呪術恋愛戦線 ―山奥ド田舎の陰キャ呪術師の俺が、都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ―

杉林重工

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彼女の名前は瀬路原野弦

熊とノツル

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 ナイススイング正隆のゴルフクラブがゴルフボールを打ち、ゴルフボールは真っ直ぐ、合儀肺助の顔面をぶち抜く!

 ――そうなる、はずだった。

 だが、そのスイングの最中、突如として彼の目の前に現れたのは、赤く輝く巨大な熊であった。

 熊は威嚇するように、正隆の前で立ち上がる――なんと雄々しき熊であろうか。腹には『S』に似た渦巻きが赤青の線でぐるりと描かれている。そんな『熊』が胸を張るように背筋を伸ばした――その全長、二メートルどころか三メートルを超える。そんな高所から、熊は子供の胴ほどはある右前脚を振り下ろす。

「なんだこれは!」

 スイングを中断し、正隆はゴルフクラブを前に突き出して熊をやり過ごそうとする。ところが、熊の爪とクラブの柄がかち合うと、いとも簡単にそれは叩き折られた。

「うおおおおおお!」

 慌ててナイススイング正隆は地面を四つん這いになって逃げた。正隆の残した足跡の上に、熊の両爪が突き刺さる。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」

 正隆を真似るように、熊は吼えた。それに驚いた正隆はその場で体をひっくり返し、仰向けになって転ぶ。死にかけの蝉のようであった。

「ゴルフ場って、案外熊が出るそうですね」

 そんな熊の隣に並び立つのは、肩を上下させる、呼気の荒い一人の少女。

「瀬路原……?」

 肺助は目を丸くして、自身の幼馴染である瀬路原ノツルを見上げた。

「危なかったね、肺助。でも、わたしが来たからにはもう大丈夫だよ」

 荒い呼吸のまま、ノツルは肺助へ笑いかけた。

「この子は〈ハヤト〉っていう、わたしの式神」ノツルは熊の式神=〈ハヤト〉の背を撫でて言う。

「し、式神? お前、呪術師だったのか?」

「まあ、ね!」

 そういって、大きく息を吐きながら、改めて仇敵たるナイススイング正隆を睨む。次いで、刀礼の形に変えた指を向けた。

「さあ、お前のスコア? を数えろ!」

「まだワンショットもしとらんわ!」

 ナイススイング正隆は、地面に仰向けに倒れたまま叫んだ。ノツルは、ああそっか、と声を漏らす。

「じゃあ、そのまま〈ハヤト〉に食われちゃえ」

 熊は再び吼えると、一気にナイススイング正隆へ距離を詰めようとした。だが、そんな〈ハヤト〉の前に、突如として無人のゴルフカートが滑り込んで邪魔をした。

「ゴルフ場に熊が出たらゲームは中止だ! 今日のところは失礼させてもらうよ!」

 熊を牽制したゴルフカートは、そのまま大きく弧を描いて正隆に至る。そして、彼を乗せて猛然と公園から去って行った。

「逃げちゃった。じゃあ、今日はおしまい」

 ぱん、と瀬路原ノツルが手を打つと、〈ハヤト〉はその姿を消した。その代わりに、〈ハヤト〉がいた場所に四角く扁平な物体が落ちるのを肺助は見た。

「ふう。大変だったね、肺助」そう言って、ノツルは肺助のことを振り見る。

「え、なんていうか、どっから突っ込んでいいのかわかんないんだけど……」

 肺助は目を白黒させながら言う。当のノツルといえば、熊が消えたところに歩き、地面から一台のスマートフォンを拾い上げた。肺助が見た、地面に落下した扁平なものとはスマートフォンであった。

(なぜ、スマホが……?)

「あれ? 突っ込みどころなんかあった?」

 ノツルは拾い上げたスマートフォンから泥を落としながら、言う。本当に疑問に思っているようで、それが肺助には信じられない。

「えーっと、お前って、呪術師だったのか?」

「そう! その通り! 言ってなかったっけ?」誤魔化すようにノツルは言う。

「……隠してたのか?」肺助は眉を顰めた。その様子に、観念したのかノツルは溜息をついた。

「あー、それはなんていうか、驚かせたかった、ていうのかな」

 そして表情を隠すために顔をそむけた。そして、あることに思い至る。

「っていうかさ! もっと嬉しそうに! してくれるんじゃないかなーって! 思ってたんだけど!」

 不満げに頬を膨らませながら、ノツルは肺助に近寄る。

「ごめん、サプライズが成功しすぎて色々まとまんないんだけど」

 対して、肺助は動揺を隠さず、ただただゆっくり身を起こそうとする。

 そんな彼へ、ノツルは無言で手を伸ばした。別に一人でも立てたのだが、何となく肺助はその手を取った。だが、ノツルはそれを引っ張ることなく、肺助に向かってぼそりと、次のように言った。

「……知ってるよ。なんか、肺助の家の山、取られちゃいそうになってるんだってね」

「なんでそれを……」肺助は思わず目を見開いて幼馴染を見上げた。

「懐かしいよねー、肺助の山。虫取りしたり木登りしたりしてさ。わたし達の秘密基地も作ったよね!」

 手を握られたまま、急に懐かしい話をされてしまった。ノツルは子供の頃は虫も平気で、肺助よりよっぽど元気に蝉を追いかけ回していた。そんなことを肺助は思い出す。

「そりゃあ、覚えてるけど。でも、雨か猪に潰されたよな」と肺助は答える。多分、雨と猪の両方だったのではないかと今では思う。

「そうそう! 折角お菓子とかもたくさん持ち込んだのにね」

 やっぱり猪にお菓子食べられちゃったのかな、そう言いながら、ノツルはついに、立つ気もないのか、しゃがみ込む。制服のスカートから覗く、やや日焼けした彼女の膝が、腿が肺助の正面でもじもじと擦れ動く。

「それからさあ、おばさんに内緒で、ここから先は言っちゃ駄目、ってところも行ったよね」

「あそこから先は迷子になるからって」

「今言われたら、なんとなくわかるけどさ。でも全然我慢できなくて。でも、楽しかったよね! 見たこともない洞窟見つけたり、川があったり、岩場を上ったりしてさ」

 ずっと握られっぱなしの肺助の手が強く握られる。いよいよ手の中は二人の熱で汗ばんでいた。自身の手汗も気になるし、そろそろ離したい、そういう気持ちも肺助の中で湧き上がる。だが、彼の手の中のノツルは、強さに反してどんどん小さくなっていくように感じた。

 ――途端、今、この手を離してはいけないと思う。そして、肺助のそういう意思を感じ取ったのだろうか、ノツルは口元を引き締めて言う。

「……だからさ、肺助の山は、肺助だけのものじゃないと思うな」
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