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あらしが来る
狙われた男
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「あ、阿賀谷戸……?」
合儀肺助は驚きをそのままに目を丸くして発言者、阿賀谷戸天森なる男を見た。肺助の様子に、しかして阿賀谷戸天森は実にみやびに笑みを浮かべて頷いた。
「その通り。わたしこそ、君の知る阿賀谷戸命香の父、阿賀谷戸天森。娘が随分と世話になったね」
「お、お義父さん……?」それは肺助にとってある種最大の争点でもあった。
「ちょっと気が早くないか。っていうかわたし、一応ラスボスポジションなんだけど。だからもうちょっと畏れて?」
困惑しつつも、眉を吊り上げ天森は言う。肺助は慌てて手を突っ張る。
「すみません、娘さんのレンジの詰め方えぐすぎて感覚が……」
「ふっ、それは悪かったね。だがしかし、それもまたこの正統陰陽師たる阿賀谷戸天森の計画のうち。今こそ、この当世における唯一本物の陰陽師、阿賀谷戸天森の遠大な計画を話してやろう」
そういって、天森は背筋を伸ばした。
「あんまり興味は……」
「この合儀家に通う腰痛持ちの老婆の一人に、遠縁の娘として命香を付き添わせたのが二年前から」
「え? そんな昔から?」肺助は思わず声を上げた。
「この時から、礼節正しく、控えた様子なのに気が利く、という合儀椎子好みの、お家に一人ぐらいこんな娘がいたらいいのに、的な刷り込みを行っていたのだ」
「そう、すべてはお母さんの不覚……およよ」椎子は急に芝居掛って泣いて見せる。
「なんかめっちゃ楽しそうだったもんな」肺助は毒づいた。
「この合儀家は部外者を拒絶する結界。そこで、まずは主の『許容』が必要だった。つまりそれが命香のドキドキ嫁入り作戦というわけだ。なんかちょっと計画より早かったからパパびっくりしたけど結果としては上々だった」
「結婚は阻止しましたけどね!」
「いいや、あれでいい。まあ、命香は失敗したと思っているだろうが」
随分と意味深長な物言いであった。
「命香をはじめとして、こうして合儀家には『部外者』が入ってよい風潮が生まれたのだ。その好例として、瀬路原ノツルを使った。合儀椎子はついに、呪術の素質もなく、ただの趣味で小娘一人を家に常駐させた」
「え……わたしが?」ノツルにも動揺が走る。少なくとも、自分の存在がこのザ・陰陽師的見た目の『敵』の良い様に利用されていたことを理解したのだ。
「うう……ごめんね、おばさんがなんか、女の子が家にたくさんいるのちょっとだけ楽しくて浮かれてたの……およよ」
「本当にちょっとか?」
「そして、極めつけがその夜風和留だ。生粋の反呪術師。こいつさえ敷居を跨げれば、仮に禁歌を九重にかけられた男であろうと関係ない」
天森は、一人、ばつが悪そうに立っている娘、夜風和留をちらと見た。和留は短く舌打ちをする。
「では、計画のクライマックスといこうではないか。続きをどうぞ、肝悟朗」
そういって、天森はとんとん、と肝悟朗の背を叩いた。
「もともと、この山や敷地は合儀家の敷地であり、その正当な所有者はこのおれ、合儀肝悟朗だ」
「いいえ。書類上も合儀椎子に書き換わっています」
「わからないのか。それを戻せ、といっているのだ。もう、この土地に戻ってこられないおれではない。裁判を行う用意もある」
「はぐれ呪術師が裁判所の世話になるリスクをわかっておいでですか」
「だから、穏便に済まそうと言っているんじゃないか」
「禁歌による呪術や修行をさぼり、あまつさえ歌と字が入っているのだからと、突然へたくそなギターを伴奏にしてオリジナルのCD一千万枚を、わたしに内緒で密造して借金をこさえたのは誰ですか!」椎子は急に立ち上がって激高した。
「み、ミリオン??」和留も流石に驚いてぼそりと言葉を漏らした。
「え……おじさん……?」ノツルは絶句した。幼馴染の家族で行われた知られざる修羅場にぞっとする。
「しかも肺助の学資保険まで解約して!」さらに椎子は声を荒げた。
「ちょっと待ってそれは初耳」肺助は母と父を交互に見た。
「まあまあ、それは水に流そう」
「さすがに流せなくない? いい額だよ肝悟朗」ついに天森も動揺のままに言う。
「そういうわけで、あなたにこの土地は譲れません。それに、合儀家の呪術を頼りにしている人はたくさんいます。その人たちの面倒を、あなたのような適当な人が見れますか」
椎子は詰問した。もっともな意見であった。すると、肝悟朗は次のように言った。
「無理だな」堂々と胸を張るその態度に、肺助も眉を顰める。
「だが、おれの代わりに天森がそれをやる」
ちら、と肝悟朗は天森を見た。天森は頷いて返す。
「こちら、世界でも唯一の正統陰陽師・阿賀谷戸天森の呪術代行サービスのパンフレットです」
『はぐれ呪術師の仕事ってつらくない? そんなとき、あらゆる呪術サービスの代行を、素敵な陰陽師さんがしてくれたらナー! そう思ったことはありませんか?』
と書かれたパンフレットを天森は取り出した。
「わたしはこのように、B2B向けの呪術代行サービスを行っています。肝悟朗さんが再びこの土地の呪術師として就任した際には、わたしが代理で呪術的サービスを行う手はずになっております」
「それが、あなたの乗っ取り計画、ということですか。でも、元夫がうちの敷居を跨げるに様になったからと言って、土地の売買をする気はありません。お帰りください」
しかして椎子もまた毅然として応対する。その時であった。
「何があったんですか、お義母さま……え? お父さん?」
勢いよく今に入ってきたのは阿賀谷戸命香だった。まだ学校の時間だが、今、彼女の足元に一匹の黒い狐がついている辺り、式神によって異常を感知したと知れる。
「父上、で、あろ」
その一言で、命香は素早くその場で、床に打ち付けるように膝をついた。
「……はい、御父上」
その姿に、肺助はつい唇を歪めた。やはり、この阿賀谷戸天森という男は、敵だ。
「そう、合儀椎子様が土地をお譲りにならないのはわかっていたこと。ただ、合儀家の結界があってはこのわたしすら交渉のテーブルには着けない。話はここからです」
そういって、素早く天森は手印を結び、ふと何事をかを口にした、その途端であった。
「あ」
命香の口からどろり、と真黒な液体がこぼれた。
「命香ちゃ――」「先輩!」
椎子と肺助が同時に身を乗り出すが、その動きを合儀肝悟朗が制する。
「わたしの娘、阿賀谷戸命香だけではありません。スマホ式神を渡す際、瀬路原ノツルにも接触していますし、契約として『呪術的に価値のあるもの』を提出いただいていますからね。そこの夜風和留についてもです」
ノツルは声も出せずに口を両手で覆って震えあがった。
「阿賀谷戸の呪術は〈毒〉がお家芸だからな」
憎々し気に夜風和留は言う。
「さあ、どうですか、椎子さん。元夫、合儀肝悟朗氏に、土地をお譲りになっては?」
大粒の汗を浮かべ、肩で息をし、口から黒色の不明な液体を吐き続ける実の娘を尻目に、愉快そうに阿賀谷戸天森は訊ねた。
「脅迫、ですか」
しかして、すでに椎子は落ち着いていた。
「別に、わたしとしては命香さんが死のうが、ノツルちゃんが死のうが、肺助のお友達の女の子が死んでも構いません」
急に冷たく、氷のような口調で椎子は言う。それは、合儀肝悟朗を呪術で折檻した時と同じ無感情を包んでいる。
「所詮は、ただの母娘ごっこです。その程度で、わたしが背負うと覚悟した合儀の呪術の当主の立場、揺らぐとお思いでしたら勘違いも甚だしい。未熟千万、折角結界も破れたことですし、いつでもここにお出でになって、その交渉とやらをしにくるといい」
その強い言葉たちを、天森は表情一つ変えずに聞き入る。
「ですが、何度来ようと、わたしがここを譲るとは思わないことですね」
「……素晴らしい覚悟だ。それが、肝悟朗にもあったら、結果は違ったものになっていたでしょう」
ふう、と天森は深く息を吐く。そして、視線を別のところに移した。
「ところで君はどう思うのかな、合儀肺助君」
瞬間、肺助は背筋に氷を差し込まれたような恐ろしい気配を感じた。そう、今までの計画はすべて、合儀椎子やこの結界に対するものではなく、自分を崩すためのものだと理解したのだ。
「わたしは、君という人質が欲しい。これから大人しく、わが牙城、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドに来てくれるなら、命香やノツル君、和留の安全を保障しよう」
合儀肺助は驚きをそのままに目を丸くして発言者、阿賀谷戸天森なる男を見た。肺助の様子に、しかして阿賀谷戸天森は実にみやびに笑みを浮かべて頷いた。
「その通り。わたしこそ、君の知る阿賀谷戸命香の父、阿賀谷戸天森。娘が随分と世話になったね」
「お、お義父さん……?」それは肺助にとってある種最大の争点でもあった。
「ちょっと気が早くないか。っていうかわたし、一応ラスボスポジションなんだけど。だからもうちょっと畏れて?」
困惑しつつも、眉を吊り上げ天森は言う。肺助は慌てて手を突っ張る。
「すみません、娘さんのレンジの詰め方えぐすぎて感覚が……」
「ふっ、それは悪かったね。だがしかし、それもまたこの正統陰陽師たる阿賀谷戸天森の計画のうち。今こそ、この当世における唯一本物の陰陽師、阿賀谷戸天森の遠大な計画を話してやろう」
そういって、天森は背筋を伸ばした。
「あんまり興味は……」
「この合儀家に通う腰痛持ちの老婆の一人に、遠縁の娘として命香を付き添わせたのが二年前から」
「え? そんな昔から?」肺助は思わず声を上げた。
「この時から、礼節正しく、控えた様子なのに気が利く、という合儀椎子好みの、お家に一人ぐらいこんな娘がいたらいいのに、的な刷り込みを行っていたのだ」
「そう、すべてはお母さんの不覚……およよ」椎子は急に芝居掛って泣いて見せる。
「なんかめっちゃ楽しそうだったもんな」肺助は毒づいた。
「この合儀家は部外者を拒絶する結界。そこで、まずは主の『許容』が必要だった。つまりそれが命香のドキドキ嫁入り作戦というわけだ。なんかちょっと計画より早かったからパパびっくりしたけど結果としては上々だった」
「結婚は阻止しましたけどね!」
「いいや、あれでいい。まあ、命香は失敗したと思っているだろうが」
随分と意味深長な物言いであった。
「命香をはじめとして、こうして合儀家には『部外者』が入ってよい風潮が生まれたのだ。その好例として、瀬路原ノツルを使った。合儀椎子はついに、呪術の素質もなく、ただの趣味で小娘一人を家に常駐させた」
「え……わたしが?」ノツルにも動揺が走る。少なくとも、自分の存在がこのザ・陰陽師的見た目の『敵』の良い様に利用されていたことを理解したのだ。
「うう……ごめんね、おばさんがなんか、女の子が家にたくさんいるのちょっとだけ楽しくて浮かれてたの……およよ」
「本当にちょっとか?」
「そして、極めつけがその夜風和留だ。生粋の反呪術師。こいつさえ敷居を跨げれば、仮に禁歌を九重にかけられた男であろうと関係ない」
天森は、一人、ばつが悪そうに立っている娘、夜風和留をちらと見た。和留は短く舌打ちをする。
「では、計画のクライマックスといこうではないか。続きをどうぞ、肝悟朗」
そういって、天森はとんとん、と肝悟朗の背を叩いた。
「もともと、この山や敷地は合儀家の敷地であり、その正当な所有者はこのおれ、合儀肝悟朗だ」
「いいえ。書類上も合儀椎子に書き換わっています」
「わからないのか。それを戻せ、といっているのだ。もう、この土地に戻ってこられないおれではない。裁判を行う用意もある」
「はぐれ呪術師が裁判所の世話になるリスクをわかっておいでですか」
「だから、穏便に済まそうと言っているんじゃないか」
「禁歌による呪術や修行をさぼり、あまつさえ歌と字が入っているのだからと、突然へたくそなギターを伴奏にしてオリジナルのCD一千万枚を、わたしに内緒で密造して借金をこさえたのは誰ですか!」椎子は急に立ち上がって激高した。
「み、ミリオン??」和留も流石に驚いてぼそりと言葉を漏らした。
「え……おじさん……?」ノツルは絶句した。幼馴染の家族で行われた知られざる修羅場にぞっとする。
「しかも肺助の学資保険まで解約して!」さらに椎子は声を荒げた。
「ちょっと待ってそれは初耳」肺助は母と父を交互に見た。
「まあまあ、それは水に流そう」
「さすがに流せなくない? いい額だよ肝悟朗」ついに天森も動揺のままに言う。
「そういうわけで、あなたにこの土地は譲れません。それに、合儀家の呪術を頼りにしている人はたくさんいます。その人たちの面倒を、あなたのような適当な人が見れますか」
椎子は詰問した。もっともな意見であった。すると、肝悟朗は次のように言った。
「無理だな」堂々と胸を張るその態度に、肺助も眉を顰める。
「だが、おれの代わりに天森がそれをやる」
ちら、と肝悟朗は天森を見た。天森は頷いて返す。
「こちら、世界でも唯一の正統陰陽師・阿賀谷戸天森の呪術代行サービスのパンフレットです」
『はぐれ呪術師の仕事ってつらくない? そんなとき、あらゆる呪術サービスの代行を、素敵な陰陽師さんがしてくれたらナー! そう思ったことはありませんか?』
と書かれたパンフレットを天森は取り出した。
「わたしはこのように、B2B向けの呪術代行サービスを行っています。肝悟朗さんが再びこの土地の呪術師として就任した際には、わたしが代理で呪術的サービスを行う手はずになっております」
「それが、あなたの乗っ取り計画、ということですか。でも、元夫がうちの敷居を跨げるに様になったからと言って、土地の売買をする気はありません。お帰りください」
しかして椎子もまた毅然として応対する。その時であった。
「何があったんですか、お義母さま……え? お父さん?」
勢いよく今に入ってきたのは阿賀谷戸命香だった。まだ学校の時間だが、今、彼女の足元に一匹の黒い狐がついている辺り、式神によって異常を感知したと知れる。
「父上、で、あろ」
その一言で、命香は素早くその場で、床に打ち付けるように膝をついた。
「……はい、御父上」
その姿に、肺助はつい唇を歪めた。やはり、この阿賀谷戸天森という男は、敵だ。
「そう、合儀椎子様が土地をお譲りにならないのはわかっていたこと。ただ、合儀家の結界があってはこのわたしすら交渉のテーブルには着けない。話はここからです」
そういって、素早く天森は手印を結び、ふと何事をかを口にした、その途端であった。
「あ」
命香の口からどろり、と真黒な液体がこぼれた。
「命香ちゃ――」「先輩!」
椎子と肺助が同時に身を乗り出すが、その動きを合儀肝悟朗が制する。
「わたしの娘、阿賀谷戸命香だけではありません。スマホ式神を渡す際、瀬路原ノツルにも接触していますし、契約として『呪術的に価値のあるもの』を提出いただいていますからね。そこの夜風和留についてもです」
ノツルは声も出せずに口を両手で覆って震えあがった。
「阿賀谷戸の呪術は〈毒〉がお家芸だからな」
憎々し気に夜風和留は言う。
「さあ、どうですか、椎子さん。元夫、合儀肝悟朗氏に、土地をお譲りになっては?」
大粒の汗を浮かべ、肩で息をし、口から黒色の不明な液体を吐き続ける実の娘を尻目に、愉快そうに阿賀谷戸天森は訊ねた。
「脅迫、ですか」
しかして、すでに椎子は落ち着いていた。
「別に、わたしとしては命香さんが死のうが、ノツルちゃんが死のうが、肺助のお友達の女の子が死んでも構いません」
急に冷たく、氷のような口調で椎子は言う。それは、合儀肝悟朗を呪術で折檻した時と同じ無感情を包んでいる。
「所詮は、ただの母娘ごっこです。その程度で、わたしが背負うと覚悟した合儀の呪術の当主の立場、揺らぐとお思いでしたら勘違いも甚だしい。未熟千万、折角結界も破れたことですし、いつでもここにお出でになって、その交渉とやらをしにくるといい」
その強い言葉たちを、天森は表情一つ変えずに聞き入る。
「ですが、何度来ようと、わたしがここを譲るとは思わないことですね」
「……素晴らしい覚悟だ。それが、肝悟朗にもあったら、結果は違ったものになっていたでしょう」
ふう、と天森は深く息を吐く。そして、視線を別のところに移した。
「ところで君はどう思うのかな、合儀肺助君」
瞬間、肺助は背筋に氷を差し込まれたような恐ろしい気配を感じた。そう、今までの計画はすべて、合儀椎子やこの結界に対するものではなく、自分を崩すためのものだと理解したのだ。
「わたしは、君という人質が欲しい。これから大人しく、わが牙城、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドに来てくれるなら、命香やノツル君、和留の安全を保障しよう」
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