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3章 ニート、勘違いを知る
ニートは元旦那さまと会えて喜んでいる。
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左隣には旦那さま。腰には何故か彼の腕。あとついでに何故か俺の右隣にチェリーワインくん。え? と思って二度見したら、謎の自信に満ちた顔で頷かれたが、意図はまるでわからない。旦那さまとアイコンタクトとってたから何か通ずるものがあったに違いない。5時間かけてきたのかと思うと余程の用事なんだろうなと思う。お疲れ様です。いつ連絡したの?
到着を知らせる合図とともに扉が開かれて、懐かしい姿を目にする。彼は旦那さまより少しだけ背が高く、腰まである艶やかな黒髪を、低い位置で一くくりにした美丈夫だ。今年40になるらしい彼は未だ老いを感じさせることもなく、丸メガネの奥に見える瞳は理知的な紫色をしている。遠方の国の装束だと言う衣は男物の着物に少し似ていて、髪の色も相まって親しみを感じる風貌だった。
こちらを見た彼が目を細めるから、駆け寄ろうとして腰にまわる腕に引き止められる。
「遠路はるばるようこそ。クウィード殿」
「これはこれは。歓迎の言葉痛み入ります。――しかし、いけませんね」
小さな靴音と共に、クドラスさまがこちらへ歩み寄る。あと数歩ほどのところでチェリーワインくんが俺とクドラスさまの間に入って来たので、まるで前が見えなくなった。困惑していたら、挨拶は済んだと旦那さまに背を押されてしまうが、向かう方向からして応接室とは反対だ。
「あ、あの、旦那さま。応接室に向かうのでは」
「お前は来なくていい。部屋に居ろ」
「へ?」
ぽかんとしたままぐいぐい部屋へ連行されるが、何やらチェリーワインくんが騒がしい。精一杯身をよじって後ろを見れば、何かがぶつかるような音がする以外に何も見えず、ますます疑問が募る。
結局部屋に押し込められてしまって、唖然とする俺を置いて旦那さまが出て行ったので、部屋で一人間抜け面を晒すことになった。
1分ほどぼーっとしたけど、すぐに飽きたのでどうしようかなと思う。もしかしたらすぐに帰ってしまうかもしれないし、そうなるとお話も出来ないままになってしまう。それは嫌だ。でも旦那さまがここに居ろと言ったから、勝手に出て行くのも憚られる。もう5分くらい待ってみたけど、当然ながら何もない。
「うーん。ちょっとだけ、様子見に行くくらい、いいかな」
そう、ばれなきゃいいやろ理論。扉に手をかければ別に鍵もかかっていないので、そろりと部屋から出れば、当然ながら護衛の人に見つかって目を丸くされる。困りますと言われてしまったが、俺も会えないのは困るので、今度わいろにクッキーをあげるからと説得したらものすごい勢いで首を横に振られた。アメーバクッキーそんなに気に入らなかったのか? と落ち込んでいたら、唸り声と共に、少しだけですよと前置きされて許可が出る。
応接室の扉の前まで来ると、中で話声がしているらしいことだけしかわからない。よかった、まだお帰りにはなっていない。
どうしようかなーとうろうろしたけれど、扉の前に立っているクルクルお髭の家令に伝言を頼むことにした。
「ルシア様、旦那さまからお部屋にいるようにとのお申し付けでございますのに」
「すみません、でも、あの。クドラスさまに、お帰りになる前にお会いしたくて。あとでお話する時間をとってもらえるよう、伝えていただけませんか」
「……承知いたしました。さあ、お部屋にお戻りに」
「うん」
彼に頼めたならば安心だ。ほっと胸をなでおろしているらしき護衛くんと一緒に部屋に戻れば、珍しくソファで横にもならずそわそわとする。寝てしまったらお帰りになってしまうかもしれないし。
1時間ほどたったころ、ふと扉前が騒がしくなってハッとする。眠らないつもりが普通に爆睡していたらしく、慌てて体を起こしたと同時に扉が開かれた。
「ルシア」
「クドラスさま!」
扉からはクドラスさまが旦那さま達と一緒に入って来ていて、こちらに向けて両手を広げてくれるから、反射的にそこに飛び込む。飛び込んだ後でがっちりホールドされたけど、ハッと気づいた時には両サイドから旦那さまとチェリーワインくんにガン見されていたので大変気まずい。30にもなってこれは流石にニートと言えど恥ずかしいかもしれない。癖って怖いね。
「……す、すみません。つい」
「謝ることはありませんよ。いつものことでしょう」
「ほお」
「へぇ~~~」
両サイドの圧がすごい。単純に筋肉的圧もすごいが、声と目力の圧がすごい。続けざまに旦那さまから詳しく聞かせてもらおうかなどと言われるが、クドラスさまが代わりに答えてくれるという。
「僕とルシアは婚姻を結んでいるのですから、当然でしょう」
「既に破棄されている筈だと、先ほども申し上げたが?」
「ですから、それは手違いだと申し上げました」
間抜け面をさらしていた俺が、説明を求めてチェリーワインくんの方に首だけ向ける。こちらを見た彼は、見たこともない満面の笑みを浮かべたので、何かいいことでも言ってくれるのかと思ってじっと見ていたら、グッと親指を立ててこう言った。
「いやー。オモシロ。がんばれよ」
――あ、この人ただの野次馬だ。
チェリーワインくんが何の役にも立たないことが判明し、困惑しきりのクルクルお髭の家令が、こそっと俺に止めてくださいと告げて来るが。こういう時ってなんて言えばいいんだろう。しばらく考えたけど妙案が浮かばなかったので、とりあえず思い浮かんだことを告げてみる。
「旦那さま。お腹がすきました」
「……」
「……」
何故か二人そろって微妙な顔で見られたが、俺は事実を告げたまでである。
チェリーワインくんの笑い声と、視界の隅で天を仰ぐ執事のうめき声だけが、夕暮れの俺の部屋に響いていたのだった。
到着を知らせる合図とともに扉が開かれて、懐かしい姿を目にする。彼は旦那さまより少しだけ背が高く、腰まである艶やかな黒髪を、低い位置で一くくりにした美丈夫だ。今年40になるらしい彼は未だ老いを感じさせることもなく、丸メガネの奥に見える瞳は理知的な紫色をしている。遠方の国の装束だと言う衣は男物の着物に少し似ていて、髪の色も相まって親しみを感じる風貌だった。
こちらを見た彼が目を細めるから、駆け寄ろうとして腰にまわる腕に引き止められる。
「遠路はるばるようこそ。クウィード殿」
「これはこれは。歓迎の言葉痛み入ります。――しかし、いけませんね」
小さな靴音と共に、クドラスさまがこちらへ歩み寄る。あと数歩ほどのところでチェリーワインくんが俺とクドラスさまの間に入って来たので、まるで前が見えなくなった。困惑していたら、挨拶は済んだと旦那さまに背を押されてしまうが、向かう方向からして応接室とは反対だ。
「あ、あの、旦那さま。応接室に向かうのでは」
「お前は来なくていい。部屋に居ろ」
「へ?」
ぽかんとしたままぐいぐい部屋へ連行されるが、何やらチェリーワインくんが騒がしい。精一杯身をよじって後ろを見れば、何かがぶつかるような音がする以外に何も見えず、ますます疑問が募る。
結局部屋に押し込められてしまって、唖然とする俺を置いて旦那さまが出て行ったので、部屋で一人間抜け面を晒すことになった。
1分ほどぼーっとしたけど、すぐに飽きたのでどうしようかなと思う。もしかしたらすぐに帰ってしまうかもしれないし、そうなるとお話も出来ないままになってしまう。それは嫌だ。でも旦那さまがここに居ろと言ったから、勝手に出て行くのも憚られる。もう5分くらい待ってみたけど、当然ながら何もない。
「うーん。ちょっとだけ、様子見に行くくらい、いいかな」
そう、ばれなきゃいいやろ理論。扉に手をかければ別に鍵もかかっていないので、そろりと部屋から出れば、当然ながら護衛の人に見つかって目を丸くされる。困りますと言われてしまったが、俺も会えないのは困るので、今度わいろにクッキーをあげるからと説得したらものすごい勢いで首を横に振られた。アメーバクッキーそんなに気に入らなかったのか? と落ち込んでいたら、唸り声と共に、少しだけですよと前置きされて許可が出る。
応接室の扉の前まで来ると、中で話声がしているらしいことだけしかわからない。よかった、まだお帰りにはなっていない。
どうしようかなーとうろうろしたけれど、扉の前に立っているクルクルお髭の家令に伝言を頼むことにした。
「ルシア様、旦那さまからお部屋にいるようにとのお申し付けでございますのに」
「すみません、でも、あの。クドラスさまに、お帰りになる前にお会いしたくて。あとでお話する時間をとってもらえるよう、伝えていただけませんか」
「……承知いたしました。さあ、お部屋にお戻りに」
「うん」
彼に頼めたならば安心だ。ほっと胸をなでおろしているらしき護衛くんと一緒に部屋に戻れば、珍しくソファで横にもならずそわそわとする。寝てしまったらお帰りになってしまうかもしれないし。
1時間ほどたったころ、ふと扉前が騒がしくなってハッとする。眠らないつもりが普通に爆睡していたらしく、慌てて体を起こしたと同時に扉が開かれた。
「ルシア」
「クドラスさま!」
扉からはクドラスさまが旦那さま達と一緒に入って来ていて、こちらに向けて両手を広げてくれるから、反射的にそこに飛び込む。飛び込んだ後でがっちりホールドされたけど、ハッと気づいた時には両サイドから旦那さまとチェリーワインくんにガン見されていたので大変気まずい。30にもなってこれは流石にニートと言えど恥ずかしいかもしれない。癖って怖いね。
「……す、すみません。つい」
「謝ることはありませんよ。いつものことでしょう」
「ほお」
「へぇ~~~」
両サイドの圧がすごい。単純に筋肉的圧もすごいが、声と目力の圧がすごい。続けざまに旦那さまから詳しく聞かせてもらおうかなどと言われるが、クドラスさまが代わりに答えてくれるという。
「僕とルシアは婚姻を結んでいるのですから、当然でしょう」
「既に破棄されている筈だと、先ほども申し上げたが?」
「ですから、それは手違いだと申し上げました」
間抜け面をさらしていた俺が、説明を求めてチェリーワインくんの方に首だけ向ける。こちらを見た彼は、見たこともない満面の笑みを浮かべたので、何かいいことでも言ってくれるのかと思ってじっと見ていたら、グッと親指を立ててこう言った。
「いやー。オモシロ。がんばれよ」
――あ、この人ただの野次馬だ。
チェリーワインくんが何の役にも立たないことが判明し、困惑しきりのクルクルお髭の家令が、こそっと俺に止めてくださいと告げて来るが。こういう時ってなんて言えばいいんだろう。しばらく考えたけど妙案が浮かばなかったので、とりあえず思い浮かんだことを告げてみる。
「旦那さま。お腹がすきました」
「……」
「……」
何故か二人そろって微妙な顔で見られたが、俺は事実を告げたまでである。
チェリーワインくんの笑い声と、視界の隅で天を仰ぐ執事のうめき声だけが、夕暮れの俺の部屋に響いていたのだった。
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