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あらしが来る
妖精さん現る
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罪斗罰高等学校、校舎裏。かつてはこの下で告白すれば必ず叶うという奇妙な評判のあった銀杏の木が聳える場所であるのだが、あまりにも人気になりすぎた故、学校側と生徒、および近隣住民との衝突が耐えなくなり刃傷沙汰に発展して以降、すっかり寂れている。
そこに、放課後。一人の少女がふらふらと現れた。
その名を、阿賀谷戸命香。この高校に転入し、合儀肺助の情報収集、並びに呪殺かそれに準じる作戦を実行しようとしていた少女である。
『これはあくまでも、元夫の肝悟朗とわたしの問題です。命香ちゃんは関係ないからちゃんと学校行きなさい。いい、変なこと考えないで、命香ちゃんが元気にしていることが肺助さんを救うんだから』
合儀肝悟朗と実父・阿賀谷戸天森の合儀家乗っ取り計画が本格的に実行されてから、三日。
阿賀谷戸命香は実家に帰ることもできず、拠点として借用しているアパートに暮らしていた。別に、そのまま実家に戻るなり、自分なりに呪術の修業をしてもいいのだが、命香はあの日帰り際、合儀椎子に言われたこの言葉に従って、なぜかちゃんと学校には通っていた。
しかし、授業はただ聞くだけ。片手間に呪術を用いていつも通り自身の気配を希薄にして、影のように座っているだけ。何かをする気も起きなかった。
『……二年間の仕込み、これでうまくいくと思います。よかったですね、先輩』
合儀肺助の言葉が耳から離れない。
命香は銀杏の木の幹に身を委ねた。足元にはまだ、合儀肺助がこの場で行った儀式の名残、小さな焼け跡が残っている。ここで護摩木を焚いたからだ。あれから大分経ったと思うが、不思議なことに、まだこの場は小さな異界として成立していた。静かな教室や拠点として使っているアパートよりも人が払われている。
「結局わたし、何がしたかったんだっけ」
そう呟くが、答えはわかっているはずだった。目に浮かぶは、この場所で出会ったばかりの友人のために儀式を行う変な少年、或いは幼馴染のために未知の呪いを被る姿。
――わたしが、なりたかったもの。
幼い日、父から自分達を守るため、必死で策略と法律で武装し、嫌がらせの呪いを受けながらも戦い続けた母の姿。
しかし、当の阿賀谷戸命香は木の傍で体育座りをし、身を縮めて両膝に額を当てて、震えるのみ。そして、えずく。あの時父に受けた呪いを体が覚えていた。吐瀉こそないが、同じ大粒の汗が額に浮き、一瞬で背筋は水を被ったように重く濡れた。
――だからこうして、ここで小さく丸まっていることだけが、阿賀谷戸命香にできる、合儀肺助を守る方法だった。
「だって、こうしてないと、肺助さんを守れないから……」
そう呟き、命香は両膝をよりきつく抱えた。果たして、それは誰に向けられた言葉なのか。
「……どうやら、悩んでいるようだな」
「だって……わたしは……ん?」
はっと顔を上げて、命香は思う。
――ここに、人がいるなんてあり得るのか?
「え、ちょっと待って誰!」
思わず立ち上がって辺りを見回した。だが、人影はない。
「わたしは、銀杏の木の精霊。すべての迷える恋人たちの味方です」
その言葉に、命香は背後の銀杏の木を見上げた。
「……まさか、その声!」
阿賀谷戸命香は、その声を聞いたことがあった。
「えーっと、真壁動太、さん? ですよね?」一度しか聞いたことがなかったため、少し自信がなかった。
静寂が訪れる。その間に、命香は銀杏の木からじりじりと距離を取った。
「……そうともいう……いや、いわない! おれ……いや、わたしはこの下で告白すれば必ず叶うという伝説の銀杏の木の精霊です!」
「あの、ほんと怒らないんで出てきてください。あとそのキャラ付けはちょっと気持ち悪い……」
「うぐっ!」悲鳴。
「あ、傷つけるつもりは!」
命香は必至で声を張った。
「お心遣いは嬉しいですが、わたしは、あなたの前に出る資格がありません。なにせ、四回もあなたの気持ちを裏切ったのですから」
「ならせめて、自分は真壁さんだって正直に認めてくれませんか」
「わたしは、あなたがここに来るのを待っていました。そして、謝りたかったのです」
銀杏の木(?)は命香の言葉を無視して言う。命香は少し唇を尖らせたが、これ以上の追及はしないことにした。
「……それは、わたしもです。ごめんなさい。調子に乗って、あなたを傷つける言葉を選んだり、呪いを使って記憶を操作したりもしました」
命香はとりあえず、銀杏の木に向かって頭を下げる。あまりにも相手がマイペースに喋るのが少々癪だったが我慢する。
「いいや、呪いをかけられて当然だ。おれはあの時、よくよく考えたら話しかけたことも無い相手に自分の気持ちを一方的に押し付けた。しかも、呪いで自分の弱さを禁じた上で、だ」
銀杏の木(?)は言う。
「おれこそ、謝らないといけない。三回も無駄に呼びつけ、そんなつもりはなかったろうに、時間を無駄にさせ、気遣いをさせてしまったことについてだ」
「でも、来たわたしもなんか期待させちゃったみたいで申し訳なくて……」
「それはそう」
「うぐっ」
「そして、冷静に考えると、受ける気も無いのに冷やかしで四回もこの校舎裏にひょこひょこやってくる女も相当やべえなあって思った」
「だ、だって! それはなんか可哀想というか……」
「しかも、今謝ったのだって、おれの相棒……合儀肺助に言われたからだろう」
「それは……」
命香は口籠った。真壁動太に謝ること。肺助と呪術師として行った直接対決の末、敗北した命香に言い渡された唯一の命令である。それを回想し黙り込む彼女へ、図星のようだな、と銀杏の木(?)は笑った。
「今思えば、あなたに告白しようとした自分の見る目のなさが恐ろしい。実は、自分が一番偉くて、誰も彼も、自分が救えるだなんて勘違いしている様なやばい女だった」
「そんなことは思ってない! 勝手に人のことをいわないで!」反射的に叫ぶ。
「だって、わたしが一番偉くて、救えるなら、こんな気持ちには……」
「うるさい! それでもお前は、勝手に人から恋愛と柔道を取り上げて、勉強が第一とか言わせた魔女か!」
「魔女じゃなくて陰陽師! 的な奴!」
「なら、お前にはわかるか! 最近、おれの相棒が学校に来ていないぞ」
「え……それは……」
途端、命香は再び地面に視線を落とした。
「しばらくは相棒のことを思い出せもしなかったが、おれはそれが悔しくてたまらない。ああ情けない! こんなむかつく女の呪いで、あんなにおれに親身になってくれた男のことを、すっかり忘れていたなんて!」
銀杏の木が揺れた。
「肺助さんは、いろいろとあって、わたし達を庇って、今は……」
「連れてこい。相棒はおれをこの木の下に連れてきてくれた。お前も同じ呪術師的な奴だったら、それくらいできるだろう」
「でも、わたしが下手に動いたら、肺助さんが……」どこまで事情を話していいのだろう。命香は迷った。
「つべこべ言うな! それがどうした。おれは意識がない中でも少しだけなら覚えている。三階でおれ達を見守ってくれていた相棒に、お前はまあまあひどいこと言ってくれたな!」
「いや、あれはその、ちょっと興が乗ったと言いますか……」
「あの時の傲慢さはどこへ行った! よく聞け、阿賀谷戸命香!」
銀杏の木(?)は、大声で言う。
「弱気になるな!」
命香は目を丸くした。
「それから、嘘をつくな、阿賀谷戸命香!」
命香は呆然として、再び銀杏の木を見上げた。じゃらじゃらと今、枝葉を揺らすのみ。
「本当は、もしももう一度あなたがこの下に来てくれたのなら、謝るだけにしようと思っていたのだが、なんか随分弱っているようだからつい、こんなことを言ってしまった」
銀杏の木(?)の言葉に、命香はごしごしと、袖で目を拭った。
「……わたしだって、肺助さんに言われた通り、あなたに謝るだけだと思ったのに。こんなに叫んで……」
「だが、一方で、こうだとも信じている。あなたが、いかに傲慢で人を見下す性格であろうと、四回も勝手に人の心情を案じて手紙に従うお人よしだ。おれは、相棒やあなたに何があったのか知らない。きっと、知ったところでおれにはどうにもできないだろう。だから、あなたに託す。お願いだ。相棒を、頼んだぞ」
以上だ、そんな言葉を捨てて、銀杏の木(?)は静かになった。吹き抜けていく風、土のにおい、葉の青臭さ。
「なんで……こんなこと、言われるまでも無いのに……」
命香は全身から力が抜ける思いであった。その場で、かくりと膝をつく。
「じゃあ、どうすんの、命香」
しゅたり、と命香の背後に誰かが立った。化粧も服装の趣味も真逆なのに、不思議とシルエットの似た二人の少女が揃う。
「あのね、わたしは……お父さんの役に立ちたかった」
命香は地面に手を突いた。だらりと長い黒髪が地に垂れる。その様子を、もう一人の少女はじっと見降ろし、次の言葉を待った。
そこに、放課後。一人の少女がふらふらと現れた。
その名を、阿賀谷戸命香。この高校に転入し、合儀肺助の情報収集、並びに呪殺かそれに準じる作戦を実行しようとしていた少女である。
『これはあくまでも、元夫の肝悟朗とわたしの問題です。命香ちゃんは関係ないからちゃんと学校行きなさい。いい、変なこと考えないで、命香ちゃんが元気にしていることが肺助さんを救うんだから』
合儀肝悟朗と実父・阿賀谷戸天森の合儀家乗っ取り計画が本格的に実行されてから、三日。
阿賀谷戸命香は実家に帰ることもできず、拠点として借用しているアパートに暮らしていた。別に、そのまま実家に戻るなり、自分なりに呪術の修業をしてもいいのだが、命香はあの日帰り際、合儀椎子に言われたこの言葉に従って、なぜかちゃんと学校には通っていた。
しかし、授業はただ聞くだけ。片手間に呪術を用いていつも通り自身の気配を希薄にして、影のように座っているだけ。何かをする気も起きなかった。
『……二年間の仕込み、これでうまくいくと思います。よかったですね、先輩』
合儀肺助の言葉が耳から離れない。
命香は銀杏の木の幹に身を委ねた。足元にはまだ、合儀肺助がこの場で行った儀式の名残、小さな焼け跡が残っている。ここで護摩木を焚いたからだ。あれから大分経ったと思うが、不思議なことに、まだこの場は小さな異界として成立していた。静かな教室や拠点として使っているアパートよりも人が払われている。
「結局わたし、何がしたかったんだっけ」
そう呟くが、答えはわかっているはずだった。目に浮かぶは、この場所で出会ったばかりの友人のために儀式を行う変な少年、或いは幼馴染のために未知の呪いを被る姿。
――わたしが、なりたかったもの。
幼い日、父から自分達を守るため、必死で策略と法律で武装し、嫌がらせの呪いを受けながらも戦い続けた母の姿。
しかし、当の阿賀谷戸命香は木の傍で体育座りをし、身を縮めて両膝に額を当てて、震えるのみ。そして、えずく。あの時父に受けた呪いを体が覚えていた。吐瀉こそないが、同じ大粒の汗が額に浮き、一瞬で背筋は水を被ったように重く濡れた。
――だからこうして、ここで小さく丸まっていることだけが、阿賀谷戸命香にできる、合儀肺助を守る方法だった。
「だって、こうしてないと、肺助さんを守れないから……」
そう呟き、命香は両膝をよりきつく抱えた。果たして、それは誰に向けられた言葉なのか。
「……どうやら、悩んでいるようだな」
「だって……わたしは……ん?」
はっと顔を上げて、命香は思う。
――ここに、人がいるなんてあり得るのか?
「え、ちょっと待って誰!」
思わず立ち上がって辺りを見回した。だが、人影はない。
「わたしは、銀杏の木の精霊。すべての迷える恋人たちの味方です」
その言葉に、命香は背後の銀杏の木を見上げた。
「……まさか、その声!」
阿賀谷戸命香は、その声を聞いたことがあった。
「えーっと、真壁動太、さん? ですよね?」一度しか聞いたことがなかったため、少し自信がなかった。
静寂が訪れる。その間に、命香は銀杏の木からじりじりと距離を取った。
「……そうともいう……いや、いわない! おれ……いや、わたしはこの下で告白すれば必ず叶うという伝説の銀杏の木の精霊です!」
「あの、ほんと怒らないんで出てきてください。あとそのキャラ付けはちょっと気持ち悪い……」
「うぐっ!」悲鳴。
「あ、傷つけるつもりは!」
命香は必至で声を張った。
「お心遣いは嬉しいですが、わたしは、あなたの前に出る資格がありません。なにせ、四回もあなたの気持ちを裏切ったのですから」
「ならせめて、自分は真壁さんだって正直に認めてくれませんか」
「わたしは、あなたがここに来るのを待っていました。そして、謝りたかったのです」
銀杏の木(?)は命香の言葉を無視して言う。命香は少し唇を尖らせたが、これ以上の追及はしないことにした。
「……それは、わたしもです。ごめんなさい。調子に乗って、あなたを傷つける言葉を選んだり、呪いを使って記憶を操作したりもしました」
命香はとりあえず、銀杏の木に向かって頭を下げる。あまりにも相手がマイペースに喋るのが少々癪だったが我慢する。
「いいや、呪いをかけられて当然だ。おれはあの時、よくよく考えたら話しかけたことも無い相手に自分の気持ちを一方的に押し付けた。しかも、呪いで自分の弱さを禁じた上で、だ」
銀杏の木(?)は言う。
「おれこそ、謝らないといけない。三回も無駄に呼びつけ、そんなつもりはなかったろうに、時間を無駄にさせ、気遣いをさせてしまったことについてだ」
「でも、来たわたしもなんか期待させちゃったみたいで申し訳なくて……」
「それはそう」
「うぐっ」
「そして、冷静に考えると、受ける気も無いのに冷やかしで四回もこの校舎裏にひょこひょこやってくる女も相当やべえなあって思った」
「だ、だって! それはなんか可哀想というか……」
「しかも、今謝ったのだって、おれの相棒……合儀肺助に言われたからだろう」
「それは……」
命香は口籠った。真壁動太に謝ること。肺助と呪術師として行った直接対決の末、敗北した命香に言い渡された唯一の命令である。それを回想し黙り込む彼女へ、図星のようだな、と銀杏の木(?)は笑った。
「今思えば、あなたに告白しようとした自分の見る目のなさが恐ろしい。実は、自分が一番偉くて、誰も彼も、自分が救えるだなんて勘違いしている様なやばい女だった」
「そんなことは思ってない! 勝手に人のことをいわないで!」反射的に叫ぶ。
「だって、わたしが一番偉くて、救えるなら、こんな気持ちには……」
「うるさい! それでもお前は、勝手に人から恋愛と柔道を取り上げて、勉強が第一とか言わせた魔女か!」
「魔女じゃなくて陰陽師! 的な奴!」
「なら、お前にはわかるか! 最近、おれの相棒が学校に来ていないぞ」
「え……それは……」
途端、命香は再び地面に視線を落とした。
「しばらくは相棒のことを思い出せもしなかったが、おれはそれが悔しくてたまらない。ああ情けない! こんなむかつく女の呪いで、あんなにおれに親身になってくれた男のことを、すっかり忘れていたなんて!」
銀杏の木が揺れた。
「肺助さんは、いろいろとあって、わたし達を庇って、今は……」
「連れてこい。相棒はおれをこの木の下に連れてきてくれた。お前も同じ呪術師的な奴だったら、それくらいできるだろう」
「でも、わたしが下手に動いたら、肺助さんが……」どこまで事情を話していいのだろう。命香は迷った。
「つべこべ言うな! それがどうした。おれは意識がない中でも少しだけなら覚えている。三階でおれ達を見守ってくれていた相棒に、お前はまあまあひどいこと言ってくれたな!」
「いや、あれはその、ちょっと興が乗ったと言いますか……」
「あの時の傲慢さはどこへ行った! よく聞け、阿賀谷戸命香!」
銀杏の木(?)は、大声で言う。
「弱気になるな!」
命香は目を丸くした。
「それから、嘘をつくな、阿賀谷戸命香!」
命香は呆然として、再び銀杏の木を見上げた。じゃらじゃらと今、枝葉を揺らすのみ。
「本当は、もしももう一度あなたがこの下に来てくれたのなら、謝るだけにしようと思っていたのだが、なんか随分弱っているようだからつい、こんなことを言ってしまった」
銀杏の木(?)の言葉に、命香はごしごしと、袖で目を拭った。
「……わたしだって、肺助さんに言われた通り、あなたに謝るだけだと思ったのに。こんなに叫んで……」
「だが、一方で、こうだとも信じている。あなたが、いかに傲慢で人を見下す性格であろうと、四回も勝手に人の心情を案じて手紙に従うお人よしだ。おれは、相棒やあなたに何があったのか知らない。きっと、知ったところでおれにはどうにもできないだろう。だから、あなたに託す。お願いだ。相棒を、頼んだぞ」
以上だ、そんな言葉を捨てて、銀杏の木(?)は静かになった。吹き抜けていく風、土のにおい、葉の青臭さ。
「なんで……こんなこと、言われるまでも無いのに……」
命香は全身から力が抜ける思いであった。その場で、かくりと膝をつく。
「じゃあ、どうすんの、命香」
しゅたり、と命香の背後に誰かが立った。化粧も服装の趣味も真逆なのに、不思議とシルエットの似た二人の少女が揃う。
「あのね、わたしは……お父さんの役に立ちたかった」
命香は地面に手を突いた。だらりと長い黒髪が地に垂れる。その様子を、もう一人の少女はじっと見降ろし、次の言葉を待った。
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