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59話
しおりを挟む「さぁ!出来ました!久しぶりでしたが……うん!これなら十分でしょう!!」
とマーサさ……いや、マーサは何度も満足そうな笑顔で頷きながらそう言った。
私は正直……鏡の前でぼう然と立ち尽くしている。
いつもはお下げを片方に垂らした自分の髪が、今まで見た事がない程に複雑に編み込まれ、小さな宝石がたくさんついた髪飾りで纏められている。顔は綺麗に施された化粧によって、肌はツヤツヤ唇はプルプルでかつてない程に、華やかだ。
そして極めつけは今まで袖を通した事もないほどに豪華で質の良い……白いドレス。そう……白いドレスだ。
これって……とあ然としている私に、マーサは、
「さて……仕上げにこれを被せましょうね」
とニコニコ顔で私の頭にベールを被せた。
これは、間違いようがない。ウェディングドレスだ。
「これ……は。ウェディングドレスですよね?」
と私がマーサに尋ねたと同時に、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「クレア!綺麗になったじゃないか!」
マーサが扉を開けると同時に、そう言いながら大股で私に近付いてくるのは、エリオット殿下だ。
「殿下………あの、これってウェディングドレス……ですよね?」
とさっきマーサに貰えなかった答えを今度こそは貰おうと、私は口を開いた。
「あぁ。その通りだ。……いやぁ……俺は別にお前の外見に惹かれた訳ではないが、こうして着飾った姿もまた、良いもんだな。美しいよ」
と笑顔で言う殿下。
さっきから、ちょいちょい失礼な発言に若干イラッとするものの、今はそれどころではない。
「流石に、正妃より先に側妃が挙式する訳には参りません。……もしや、もう既に正妃様が……?」
一週間全く顔を見せなかったこの男。もしやその間に正妃を娶ったとでも言うのだろうか?
しかし、例えそうだとしても、正妃との結婚式の数日後に側妃の結婚式というのは、些か節操がなさ過ぎでは?
「何を言ってる。正妃はお前だよ、クレア。俺は側妃など娶る気はないし。ん?何だか不満そうな顔をしているな。もしや……一週間俺の顔が見れなくて寂しかったか?」
「いえ、いえ、いえ、そうではありません。と言うか私……『王太子妃になるつもりはない』そう言いましたよね?殿下もそれで良いと、そう約束して下さったではありませんか?!」
この自惚れた男の鼻をへし折ってやりたいが、それは今じゃない。
さっきの戸惑いから、今度は約束を破られた事への怒りが湧く。
「おい、落ち着け。そんな顔をしたら美人が台無しだぞ?確かに俺は『王太子妃になる必要はない』と言った。だが、お前は今日から王妃になるのだ。この国の」
とにっこり笑う殿下の顔を、信じられないものでも見るような気持ちで私は穴が開く程見詰めた。
そして……ここに連れて来られたあの日を思い出していた。あの時殿下は『あと一週間で国王になる』とそう言っていたではないか。……やられた。
「……私を騙したのですね?」
「人聞きの悪い事を言うな。騙してもいないし、約束を破った訳でもないだろう?お前が重要な事を忘れていただけだ。
王太子妃でなければ俺の提案を受け入れると約束したのはお前だ。まさか、約束を反故にすると言うのではあるまいな?」
とニヤついた顔で言う殿下……いや陛下の顔を引っ叩きたくなる衝動を抑えるのに苦労する。
「私は側妃になるものだとばかり思っておりました」
と陛下を睨みながら言えば、
「お前が睨んでも可愛いだけだな。俺は側妃になれなど一言も言っていない。それはお前の勘違いだ。……何だ?随分と怒っているようだな」
「当たり前です!!王太子妃にもなりたくありませんでしたが、王妃にはもっとなりたくありません!!当然でしょう?そんな重大な事をまるで騙し討ちのように……!」
私が怒っているのなんて、気持ちを読まなくてもわかるだろう。
「まぁ、まぁ、そう言うな。俺が国王になる事を忘れていたお前も悪い」
と陛下はにっこり笑う。
すると、
「陛下、お時間でございます」
と言う声が廊下よりかかった。
陛下は私に腕を差し出すと、
「さぁ、時間だ。俺の即位式と結婚式だ。国民も皆待っている」
と私に言う。
私は自分の運命を呪いながら仕方なくその腕を取った。
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