エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

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5.サウラスにて

5-5. 秘密.1

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 目を閉じた時は眠れないかもと思ったけど、結局すっかり朝日が昇るまで一度も目を覚まさずによく眠った。
 欠伸を噛み殺しながら寝室を出て行くと、オティアンは既に起きて優雅に茶を飲んでいた。乾いたパンと硬いチーズを分けてもらい、それを熱いお茶で胃に流し込む。
 開けっぱなしの入り口から見える外は、穏やかに晴れて春めいていた。生け垣の向こうに見える深いブルーの海も凪いでいる。よく晴れているけれど、水平線の辺りはモヤがかかってハッキリとは見えない。モヤが晴れるところを見たことないんだよな。そういう気候なんだろうか。

「食ったら行くぞ」

 オティアンは昨晩着ていた外套を身につけ、ランタンを持って立ち上がる。

「もしかして行く先は寒いとこ? オレ上着を無くしちゃったから、予備があったら貸してくれない? 洗って返すから」

 手を合わせて頼むと、「お前はホントに図々しいな」と特大の溜息を吐かれたけど、オティアンは結局予備のマントを貸してくれた。口は容赦ないけど優しい。


 昨日も持ってた短剣だけを腰に差したオティアンは、外に出るのかと思いきや、入り口を内側から施錠した後、暖炉の前の敷物をめくり上げた。絨毯の下には跳ね上げ式の扉があり、それを開けると地下へと続く階段があった。階段からはかび臭い匂いに混じって潮の香りが吹き上げてくる。まさかこんな所に秘密の通路があるとは!

「滑るから気をつけてくれ。オレはよく使う道しか知らないから、絶対にはぐれるなよ」

 オティアンはそう言ってランタンに火を入れ、狭い階段を降りていく。オレもその後を慎重に追った。
 階段を下りきると、地下通路になった。通路は真っ暗で、うっすら水が溜まっている。サンダル履きの足が濡れて気持ち悪い。耳を澄ますと微かに水の流れる音がする。海に近づいてるんだろうか?
 オティアンは一言もしゃべらない。オレも無言で後を着いていく。

 三十分ほど歩いていくと、目の前に急な上り階段が現れた。階段は通路の天井まで届いている。上りきると、石造りの天井が一部切りとられ、鉄で補強された板で塞がれているのがわかった。オティアンはそれを何度かノックし、しばらく待って返事がないのを確認したてから、板を押し上げてずらす。上に被さっていた敷物をどけると、柔らかい光が差し込んできた。
 まずランタンを外へ置いたオティアンは、穴の縁に手をかけて懸垂の要領で地上へ上がった。オレも同じようにしようとしたけど、手摺りも足がかりもないのに腕の力だけで全身を持ち上げるのは無理だった。宙ぶらりんでジタバタしてると、オティアンがげんなりした顔をしつつも手を貸して引っ張り上げてくれた。

 オレたちが上がり込んだのは広い部屋だった。
 進入口になった穴は部屋の隅にあった。オティアンは穴の蓋を閉めて敷物を被せる。オレは壁際に張り付いて、恐る恐る周りを見回し、驚きに息を呑んだた。

 部屋は広いだけじゃなくてゴージャスだった。
 石を積んだ壁は複雑な絵柄を織り込んだタペストリーで飾られ、赤々と火が燃える暖炉の前には、背もたれ付きの長椅子が置いてある。長椅子の座面には毛皮が敷いてあって、居心地の良さそうなクッションがいくつも積んである。
 椅子の前には側面に彫刻の施された華奢なテーブルがあり、茶菓子が用意されていた。暖炉の向かいは、複雑な意匠が浮き彫りされた豪華なドアで閉ざされている。オレがこの世界に来てから目にした中で、一番上等な調度品ばかりだ。貴族の屋敷なんだろうか。

 でも、オレが驚いたのは部屋の豪華だったからじゃない。

 貴族趣味の部屋は、半分鉄格子で区切られ、その向こうにルチアーノが転がされていたからだ。

 鉄格子の向こう側は石の床が剥き出しで、壁際に粗末なベッドが二台、窓の側に用足しのための穴があるだけの殺風景ぶりだ。ベッドの片方は小さく膨らんでいるので、マイアリーノが眠っているのかもしれない。シャツと毛織りのズボンだけ身につけたルチアーノは、裸足の足首に鎖付きの輪をつけられ、完全に虜囚扱いだった。

 オレは驚いてオティアンを振り返る。彼は無表情で壁により掛かったまま、腕を組んでいた。
 ルチアーノは鉄格子の向こうから燃えるような目でオティアンを睨み、

「やはりお前の差し金か!」

 と叫ぶ。

「アキオ、今すぐ逃げろ。その男はオレたちの敵だ!」

 オレがオロオロしながら二人の顔を見比べていると、勢いよくドアが開き、新たな人物が姿を現した。


「敵になるか味方になるかは、私が決める」

 張りのある声で言ったのは、ジョヴァンナだった。
 ジョヴァンナはオレを連れ出した時のような女騎士の装いではなく、ゆったりとしたガウンを身につけている。女王のような貫禄の彼女は、ガウンの長い裾を鮮やかに捌いて長椅子に腰掛け、優雅に足を組んだ。チラリとオレたちへ視線を向け、オティアンだけを側へ手招く。オティアンは長椅子の後ろで腕を組んで立つ。オレはそのまま目立たないように壁際でじっとしておくことにした。

「さて、まずは自己紹介といこうか。私はジョヴァンナ・ディ・ガヴァッツィ。十年ほど前から、ここサウラスを領有している」

 ルチアーノが鉄格子を掴んで吼えた。

「領有だと? ファタリタでは個人が領地を持つことは許されない。お前がやっていることは神の恵みの簒奪だぞ!」

「ははは! いまさら許すも許さないも無い。事実として、私は既にここの王だから」

 ジョヴァンナは高らかに笑う。赤く塗られた唇で用意されていた茶器に口をつけ、怒りに震えるルチアーノに向かって目を細めた。

「サウラスの民は、どこに使われるのか分からぬ献金を大聖堂に捧げるよりは、私の支配に対して租税を納めることを選んだ。私は民衆を代表して上に立っている。我々は、金と色に狂った命願教の教主達に従いたくはないゆえ、独立を選んだまでだ。さあ次はそちらの番だ。お前、名前は?」

「……ルチアーノ。聖都から来た巡礼」

「しらばっくれるな。お前は大聖女の愛人で、元は大聖堂の番犬どものボスだった男だろうが。中々有能だったと聞くが、巡礼を装ってスパイに来たか? 教主どもは若い女の体を食って寝ているばかりだと思っていたが、それなりに地方に気を配る知恵も残っていたのか」

「教主達は何も知らない。私を外へ出したのはフィオレラだ」

 ルチアーノは顔を横に向け、ボソリと呟く。ジョヴァンナは興味を惹かれたように鉄格子に向けて少し身を乗り出した。

「大聖女が? あの女、何を考えている? 教主どもの操り人形ではないのか?」

「彼女はこの国の行く末について悩んでいる。教主達のやり方では先行きが暗いことも承知だ」

「ほう。ならば何故こちらの招きを蹴った?」

 ジョヴァンナが眉を顰めて問いかけると、ルチアーノは酷く暗い顔で俯いた。

「招きに応じなかったのは彼女の意思ではない。私が気付かずそちらの使者を斬ったせいで、招かれていたことにも気がつかなかったんだ」

 それを聞いてジョヴァンナは額に手をやり、天を仰いで大げさに呆れて見せた。

「なんとまあ! 忠実なばかりで頭の回らぬ番犬だこと! そのせいでこちらはとんだ足踏みを強いられたというのに!」

「仕方あるまい! 大聖女に毒が盛られるのを、みすみす見逃すわけにはいかなかったんだ」

「こちらとて、手荒な真似はしたくなかったさ。しかし通常の手段では、フィオレラと内密に話す機会などないだろうが。ちょっと体調を崩して頂いて、旧サウラスの癒やし湯に立ち寄らせる手はずだったんだ。お前、一番身近に控えていたくせに本人から聞いてなかったのか?」

 ジョヴァンナの呆れた声に、ルチアーノは唇を噛んで俯く。

「……フィオレラは、私に全てを話しているわけではない……」

「それはそれは。なんとも信頼されている愛人様だな!」

 ジョヴァンナのあからさまな嫌味にルチアーノはひたすら俯いて耐えていた。


「あのー、その話ってもしかしてオレが牢に入れられることになった時の話だったりする?」

 オレが手を上げて発言すると、それまでこっちを一瞥もしなかったジョヴァンナが驚いた様子で振り返った。オレが会話に入ってくるとは思ってなかったみたいだ。召使いかなにかと思われてたのかな。

「なんだ、そいつは?」

「ルチアーノの連れですよ。街をフラフラしてたんで、連れてきました」

 オティアンが答えると、ジョヴァンナは立ち上がってオレの側に寄ってきた。顎に手をかけられ上を向かされて、検分するように顔をマジマジと見られる。

「連れ? こんな子どもが? うーん、しかしその黒髪黒目、見覚えがあるなあ……いつ見たんだったか……」

 自分がオレをこの街に連れてきてたくせに、すっかり忘れている様子だ。

「旧サウラスの雪山の温泉から、アナタがオレをここに連れてきたんでしょう。オレはあの時仲間がいるってちゃんと言いましたよ!」

 オレが顎を掴むジョヴァンナの手から首を振って逃げると、彼女は一瞬ポカンとした表情を見せた後、納得したように両手を打ち合わせた。

「ああ! 思い出した、あの細っこい堂者見習いか!」

「そうです。ルチアーノは、オレと聖都からずっと一緒に旅してきた仲間です」

「ほーん……? ではお前もスパイの類いか」

「違うよ! オレは巻き込まれただけ」

「巻き込まれた? 信用できんな。おいオティアン、何故コイツをここへ連れてきた?」

「手の内に握って置いた方が得だからですよ。そいつ自身には何の価値もないが、エラストと交渉する時に使える。向こうがまた蜂起を渋ったら、そいつを殺してファタリタがやったことにすれば良い。少なくとも西の一部族は確実に復讐に立ち上がる」

「オティアン!?」

 オレはビックリしてオティアンの服の袖を握った。オティアンは冷たい目をしてオレの手を後ろへねじり上げ、ジョヴァンナの方へと突き出す。

「随分弱そうだが、その子もエラスト人なのか?」

「エラストの交渉役のつがいですよ。番を取られた混ざり者は手に負えない程に狂う。扱いには注意がいるが、上手く使えば焚き付けには十分だ」

「嘘だ! オレはただの巡礼だよ。オレが死んだってエラストとは関係ない! 離せってば!」

 必死でもがいてもオティアンの拘束は少しも揺らがない。ジョヴァンナは赤茶の目を剣呑に細め、

「ではそいつも一緒に牢へ入れておこう」

 と鉄格子を指さした。オレは猫の子みたいに首根っこを掴まれて、オティアンの手で牢へと押し込まれる。ガチャンと無情に鍵のかかる音がした。

「オティアン! ひどいじゃん! 仲間じゃなかったのかよ!」

 鉄格子を掴んで訴えても、オティアンは涼しい顔でジョヴァンナの側に立っている。
 ジョヴァンナは再び長椅子に座り、茶のカップを口へ運びながら

「うるさい。それで結局フィオレラは我々と敵対するのか、協調するのか、どちらなんだ」

 とルチアーノを睨む。

「話し合いを望んでいたと、思う……」

 ルチアーノは俯いて、ボソボソと話し始めた。

「……あの日、オレが斬った曲者は、フィオレラの信の厚い女官がわざと引き入れた者だった。フィオレラはあの日の酒宴であえて毒を飲み、わざと体調を崩して、祭りを延期させるつもりだったんだ。その間に、どこかで敵対勢力と話をするつもりでいたらしい。私がそれを聞かされたのは、使者を斬った後だった。先に知らせても、私はフィオレラの安全を優先して彼女を行かせないだろうから……」

 ルチアーノの声には後悔と悲しみの響きがあった。

「命願祭が行われてしまえば、結願祭までの一年間、フィオレラは大聖堂から出られない。あの時点で敵対勢力が何者なのかは、フィオレラも女官も、こちら側の誰もわかっていなかった。聖都では教主達の目が厳しすぎて、フィオレラにはわずかな自由もない。手に入れられる情報にも限りがある。
 だから、フィオレラは私に地方の様子を探り、反命願教勢力の本拠地を突き止めるよう命じたんだ。教主達の目を欺くには、私が巡礼になるのが一番都合が良かった。私が情報を持ち帰れば、逢い引きの合間にそれを伝えられる。閨の中までは教主達の目も届かない」

「なるほどな。で? フィオレラはファタリタの現状をどう見ている? 何故教主どもをやりたい放題にさせているんだ」

「フィオレラは未来を憂えている。だが、命願教を廃することは絶対にできない。今回の祭も、必ず成し遂げられなければいけない」

「何故? 未来を憂うなら、今のままのやり方では国が先細ることくらいすぐにわかるだろう」

 ジョヴァンナは両目を細めて腕を組み、ルチアーノの向こうにフィオレラの姿を見るように身を乗り出した。

「庶民の多くは信じていないが、聖都には実際に神がいる」

「ハッ!」

 呆れたように鼻で笑うジョヴァンナを睨み、ルチアーノは強い口調で続ける。

「神の声を聞くことができる乙女が、大聖女になるんだ。フィオレラもそうだ。私は彼女を信じる。神はいる。今は力を失ってほとんどの時間を眠って過ごしているが、結願祭には必ず目を覚ます。
 そして今回の命願祭の準備が始まる頃、フィオレラは一つの預言を受け取った。預言で神は、七色に光る石と滅石を結願祭で泉に捧げれば、かつてのような偉大なる力を取り戻すと告げた。預言ではどこにその石があるかはまでは分からなかったが、あの日、お前がそれを持っていると分かったんだ」

 ルチアーノが急にオレの方を向いた。

「ああ……だから石を持ったオレを監視するために着いてきたんだ? 最初から……」

 オレは首からぶら下げた革袋を握りしめる。ルチアーノは目を伏せて頷いた。

「石をこちらで保管できない以上、持ち主を危険にさらすわけにはいかなかった。お前を聖都に監禁しても良かったが、そうなると過激派の教主達が必ず嗅ぎつけて手出ししてくる。総合的に判断して、旅に出るのが一番安全だと言うことになったんだ」

 なるほど。オレとカレルがマイアリーノたちの隠れ家で一晩休ませてもらってる間、ルチアーノとフィオレラの間でそういうやり取りがあったのか。監禁じゃなかったのは良かったけど、複雑な気分だ。
 でもちょっとスッキリした。ずっと変だと思ってたんだよ。カレルはともかく、ルチアーノがオレと一緒に行動するメリットはないから。スパイ兼監視のためなら納得できる。

「ファタリタが衰退しているのは、この大陸を守る神の力が衰えてきているからだ。神が力を取り戻せば、必ず国は良くなる。教主達とフィオレラは、この点では意見が一致している。今サウラスが挙兵するのは愚行だ。そこの女は民を扇動した罪で即刻処刑されるべきだ!」

 宣言するようにルチアーノが言うのを聞いたジョヴァンナは、堪えきれないように腹を抱えて笑い出した。

「プッ……ハハハハ! 神? そんなものはいてもいなくても、どうでも良い! 神になど縋らずとも、私のサウラスは繁栄し始めている。街に溢れる子どもの数を見ただろう? 活気に溢れる人々の姿も!」

 ジョヴァンナは舞台女優のような身振りで立ち上がり、入り口の扉を勢いよく開け放った。

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