呪術恋愛戦線 ―山奥ド田舎の陰キャ呪術師の俺が、都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ―

杉林重工

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彼女の名前は瀬路原野弦

ゴルフは好きかい?

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 合儀肺助は走った。なんで走ってるのか、やや納得はいかないが、それでも走った。

(なんで一緒に帰る流れ、っぽい雰囲気から十秒差で走ってタピオカ屋を目指してるんだ?)

 しかし、きっと、あの幼馴染・瀬路原ノツルも自分を信じて走っているのだ。それを裏切るわけにはいかない。

 そうして学校の敷地を出てカラマ商店街の喧騒を走り、なんとか『タピオカ屋』の前に至った肺助は、そこで呆然とした。

「あれ? ノツルがいない」

 案の定、流行を過ぎ行列も何もないタピオカ屋の前に、瀬路原ノツルもまたいなかった。

「抜いちゃったか?」つい、不安になって肺助はつぶやいた。その時であった。

「なんだい少年、何か、わからないことがあるのかな」

 はっとして肺助は隣を見る。気配もなく、肺助の横に、見るからに仕立ての良いダークブラウンの三つ揃いのスーツを着た四十代の男が立っていた。整えられた、密度のある口ひげに、まっすぐ伸びた背。ほのかに薫る香水と言い、まさに紳士然とした男だった。

「いいかい、わからないことの解決策は大抵、ゴルフの中にある」

 訂正、変な男である。

「わたしの名前は、ナイススイング正隆。ゴルフのすべてを知る男だ」

「すみません、間に合ってます」

 肺助は妙なことに巻き込まれたくない一心で言う。

「いいや、大丈夫じゃない。落ち着いて喋ろうじゃないか。タピオカミルクティーはどうかな」

 ナイススイング正隆は目の前のタピオカ屋を指した。

「じゃあ、連れが来るのでせめてもう一つ追加でお願いします」

 肺助にしろ、ノツルにしろ、懐へのダメージがないなら万々歳だろう。それに、タピオカミルクティーは溶けたりしないため、先に買っておくデメリットも少ない。

「勿論さ。ゴルフとはたくさんの人とコースを回るのが楽しいからね」

「ごめんなさい、ゴルフのことはさっぱりわからないのでその例えはやめてもらっていいですか」

 肺助の嘆願に返事はない。ナイススイング正隆はタピオカミルクティーを三つ購入し、二つを肺助に渡した。

「タピオカミルクティーは、ゴルフに似てる」

 余計な一言ともにタピオカミルクティーは肺助の手に。

「似てないと思います」

「せっかく打った球が、池に落ちる。それは、とても悲しいことだ」

「話を聞いてください」

「池ポチャ。それ自体は悲劇だが、それこそがゴルフの醍醐味だ。わかるかい?」

「高校生でゴルフについて詳しい奴はこんな田舎の商店街でタピオカとか飲まないですよ」

「即ち、ゴルフとは自然との闘いなのだ。他のスポーツは、常に人間の敵がいる。人対人だ。だが、ゴルフは違う。広大なゴルフ場という自然の中で、雨や、池、砂地、芝のコンディション、複雑な地形と戦う。そして、時にそれは自分との内心の戦いにも発展する。コースを回る道中、日差しを感じたり、その起伏に息を切らす。その時、プレイヤーは自分の外と内に、自然を感じるのだ」

 肺助はそっと、ナイススイング正隆から距離を開けた。ただの高校生にゴルフは早すぎた。このままタピオカ二つを持ち逃げし、スマホで改めて瀬路原ノツルに連絡を取ろう。そう肺助は考えた。

「わかるだろう、『呪術』と一緒さ」

 そういわれるまでは。

「どういうことですか」肺助は眉を顰め、奇人紳士・ナイススイング正隆を凝視した。

「瞑想や真言を唱えて一日を山中で過ごしたりするのは、自分の中に自然を摂りこみ、一体化することに意味があるだろう。ゴルフも同じだ。否、下手な修行をしている時より、ゴルフをしているとき、そのワンスイング、ワンショットに集中している間、わたしは宇宙を手にしているのだ」

 すっぽんすっぽんすっぽん、とナイススイング正隆はタピオカを啜った。

「時に、君に相談なのだが。君の家が持っている広大な土地、このナイススイング正隆に譲らないかい?」

「なんだって?」

「了承してくれるなら、莫大な資金を君の家族にプレゼントしよう。そして、僕はあの土地に最高の呪術的修業の場、ゴルフ場を建設するのだ」

「そうか。お前が、先輩の言っていた『敵』か」

 肺助はタピオカを置き、鞄の中に手を伸ばした。錫杖はないが、独鈷杵ならある。

「ゴルフに敵はいない。あるのは、自分と自然だけだ。君の幼馴染、えっと、瀬路原、ノツルさん、かな」

「え?」

 意外な名前を出され、肺助は思わず硬直した。

「彼女、いいゴルファーになるよ。ちょっと始めるには遅いかもしれないが、軸がしっかりしている。腰回り、骨盤がしっかりしているんだろうね、いいスイングをするよ、きっと。背骨からの流れも素晴らしい。筋を感じる。腕の長さもちょうどいい。あの体がきゅっとひねられて、ドライバーを振ったら、きっと完璧さ。それに、なかなか溌剌としていて、愛嬌もある。人気の女子ゴルファーになるよ」

 そういいながら、ナイススイング正隆はくねくねと手を動かし、瀬路原ノツルの体型を宙に描く。虫唾の走る光景であった。

「悪いが、ノツルにはゴルフじゃなくて『陸上』がある」

「それは残念だ。でも、本人次第だとは思わないかい?」

「ノツルはどこにいる?」肺助はナイススイング正隆の言葉を無視して問う。

「〈ゴルフ場〉さ。わたしの結界の中に囚われている」

「えっと、『気付いたらスポーツ用品店のゴルフコーナーから出られない」?」

 肺助はスマートフォンに着信した瀬路原ノツルからのメッセージを読み上げた。タピオカ屋の隣には、『マツタニスポーツ』という名前のスポーツ用品店がある。

「あの中か」

 肺助はそっちに一歩を踏み出そうとしたが、それを当然、ナイススイング正隆が防ぐ。

「おっと、グリーンから外れるのはよくない」

「ゴルフのルールは知らない」

「なら、直接体に教え込むしかないようだね!」

 明らかに人が周囲にいる環境で、ナイススイング正隆はそう声を上げると、指を鳴らした。猛然と煙を上げて、一台の車、否、屋根付きのゴーカートのようなものが急に滑り込んできた。いわゆる、ゴルフカートと呼ばれる、本来であれば広大なゴルフ場内を移動するための乗り物である。

「戦いの場まで、君を案内しよう。ここでゴルフをするのは紳士のすることではない」

 名前も行動も滅茶苦茶であるが、ナイススイング正隆は、ちゃんと周囲を気にする男だった。

「だが、応じないなら、あのスポーツショップに作ったわたしの〈ゴルフ場〉に囚われている瀬路原ノツルさんは、未来の陸上選手から、有望な女子プロゴルファーになってしまうかもしれないね」

 とはいえ、ナイススイング正隆の性格、言動は明確な憎むべき敵であった。

 その時丁度、肺助のスマホに新規のメッセージが着信した。

『新着:瀬路原ノツル
 やることないし、ゴルフクラブ? っていうのを振ってるんだけど、なんか楽しい気がしてきた。陸上より楽しいかも。わたしってば、ナイススイング』

 肺助の脳裏には、恋より勉強を頑張ると宣言する真壁動太や、嫁を受け入れ、姑としてきゃっきゃする合儀椎子の姿が浮かぶ。

「ノツルは陸上が好きだ。それを、お前が勝手に塗り替えるなんて許さない」

 肺助は決意をもって、すでにゴルフカートの運転席に座るナイススイング正隆の後ろに座った。

「若いねえ、合儀肺助君。それが、仇にならなければいいのだけれど」

 ナイススイング正隆は、意味にありげに微笑んだ。
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