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第53話
しおりを挟む「ジュディーちゃん、お婆ちゃまですよ」
最近、体調が良くなり離床する時間が増えた母が、また私の寝室を訪れた。
「お母様、体調は大丈夫?」
「ええ。最近は庭を少し散歩出来る様になったし」
母は赤ん坊を愛おしそうに腕に抱き、その小さな体を軽く揺すりながら笑顔で言った。父を亡くしてから……こんな風に笑う母を見るのは本当に久しぶりだった。
ジュディーを産んでから丸二日が経った。母もサミュエルも直ぐ様この可愛らしい赤ん坊に会いに来たと言うのに、何故か顔を見せない人物が一人。
私はジュディーに目を細めている母にそれとなく尋ねた。
「仕事は大丈夫かしら……?」
「貴女もすっかり仕事人間ねぇ、今はゆっくりと休む時よ。あぁ……そう言えば開校式は無事に済んだと校長から連絡があったみたいだけど」
「そう……」
私が尋ねたかったのは、それだけではなかったのだが、母は私にジュディーを返すと『また来るわね』と部屋を出て行った。
母の軽やかな足取りにホッとする反面、二日間姿を見せない人物に少しモヤッとする。
しかし、私はそのモヤモヤする気持ちに名前を付けられずにいた。
そんな中ー
『コンコンコン』
控えめなノックに私が応えると、開いた扉から顔を覗かせた人物は、
「イライジャ?」
彼の姿を三日ぶりに見る私は、少しだけ嬉しいような、少しだけモヤッとする様な矛盾した気持ちを感じていた。
「お休みの所、申し訳ありません。どうしてもキルステン様の許可が必要な書類がありましたので」
仕事の話か……そう思った自分に私は少し驚いていた。イライジャは執事。考えてみれば当たり前の事なのに。私はそんな自分を誤魔化す様に、少し早口で言った。
「分かったわ。その書類を見せて」
イライジャが寝台に近づく。私は書類を受け取る為にジュディーを赤ん坊用の寝台に寝かせようとしたが、ふと思いついた事を口にした。
「イライジャ、抱っこしていて貰える?」
すると、イライジャは目を丸くして首を横に振った。
「とんでもない!ジュディー様に何かあっては……」
「大丈夫よ。抱き方を教えるから」
私がそう言うとイライジャは少し困った様な顔をしながらも、書類を床頭台に置き手袋を外してそれをポケットにねじ込んだ。
「頭を腕で支える様にして……そう。もう片方の腕はこんな感じ」
イライジャはまるでガラス細工を扱うかの様にそっとジュディーに触れた。彼の肩には力が入っている様だが、ジュディーに触れる手はとても優しい。ぎこちないながらも、イライジャはジュディーを抱っこする事に成功した。
「……小さい。赤ん坊とはこんなにも小さいものなのですね」
「赤ん坊を見るのは初めて?」
「生まれたばかりの子を見るのは初めてです。……凄い。こんなに小さいのにちゃんと生きてる……」
イライジャはその紫色の瞳で、ジュディーをじっと見つめていた。
「命って尊いわ」
「本当に。……キルステン様もジュディー様も無事で良かった……」
心からホッとした様なイライジャに私はレジーナのお陰だと言った。
「出産は命がけだと聞いておりましたので……正直、心配で……本当に、本当に良かったです」
そう言ったイライジャの声は、少し震えている様だった。
最近、体調が良くなり離床する時間が増えた母が、また私の寝室を訪れた。
「お母様、体調は大丈夫?」
「ええ。最近は庭を少し散歩出来る様になったし」
母は赤ん坊を愛おしそうに腕に抱き、その小さな体を軽く揺すりながら笑顔で言った。父を亡くしてから……こんな風に笑う母を見るのは本当に久しぶりだった。
ジュディーを産んでから丸二日が経った。母もサミュエルも直ぐ様この可愛らしい赤ん坊に会いに来たと言うのに、何故か顔を見せない人物が一人。
私はジュディーに目を細めている母にそれとなく尋ねた。
「仕事は大丈夫かしら……?」
「貴女もすっかり仕事人間ねぇ、今はゆっくりと休む時よ。あぁ……そう言えば開校式は無事に済んだと校長から連絡があったみたいだけど」
「そう……」
私が尋ねたかったのは、それだけではなかったのだが、母は私にジュディーを返すと『また来るわね』と部屋を出て行った。
母の軽やかな足取りにホッとする反面、二日間姿を見せない人物に少しモヤッとする。
しかし、私はそのモヤモヤする気持ちに名前を付けられずにいた。
そんな中ー
『コンコンコン』
控えめなノックに私が応えると、開いた扉から顔を覗かせた人物は、
「イライジャ?」
彼の姿を三日ぶりに見る私は、少しだけ嬉しいような、少しだけモヤッとする様な矛盾した気持ちを感じていた。
「お休みの所、申し訳ありません。どうしてもキルステン様の許可が必要な書類がありましたので」
仕事の話か……そう思った自分に私は少し驚いていた。イライジャは執事。考えてみれば当たり前の事なのに。私はそんな自分を誤魔化す様に、少し早口で言った。
「分かったわ。その書類を見せて」
イライジャが寝台に近づく。私は書類を受け取る為にジュディーを赤ん坊用の寝台に寝かせようとしたが、ふと思いついた事を口にした。
「イライジャ、抱っこしていて貰える?」
すると、イライジャは目を丸くして首を横に振った。
「とんでもない!ジュディー様に何かあっては……」
「大丈夫よ。抱き方を教えるから」
私がそう言うとイライジャは少し困った様な顔をしながらも、書類を床頭台に置き手袋を外してそれをポケットにねじ込んだ。
「頭を腕で支える様にして……そう。もう片方の腕はこんな感じ」
イライジャはまるでガラス細工を扱うかの様にそっとジュディーに触れた。彼の肩には力が入っている様だが、ジュディーに触れる手はとても優しい。ぎこちないながらも、イライジャはジュディーを抱っこする事に成功した。
「……小さい。赤ん坊とはこんなにも小さいものなのですね」
「赤ん坊を見るのは初めて?」
「生まれたばかりの子を見るのは初めてです。……凄い。こんなに小さいのにちゃんと生きてる……」
イライジャはその紫色の瞳で、ジュディーをじっと見つめていた。
「命って尊いわ」
「本当に。……キルステン様もジュディー様も無事で良かった……」
心からホッとした様なイライジャに私はレジーナのお陰だと言った。
「出産は命がけだと聞いておりましたので……正直、心配で……本当に、本当に良かったです」
そう言ったイライジャの声は、少し震えている様だった。
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