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scene・7
しおりを挟む「ここ、使って良いわよ?配信?するのに、余り他の生活音がしない方が良いでしょう?」
と私が澄海を案内したのは、うちのマンションの一室だ。
「ここは?」
彼は扉を開けた私の後ろで不思議そうに声を出した。
「母はピアノの講師だったの。ここで子ども達にレッスンをしてたのよ。防音室になってるわ」
私は部屋に入ると久しぶりに、壁際に置かれたアップライトピアノの鍵盤蓋を開けた。
「お姉さんもピアノ弾けるの?」
「弾けるわよ?…もう随分触ってもないけど」
と言って、私は鍵盤の1つを指で押した。
『ポーン』という音が鳴る。
「ふふっ…。ダメね、調律しなきゃ」
と私が笑うと、
「どうして、弾かなかったの?」
と彼は訊いた。
「私…ピアノのレッスンが大嫌いだったの。子どもの頃は、友達と遊びたいのにっていつも駄々を捏ねてたわ。
母は別に私をピアニストにするつもりではなかったのかもしれないけど、私としてはプレッシャーで。
まぁ、それなりに弾けるけど、それ以上に勉強を頑張った。『ピアノで食っていけ』って言われないようにね。
でも母が亡くなって…ピアノに触れるのが申し訳ない気持ちになったの。
ずっとちゃんと向き合ってこなかった私が、今さらピアノを弾くなんてって」
私はそう言ってピアノの蓋を閉じた。
「お姉さんのお父さんは?」
彼に私の身の上を話した事はなかった。
1ヶ月程一緒に暮らしているが、私達はお互い、何も知らない。
「父は女を作って出ていった…らしいわ。
私が物心をつく頃には、もう母1人子1人だったから。
父に会った事はあるけど…知らないオジさんって思っただけ。私の親は母だけよ」
「お母さんは何で死んだの?」
「癌よ。母は我慢強い人だったから、気付いた時にはもう手遅れだったの。
病気が発覚してから2ヶ月半で亡くなった。もう4年前になるかな。
母は生前『貴女に迷惑をかける前に死にたいわ』って言ってたの。
元気な母だったから、『馬鹿言わないで。長生きしてね』って言ってたんだけど、有言実行って言うのかしら…全く私に迷惑を掛けずに…私を置いて逝ってしまった」
すると、澄海は私を後ろから抱き締めて、
「お姉さん、俺が居るよ。お姉さんは1人じゃないよ」
と言った。
人の温もりなんて久しぶりだ。でも、この温もりに縋るつもりなんて毛頭ない。
「ありがとう。でも、私、貴方を一生養っていくつもりなんてないから!ちゃーんと稼いで自立してよ!」
私は少しおどけた様に私を囲った腕をペチンと叩いた。
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