エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

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5.サウラスにて

5-8. 出発.2

 凪いだ春の海を順調に進み続けた船は、オティアンの言ったとおり、夜がが明けて程なく小さな港に錨を降ろした。
 船の上はにわかに慌ただしくなったけど、オレたちは足の鎖も外されないまま放置のままだ。

 しばらくすると、甲板に椅子二脚と小さなテーブルが持ち出され、片方の椅子にジョヴァンナが座った。今日は女王然としたガウンではなく、白銀の鎧を着けて長い赤毛を編んで頭に巻き付けている。後ろには将校っぽい男が一人、命願教徒のローブを着た老人が一人付き、そのまた後ろにオティアンが片足に重心をかけてくつろいだ様子で立っている。

「エラストの長老がお着きです!」

 船縁の向こうから船員が顔を出して大声で告げると、ジョヴァンナは鷹揚に頷いて立ち上がった。どうもこれからこの甲板上で両陣営首脳の話し合いが行われるようだ。
 オレは階段の声が少しでも聞こえるように、足を繋ぐ鎖を最大限伸ばして椅子の方へと近づいておく。

 船縁へ手をかけ、それを身軽に乗り越えて知らない人物が姿を現す。背が高く、色が黒い。一瞬カレルかと思って心臓が跳ねたけど、短く刈り込んだ髪の色は明るい茶色で違うと気付いて落胆した。
 男は縁の向こうへ身を乗り出し、もう一人の人物を甲板へと引っ張り上げる。

「ああ、大変だ。年寄りをこんな所に呼び出して……ああ、まったく大変なことだ」

 引っ張り上げられたのは、緩く編んだ白髪を膝まで垂らした老人だった。ゆったりした毛織りのガウンの上に何枚も色鮮やかなストールを重ね、折れ曲がった背を太い杖で支えている。顔には深い皺が刻まれていたけど、垂れ下がった瞼の奥には深い灰色の目が穏やかで知的な光を浮かべているのが見えた。男か女かはハッキリ分からない。
 エラストの男に手を引かれて老人はゆっくりとジョヴァンナの前に進み、彼女が何か言う前に

「あ~~~~」

 と、魂が抜けたような声を上げて椅子に座り込んだ。ギョッとした様子でジョヴァンナが側に膝をつくと、それに向かって手を差し出し、

「あ~~~~喉が渇いた。こんなに喉が渇いちゃあ、極上のワインに蜂蜜を溶かしてスパイスを混ぜたのをた~くさん飲まねば、わたしゃ死んでしまうよ。ハァ~甘くて柔らかいパンに卵を挟んだものを食べにゃあ、話をする気にもなれないね」

 と大げさに嘆く。ジョヴァンナは苦笑しながらその手を取り、

「不躾な招きに応じて頂き、ありがとうございます。お口に合うかは分かりませんが、ご足労頂いた礼にサウラスの銘酒をご用意しております」

 と酒杯を握らせる。控えていた女官に手で合図すると、酒の入った壺や食べ物の載った皿が運ばれてきた。

「私はサウラスの領主、ジョヴァンナと申します。食べながらお話しさせて頂いても?」

「嫌だよ、お行儀の悪い。なんだい、わたしの分の杯しかないのかい。ケチくさいねえ。ティトー、こちらの女傑はお前の助力は要らないそうだよ。帰って昼寝でもしてな」

 老婆は杯を一気に呷って後ろに控える茶髪の男を振り返り、手を振った。ジョヴァンナは慌ててそれを止める。

「勿論、そちらの紳士の分も用意させましょう! 船の外でお待ちの一族の方にも」

「当たり前さあね。あんたらはウチの港を借りる。ウチの戦士を借りる。気前の悪い人間に大事なモンを貸したら、二度と返ってこない。気前の良いとこ見せてくれなきゃ、なーんにも貸してやるきにゃならないね」

「借りたものは倍にして返すつもりでおります。ご安心を」

 ジョヴァンナにそこまで言わせて初めて老婆は歯の抜けた口元をニタリとゆるめた。

「その言葉、確かに聞いたよ。詳しいことはこのティトーと話しておくれ。ホントなら交渉ごとはカレルっちゅう若いのがやるんだけども、アレは今ここにおらんから。あー、そうそう、わたしらはあんたんとこに加勢するけども、ファタリタで同族を見つけたら、そっちを助けるのを優先する。わたしらは仇を討つより仲間の救助が先。ええな?」

「別行動に移る前に必ずご連絡頂ければ、その点については問題ありません。お借りできる人員の数ですが……」

 ジョヴァンナが話し出すと、ティトーと呼ばれた男が前に出て老人の代わりに後を引き継いだ。老人は勝手に酒壺を傾けて好きなだけ飲み、皿に盛られた食べ物を次々口に入れていく。老人にしては大柄で健康そうだけど、それにしたってあんなスピードで食べて喉に詰まったりしないかな。
 オレは実家でおばあちゃんが正月に餅を喉に詰まらせた時の大騒ぎを思い出して、内心ハラハラしていた。

 老婆は一通り満足するまで食べ終えると、今度はフラフラと甲板の上を歩き出す。兵士たちが心配そうに見まもる中、ウロウロ歩き回った末にオレに目を留めて近寄ってきた。
 いきなり目の前でしゃがみ込まれ、オレは老人が具合を悪くしたのかとびっくりして手を伸ばす。その手を掴んで老人はニコリと笑った。

「黒髪、黒目の小さいのと、金の髪に青い目の若い男。お前たちがあの子の言ってた客だね」

 何のことだか分からず、オレは目を瞬かせた。

「あの子? 客?」

「カレルさ。もしも黒い子ヤギのような子と、金髪の牡鹿のような男がここを訪れることがあったら、大事な客として迎えてやってくれと頼まれてるよ。あの子はお前さんたちに随分世話になったらしいね。一族を助けた人は一族と同じさ。よくここまで来てくれた」

 老人はカサついた両手でオレの手を包み込み、何度も撫でる。子ヤギがオレで、牡鹿がルチアーノってことか。山羊って……と微妙な気分になったけど、それは今はどうでも良い。

「お世話になったのはオレの方なんです。カレルは今どこにいるんですか? 一度ここに戻ったんですか?」

「真冬に一回顔を出して、すぐまた出かけた。どこにいるかはわたしも知らん。あの子は我慢が足らんから、何でも一人でやろうとするのよ。気が短いのは誰に似たんだか」

 オレからしたらカレルは相当気が長くて我慢強い方だけど、ここでは短気扱いなのか。余っ程のんびりした一族なんだな、エラスト人って。

 それはともかく、カレルが一旦戻ったことが分かったのは良かった。けど、また出て行ったというのは気に掛かる。もしもサウラスに来ていたら、必ず挙兵に気付いて後を追ってくるはずだ。でも、今になっても姿を現してないって事は、カレルは聖都にいる可能性が高い。
 あそこは今、どうなっているんだろう。サウラス蜂起の知らせは届いているのだろうか。

「カレルに連絡を取ることはできないんですか?」

「ないなあ。まあ、あの子のことだから、滅多なことでは死なんだろう。まずは待つことだ」

 人の命がかかってる時にそれはのんびり構えすぎじゃないのかとオレは思うけど、老婆はニコニコしてオレの手を取ったまま立ち上がった。

「おおい、ファタリタのお人よ! この子はウチの客人だ。鎖を解いてやっておくれ」

 ティトーと額を付き合わせて話し込んでいたジョヴァンナが顔を上げ、

「それはこちらの捕虜です。引き渡しを希望なさるなら、相応の支払いを頂く」

 と、長靴の踵を鳴らしてこちらに向かってきた。

「はぁ~、まったくケチケチするねえ。何が望みだい」

「一人につき黄金を一袋……と言いたいところですが、戦の後も同盟を維持して頂けるならば、無償で引き渡しましょう」

「高いか安いか分からん対価だね! しかし、命願教徒やらよりは、アンタの方が話が通じる。その条件で受けよう」

 話が決まるとすぐにオレたちの足を繋いでいる鎖は外された。

「あの……! 図々しくて申し訳ないんですけど、あと一人捕虜がいるんです!」

 オレが声を上げると、ジョヴァンナは

「彼女は具合が悪くて伏せっている。担架で下ろしてやるから、船外で待て」

 と言って踵を返した。


 オレとルチアーノは晴れて自由の身となって、沖に停泊していたサウラスの船を下り、小舟で浅瀬を渡ってエラストの地を踏んだ。
 狭い砂浜の向こうは丈の短い草が茂る丘になっている。海風が強く、雲が飛ぶように頭上を流れていた。風よけのためか丘の上には低い石垣が何重にも並び、間に石造りの小さな家が点々と建っている。
 空の青と、地面の緑、石垣の白と黒、灰色の家々。人の気配の少ない寂しい景色だ。

 砂浜にはエラストの人達が十人ほど集まって、沖に泊まっている船を見ていた。髪と目の色は様々だけど、みんな背が高くガッチリした体格で肌が浅黒い。女性は長い髪を二つに分けて緩く編み、胸の前に垂らすのが決まりのようだ。男性は女性と同じような髪型もいるし、短くしている人もいる。

 オレたちの乗った小舟が浜に引き上げられてすぐ、長老とティトーが乗った小舟も戻ってきた。そっちの船にマイアリーノも一緒に乗せられていたらしい。
 ティトーが毛布に包まれたマイアリーノを抱いて舟を下りると、見物に集まった人の間から低いどよめきが漏れた。
 長老は杖を振り上げてざわめきを鎮めると、

「状況は変わった!」

 と一言怒鳴った。

「この度の戦は、サウラスを助けるためのものではなくなった! ファタリタは我々の命を弄んだ。この娘がその証だ。動けるものは皆武器を取れ! 我々は奴らに復讐する!」

 さっきまでののらりくらりとした老人ぶりがどこに行ったのかというような激しさで長老が檄を飛ばす横で、ティトーがマイアリーノの身体を砂浜に横たえ、毛布を取り去った。
 小さな身体と、動物の特徴が現れたままの顔が明らかになる。
 周囲のどよめきが大きくなり、それがすぐに怒りと嘆きの叫びに変わった。

「報いを! ファタリタに復讐を!」

 老人の声に重なり、悲嘆の叫びが波のように繰り返される。

 オレは離れた場所で呆然とそれを見ていた。
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