気がした。
まぁ、言葉を一回で覚える必要はないよな。
こういうのは繰り返し学習が重要にだと昔聞いたことがある。うんうん。
地道に。地道に。
すぐに覚えなくちゃいけない訳ではないからいいか。今はあの街を楽しむのが先決である。
『今日宿泊する街は何て名前なんだ?』
『えっと、ブルックベンの街ですね』
『ブルックベンの街はどんな街なんだ?』
『ブルックベンは英雄が生まれた街として有名です』
『! 英雄?』
『と言っても八百年も昔に居た英雄なのですが』
『どんなことをやったんだ?』
『えっと、十三の悪魔を封印したと言われています』
『悪魔!? そんな、危ない奴がいたんだな……』
『はい。その悪魔達はこの地上を支配していたそうです。詳しくは教会に保管されている【聖書】に記載されていますが。八百年前に英雄、エルフ族、精霊、聖獣……そして、天使が力を合わせて四十四年にも及ぶ『リベルドの聖戦』を経て、悪魔達の支配を退けて、封印したと』
『て、天使? ……悪魔がいるんだから、いてもおかしくないのか? ぬぬ、前世の常識を持ったままだと、疑いたくなるな』
『天使については、【聖書】で知りましたが、私も実際に見たことも見たという人も知らないので実在するかは半信半疑ですね。リナリーは聞いたことがありましたか?』
アリアがリナリーに話を振ると、リナリーは口元に指先を当てて視線を下げ、考えるしぐさを見せた。
少しの間の後にリナリーの声が聞こえてきた。
『いえ。精霊、聖獣は冒険者をやっていた時に見たことありますが……天使は見たことはありませんね。【聖書】に関しては一度読んだことがありますが、正直私は作り話ではないかと思っています』
まぁ……歴史は往々にして為政者の手によって、すり替えられるものだからな。
前世でも、聖徳太子やジャンヌダルクが実在していないかもしれないとテレビでやっていたのを見たしな。
その【聖書】とやらも、教会が信者を集める、もしくは信者の考えを誘導するために書き換えた可能性もあるだろう。
俺がそんなことを考えていると、アリアから声が聞こえてきた。
『ごめんなさい。も、もういいですか?』
『あ。ごめん。重たかったよな』
アリアは腕をプルプルと振るわせながら、俺を支えて外を見せてくれていた。
持ち上げてもらって三分くらいしか経ってないと思ったが……。
そんなに俺は重たかっただろうか?
アリアの様子を見て心の中で小さな疑問を感じながら、俺は一度謝るとアリアの隣に降りて座った。
『ふぅ……疲れました』
『大丈夫か? なんかの病気か?』
『いえ、私はあまり体力がないので』
腕を揉みながらアリアは首を横に振った。すると、そのアリアの様子を見ていたリナリーが小さく笑った。
『ふふ、そうですね。今まで、なんども体を鍛えようとして諦めていますからね』
『うう……最低限動けていますし、それに一日寝込んでしまっては晩学に遅れが出てしまう……。だから諦めてしまうのですよね』
アリアは俯いてあからさまに気を落とし様子で、アリアの体には大きい馬車の座席で浮いた足をパタパタと前後に動かした。
『寝込むって……アリアは、そんなに体が弱いのか?』
『はい、アリア様の体が弱いのは筋金入りですから』
俺の疑問に、リナリーが答えてくれた。
ただ、その答えに俺はさらに疑問が湧いてくる。
『それはリナリーがスパルタ過ぎたからではないのか?』
『ち、違いますよ。それはありません。……いいでしょう。アリア様がどれだけ体弱いか教えてあげましょう。腕立て伏せを三十回やったら、次の日両腕が上がらなくなりました。腹筋を三十回やったら、次の日起き上がれなくなってしまいます。十五分以上休憩なしで歩いたら、寝込んで倒れてしまうんです』
『それは本当か?』
俺はリナリーから聞いたことが本当か確認するようにアリアに視線を向ける。
すると、アリアは俺から顔をサッと逸らした。
アリアの様子から察するにどうやら本当のようだ。
俺が納得してうなずくと、リナリーは首を傾げて視線を向けてきた。
『どうですか? アリア様は大事なお方なのでさすがの私も無理はさせられませんよ』
『あぁ……疑ってすまなかった。しかし、それでよく俺の住んでいた洞窟にまでよく行けたな。結構深い森の中だったろ?』
『もちろん、私が背負っての移動ですよ』
『そうか。んーそこまで体が弱いとなると……少しは体を鍛えないと、いつか困ることになると思うぞ』
『そうですよね。しかし、アリア様も言った通り、寝込んでしまって勉学がおろそかになるのは』
『じゃ、例えば毎日寝込む寸前まで体動かして限界値を上げていくのがいいかな?』
『あ……それいいですね』
『とりあえず、腹と足の筋肉を鍛えて』
『なるほど、活動に必要なところからという訳ですね』
『それか、体を鍛えてすぐに倒れたりする訳ではないのだから……』
俺とリナリーがアリアの今後の筋トレメニューを話していると、アリアは話を変えるように身を乗り出して馬車の窓の外を指さした。
『あ、も、もうブルックベンの街に着くみたいですよ!』
アリアが言った通り、馬車がブルックベンの街に近づいて街の様子が大きく見えるようになっていた。
『あ、ほんとだ。まぁ……やっぱりアリアは体力を付けた方がいいと思うぞ?』
『うう……そうですね』
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした
暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。
役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。
だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。
倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。
やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。
一方、病の裏で糸を引いていたのは………。
“無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。
転生美女は元おばあちゃん!同じ世界の愛し子に転生した孫を守る為、エルフ姉妹ともふもふたちと冒険者になります!《『転生初日に~』スピンオフ》
ひより のどか
ファンタジー
目が覚めたら知らない世界に。しかもここはこの世界の神様達がいる天界らしい。そこで驚くべき話を聞かされる。
私は前の世界で孫を守って死に、この世界に転生したが、ある事情で長いこと眠っていたこと。
そして、可愛い孫も、なんと隣人までもがこの世界に転生し、今は地上で暮らしていること。
早く孫たちの元へ行きたいが、そうもいかない事情が⋯
私は孫を守るため、孫に会うまでに強くなることを決意する。
『待っていて私のかわいい子⋯必ず、強くなって会いに行くから』
そのために私は⋯
『地上に降りて冒険者になる!』
これは転生して若返ったおばあちゃんが、可愛い孫を今度こそ守るため、冒険者になって活躍するお話⋯
☆。.:*・゜☆。.:*・゜
こちらは『転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました。もふもふとも家族になります!』の可愛いくまの編みぐるみ、おばあちゃんこと凛さんの、天界にいる本体が主人公!
が、こちらだけでも楽しんでいただけるように頑張ります。『転生初日に~』共々、よろしくお願いいたします。
また、全くの別のお話『小さな小さな花うさぎさん達に誘われて』というお話も始めました。
こちらも、よろしくお願いします。
*8/11より、なろう様、カクヨム様、ノベルアップ、ツギクルさんでも投稿始めました。アルファポリスさんが先行です。
スキル『農業』はゴミだと追放されたが、実は植物の遺伝子を書き換える神スキル【神農】でした。荒野を楽園に変えて異世界万博を開催します!
黒崎隼人
ファンタジー
「そのスキル『農業』?剣も魔法も使えないクズはいらん、失せろ!」
勇者召喚に巻き込まれて異世界へ転生した植物オタクの青年カイルは、地味なスキルを理由に王都を追放され、死の荒野へと捨てられた。
しかし、誰も知らなかったのだ。
彼のスキルが、ただの農業ではなく、植物の遺伝子さえ書き換え、不毛の大地を瞬く間に聖域に変える神の力【神農】であることを。
荒野を一瞬で緑豊かな楽園に変えたカイルは、伝説の魔獣フェンリルを餌付けして相棒にし、傷ついた亡国の美姫ソフィアを助け出し、自由気ままなスローライフを開始する。
やがて彼が育てた作物は「エリクサーより効く」と評判になり、その噂を聞きつけた商人によって、彼の領地で世界規模の祭典――『異世界万博』が開催されることに!?
一方、カイルを追放した王国は深刻な食糧難に陥り、没落の一途をたどっていた。
「今さら戻れと言われても、この野菜は全部、俺とソフィアのとフェンのものですから」
最強の農民が送る、世界を揺るがす大逆転・万博ファンタジー、ここに開幕!
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした
たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。
死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる