呪術恋愛戦線 ―山奥ド田舎の陰キャ呪術師の俺が、都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ―

杉林重工

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あらしが来る

これが敵

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 六年前。合儀家宅。その居間では、合儀夫妻による六時間に及ぶ激しい『会話』が行われていた。肺助はその時、廊下で小さく縮まりながらも、その内容をとてもよく覚えていた。

 ――夜十時十二分。

「あなたとはもうやっていけません。離婚です。この家から出て行ってください」

「待ってくれ、椎子! おれ達はまだやり直せる、そうは思わないか?」

「いいえ。それ以上粘るなら、わたしにも考えがあります」

 そういって、妻・合儀椎子は、夫・合儀肝悟朗をぎぎぎぎぎぎ、と睨みつけながら言った。

「呪い合いです。この禁歌をどちらが使いこなせるか、それで決着をつけたのち、勝った方が相手に〈九禁〉を科します」

「え、いや、さすがにそれはやりすぎじゃない?」

 肝悟朗は顔を真っ青にして言う。だが、椎子は退かない。

「いいえ。わたしに勝つ気がないならそもそも合儀家の呪術、禁歌の当主に能わず。敗者として〈九禁〉の対象にします」

「わかった。おれこそが禁歌の当主だ。お前みたいな他所から来た巫女もどきなんざひとひねりだ!」

 その言葉に椎子は眉を顰めたが、何も言わなかった。ただ椎子も肝悟朗も無言で立ち上がり、家を後にする。肺助はその様子を見ると、こっそりと二人の後をつけた。

 夫妻が到着したのは、合儀家敷地内、西の修練所。

 そこで行われた禁歌に伝わる呪術、〈九禁〉とはまさに凄惨な呪い合いであった。

「合儀椎……」「発言を禁ず!」

 合儀椎子のそれは、禁歌の禁止とでもいうべき呪術であった。だが、これが合儀夫妻の呪い合いの明暗をあっさりと分けた。

「!」これに面食らった肝悟朗に対し、その顔面を椎子はなんの躊躇いもなく殴りつけた。

 まだ準備も何もなかった肝悟朗はあっさりと体制を崩した。さらに、二発、三発と拳を入れ、さらにローキックで相手を跪かせる。

そして、口をすぐに復帰させた椎子が堂々と先行を取った。

「合儀肝悟朗の足を禁ず!」

「え? あッ!」その呪いに足を取られ、地面にあっさりと倒れ込んだ肝悟朗に、

「合儀肝悟朗の抵抗も、反抗も禁ず!」と椎子は迫る。

 無抵抗な男に対して、容赦のない殺気を向けた。

ゴッ、ガッ! 草が刈り取られ、土肌がむき出しとなった西の修練場に、肝悟朗の血が飛んだ。椎子は肝悟朗の頭を独鈷杵で殴りつけ、下駄で鳩尾を蹴る。

「ぼ、暴力を禁ず!」しかし、呪いの効果が切れた瞬間放たれたその言葉で、椎子はぴたりと、独鈷杵をふるう手を止めた。

「たすかっ……」「合意肝悟朗にさっき言ったやつを全部禁じる」

「――!」肝悟朗は言葉を失う。完全な失策であった。椎子はその隙に肝悟朗へ馬乗りになり、あらゆる優位を取れる形をとった。

合儀肝悟朗はその間、当たり前のように無抵抗であった。

抵抗が禁じられた男と、暴力を禁じられた女――だが、椎子は肝悟朗にまたがることで、完全に流れを掴んでいた。

そのまま椎子は肝悟朗の眉間に独鈷杵を押し当て、呪いの効果が切れるのを待つ。そこから先は、地獄であった。肝悟朗はすでに目に涙を浮かべ、敗北を察す。

――ゴッ、ガッ、ゴッ、ガッ「もう一回禁じる」ゴッ、ガッ「また禁じる」ゴッ「禁じる」ゴッ「禁じる」ガッ「禁じる」「禁じる」「禁じる」「禁じる」「禁じる」

 こうして、三十分。ワンサイドゲームで終わった〈九禁〉の儀は終結し、全身に打撲を負った合儀肝悟朗だけが西の修練場に残った。一応、反省としてはやはり言葉をベースにした呪術を行う場合、悠長に人の名前など読んでいる場合ではない、ということであろう。

「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」
「■■■を禁じる」

「……以上、九つの禁を以って〈九禁〉とす。以後、合儀肝悟朗の■■■■を禁じる」

 合儀椎子はそういって、ぱったり動かなくなった合儀肝悟朗の体を片手で悠々と引き摺りながら下山し、家の前に捨て置いた。

「酔っ払いが家の前で寝ていて、呼吸が浅くて心配です。連れて行ってもらえませんか」

 椎子はそう言って救急車を呼んだ。救急車で急行した救急隊員は、その怪我人を『大型車両に追突された交通事故』として記録している。全身に骨折や皹があり、打撲と裂傷だらけなのだから仕方ない。

「肺助。これでお父さんとはもう会うことも無いでしょう。いいですね」

「う、うん……」

 母に背中を押されながら、肺助は無様に転がった父のぼろ雑巾のようになった姿をよく覚えている。

(この家にいる限り、母さんには逆らえない……)

 時刻、現在。於、合儀家宅。居間。

「――九禁の一つ、合儀家の敷地への立ち入りを禁ずる。見事に破られましたね」

 合儀椎子は感心したように言った。実に落ち着いている。対して、肺助は全く落ち着かなかった。実に当然、といった様相でお茶まで用意しているノツルのことにも大変驚いていた。

 今、ダイニングテーブルを挟んで六人の男女が詰めていた。片方には、合儀椎子、合儀肺助、瀬路原ノツル、夜風和留。そして、もう片方こそ。

「ああ。あれからおれも鍛えなおした。今度こそお前に後れは取らん。堂々とやってやる」

 合儀肝悟朗と、

「いやあ、でも、元・奥さん。大変だったんですよ。この男をこの家、この敷地に突っ込むは。そのために、うちの娘とそちらの瀬路原さんには大変お世話になりました」

 フローリングの居間、鎮座するダイニングテーブルあまりにも不釣り合いな男が一人。白絹の狩衣、腰から下には濃紫の指貫の袴。頭には漆黒の烏帽子という、あまりにも『絵に描いた陰陽師』姿の男。こいつこそが、合儀肝悟朗に続いて合儀家宅に踏み込んできた『敵』である。

「申し遅れました。わたしこそがこの合儀家所有地正々堂々頂戴致す計画の主犯。阿賀谷戸天森にございます」

 まるでずっと前からそこにいたかのような仕草のこの男こそ、阿賀谷戸天森。椎子ですら、少し意識を逸らせばお客様として応対しそうなほど実にこの家に馴染んでいる。主犯と言いつつ、その自然な仕草こそがこの男の実力の証左であった。

 故に、彼を前にした肺助は唾を飲み、緊張に身を固めつつも、ある疑問を口にせざるを得ない。

「お、お義父さん……?」
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