5 / 8
第4話 おっさん、居酒屋のバイトでチートの片鱗を見せる。
しおりを挟む
目覚めると、見慣れた天井。ボロアパートの一室だ。
「ゲーム、抜けたのか......?」
せんべい布団の上に、俺は寝ていた。顔に触れ、ヘッドセットを装着していない事に気付く。
「あれ? どこ行ったんだ。無意識のうちに外しちまったかな?」
テーブルの下や布団の中も探したが、どこを探しても見つからなかった。
不意に、スマホのアラームが鳴り響く。時刻は16時。そろそろ仕事の時間だ。
仕方ない。なんかモヤモヤするけど、探すのは帰ってきてからにしよう。
職場へは徒歩で向かう。俺は車を持っていない。それもあって、職場に近い中心街にアパートを借りているのだ。
大衆居酒屋「徳兵衛」。昭和レトロな雰囲気が、老若男女問わず人気の繁盛店だ。店内には昭和のCMや歌謡曲、アニメの主題歌の有線が流れる。壁には古い映画のポスターや、ブリキの看板。メニューも懐かしの給食や、駄菓子なんかもあって楽しい。
「おはようございます」
店に入り、店長に挨拶する。店長は、22歳の若造だ。ちなみにこいつ、めちゃくちゃ態度がでかい。そして性格も悪い。
「やっときたか、おっさん。おめぇ鈍臭ぇんだからさ、もっと早く出勤して来いよ。明日から一時間早く来い。ああ、でもタイムカードはちゃんと出勤時間になってから押せよ。おら、さっさと仕込みやれ」
タバコをふかしながら、指図する店長。
「え? 今日の仕込みは店長がやる予定でしたよね? だから俺、今日この出勤時間だったんですけど......」
予想外の指示に、戸惑う俺。反論すると、店長は眉間にしわを寄せた。
「ああ!? なに口答えしちゃってんだおっさんよぉ! 39にもなってアルバイトって、恥ずかしくねぇのかテメェ!雇ってやってるだけでも有り難ぇと思えやゴラ! くだらねぇ事言ってねぇで、とっとと仕事しろや!」
ドスの効いた声で怒鳴る店長。年下相手に情けないが、俺はすっかり萎縮してしまった。
「す、すいません」
今から仕込みやっても、多分開店には間に合わない。だけどやらなきゃもっと最悪だ。仕方ない。とにかく出来る限り早く準備をするしかない。
サービスで出す味噌汁を大鍋で作り、その間に米を炊く。備長炭に火をつけ、炭火の準備をする。
あとは揚げ物の衣付けや、串焼き用の肉刺し、鉄板焼きのポーションの作成など。
店長は事務所で、スマホをいじりながらタバコを吸っている。
俺は怒りが爆発しそうだったが、言うだけ無駄だ。我慢するしかない。
「おはようございます」
最近入った新人の女の子、山本紫月ちゃんが出勤してきた。彼女はホール担当である。ホール担当はもう一人いて、バイト歴5年の男の子、三谷博之君だ。そろそろ出勤するはずだが、彼は遅刻癖がある。
今日は平日だからそんなに混まない。俺がドリンクを作り、店長が厨房を一人で担当。ホールが紫月ちゃんと博之君。以上四人で、今日は店を回す手筈である。
「おー、おはよう紫月! 今日も可愛いね! おっぱい揉ませてよ!」
出勤するなり、店長のセクハラをくらう紫月ちゃん。彼女は小柄でボーイッシュなショートヘア。顔は小動物のような可愛らしさだ。大きな目と、アヒルみたいな口がなんとも魅力的である。
しかも、めちゃくちゃ巨乳なのである。
「もー、やめてくださいよ店長! いい加減訴えますよ!」
笑顔でさらりとかわす紫月ちゃん。きっとこの手の輩には慣れているのだろう。
俺はまだ紫月ちゃんと話した事はない。せいぜい挨拶くらいだ。彼女の年齢は20歳。俺とは親子ほども年が離れている。こんなおっさんに話しかけられたら迷惑だろう。
けれども、その可愛さについ目を奪われてしまう。今日も紫月ちゃんは元気だ。だけど、なんだか目が赤いように見えた。出勤前に泣いたのだろうか。
その後も急ピッチで仕込みをこなしていき、どうにか開店に間に合った。
だが、ホール担当の博之君が、時間になっても来る気配が無い。
新人の紫月ちゃんだけでホールを回すのは、きついものがある。幸い、現在のお客様は1組だけだ。だがピークタイムまでに出勤してくれないとヤバイ。他にもスタッフはいるのだが、平日は都合が合わない人達ばかりだ。週末には戦力になってくれるのだが......。
その時店の電話が鳴り、店長が出る。
「ああ!? テメェまじふざけんなよ! はぁ!? もういいわ、お前クビな!」
そう言って、ガチャンと受話器を叩きつける店長。
「ど、どうしたんですか店長。今の電話、博之君ですよね?」
俺は猛り狂う店長に、恐る恐る尋ねる。
「どーもこーもねーわ! あいつ、今起きやがったんだってよ! 急いで出勤するって言ったんだがよ!ムカついたからクビにしてやったよ!」
いやいやいや。そこは我慢してよ......。クビにしちゃったら、もう来ないじゃん。今日の営業どうすんだよマジで......。
なんて言えるはずもなく。
「おっさんさ、今日ドリンクやりながらホールもやってよ。そうすりゃ、何とかなるだろ。オーダーミスしたら殺すぞ!」
そんな無茶な......。でもやるしかないか。
俺はホールでテーブルを拭いている紫月ちゃんに声をかけ、事情を説明した。
「ええ!? 博之さん来ないんですか!? じゃあ頑張らないとですね。室井さん、ドリンクやりながらで大変だと思いますけど、フォローよろしくお願いしますね♡」
ニッコリ微笑む紫月ちゃん。ぐほぁ! なんて凶悪な可愛さ! しかも俺の名前、覚えてくれてたんだ! すっげー嬉しい!
「うん。任せておいて。頑張ろうね」
俺は緊張しつつ、そう返した。リアルで女の子と話すのは、俺にとっては貴重な体験である。緊張するなってのは無理な話だ。
「はい! 頑張りましょう!」
紫月ちゃんは、両手で包み込むように俺の手を握った。
ぎょえええ! 頭真っ白!
なんていい子。おじちゃん、好きになっちゃいそう。
俺は元気百倍になり、テキパキと仕事をこなす。
「11番様、生ビール4丁いただきましたぁー!」
「はいよー! ありがとうございまーす!」
伝票が出る前にビールを注ぎ始め、伝票出た時にはもう完成。即座にお客様に届ける。
紫月ちゃんがオーダーを取ってる時にも、他のお客様のお呼びがかかる。そんな時は、俺がダッシュでオーダーを取りに行く。
俺は燃えていた。初めて人の力になれている、そう感じた。
体が軽い。いつもなら連発するミスも、今日は一切なかった。徐々に店内は混み合い、満席になる。
「なにやってんだゴラァ!」
ホールからお客様の怒鳴り声が聞こえる。まずい、紫月ちゃんはクレームには慣れていない筈だ。店長は料理に追われてるから無理だ。俺はダッシュでホールに躍り出る。
ガタイがでかい強面の若者たちだ。一人が立ち上がり、自分のズボンを指差している。
状況から察するに、どうやら紫月ちゃんが飲み物をこぼしてしまったようだ。
俺はスライディング土下座で突っ込み、ひたすら謝る。
「おっさんの土下座なんざ汚ねぇだけだからよ! そんなんじゃ、こっちの気はおさまらねーっての。この姉ちゃん、連れてくわ。あと俺らの会計、タダにしろや。わかってんだろーな、おっさんよ」
土下座する俺の頭を踏み付け、無銭飲食と紫月ちゃんを要求するDQN野郎。俺の脳内で、何かが切れる音が聞こえた。
「おい。こっちは謝ってんだろうが。たかだか酒がこぼれたぐれぇで、何ガタガタ騒いでんだガキ!」
思わずそう叫ぶ。俺はDQNの足を掴んだ。そして強引に持ち上げると、奴を席に押し倒す。
こんな腕力が、俺にあったのか。怒りに震えつつも、どこか冷静な自分がいた。まるで、二つの人格が同時に存在するかのように。
すると席に座っていた連中が、一斉に立ち上がる。今倒した奴を入れて、5人。自慢じゃないが、俺は殴り合いの喧嘩なんてした事は無い。普通なら怖気ついてしまうだろう。
だが、俺の今の精神状態は、異常とも言える状態だった。恐怖を全く感じない。生まれて初めて感じた強い怒りで、吹っ切れてしまったのかも知れない。
「おいおい、なんだこいつ。おもしれぇー! なんかめっちゃ怒ってんですけど!?」
「激おこプンプン丸ってかー? こいつ、ボコっちまおうぜ。そんでこいつの目の前でよー、この姉ちゃんと遊ぶのよ。どう? 俺のプレゼンどう?」
「紫月ちゃんつったっけ? めちゃくちゃおっぱいでかいよねー。何カップ? ねぇ、何カップ?」
「なー、このおっさんの目玉に串刺していい? いいよな?」
好き勝手言ってやがる。紫月ちゃんは困った顔で俺をチラチラと見る。助けを求める目だ。ここは俺が、なんとかしなければ。
「テメェー! 人の足掴んで何してくれてんだゴラァ! 覚悟できてんだろうな!」
俺の頭を踏んでいたDQNが、今度は俺の襟首を掴んで持ち上げる。
突然、俺の頭に呪文が浮かんだ。VRで経験した賢者思考が染み付いている。今の状況を切り抜ける魔法が、スッと浮かぶのだ。
「恐怖種」
人差し指をDQNの眉間に当て、魔法名を告げる。......はっ。俺は何をやっているんだ。魔法なんか使える訳ないのに。VRゲームがあまりにも現実味を帯びていた為、使えると錯覚してしまったのだろう。いい笑い者だ。
俺は殴られる覚悟を決めた。だが、男は一向に殴ってこない。それどころか、真っ青な顔でガタガタと震え始めた。
「ひ、ひぃぃっ! 許してください! 許してくださいぃ!」
DQNは俺の襟から手を離し、土下座をした。そして頭を床に擦り付け、うわごとのように許してくださいと繰り返した。
「お、おい、どうしたんだよカズ。お前らしくねぇぞ。このおっさんに何か言われたのか?」
仲間の一人がカズと呼ばれたDQNの顔を覗き込む。
「馬鹿野郎! このお方に失礼な事を言うな! おい、お前ら! 会計して帰るぞ!」
カズは震えながら立ち上がり、何度もペコペコとお辞儀をしながらレジに進んで行った。
「すごい! 室井さん、あのお客さんに何か言ってましたよね! なんて言ったんですか!?」
キラキラした目で、俺を見上げる紫月ちゃん。
「いや、警察を呼びますよ、って言ったんだ。思った以上に効果があったみたいだね」
紫月ちゃんは俺の言葉を信じてくれた。まさか魔法を使ったなんて、言える訳が無い。本当に使えてしまうとは思わなかったけど......「恐怖種」は、不安や恐怖を感じてしまう映像を、見せ続ける魔法だ。多くの場合、術者を恐怖の対象として見るようになり、恐れるようになる。
「すいませーん!」
おっと、そうこうしているうちに、およびのお客様が増えている。恐らくオーダーも溜まっている筈だ。俺と紫月ちゃんは持ち場に戻り、紫月ちゃんはさっきのDQN連中の会計。俺はたまっている伝票を確認し、怒涛のスピードでドリンクを作り続けた。
ホールに出ると、毎回紫月ちゃんと目が合う。彼女は軽く手を振って、微笑んでくれる。くー!最高だぜ!
俺と紫月ちゃんの距離は、一気に縮まった気がする。よし、思い切って今日、飲みに誘うぞー!
「ゲーム、抜けたのか......?」
せんべい布団の上に、俺は寝ていた。顔に触れ、ヘッドセットを装着していない事に気付く。
「あれ? どこ行ったんだ。無意識のうちに外しちまったかな?」
テーブルの下や布団の中も探したが、どこを探しても見つからなかった。
不意に、スマホのアラームが鳴り響く。時刻は16時。そろそろ仕事の時間だ。
仕方ない。なんかモヤモヤするけど、探すのは帰ってきてからにしよう。
職場へは徒歩で向かう。俺は車を持っていない。それもあって、職場に近い中心街にアパートを借りているのだ。
大衆居酒屋「徳兵衛」。昭和レトロな雰囲気が、老若男女問わず人気の繁盛店だ。店内には昭和のCMや歌謡曲、アニメの主題歌の有線が流れる。壁には古い映画のポスターや、ブリキの看板。メニューも懐かしの給食や、駄菓子なんかもあって楽しい。
「おはようございます」
店に入り、店長に挨拶する。店長は、22歳の若造だ。ちなみにこいつ、めちゃくちゃ態度がでかい。そして性格も悪い。
「やっときたか、おっさん。おめぇ鈍臭ぇんだからさ、もっと早く出勤して来いよ。明日から一時間早く来い。ああ、でもタイムカードはちゃんと出勤時間になってから押せよ。おら、さっさと仕込みやれ」
タバコをふかしながら、指図する店長。
「え? 今日の仕込みは店長がやる予定でしたよね? だから俺、今日この出勤時間だったんですけど......」
予想外の指示に、戸惑う俺。反論すると、店長は眉間にしわを寄せた。
「ああ!? なに口答えしちゃってんだおっさんよぉ! 39にもなってアルバイトって、恥ずかしくねぇのかテメェ!雇ってやってるだけでも有り難ぇと思えやゴラ! くだらねぇ事言ってねぇで、とっとと仕事しろや!」
ドスの効いた声で怒鳴る店長。年下相手に情けないが、俺はすっかり萎縮してしまった。
「す、すいません」
今から仕込みやっても、多分開店には間に合わない。だけどやらなきゃもっと最悪だ。仕方ない。とにかく出来る限り早く準備をするしかない。
サービスで出す味噌汁を大鍋で作り、その間に米を炊く。備長炭に火をつけ、炭火の準備をする。
あとは揚げ物の衣付けや、串焼き用の肉刺し、鉄板焼きのポーションの作成など。
店長は事務所で、スマホをいじりながらタバコを吸っている。
俺は怒りが爆発しそうだったが、言うだけ無駄だ。我慢するしかない。
「おはようございます」
最近入った新人の女の子、山本紫月ちゃんが出勤してきた。彼女はホール担当である。ホール担当はもう一人いて、バイト歴5年の男の子、三谷博之君だ。そろそろ出勤するはずだが、彼は遅刻癖がある。
今日は平日だからそんなに混まない。俺がドリンクを作り、店長が厨房を一人で担当。ホールが紫月ちゃんと博之君。以上四人で、今日は店を回す手筈である。
「おー、おはよう紫月! 今日も可愛いね! おっぱい揉ませてよ!」
出勤するなり、店長のセクハラをくらう紫月ちゃん。彼女は小柄でボーイッシュなショートヘア。顔は小動物のような可愛らしさだ。大きな目と、アヒルみたいな口がなんとも魅力的である。
しかも、めちゃくちゃ巨乳なのである。
「もー、やめてくださいよ店長! いい加減訴えますよ!」
笑顔でさらりとかわす紫月ちゃん。きっとこの手の輩には慣れているのだろう。
俺はまだ紫月ちゃんと話した事はない。せいぜい挨拶くらいだ。彼女の年齢は20歳。俺とは親子ほども年が離れている。こんなおっさんに話しかけられたら迷惑だろう。
けれども、その可愛さについ目を奪われてしまう。今日も紫月ちゃんは元気だ。だけど、なんだか目が赤いように見えた。出勤前に泣いたのだろうか。
その後も急ピッチで仕込みをこなしていき、どうにか開店に間に合った。
だが、ホール担当の博之君が、時間になっても来る気配が無い。
新人の紫月ちゃんだけでホールを回すのは、きついものがある。幸い、現在のお客様は1組だけだ。だがピークタイムまでに出勤してくれないとヤバイ。他にもスタッフはいるのだが、平日は都合が合わない人達ばかりだ。週末には戦力になってくれるのだが......。
その時店の電話が鳴り、店長が出る。
「ああ!? テメェまじふざけんなよ! はぁ!? もういいわ、お前クビな!」
そう言って、ガチャンと受話器を叩きつける店長。
「ど、どうしたんですか店長。今の電話、博之君ですよね?」
俺は猛り狂う店長に、恐る恐る尋ねる。
「どーもこーもねーわ! あいつ、今起きやがったんだってよ! 急いで出勤するって言ったんだがよ!ムカついたからクビにしてやったよ!」
いやいやいや。そこは我慢してよ......。クビにしちゃったら、もう来ないじゃん。今日の営業どうすんだよマジで......。
なんて言えるはずもなく。
「おっさんさ、今日ドリンクやりながらホールもやってよ。そうすりゃ、何とかなるだろ。オーダーミスしたら殺すぞ!」
そんな無茶な......。でもやるしかないか。
俺はホールでテーブルを拭いている紫月ちゃんに声をかけ、事情を説明した。
「ええ!? 博之さん来ないんですか!? じゃあ頑張らないとですね。室井さん、ドリンクやりながらで大変だと思いますけど、フォローよろしくお願いしますね♡」
ニッコリ微笑む紫月ちゃん。ぐほぁ! なんて凶悪な可愛さ! しかも俺の名前、覚えてくれてたんだ! すっげー嬉しい!
「うん。任せておいて。頑張ろうね」
俺は緊張しつつ、そう返した。リアルで女の子と話すのは、俺にとっては貴重な体験である。緊張するなってのは無理な話だ。
「はい! 頑張りましょう!」
紫月ちゃんは、両手で包み込むように俺の手を握った。
ぎょえええ! 頭真っ白!
なんていい子。おじちゃん、好きになっちゃいそう。
俺は元気百倍になり、テキパキと仕事をこなす。
「11番様、生ビール4丁いただきましたぁー!」
「はいよー! ありがとうございまーす!」
伝票が出る前にビールを注ぎ始め、伝票出た時にはもう完成。即座にお客様に届ける。
紫月ちゃんがオーダーを取ってる時にも、他のお客様のお呼びがかかる。そんな時は、俺がダッシュでオーダーを取りに行く。
俺は燃えていた。初めて人の力になれている、そう感じた。
体が軽い。いつもなら連発するミスも、今日は一切なかった。徐々に店内は混み合い、満席になる。
「なにやってんだゴラァ!」
ホールからお客様の怒鳴り声が聞こえる。まずい、紫月ちゃんはクレームには慣れていない筈だ。店長は料理に追われてるから無理だ。俺はダッシュでホールに躍り出る。
ガタイがでかい強面の若者たちだ。一人が立ち上がり、自分のズボンを指差している。
状況から察するに、どうやら紫月ちゃんが飲み物をこぼしてしまったようだ。
俺はスライディング土下座で突っ込み、ひたすら謝る。
「おっさんの土下座なんざ汚ねぇだけだからよ! そんなんじゃ、こっちの気はおさまらねーっての。この姉ちゃん、連れてくわ。あと俺らの会計、タダにしろや。わかってんだろーな、おっさんよ」
土下座する俺の頭を踏み付け、無銭飲食と紫月ちゃんを要求するDQN野郎。俺の脳内で、何かが切れる音が聞こえた。
「おい。こっちは謝ってんだろうが。たかだか酒がこぼれたぐれぇで、何ガタガタ騒いでんだガキ!」
思わずそう叫ぶ。俺はDQNの足を掴んだ。そして強引に持ち上げると、奴を席に押し倒す。
こんな腕力が、俺にあったのか。怒りに震えつつも、どこか冷静な自分がいた。まるで、二つの人格が同時に存在するかのように。
すると席に座っていた連中が、一斉に立ち上がる。今倒した奴を入れて、5人。自慢じゃないが、俺は殴り合いの喧嘩なんてした事は無い。普通なら怖気ついてしまうだろう。
だが、俺の今の精神状態は、異常とも言える状態だった。恐怖を全く感じない。生まれて初めて感じた強い怒りで、吹っ切れてしまったのかも知れない。
「おいおい、なんだこいつ。おもしれぇー! なんかめっちゃ怒ってんですけど!?」
「激おこプンプン丸ってかー? こいつ、ボコっちまおうぜ。そんでこいつの目の前でよー、この姉ちゃんと遊ぶのよ。どう? 俺のプレゼンどう?」
「紫月ちゃんつったっけ? めちゃくちゃおっぱいでかいよねー。何カップ? ねぇ、何カップ?」
「なー、このおっさんの目玉に串刺していい? いいよな?」
好き勝手言ってやがる。紫月ちゃんは困った顔で俺をチラチラと見る。助けを求める目だ。ここは俺が、なんとかしなければ。
「テメェー! 人の足掴んで何してくれてんだゴラァ! 覚悟できてんだろうな!」
俺の頭を踏んでいたDQNが、今度は俺の襟首を掴んで持ち上げる。
突然、俺の頭に呪文が浮かんだ。VRで経験した賢者思考が染み付いている。今の状況を切り抜ける魔法が、スッと浮かぶのだ。
「恐怖種」
人差し指をDQNの眉間に当て、魔法名を告げる。......はっ。俺は何をやっているんだ。魔法なんか使える訳ないのに。VRゲームがあまりにも現実味を帯びていた為、使えると錯覚してしまったのだろう。いい笑い者だ。
俺は殴られる覚悟を決めた。だが、男は一向に殴ってこない。それどころか、真っ青な顔でガタガタと震え始めた。
「ひ、ひぃぃっ! 許してください! 許してくださいぃ!」
DQNは俺の襟から手を離し、土下座をした。そして頭を床に擦り付け、うわごとのように許してくださいと繰り返した。
「お、おい、どうしたんだよカズ。お前らしくねぇぞ。このおっさんに何か言われたのか?」
仲間の一人がカズと呼ばれたDQNの顔を覗き込む。
「馬鹿野郎! このお方に失礼な事を言うな! おい、お前ら! 会計して帰るぞ!」
カズは震えながら立ち上がり、何度もペコペコとお辞儀をしながらレジに進んで行った。
「すごい! 室井さん、あのお客さんに何か言ってましたよね! なんて言ったんですか!?」
キラキラした目で、俺を見上げる紫月ちゃん。
「いや、警察を呼びますよ、って言ったんだ。思った以上に効果があったみたいだね」
紫月ちゃんは俺の言葉を信じてくれた。まさか魔法を使ったなんて、言える訳が無い。本当に使えてしまうとは思わなかったけど......「恐怖種」は、不安や恐怖を感じてしまう映像を、見せ続ける魔法だ。多くの場合、術者を恐怖の対象として見るようになり、恐れるようになる。
「すいませーん!」
おっと、そうこうしているうちに、およびのお客様が増えている。恐らくオーダーも溜まっている筈だ。俺と紫月ちゃんは持ち場に戻り、紫月ちゃんはさっきのDQN連中の会計。俺はたまっている伝票を確認し、怒涛のスピードでドリンクを作り続けた。
ホールに出ると、毎回紫月ちゃんと目が合う。彼女は軽く手を振って、微笑んでくれる。くー!最高だぜ!
俺と紫月ちゃんの距離は、一気に縮まった気がする。よし、思い切って今日、飲みに誘うぞー!
0
あなたにおすすめの小説
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
無属性魔法使いの下剋上~現代日本の知識を持つ魔導書と契約したら、俺だけが使える「科学魔法」で学園の英雄に成り上がりました~
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は今日から、俺の主(マスター)だ」――魔力を持たない“無能”と蔑まれる落ちこぼれ貴族、ユキナリ。彼が手にした一冊の古びた魔導書。そこに宿っていたのは、異世界日本の知識を持つ生意気な魂、カイだった!
「俺の知識とお前の魔力があれば、最強だって夢じゃない」
主従契約から始まる、二人の秘密の特訓。科学的知識で魔法の常識を覆し、落ちこぼれが天才たちに成り上がる! 無自覚に甘い主従関係と、胸がすくような下剋上劇が今、幕を開ける!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
転生したら最強の神具を持っていた!~無自覚英雄は今日ものんびり街を救う~
にゃ-さん
ファンタジー
ブラック企業で過労死した青年・タクトが転生した先は、魔法と剣が息づく異世界。
神から与えられた“壊れ性能”の神具を片手に、本人は「平穏に暮らしたい」と願うが、なぜか行く先々でトラブルと美女が寄ってくる。
魔物を一撃で倒し、王族を救い、知らぬ間に英雄扱いされるタクト。
そして、彼を見下していた貴族や勇者たちが次々と“ざまぁ”されていく…。
無自覚最強系×コミカルな日常×ほのぼのハーレム。テンプレの中に熱さと癒しを込めた異世界活劇、ここに開幕!
ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~
とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。
先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。
龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。
魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。
バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる