たったひとりのために

まつめぐ

文字の大きさ
8 / 13

きづいたきもち

しおりを挟む


 その日の夜、俺はようやく自分の家に戻った。

 真っ暗の部屋の中でバックをソファに放り投げて、サングラスをはずしてテーブルの上にそっと置いた。

 そして、そのまま俺はベッドに仰向けに倒れこんだ。

 天井を見つめながら俺は今日のことを思い返していた。

 前から行ってみたかった、あやちゃんが住んでいる町に来ることができて本当によかった。

 でも、本当の目的はやっぱりあやちゃんに会いたかった。

 メールではいつも話しているとはいえ、やっぱりどうしても会いたかった。

 あやちゃんに会うまではすっごくドキドキしていたのに、会ってからはいつの間にかそのドキドキが消えていた。

 元気なあやちゃんに会えて俺はうれしかった。

 だけど不運にも、川のところであやちゃんに封筒がバレてしまい前の彼女の存在を忘れられないことを知られてしまった。

 ふとあやちゃんを見ると、そのせいで落ち込む姿に俺の心は痛かった。

 そんなあやちゃんに、俺は話しかけようとしても何も言えなかった。

 きっと、これ以上俺のことを見たくなかったのかもしれない。

 それでも俺は、あやちゃんになんとか元気になってほしかった。

 でも、俺にはそんな余裕もなかった。

 今回の休暇だって、俺のワガママで実現できたことでもある。

 明日からまた作業や取材が続くから、俺は仕方なく東京に戻ることになった。

 タクシー、新幹線、そして今ベットの上でこうしている間も俺はずっと悔しい気分でいっぱいだった。

 もう、このままあやちゃんに会うのをやめたほうがいいのかなとも思った。

 だけど、このまま終われるのは 俺はイヤだった。

 俺はあやちゃんといると楽しい気分になれる。

 こんな想いは、なんか久しぶりのような気がする。

 きっと彼女がいなくなってからずっと忘れていた想いだ。

「!? まさか 俺・・・・」

 俺はようやく自分の想いに気がついた。

 俺はずっとあやちゃんのことが好きなんだ。

(なんで 今まで気づかなかったんだろう・・・)

 そして、もうひとつ気づいたことがあった。

 なぜ、あやちゃんがあの封筒のせいであんなにも落ち込んだのか。

「ま まさか あやちゃん 俺のことを・・・?」

 そう、俺はあやちゃんの気持ちに気づいてしまった。

 でも、俺のせいで傷をつけたあやちゃんにどうやって想いを伝えればいいのかわからなかった。

 だけど俺はその前に、どうしてもやらなきゃいけないことがあった。

 重い身体を起こしてベッドから立ち上がり、テーブルのところまで向かい、そっとジーンズのポケットからあのボロボロの封筒を取り出した。

 彼女が亡くなってから、ずっとお守りのように持っていたこの封筒もこれでもう役目を終える時が来たんだ。

「今まで サンキュ」

 俺は封筒を見つめながらそう言ってから、そっとテーブルの引き出しに入れてゆっくり閉まった。

 そして、またベットに仰向けに倒れこんでそのまま眠りについた。

 その時の俺はこの想いをいつかあやちゃんに伝えればいいと思っていた。

 だけど、その「いつか」が俺とそしてあやちゃんにとってそれほどまでに長いものだとは知らなかった・・・。



 次の日から俺たちはまた忙しい日々が続いた。

 スタジオにこもってのレコーディング、取材にテレビやラジオの収録と俺たちは目一杯に動いた。

 仕事中はそれなりに集中できるけど、暇になると俺はあやちゃんのことがやっぱり気になっていて、何度も携帯からメールを送ってみた。

 でも、なぜかあやちゃんからの返事は来なくなった。

 あやちゃんの地元であんなことがあってからだ。

 その日も、のちに始まる長いライブツアーに向けてのリハーサルをしていた。

 そして、休憩になり俺は椅子に掛けてあったタオルを取り顔からの汗を拭きながら携帯の画面を見ていた。

(はぁ 今日も返事なし か)

 椅子に座って返事が来ない携帯の画面を見つめながら、俺はため息をついているといきなり誰かが横から明るく声をかけてきた。

「たっちゃ~ん どうかした?」

 声のほうを向くと武本が隣に座っている。

「あん? なんでもねぇよ?」

 俺は携帯を閉じて机の上にそっと置くと、武本が横から顔を覗きこんだ。

「ひょっとして あやのちゃんのこと?」

「・・・あぁ」

 俺は半分諦めながら小さく微笑んで認めた。

 あの休暇の日に起こったこと、そしてようやく気づいた俺の気持ちのことも俺はあれから言っていたから武本もほかのメンバーも知っている。

「あやのちゃんから返事 来ないの?」

 武本の言葉に俺はゆっくりうなずいた。

「なんで?・・・あ そっか あのことが気になってるんだね?」

「あぁ そういうこと」

「で どうするんだよ たっちゃん?」

「どうするって言われてもなぁ?」

「そんなのん気なこと言っていいの? このままだとあやのちゃんにちゃんと言えないよ?」

「そこまで言わなくてもわかってる! わかってるけどどうしようもねぇだろ?」

「!?」

 俺は思わず大声で上げると、これまで楽器の音や話し声で賑やかだった室内が一気に静かになって、それで驚いた全員の視線が集中した。

 その視線に俺は我に戻った。

 ふと隣を見ると、武本が目を丸くして俺を見ている。

「ごめん」

 俺はひとこと謝ると、武本はまたいつものように笑顔になった。

 そして、俺は椅子から立ち上がり周りに謝るように頭を下げた。

 正直自分でも信じられなかった。

 そこまで、俺は気持ちに焦りを感じていたのか?

 そこまで、俺はあやちゃんに会いたくて仕方がなかったのか?

 そんな俺に斉藤、小坂、有村の3人も集まってきた。

「どうしたんだよ 大声上げるなんて 珍しいじゃん 杉山?」

「そうだよ リーダーらしくないよ?」

「はいはい そんなに熱くならないの・・・ね?」

 有村はそう言いながら肩を軽く叩くと、俺は身体が落ちるように椅子に座った。

「なんか 情けねぇな 俺」

 俺はぼそっと小さい声でつぶやいた。

 俺の中で、あやちゃんに対する想いが日ごとに強くなる一方だった。

 普通の人・・・そこら辺にいるようなヤツなら、そんなときどんなに忙しくてもきっと会いにいける。

 でも、俺はそうはいかない。

 いい歌を作って、いろんな人に聞いてもらうために、あちこちの場所を回って喜んでもらわないといけない。

 でも、心のどこかでいつの間にか、どうしようもなくあやちゃんに会いたくてしょうがない気持ちでいっぱいだった。

 すると、有村が俺に目線を合わせてきた。

「ねぇ たっちゃんさ そこまであやのさんのことを思ってるんなら 思い切って今度のライブで言っちゃえば?」

「おっ それいいじゃない?」

「いや ちょっと待て いくらなんでも それはマズイんじゃないかな?」

「うん それは確かに あとで騒ぎになるしな」

 そしていつの間にか俺の前で4人の話し合いが始まった。

 俺はそれを見て心の中で4人に感謝をして、ゆっくり椅子から立ち上がった。

「俺のことなら大丈夫だぜ?」

「え? な~んだ」

「で どうするんです?」

「うん なんか聞きたい」

 すると、斉藤が周りをまとめるように割り込んできた。

「まぁまぁ 聞きたいのもわかるけど そろそろリハーサル再開しない?」

「おっと そうだな・・・それじゃあ はじめますか!」

 俺の合図で、再び緊張した雰囲気になりリハーサルがはじまった。

「斉藤 ありがとうな」

 俺は歩きながら斉藤にに小声でひとことお礼を言った。

 そんな俺に斉藤は笑顔でうなずいていた。



 そう、その時にはあやちゃんに対して俺なりにどうやって伝えるかを決まっていた・・・。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...