小悪魔的狂騒曲

TK

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第7話 最悪のシナリオ

 相手が警察と名乗るや否や、裕樹の面はすっと青ざめた。
一気に酔いが醒めたのだろうが、今さら正気に戻ったところでもう手後れだ。
怯えたように俯き黙り込む姿は、警察に尋ねられるような心当たりがあることを雄弁に物語っている。
最悪の気分だった。
俺は少なくとも死んだ両親に顔向けのできなくなるようなことだけは決してするまい、と自分に誓っていた。
裕樹だって当然同じ気持ちでいるものと思い込んでいた。
それなのに裕樹は何かを隠している、それも警察沙汰になるような深刻なことだ。
事と次第によっては、俺は裕樹を許さない。
その重い事実を聞かなくてはならない。

 目の前のアーパー娘が当の裕樹本人だと知り、上杉はかなり驚いたようだったが、そういうことには慣れているのか、すぐに平常心を取り戻していた。
「後藤裕樹さん、間違いありませんね。」
「…はい。」
「××××年6月2日生まれ、亡くなられた後藤康広さんの次男。××年、県立備江留西高校入学。もっとも中途退学で卒業はしなかったけど。」
「はい。」
「そこで、菅原マサルとクラスメイトになった。」
裕樹は俯いたまま返事をしなかったが、俺は顔を上げた。
「おや、お兄さんは心当たりがあるようですねえ。」
上杉が目敏く俺の反応を捕らえる。
どこかで聞いたことがある名前に、俺は必死で記憶を動員する。
上杉は鋭い目つきで俺を観察した後、うんうんと頷いて先を続けた。
「裕樹さんのクラスメイトの菅原、それに彼の中学時代の同級生の神田と武井。ちょっとしたワルとして少年課では名前が聞かれたものでした。もっともある事件をきっかけに、だいぶ大人しくはなっていたのですがね。」
「あっ!」
そこまで言われてようやく俺も思い出す。
菅原、神田、武井。
隆之が数年前に傷害事件を起こした相手だ。
無抵抗な、しかも未成年相手に瀕死の重傷を負わせた廉で隆之は服役した。
3人とも地元では有名なワルだったし、隆之は理由もなく相手を傷つけるような人間ではない。
隆之自身少し不良っぽい所はあったけれど、正義感と義侠心溢れる男だ。
自ら出頭した隆之は殺意さえ認め、しかし最後まで動機を口にすることなく刑に服した。
裕樹は蒼白な顔で俯いたままだ。
「彼らと裕樹が何か…?」
「いやね、3人とも痛い目にあってしばらくは大人しくしていたんですよ。だけどそうそう我慢はできない。かなり悪質なことをやらかすようになりましてね。女の子を車で連れまわしては暴行を加え、その様子を撮影した動画で相手を脅迫していた。」
胸くそ悪くなるような話だ。
ふと見ると裕樹の身体が小刻みに震えている。
俺は嫌な予感がした。
早く目の前の男を追い返してしまいたい。
「事情が事情だから泣き寝入りせざるを得なかったのでしょうな。ようやく被害届が出されて、逮捕に踏み切ったわけですが、余罪を追求したら…弟さんの名前も出された。」
俺は言われたことを理解できなかった。
裕樹は石のように固まったまま微動だにしない。
重苦しい沈黙の後、上杉が再び口を開いた。
「裕樹さん、あなたは被害者だ。過去の傷をこうやって蒸し返すのも正直気がひけた。だけどどうしても確かめたかったんですよ。瀬戸隆之はお兄さんと親友だった。あなたは被害にあった時、真っ先に彼に相談したんじゃないですか?それであの事件が起こった。違いますか?
瀬戸はどうしても動機を話そうとしなかった。私は納得できなかった、彼がなぜあんな事件を起こしたのか。彼はどう見たってカッとなって相手を刺すような短絡的な思考の持ち主ではない。だけどこう考えれば納得できます。親友の弟を、瀬戸もまた実の弟のように可愛がっていた。それが暴行され強迫されたとなったら、黙ってはいられないでしょう。」

上杉が言いたいことを言い終えると、部屋は再び沈黙に覆われた。
カチカチと時計の秒針だけがやけに部屋に響いている。
「…裕樹、この人の言ってることは本当なのか?」
俺は掠れて潰れたような声しか出なかった。
裕樹は下を向いたままだ。
「ゆうきっ、答えろよっ!!」
苛立ってつい声を荒げる。
裕樹はしばらく視線を彷徨わせた後、ようやく俺を見つめた。
蒼白な顔は無表情で、感情を読み取ることはできなかった。
やがてすっと俺から目を逸らせると、「そうだよ。」と吐き捨てるように言った。
「大体は当たってるよ、あんたの推理。肝心の所が違ってるけど。彼奴らを刺したのは、隆之さんじゃなくて、俺だってこと。あいつら、俺のレイプビデオ、洋介の会社に送りつけるって言い出したんだ。一流企業のサラリーマンならいくらでも金を引き出せるだろうって。俺、動画のデータ取り返さなきゃって、無我夢中だったよ。気づいたら俺、血だらけで、血見たらパニックになっちゃって。電話して隆之さんが駆けつけてくれた。動転してる俺を庇って、隆之さんは死にそうになってる彼奴らに話をつけて、全部自分で被ったんだ。」
裕樹が隆之に罪を擦り付けた?
隆之が裕樹の罪を庇い立てた?
俺の知らない所で、二人が一つの事件の共犯者として繋がっていたことにショックを受けた。

「これで満足?過去を暴き立てて。そーです、俺はレイプされました、人殺ししようとしました!ねえ、これで満足かよ?これからどうするつもりさ。警察に連れて行く?」
「いや、あの事件は過去のものだ。瀬戸が償いを終えた時点でね。それに君を逮捕したところで、こっちが困るんだ。君のような人間を収容できる拘置所はない。とんでもないことになる。狼の群れに羊どころの騒ぎではない。」
「じゃ、何のためにここに来たわけ?」
「真実を確かめたかった。」
は、と裕樹が鼻で嗤う。
「単なる自己満足だろ。その真実で誰か救われんのかよ、え?勘弁してくれよ、もう帰ってくれよ。」
上杉は去り際に、『辛いことを思い出させて済まなかった』と裕樹の神経を一層逆撫でするような発言をし、俺に向かって『夜分遅く失礼しました』と、さほど気にもかけていない様子で挨拶をすると帰って行った。
残された俺と裕樹の間には、重い暗雲が垂れ込めていた。
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