お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶

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第34話

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私はムスカを部屋へ入れた。

「ムスカが私に話があるなんて珍しいわね」
ムスカとは私が一方的に話を振って彼がそれに短く答えるというスタイルでのみ会話が成立している。
私達にはそれで十分だった。

「イアンの事です」
イアンとは、公爵様にあの日ついていた護衛の名だ。

「イアンがどうしたの?」

「イアンを辞めさせてあげて下さい」

「どうして?イアンだって公爵様を止めたわ。でも公爵様には逆らえないから渋々ついて行った。彼も危険を犯してついて行ってくれたのに、責任を取る必要などないでしょう?」

「もし私が同じ様に、自分の目の前で奥様に何かあったら……許される事の方が辛い、そう考えると思います」

「では、責任を問えと?」

「そうです。護衛は守るのが仕事。それを全う出来なかった者にその資格はない。それは本人が1番わかってる」

こんな風にムスカが私に何か意見する事は今まで殆んどなかった。ムスカから見れば、私の采配というのは、イアンにとってプライドを余計に傷つけるだけだと言いたいのかもしれない。

「……でもイアンを責めても公爵様は帰ってこないわ」

「逆にイアンを許しても公爵様は帰って来ません」

そうムスカにきっぱりと言われ、私は公爵様が本当にこの世界の何処にも居ない事を痛感した。

ムスカは黙っている私に、

「寂しいですか?」
と言った。その声はとても優しかった。

私は、

「喧嘩相手が居ないという事が、こんなに張り合いがないものだと思わなかったわ」
と言ってから、

「イアンの辞表を持っているんでしょう?」
と言って手を出した。

ムスカは懐からイアンの辞表を取り出すと私の手に乗せる。
そして

「ありがとうございます」
と言って部屋を出て行こうと扉の前に立つとゆっくりと振り返って、

「奥様が此処を出ていかれると言うのなら、私はついて行きますよ」
と言って部屋を出て行った。

……どうして私の考えている事がわかるのかしらね。
不思議な人だと思いながら、私はムスカが出て行った扉をジッと見詰めた。
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