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夢なら覚めて
しおりを挟む重たい瞼を開けると、そこには見慣れた天井があった。
温かさを感じる左手をそっと見るとお兄様が私の手を握っている。
「!ベッキー、気がついたかい?」
「…お兄様…私…」
「お前は意識を失って倒れたんだ。
ごめんよ。ベッキーが…妊娠していると知らなかったとはいえ…軽率だったよ。」
部屋の隅に控えていたフェルナンデスが
「いえ。私が詳しい話をお聞きする前に直接奥様へお通ししたのが悪いのです。
申し訳ありません」
と深々と頭を下げた。
「!レオ様は?!」
私は倒れる前の話を思い出し、体を勢い良く起こす。
「ベッキー、急に動いてはダメだ」
お兄様は私の肩を押さえて、ベッドに寝かそうとする。
「お兄様、離して!レオ様の、レオ様の所へ行かなくては…!」
「落ち着いてベッキー。レオナルド殿はまだ王都に到着していない。
今ベッキーが動いた所で、会えないんだ」
「でも、でも…レオ様の側に行きたいんです!」
私は涙を流して、お兄様に訴えた。
「わかってる。ベッキーの気持ちはわかっているよ。
でも、今はベッキーも長く馬車に乗ることは出来ない。だから、レオナルド殿が王都に着くのを待つしかないんだ。
わかるね?今、ベッキーの体も普通と違うんだから、無理はさせられない」
私は、何も出来ない自分に腹が立って、その不甲斐なさから涙が止まらない。
「でも…私……レオ様の側に居たい…」
お兄様は私の頭を撫でながら、
「レオナルド殿はきっと大丈夫だ。王都に着いたら、必ずベッキーを連れて行くから、今は我慢して」
「…何故?何故レオ様は怪我を?何があったのです?」
「今はまだ詳しい事は言えない…
今わかっているのは、山道の途中で襲われた事とレオナルド殿が切創を負い、その時に足を滑らせ滑落したと言う事だけだ」
「襲われた?切創…?どういう事です?
今回の視察は危険を伴うものだったのですか?」
私は泣きながらお兄様の腕を掴んで問いただす。
「騎士の…妻とし…て、失格…なのは…わかっています。でも、どう…して?……どうしてなん…です?」
私は泣きすぎて、どんどん呼吸が苦しくなってきた。
「落ち着くんだベッキー。
おい、医者を呼んでくれ!まだ邸にはいるんだろ?」
そうお兄様が叫ぶとすぐにフェルナンデスが昨日私を診てくれた女医を連れて入ってきた。
「奥様!興奮するとお腹の子に障ります。深呼吸をして下さい。
赤ちゃんが苦しい思いをしますよ!」
お医者様が私を落ち着かせようとする。
私は、意識して深呼吸をしようとするが泣きすぎて、上手く出来ない。
「ベッキー、ほら吸って、吐いて。そうだゆっくりでいいんだ」
お兄様が私の側で必死になっているのを私は薄れゆく意識の中見ていた。
「奥様!しっかりして下さい!」
アンナとフェルナンデスの悲痛な声が聞こえる。
ダメだ、苦しい…でも私がしっかりしなきゃ……赤ちゃんは私が守らなきゃ。
私はまた深呼吸を繰り返す。
「そうです。そうです。もう大丈夫ですよ。ゆっくりで大丈夫」
お医者様の声が穏やかになっていく。私も少しずつ意識がはっきりしてきた。
「ベッキー…もう大丈夫だよ。お兄様が側に居るからね」
「…お兄様…レオ様は大丈夫よね?」
「ああ。大丈夫だ。お兄様が保証する」
「本当に?」
…お兄様だって今レオ様がどうなっているのか詳しい事はわからないはずだ。
私だってそれはわかってる。
でも誰かに『大丈夫』と言って欲しかった。
「ああ。お兄様がベッキーに嘘をつくわけないだろう?大丈夫。絶対大丈夫だよ」
今はこのお兄様の言葉にすがりたい。
「ありがとう…お兄様」
「さぁ、少しお休み。レオナルド殿の所へは絶対に私が連れていってあげるからね」
「約束よ。すぐに連れていってね」
お兄様は私の頭をずっと撫でてくれている。手は握ったままだ。
「ああ。約束だ」
「お兄様…今日は一緒に居てくれる?」
「もちろんだよ。ずっと側に居る」
本当なら、お兄様も忙しいはずなのに…でもこの温もりが無くなるのは、今の私には耐えられそうになかった。
「……我が儘でごめんなさい…」
「私はベッキーの願いを叶える為に生きているんだから、我が儘なんかじゃないよ」
私はお兄様の言葉を聞き、これが夢だったら良いのに…そう思いながら、少しずつ眠りに落ちていった。
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