お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶

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第31話

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私と公爵様はテーブルを挟んで向かいに座る。
厨房にあるテーブルはいつもの食卓よりずっと小さくて、私と公爵様の距離はいつもよりも近かった。……といっても食卓を囲んだ事などないが。

湯気の立ち上るハーブティーを私が一口飲むと、公爵様が何度もフーフーと息を吹き掛け、恐る恐る茶を一口啜った。

「……もしや公爵様は猫舌なのですか?」

「ん?あぁ、そうだ。知らなかったか」

「ええ。公爵様とは食事をした事もありませんので」

……何とも言えない沈黙が落ちる。すると公爵様は、

「確か……君がこの屋敷に来てもう8年程になるな。考えると、その間1度も……お茶でさえ、こうして一緒に飲むことは無かった」
今回は私が嫁いで来た年数を間違う事はなかったようだ。それだけでも少し嬉しく感じるのは何故だろう。

「でも、今はこうして膝を付き合わせて飲んでいるではありませんか。そんな夜もあったと、またいずれ思い出す時があります」

「そうかもしれないな。君とは言い争ってばかりだったが、こんな夜もあったと思い出すのも悪くない」

私達はお互い少し微笑んだ。
公爵様も歳をとったという事か。微笑んだ目尻には皺が刻まれている。

お互い何を話せば良いのかわからないのか、はたまたこの沈黙が心地好いのか、黙ったままお茶を飲む。

すると、公爵様は

「養子の件だが……いずれ君にきちんと話そうと思う。君の事は信用に値する人間だと思っているから」
と一言口にすると、

「さて、私は少し仕事を思い出した。先に失礼する。君はゆっくりしていけば良い。……お茶をありがとう」
と公爵様は立ち上がった。

今まで仕事を手伝った時でも、夜会で他の貴族との橋渡しをした時でも礼など言われた事はなかった。それが、お茶を淹れただけで礼を言われるとは……。

私がそんな公爵様に驚いている内に、公爵様は厨房から出て行った。

初めて公爵様とこんな穏やかな時間を過ごした気がする。
私は少しだけ心が温かくなったような気がした。

今思うと公爵様とのあんな時間は後にも先にもあの夜だけだった。
最初で最後の穏やかな時間だったのだ。



私はふと我に返った。
今、ちょうど棺に花を手向ける時間になったらしい。私がそれをするのを周りの皆が見守っている。
少し……昔を思い出す時間が長かったようだ。

棺が降ろされて、その上に土が被せられる。
5日前のあの大雨が嘘のような天気の中、夫だった人物の最期を私は見送った。

私はやっと、自由になれた。もう公爵様の監視の目はない。

そう……自由になれた筈だったのだ。

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