クラス「無職」になってしまい公爵家を追放された俺だが、実は殴っただけでスキルを獲得できることがわかり、大陸一の英雄に上り詰める。

アメカワ・リーチ

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48.それぞれの思惑

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それぞれの思惑


 王都に戻ったリートは、ウルス隊長に事の顛末を報告した。

「しかし村にオークとゴブリンが出るとは……」

 ウルス隊長は表情を曇らせた。

 本来生息しないモンスターが現れた。それはすなわち誰かがモンスターを放ったのだ。
 問題は、オークやゴブリンを用意できるような人間は限られているという事だ。
 すなわち、裏には大きな権力を持った人間がいる。

「――使者が王都に来てお前たちが村人を守ってると聞いて、すぐに試験の延期を人事院には掛け合ったが、任務以外での欠席はいかなる理由でも不合格と突っぱねられた。すまない、リート」

 ウルスは本当に申し訳なさそうに言う。

「いえ、隊長。気にしないでください。試験ならまた受ければいいんですから」

「もう一度、中隊長から話を聞いてもらえないかお願いしてみるが……あまり期待はしないでくれ」

「ありがとうございます」

「――オークとゴブリンがなぜ村に現れたのかはちゃんと調べる。中央騎士団の人間と共同で調査する」

 †

 ――ウェルズリー公爵領。

「東方騎士団長、よくやってくれた」

 ウェルズリー公爵はようやく笑みを浮かべて、騎士団長を讃える。

「リートが試験に参加できなかった。これでカイトの今までの失態はチャラだ」

「今回ばかりは……ちょっとばかり大変でしたが」

 騎士団長は安堵の表情を浮かべながら言う。

「流石に、トロールとゴブリンを買ってきて村を襲わせるのは骨が折れました」

「騎士団長の尽力には本当に感謝する」

「いえ、公爵様……」

「これで、しばらくは我々も安心だな――」

 †

 ――王宮。

「――カミラ王女様。ご報告が」

 第二王女カミラの元に、近衛騎士ウィリアム・アーガイルが現れた。

「ウィリアム。さては、もう尻尾を掴んだな?」

「はい、王女様。証拠を掴みました」

「素晴らしい。――これで、あいつに恩を売れるな」

「ではすぐに憲兵に知らせます」

「そうせよ。これで……東方騎士団は我々のものだな」

 カミラ王女は、妖艶な笑みを浮かべる。
 それを賢者ウィリアムは静かに見つめる。

 †

 二週間後、リートは闘技場で修行に励んでいた。

「リート」

 ――声をかけてきたのは、他でもない王女イリスだった。

「王女様。どうかされましたか」

「ちょっと来てくれ。大事なことがあるんだ」

 イリスが突然“大事なこと”と切り出してきたのでリートは驚く。

「はい」

 ひとまずリートは黙ってイリスに従って歩く。

「――どちらに?」

 リートが聞くと、「まぁ黙ってついてくるがよい」とイリスは教えてくれなかった。

 リートは疑問に思いながらも、それ以上王女に質問することはなく黙ってついていく。

 ――たどり着いたのは、騎士団の講堂だ。

 各種の任命式などの行事が行われる場所。

 そこには、各騎士団の面々が集まっていた。

 前方には東方騎士団長、西方騎士団長、中央騎士団長、近衛騎士団長と、各騎士団のトップが集まっていた。

 ――そう、今日は小隊長・隊長の任用式が行われているのだ。

 小隊長以上の人事は、国王の名の下に行われる。
 それゆえ、壇上には国王もいた。

 ――本来であれば、リートもここにいるはずだったのだ。
 リートは少しだけ残念な気持ちになる。

 王女は会場に後ろから入ると、リートにここで一緒に待つように指示した。

「以上、今年の任用はこれで終了します」

 そして、任用式の終了が宣言される。
 任用を受けた各隊員たちは順番に講堂を後にする。

 ――そして、一般の騎士が全員会場を出た後――

「さて、各騎士団長たち。今日は重要な話が二つある」

 と国王が騎士団長たちに語りかける。

 リートは、これから何が起こるのかと、固唾をのんで見守る。

「まず一つ目だが……後ろにいる、近衛騎士 第七位階(セブンス)リートのことだ」

 ――と、突然名前を呼ばれ、リートは背筋を伸ばす。

「リート、それにイリス。前に来るのだ」

 リートはわけがわからないまま、指示に従って前に歩いていく。

「安心しろ、いい話だ」

 緊張するリートにイリスが言う。

 と、騎士団長たちが、怪訝な目でリートを見る。

 そして王はリートを一瞥してから、
 
「私は、この者を――第六位階(シックス)に昇格させ、小隊長の任に当てるのがよいと思う」

 ――突然の言葉。

 それに騎士団長たちはいきなり何を言い出すのかと疑問の表情を浮かべた。
 ――特に、東方騎士団長は、露骨に不快感をあらわにする。

「王様、何故ですか。まさしく小隊長任用試験が終了して今日その任用が終わったばかりです。何故、この者の昇進をお考えなのですか」

 東方騎士団長が王に尋ねる。

「理由は二つある。まずリートは試験に当たって、二度も妨害を受けたからだ」

 その言葉に、東方騎士団長は表情をわずかに歪ませる。
 しかし平静を装って、「妨害?」と驚いたふりをする。

「そうだ。まず二回戦では毒を盛られた。そして、三回戦では、任務の帰りに村が襲われている場所に“偶然”出くわして、そのせいで試験に間に合わなかった」

 東方騎士団長は、眉を潜めて知らんぷりを決め込む。

 ――国王は続ける。

「しかし、彼の力は群を抜いている。実際、毒を盛られた状態で聖騎士相手に勝ってみせた。それに、誰もが見捨てた小人を騎士に育てた。彼以上に小隊長にふさわしい人物はいないだろう」

「しかし王様。すでに任命式は終わっております。第六位階への登用は原則試験に合格するか、功績をあげる必要があります。なんの手柄があるわけでもないのですから、特別扱いはできません」

 西方騎士団長が国王に物申す。
 それに対して国王は、

「しかし、彼は民のために戦ったのだ。試験より民を優先した。そんな彼に報いなければ、騎士団に正義はなくなる。それゆえ、国王として、彼を第六位階へ推薦したい」

 あくまで騎士団の人事を決めるのは騎士団の人事院だ。
 しかし国王の“推薦”は事実上命令だ。

 騎士団長とはいえ、反対できる者はいなかった。


 ――ただ一人を除いて。


「――恐れながら、陛下」


 ――口を開いたのは、リートだった。

「――陛下の御温情はありがたき幸せでございます。しかし……私は小隊長にはふさわしくありません」

 その言葉に、周囲は驚いてリートを見る。

「……ふさわしくない?」

 国王はリートをまっすぐ見つめる。
 見定めようと言う眼差しだった。


「はい、陛下。私はあの時、試験に遅れることはわかっていました。しかし、それでも村を守ることを選びました。それは自分でも決して間違ってはいなかったと思っています」

「その通りだ。故に、それに報いようとしているのだ」

「しかし恐れながら陛下。私は試験か、村人の命か、どちらかを選ばざるをえなかったのです。それはひとえに、力がなかったから。もし十分な力があったならたちまち村を救った上で、試験にも参加できたはずです。だから、これは私自身の責任なのです。自分の責任は自分で取らせてください。どうかお願いします」

 騎士団長たちはリートの言葉を黙って見守る。
 リートの言い分は理屈としてはわかっても、共感することは全くできなかった。

 出世街道を突っ走ってきた男たちには、到底理解できなかったのだ。
 わざわざ自分から出世の道を捨てるとは。
 
 だが――

「ふふっ……」

 その場でただ一人。
 リートのその言葉に、声を漏らし、そして高らかに笑い出す人物がいた。

「ハハハ!」


 ――他でもない、国王リチャード3世だった。

「面白い! その心意気には恐れ入った!」

 国王は、純粋にリートの姿勢に感心したのだ。

 なんとも不器用な男。
 堅物だ。
 宮中で活躍する人の中にはいないタイプだ。
 だからますます気に入ったのだ。

「よかろう。余計な口を出した私が悪かった」

「いえ、そんなことは!」

「いや。そなたのような人物には口添えは不要だった。そなたのことを過小評価していたかもしれん」

「まさかそんな……恐れ多いことです」

「そなたは、此度(こたび)小隊長になれずとも、すぐになれるはずだ。それどころかもっと上にもいけるだろうな」

 国王は腹から笑ってそう言った。

「騎士団長たち、今の話は忘れてくれ」

「はい、王様」 

 騎士団長たちは頷く。


 ――だが。
 話はそれだけでは終わらなかった。

「しかし、皆の者。今日集まってもらったのは、もう一つの用件があってのことだ」

「と言いますと?」

 それまで笑みを浮かべていた国王が、急に厳かな表情を浮かべる。

 国王たる威厳がそこにはあった。

 そして出てきた言葉は――

 
「――もう一つの話はこのリートが受けた妨害についてだ」


 その瞳は――まっすぐ東方騎士団長を見ていた。










 †
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