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90話
しおりを挟む「お兄様、久しぶり!」
と陛下に駆け寄るローランド様を陛下は抱き上げた。
今までアナベル様の目があったせいで、ローランド様と距離を置いてきた陛下だったが、抱き上げたローランド様を見る目は優しい。
「もう僕は五歳ですよ!赤ちゃん扱いしないで下さい」
と少し膨れて抗議するローランド様はやっぱりまだ子どもだ。
地面に降ろされたローランド様はキョロキョロして、
「あれ?今日はアイザックは居ないの?」
と私に尋ねる。
「ええ。今日はお部屋でお昼寝しています」
と私が微笑めば、
「えーっ!アイザックに会いたかったな……」
とローランド様は寂しそうにした。
あの襲撃以来、秘密の抜け道は塞がれ、ローランド様はこの庭に近づく事を禁止された。もちろん、ローランド様には不満だっただろうが、それが彼を守るためでもあった。
「ローランド。今日は大切な話があるんだ。少し難しい話だが、聞いてもらえるか?」
と陛下は少し真面目な顔でそう言った。
私達はガゼボに置かれたテーブルセットの藤の長椅子に腰掛ける。
陛下は極力優しい言葉でローランド様に話して聞かせた。
アナベル様が牢に入れられている事は隠した。しかし遠くに行った為に、もう会えないと伝えると、ローランド様は少しホッとした表情になる。
……今まで、アナベル様に怯えて暮らしていた事が、その顔から窺えた。
前国王陛下が父親ではなかった事を告げた時も、ローランド様は
『だから、お父様は僕に無関心だったんだね』と妙に納得していた。
両親から愛情を受けてこなかった事が痛いほどわかって、私は胸が苦しくなる。
陛下は、
「ローランド。お前には本当の父親がいる。その男はお前と暮らしたいと、そう言っているんだ。だがな、その男は大怪我を負って騎士として暮らす事が難しくなってしまった。ある村で農業や林業を営んでいるんだ。だから、今と同じ様な生活は出来ない。どうだ?ローランド、お前はどうしたい?」
と優しく尋ねる。
たった五歳の子どもに、こんな質問……酷な事は私も陛下もわかっていた。だけど、陛下はあくまでもローランド様に決めさせたいとそう言って今日のこの話し合いがあるのだ。
「お父様?僕の本当のお父様は僕と暮らしたいって?」
「あぁ、そうだ。贅沢はさせられないけど、共に暮らしたいとそう言っている。その男には妻がいるが、お前の母親になりたいと」
「じゃあ、僕、もうお勉強しなくて良いの?」
「今ほど難しい勉強はしなくても良いかもしれないが、知識を得る事、学ぶ事は一生続く。お前はこれから、生きる術を学んでいくんだ。お前が望むなら……新しい家族と」
陛下の言葉に少し俯くローランド様。子どもなりに自分の身の振り方を考えているのだろう。
ローランド様は少しの間考えてから、スッと顔を上げると、
「僕、お父様と暮らしたいな」
とにっこり笑った。
きっと色々な葛藤があったに違いない。私は思わず涙が出そうになるのをグッと耐えた。
陛下の目元も少し赤い気がする。
そんなローランド様を陛下はギュッと抱き締めた。
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