ハイドランジアの花束

ashiro

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誕生日

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レイさんに家の前まで見送ってもらった。


「リオ、まずはゆっくり休め。色んなことが一気に来て疲れたよな。頑張ったよ。俺もユキも、何があってもリオの味方だし、リオを必要としてる。リオはリオなりに頑張って今まで生きてきた。だから、自分を責めないようにな」

「はい……、迷惑かけてごめんなさい。ありがとうございました……」

「ユキ……、リオのこと、頼んだぞ」

「はい」

「明日から3日間、2人とも仕事休みな。こっちは何とかするし、給料も減らさないから。2人でゆっくり過ごしな」

「分かりました。配慮いただいてありがとうございます」

「……戸締り気をつけろよ。あと、外出するときも」

「はい」



部屋に入ると、途端に力が抜け、暗い部屋に座り込んでしまう。
ユキはそっと隣に座って、頭を撫でてくれた。

意味を持たない涙が、勝手に流れてくる。
隣でユキも泣いていた。

静かな空間に、控えめな嗚咽だけが響く。


突然、ユキはぽつりと呟いた。


「リオ」

「……ん、」

「結婚しよ」



突然すぎて頭が真っ白になる。咄嗟に、縋るようにユキの方を見る。
ユキは涙を流しながら、微笑んでいた。涙が、月の光に照らされて、煌めいている。そこには、美しくて、儚くて、愛おしいユキがいた。


「……うん。うん……っ」


ぼやけた頭の中で、ユキがずっと一緒にいてくれるという事実だけは理解できて、安心して、また涙が止まらなくなった。

優しく左手をとられる。
薬指にシルバーに輝く指輪がはめられる。


「誕生日おめでとう」

「……っ、うっ、ありがと……っ」

「これからどんなことがあっても、リオから離れないことを誓います」

「お、俺も、こんな俺でもずっと、ずっと一緒にいてくれますか……」

「ずっと一緒にいる。幸せにする。リオは絶対幸せになる」


ギュッと抱きしめられる。

とめどなく涙が溢れてくる。
ずっとユキに触れていたい。ずっと隣にいたい。


「……こんなに、幸せになってもいいのかな……」

「いいの。リオはリオだから」

「ごめん……ユキの指輪用意できてない……」

「当たり前だよ笑
自分でもお金足りなくて買えなかっただけ。あ、あとこれはお付き合いじゃなくて誓いだから。大丈夫」

「改めて、大人になったら俺からもプロポーズさせて」

「ありがと。楽しみだなぁ……」


現実を見たくない。
ただただ幸せな二人の日々を、未来を、想像していたい。


「……人が死ぬことってあっけないけど、残された人にとっては苦しいよね。それがどんな人であっても。自分は死んでもいいって思うけど、他の人には死んでほしくない。卑怯かもしれないけど」

「うん……」

「リオの両親とは違うから、一概には言えないけど、僕は里親が死んだとき……、正直……、安心感の方が強かった。完全に解放される。もうあんな地獄を受けることはない。自分の人生をやっと歩めるんだって思ったよ」

「うん……」

「実の両親は、顔も名前も何も知らない。今でも、僕のことなんか忘れて幸せに生きてるのかもしれない。血は繋がっていても、仮に家族でも、僕は両親を認めない。僕を死んでもいい環境に捨てたんだから」

「その両親と、俺は、何が違うのかな……俺も両親を捨てて逃げたから……っ」

「何もかも違う。僕の実の両親は、彼らの意思だけで身勝手に僕を捨てた。リオは、家で受けた酷い扱いから何年も耐えて、両親から消えろなんて最低なことを言われ続けて、家を出るしかなかった。それしか、リオが救われる方法は無かったんだよ。
相手から酷いことをされて逃げるのが間違いなの?
僕は、里親から逃げてなかったら、今でも性的虐待を受けてて、もしかしたら殺されてたかもしれない。物理的な暴力も、言葉の暴力も、無視とか心理的な暴力も、全部残酷だし受けた方は傷を負う。そこから逃げることは何も間違ってないと僕は思うよ」

「……逃げてもいい……?」

「うん。一緒にどこまでも逃げよう」

「……一人にしないで……」

「うん。絶対一人にしない」

「……もう、苦しくなりたくない……」

「もう苦しまなくていい。今まで辛いことばっかりだったけど、その分幸せなこと一緒に経験していこう」

「……ユキ、ユキだけはいなくならないで……」

「いなくならない。ずっと一緒にいる」



そのまま、床に座ったまま自分は寝てしまっていたようだった。

翌朝起きたら、ベッドの上で寝ていて、ちゃんと布団もかかっていて、目の前にはユキの愛らしい寝顔があった。

昨日の朝が嘘だったらよかった。

でも、昨日の誕生日は、一生忘れない。きっと、ユキは忘れないように、あの言葉を伝えてくれたんだと思う。

大きな苦しみを、同じくらいの幸せで、半分に割るように。

お父さん、お母さん。自分は邪魔者だったかもしれないけど、いつか、産んでよかったって思えるような人生を歩んでいくよ。あっちの世界で、分かり合えるときが来ることを願って。

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