お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶

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第64話

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テオは今、またパンを作りに厨房へ行っているので、ここは私が何とかしなければならない。

「ギルバートもまさか領地から貴女方が出て来られるとは思いもよらず、あえてそこに言及していなかったのかもしれませんが、普通に考えて……わかりますよね?」

「普通って何?私の常識とステラさんの常識は違うのかもしれないわ」
とにこやかに言う目の前のアイリスさんを、私は物珍しい者を見るような気持ちで見つめた。
こりゃ、何を話しても無理だな。

「……そうですか。では少しお待ち下さい」
と私は言うと、アーロンを側に呼んで耳打ちする。アーロンは、

「畏まりました」
と私に頭をかるく下げて、部屋を出て行った。

「ステラさんが話のわかる人で助かるわ」
と微笑むアイリスさんに、私も微笑み返す。

アーロンはすぐに戻ってきて私に紙を差し出した。私はそれにサッと目を通すと、頭の中で計算した。

「お待たせいたしました。では。まずこちらがいつもアイリスさんへご支援させていただいていた金額です」
と私は机にお金を並べた。アイリスさんは、

「あら、ありがとう」
とそのお金に手を伸ばそうとする。それを私は制して、

「あぁ、お待ち下さい。そうですねぇ……まず、お2人に掛かる食費……」
と言いながら私は机の上のお金をその分取り除いていく。

「それから…光熱費。あ、そうそう。これには家庭教師代も入っておりましたね。今、家庭教師はおりませんし……強いて言うなら、私が教えているので、これは私の取り分という事になるかしら……」
と言いながら、どんどんと机の上のお金を減らしていく。

「ちょっ……ちょっと」
とアイリスさんは少しオロオロしている様だ。

「そういえば、今月は観劇のチケット代もありましたね……」
と言えば、アイリスさんは青い顔で、

「ちょ!ちょっと!何故チケット代まで私が払わなければならないの?!」
と私に詰め寄ろうとする。

私はまた、それを手で制して、

「はて?『何故?』とは?私が『是非観劇に行って下さい』と言ったのであれば、それは私が支払うべきかもしれませんが、観劇をしたいと仰ったのはアイリスさん、貴女自身ですわ。
本来なら……私がこちらに招いた訳ではございませんので、滞在中のお部屋代もお支払いただきたいくらいですけど……それぐらいはサービスさせていただきますね」
と私がにっこり笑えば、

「おかしいでしょう?!私はテオの母親よ?敬われて然るべきだわ!」
とアイリスさんはヒステリックにそう叫んだ。

「………領地に居ても、貴女を次期公爵の生母として敬う者など居なかったでしょう?貴女はテオの母親ですが、公爵様の子どもだという事は秘匿にされていた筈です。
ならば、この屋敷でそんな事を望むのはおかしいのでは?それこそ『何故?』と私が問いたいぐらいですわ。
……さてと……では残りは…こちらですわね?」
と私は机に残った数枚の銀貨をアイリスさんに差し出して、

「どうぞお受け取り下さい。こちらが貴女への今月の支援金です」
と微笑んだ。

アイリスさんは顔を真っ赤にして、それを引ったくるように掴むと、

「あなた、調子に乗らない方が良いわ。テオが公爵になったら……あなたなんて追い出してあげるから!」
と捨て台詞を吐くと、部屋を出て行き、乱暴に扉を閉めた。

その大きな音に私もアーロンも顔をしかめると、2人して

「ふぅ……。なんとか帰ってくれたわね」
「なんとか帰ってくれましたね」
と溜め息をついた。
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