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初めて
しおりを挟むどうしようか……。選び方が分からない。
五人ほど指名をもらっているが、皆と話してみればいいのか?
でも、そんなことしていたらいつまでも来店に繋げられないし、指名はマッチング的な要素はあまり無いだろうし。
「リオくん、誰にすればいいか悩んでた?最初は不安だよね」
ユキが顔を覗き込んでくる。本当に、自分の心が読めるかのように、欲しい言葉をかけてくれる。この人達全員彼みたいな人だったらいいのにな。
「ユキくんは、どうやって選んでいるんですか?」
「そうだなぁ。まずは、自分のNGリストに該当する人は除外して、あとはやり取りをしてみてだね」
「全員とやり取りするんですか?」
「そうだね。あくまでマッチングっていう部分が特徴の店だから、最初から指名であっても、やり取りはしてみるよ。もちろん、指名というわけではなくて、純粋に僕らとマッチングを考える人もいるし。単に指名して性的な欲を満たしたいのか、僕らとのマッチングを考えているのかは、この表示を見れば分かるよ」
「あ、ほんとだ。これで分かるんですね。指名の方が優先ですか?」
「一応そうしてる。やり取りは同時並行だけど。マッチングは時間をかけていくものだからね。ちょっと画面見てもいい?」
「どうぞ。なんならユキくんに選んでもらった方が安心です……」
「はは、プロフィールと全然印象違う人とかもいるけどね!うーん……、この人とかどうかなぁ?」
二十歳大学生。最近同性が好きだと自覚して、色々教えてもらいたい、との文章が書かれている。キスから通常の行為まではいいらしい。他は全てNGにしている。
「NGが多くて、初めてでってことは、よっぽど不安でここに来るんだと思う。初めての怖さとか良さも含めて、相手を思いやれるリオくんにぴったりじゃないかな」
「ありがとうございます。この人にします」
「……正直、今からこの人とリオくんがそういうことするんだって思うと、ちょっと苦しいけどね笑これも慣れていかないとなぁ」
「……慣れなくていいです。俺も、同じことずっと思ってます。仕事は仕事だと割り切りますけど」
「……でもね、リオくんはこの界隈に来たのは初めてだよね。まだまだこれからたくさんの人に出会う。仕事でも、それ以外でも。だから、なんて言うんだろう……、たまたま僕がリオくんにとって一番最初に出会った人間なだけで。色んな人と出会いを重ねていっていいんだからね」
泣いているような笑っているようなユキの表情に、胸が痛む。勝手に身体が動いてしまった。
ギュッとユキに抱きつき、回した腕に力をこめる。
「……これはパワーを貰ってるんです。これからたくさんの人に出会っても、一番最初にこの世界で救ってくれたのはユキくんですからっ」
パッと身体を離し、身を翻す。振り向いてユキくんの姿を見たら、戻りたくなってしまうから。一度この世界に足を踏み入れれば、後戻りできないと分かっている。沢山の人と身体を重ねることになる。でも、初めてはずっと変わらない。
一人目のお客さんは、予約時間ぴったりに現れた。細身であまり健康的に見えない。雰囲気も暗めで、不安からくるのかまたは元々そういう人なのか。
「よろしくお願いします。リオです。サカキさんでいいですか?」
「はい……。よろしくお願いします」
「では、個室に案内しますね。貴重品はロッカーに入れて、鍵をかけてください」
個室に入り、ドアを閉める。小窓があるとはいえ、狭い密室に初めて会う人と二人きりというのは、色んな意味で緊張が走る。
「実は、自分は最近ここに勤めるようになって、サカキさんが初めてのお客様なんです。自分も緊張しているので、大丈夫です。少し肩の力を抜いてくださいね」
「初めて……。そうなんですね。僕は、恋愛経験が無いんですけど、同性が好きだって最近気がついて。今日は、それが本当なのか確かめたくて来ました」
「うんうん。恋愛対象と性欲の対象が必ずしも一致するわけでもないですし、難しいですよね。自分が少しずつサカキさんを気持ちよくしていくので、ちょっとでも不快感を感じたら言ってください」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、まずは手を出して」
「?」
両手でサカキさんの手を握る。指と指の間をすり抜け、優しく手を撫でていく。
手が少し温まったところで、手を持ち上げ、手の甲にキスをする。
サカキさんの顔色を見ながら、服のボタンを開けていく。
隙間から素肌を触りながら、耳の後ろを撫で、顔を近づける。最初は額、頬と順番に口づけし、唇を合わせる。キスをしながら上半身を脱がせ、下をズボン越しに撫でる。
良かった。ちゃんと反応してる。
「下も舐めても大丈夫ですか?」
「……はい」
下も脱がせる。ローションを垂らして、直接触ると、さらに熱く硬くなった。
「あの……やっぱり、リオさんも一緒にしてくれませんか?」
「あっ、いいですよ!一緒に気持ちよくなりましょ」
自分も裸になり、サカキさんの目の前に座る。ローションを多めにとり、二人のものを合わせて擦る。
「サカキさん、こっち見て」
「」
深いキスをする。舌を絡め合い、お互いの吐息が漏れることで、余計に高まりが速くなる。
「んっ、リオさんっ……」
「サカキさん、気持ちい?」
「はい…、もう、いっちゃう……んっ」
「いいよ、いって」
「……っあっっ」
手の中に熱い液体が吹き出す。
「あっ、ごめんなさい……自分だけ気持ちよくなって……」
「いいんです!気持ちよかったなら自分もすごく嬉しい」
「リオさんの……」
中途半端に立ち上がった自分のものを、申し訳なさそうに見つめている。この人は良い人なんだなと思った。
「そしたら、時間ももう少ないし一緒にシャワー浴びましょ」
鏡の前に立たせて、自分は背後に回り、後ろから抱きしめる。そして、サカキさんの脚の間に自分のものを挟める。
「ちょっと足閉じて」
腰を前後に動かすと、自分のものがサカキさんのものに当たり、さらに熱を帯びた。
「す、素股……」
「サカキさんもまた硬くなってきた」
恥ずかしいのか、俯くサカキさんの乳首を指先で擦りながら、耳を甘噛みする。
「ちゃんと自分の姿見て。大丈夫。サカキさんは自信持っていいですよ。一緒にいこ」
「あっ、ん……」
鏡に写る姿は、快楽そのもので、なんの恐怖感、嫌悪感もない。
息が荒くなり、互いのものがどくどくと波うつ感覚で、もう少しでいきそうだと感じる。
最初ぎこちなかった腰の動きも、研修によって慣れたものになり、いよいよ自分もそっちの道に進んでいるんだなと思った。
「サカキさん、いけそう……っ?」
「ん、いっ、く……」
二人して達したあとは、身体を流し合った。
「なんで自分を選んでくれたんですか?」
「……顔が綺麗だったのと、こんな自分でも馬鹿にしないで受け止めてくれそうだったからです」
「馬鹿にすることなんて何もないですよ。今日だけは、自分のことを好きでいてください。そうすれば、サカキさんはもう同性との恋愛に自信を持って大丈夫ですよ」
「ありがとうございました。来てよかったです。リオさんでよかった」
「自分も、サカキさんが初めてのお客様でよかったです」
控室に戻ると、ユキが机に突っ伏して寝ていた。寝顔が見れるなんて、ラッキーすぎる。
まつ毛が長くてカールされていて女の子みたいだ。
もしかして、自分が終わるのを待っていてくれたのだろうか。
ユキのほっぺたをぷにぷにと押す。
「ユキくーん……、ユキちゃーん、ユキさーん!」
「わっ、リオくん!」
ガバッと勢いよく顔を上げられ、ユキの唇が自分の額に当たる。
「これは事故っ……」
そう言って、改めてユキの方から唇を重ねてくる。
「これも事故だから。上書きさせて」
「うん……事故……」
研修初日以来のキス。
やっぱり違う。サカキさんとは違う、泣きそうなほどにユキを求める感情が溢れ出す。
「ダメだね笑これ以上は。止まんなくなっちゃう」
「……全部事故ですから」
「うん、そうそう。で、どうだった?大丈夫だった?」
顔に服の跡がついていて可愛い。やっぱり心配で待っていてくれたんだな。
「謙虚で優しい人でした。よかったです」
「そっか……よかった。頑張ったね」
ほっとした顔で見つめてくる。
「待っててくれたんですか」
「まぁ、心配だったからね。子が旅立つ親の気持ち?笑」
「そういう心配ですか。俺はいつもユキくんが誰かのものになっちゃうんじゃないかって心配してますけど」
「……、僕もそうだよ」
肩に顔を埋められる。
名前の付かないこの寂しさを、こんなに近くにいるのに埋めることができない。
「ちょっと僕の話してもいい?」
「うん」
「僕ね、正確な年齢が分からないんだ。産まれて半年くらいで出生届も出されないまま親に捨てられて、里親が育ててくれたんだけどね。その里親が性的な暴力をするために応募したらしくて、母親も父親も僕を性的に毎日いじめてた」
「……うん」
「初体験は、推定小四くらいかな。母親に無理矢理犯されたよ。もっと前、精通する前から遊ばれたりしてたけど。まあ、学校もほとんど行けず軟禁状態っていうのかな。脚の傷は一回だけ母親に抵抗しようと思ってカッターを準備してたんだけど、失敗して逆に刺された。前も言ったけど、今は全然痛くないよ」
「うん」
「で、それが中学に入学する前まで続いて、やっと逃げ出せたの。家から。そしたら、その里親が自殺した。狂ってるよね。たぶんね、父親が動画を毎回撮ってて、自分が逃げたことで、逮捕されるとか思ったのかな。そして行くあてもなく、この繁華街に辿り着いて、しばらく路地裏で座ってたら、レイさんに拾われて、そこから五年くらいかな。ここにいる」
「っ……うん」
涙が止まらない。泣きたいのは、圧倒的にユキの方だろう。自分の肩に埋まった小さな頭を、撫でることしかできない。
「でも、ここにいたから、ここに来れたから、リオくんに出会えた。それだけが人生の中の一番の幸せだな」
「っ……うっ……」
「リオくんは、いなくならないでほしい。自分のことどうでもいい存在って思わないでほしい。これだけ、わがまま言わせて」
「うんっ……、ユキくんもっ……、絶対いなくならないで」
「約束。ありがとね、嫌な話聞いてくれて。なんかリオくんの顔見てたら急に話したくなった笑」
「もう……、辛い思いしなくていい……。頑張ったね。苦しかったよね……泣いていいんだよ」
「リオくんが大泣きしてるじゃん!僕の分も泣いてくれてありがと」
そう言って、ギュッと抱きしめられた。
「これはパワー貰ってるだけだからっ」
「ふは、俺の真似」
「というか、僕正確な年齢は分からないけど、高ニくらいなんだよね。もしかしてリオくんと同い年?」
「同い年だ」
「じゃあもう敬語無しでユキって呼んでいいよ」
「ユキ」
「なに?」
「ユキ!」
「なーにー?」
こっちからも強く抱きしめ返して、耳元で呟く。
「これからユキが幸せになれるように、俺が守るから」
心臓がどくどくと鳴っている。
好きだという言葉を伝えられないのがもどかしい。
17歳。あと、8年も待たなければならないのか。
この店以上に条件良く雇ってくれる所なんてない。ましてや、経歴が複雑なユキと、恐らく行方不明の扱いになっている自分を雇う店なんてここ以外無いはずだ。
「リオ」
「ん?」
「大人になったら、一緒に幸せになろう」
一緒に。幸せになってみせる。ユキを絶対幸せにしてみせる。
初めて、守りたいと思う人ができた。
応援ありがとうございます!
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