エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

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2.モブ、旅立ちを決意する

2-9.不穏な都の楽しい祭

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 テントの中へ入ると、茶を飲んでいた女の人達が一斉にカレルの方を向いた。まあね、良い男だもんね、見るよね……。
 テントは四隅と中央に屋根を支える木の支柱があり、適度に風と光が通るようにフラップ式の窓が開いている。幕の前には組み立て式の棚が置いてあって、見慣れない商品がいくつかキレイに並べてあった。外に並ぶ露店に比べるとかなり品数が少ない。
「卸売りの業者だろうな。ここは小売りより商談をするための店だ」
 不思議そうに中を見回すオレにカレルが教えてくれた。

 奥の方のテーブルに座ると、さっきの男がすぐに小さなカップ三つとクッキーの載った皿を持ってやって来た。カップからはショウガっぽい香りがする。飲んでみると、さっきの串焼きのタレと同じようにピリッとした爽やかな風味がある。
「これ、エラスト産のお茶?」
 問いかけると、男は愛想良く笑って頷いた。
「坊ちゃんは舌が肥えていらっしゃる。そうです、西エラスト産の茶葉です。今、あそこと取引ができるのはウチくらいなものですよ。このあたりの店にも調理用のハーブを卸していますが、年々調達が難しくなっている。来年の祭りまで取引が続くかは分かりませんから、エラストの物を買うなら今のうちですよ」
 男がわざと回りにも聞こえるような声で言うと、すぐ隣のテーブルのご婦人が
「あら、そうなの? じゃあ茶葉を頂くわ」
 と小袋からコインを取り出した。男は積み上げた荷物の中から箱を取り上げて客に渡す。

「じゃあ私はエラストの羊毛と赤の染料を! 後で屋敷に運んで下さる?」
「ええ、もちろん」
「ウチも、お願い!」
 店内のご婦人方は次々に買い物をし始めた。男は四方から話しかけてくる客の全てにそつなく対応した。
「やり手の商売人って感じだね」
 オレは皿の上の菓子をかじりながら話しかけたけど、カレルは男から視線を外さず黙りこくっていた。



「いやはや、やはり祭りは稼ぎ時だ」
 会計を捌き終えた男は、オレたちのテーブルに戻ってきて茶を一口啜り、満足そうな笑みを見せた。
 カレルは相変わらずジッと男の顔を見つめていたけど、おもむろに
「君は北方の出か?」
 と問いかけた。男は色の薄い眉を上げ
「そうですが、何か?」
 と首を傾げる。男の色素の薄い白い肌と目尻の上がった薄紫の目は、ファタリタ人ともエラスト人とも違っている。別の地方出身だと言われると納得だ。
「いや……北は今どうなっているんだ?」
「どうもこうも! ノルポルはもう完全に命願教の国ですよ。エラストは戦う気だが、北は戦う前に牙を抜かれた。今も残っている少数のノルポル人が命尽きたら、ファタリタの一地方になるでしょう」
「君は……」
 カレルは男の言葉に眉を寄せて何か言いかけたけど、男はその口にクッキーを捻じ込んで笑った。
「物騒な話は無しだ。ここはそう言う場所・・・・・・じゃない」
 顔は笑っているけど目が怖い。
「ここのお得意様には大聖堂の関係者も多いんでね。商売の邪魔になる話はしないと決めている」
 男はまだテントの入り口辺りで世間話をしている女客を横目で見てそう言った。カレルは何か言いたげだったけど、黙って頷いて腕を組んだ。

 男は機嫌よさげに眉を上げてオレの方を向き、
「そこの彼はエラスト人のようですが、坊ちゃんはファタリタの出身ですか?」
 急に話題を振られ、オレはびっくりしてクッキーを喉に詰まらせた。
「ゲホッ! いや、オレはニ……えーと、多分そう、ファタリタ人だよ」
 日本出身と言いかけて慌てて言い直す。
「多分?」
「えーっと、ちょっと幼い頃の記憶がなくて……」
「ふうん? エラストの彼は坊ちゃんの護衛?」
「う……ん、そう、多分」
「ファタリタの裕福そうな坊ちゃんにエラスト人の護衛が一人だけ。ご両親はなかなか理解のある方のようだ」
「何が言いたい?」
 カレルは目を鋭くして男を睨んだけど、男はヒョイと肩をすくめて眉を上げた。
「そういう理解のある方々と取引ができれば有り難いなと思っただけですよ。ここ聖都でエラスト人を雇い入れる家は少ないですからね。私は辺境と中央を行き来する商人だから、珍しい物好きのお客様は大歓迎なんです」
 二人の男の間に微妙な空気が流れるのを感じたオレは、間に入ってことさら脳天気な声を上げた。
「ごめん、誤解してるみたいだけど、オレは坊ちゃんじゃないよ。もうすぐ二十歳になる大人だし、この上等の服は借り物で、お金も大して持ってない。カレルとは偶々旅の道連れになっただけだから」
「旅? まさか、巡礼ですか?」
「そうそう、それ! だから何にも買えないんだよね。商売になると思ったんなら、ごめんね」
 男は興味深そうに薄紫の目を瞬かせ、何かを考えるように顎を撫でた。
「なるほど……不器用そうな西の一族の男が一人。何をするつもりかと思えば、巡礼か……」

「巡礼者はオレで、カレルは一緒に行くだけだよ。ホントに何にも買えないから!」
 オレが主張すると、男は面白そうに笑い声を上げた。
「分かりましたよ! しかし長旅に出るなら揃えるべき物も沢山あるでしょう? こちらのマントはいかが? 寒冷地のノルポルで作られたマントは軽くて温かく、雨や雪に強い。一つあると便利です。風と埃から鼻と口を守るために、頬を覆うこともできる」

 男は奥に積まれた箱から次々品物を取り出してオレの前に広げ始めた。何も買わないって言ったのに、聞こえなかった振りをしている。商魂たくましいヤツだ。
「こちらの鞍袋は南の産品です。細工の良さもさることながら、とにかく丈夫で水に強い。ベルトを肩に回せば背負い袋にもなるので、旅にはぴったりでしょう? お安くしておきますよ」
「だから、買わないって!」
「おや、そう言わず見るだけでも! 同じ職人が作った貴重品入れもありますよ。首にかけて服の下に隠せば、追い剥ぎに遭っても見つかりにくい。なにか買うならこれはオマケしてあげましょう」
「だーかーらー!!」
 話を聞かない男に無理矢理マントを羽織らされ、背負い袋を肩にかけられたオレは癇癪を起こしそうになったけど、カレルが
「いくらだ?」
 とコインの入った袋を取り出したのでびっくりしてしまった。
「買わないんじゃなかったのかよ!」
「品は良さそうだ。どうせ必要になる物だから、値段次第では買ってもいいだろう」
「勿論、質は保証しますとも。お値段は……そうだなあ、今後もお付き合い頂けるなら、このくらいで」
 男は奥からそろばんのような物を出してきて素早くカレルの前に差し出した。オレには金額が高いのか安いのか全然分からないけど、カレルは軽く頷いてコインを支払った。

「今後の付き合いは無いと思うよ。オレたちは旅に出るから、もう会うことは無いだろうし」
 品物を受け取って首を傾げるオレに、男は意味深な笑みを浮かべて見せた。
「行商と巡礼が同じ道を辿っても不思議ではないですよ。私は地方の聖堂とも取引がありますから、どこかで再び会っても全く不思議じゃない」


 買い物を終えたオレたちは、ようやくテントの外に出た。店主の男も一緒に外に出てくる。
「今日はそろそろ店じまいかな。坊ちゃんのおかげで良い商売ができた」
「だから、坊ちゃんじゃないって」
「では何と呼べば?」
「オレはアキオ、こっちはカレル。もう会うこと無いと思うけど!」
 そう言うと男は笑い、拳でオレの胸元を三度軽く叩いた。
「私の名はオティアン。覚えておいてくださいな。きっとまた必ず会う」
 オティアンは同じようにカレルの胸も左の拳で軽く三回叩く。カレルはしばらくオティアンの拳を見下ろしていたけど、無表情で同じように相手の胸を叩き返した。

「じゃあまた。小さい巡礼さんが幸運をつかめますように」
 オティアンはオレの前にかがみ込み、素早く掌に唇を押しつけた。オレはびっくりして手を振り払う。
「はは! そんな嫌がらなくても。単なる北方のまじないですよ」
 愉快そうに笑っている男に向かって思いっきりしかめ面をして見せてから、オレはカレルと一緒にオティアンの店を後にした。



 東へ向かう通りを歩きながら、
「オティアンってヤツ、なんかうさんくさかったよな」
 とカレルに話しかけると、
「アイツはおそらく北の活動家だろう」
 と低い声が返ってきた。

「活動家?」
「ああ。ファタリタに取り込まれたくない北の地域の者だろう。行商を装ってファタリタ内で仲間を増やそうとしてるんだろうな。おそらくエラストの反ファタリタ派とも繋がりがある」
 それを聞くと、オティアンがやたらと思わせぶりにオレたちに親切だった理由が分かってスッキリしたのと同時に、猛烈に不安になってきた。

「ええ? じゃあアイツはカレルの仲間ってわけ? もしかしてオレと一緒に行くより、オティアンと行動した方が都合が良かったりする?」
 オレは立ち止まってカレルの手に縋り付く。
 まだ旅が始まる前なのに、カレルに抜けられるのは正直とても困るのだ。ルチアーノと二人で仲良くやって行ける気がしないし、アイツがオレを守ってくれるとは全く思えない。

 しかしカレルは少し膝を屈めて真正面から俺の目を覗き込み、
「いいや。オレも元々そういう組織がある事は知っている。しかし目的が合わないから、一人で動いていたんだ。オレはアキオと行くと決めた。巡礼の旅が終わるまで側を離れるつもりはない」
 と酷く真面目な顔で言い切り、主人に忠誠を誓う騎士のように、その場で膝をついてオレの手のひらにそっと口づけた。

「魂にかけて誓う。オレを信じろ」

 傾き始めた日射しが彫りの深いカレルの顔に当たって、萌黄色の瞳が燃えるように輝く。咄嗟になんて答えれば良いか分からなくて、オレはただ息を呑んだ。


「そ……そっか! じゃ、じゃあこれからもよろしくなっ!」
 いい加減、沈黙の長さが不自然になってきて、オレはワザと明るく軽い調子で答えて、掴まれていた手をほどいた。唇の触れた部分がむず痒くて熱い。誤魔化すように服に擦り付けていると、
「気にするな。まじないだ」
 とカレルは目元を緩めて再び歩き出した。

「じゃあこれもまじない?」
 オレは並んで歩きながら、オティアンがやったようにカレルの胸元を左の拳で叩く。
「そう、まじない。ファタリタの習慣ではないから、他ではやらない方が良い」
 カレルはオレの胸に拳を当て返して頷く。
「わかった。気をつける」
 オレは慎重に頷き返した。

 どうもこの世界は、オレがプレイしたゲームよりずっと複雑で、危険なようだ。

 ファタリタ、エラスト、北の地方ノルポル、命願教と混ざり者……。それぞれが関わり合いつつ対立している。

 馬鹿なオレはようやく世界の複雑さを理解し始め、先行きを思って憂鬱な気分になる。カレルが側にいてくれることが、これまで以上に心強く、有り難かった。
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