28 / 95
第一部。オリム、クロノスの人生を狂わせる
7
しおりを挟む
それから数日後。
出勤までの隙間時間に魔術書を読んでいた。
文字が、ぼやけて滲んでいく。
気づけば視線は薬指の上で止まっていた。
どうしても婚約指輪が外せない。
クロノスを自分から手放したくせに、未練が消えない。
「ごめんな」
ここにいない相手につぶやいた言葉が、紙の上に落ちて消えた。
それでも今日も生きて行くしかない。
仕事は待ってくれない。
それしか償い方がわからない。
※※※
結局、オレは妊娠しなかった。妊娠可能化魔法とはいえ、たった一度だし、女より受精率はずっと低い。
オレはクロノスとの結婚は見送って、王宮勤めを続けている。
ヴァイオレットは、騎士から魔術師にジョブチェンジさせて、オレの直属部下として働いている。
この決断は悩んだが、オレの私情で無駄にしていい才能ではないと思ったからだ。
正直に言ってオレの後輩の中で一番才能がある。
オレとの実力差はまだまだあるが、うかうかしていられない、と思った相手は初めてだ。
オレももっと強くならなきゃと毎日真面目に腕を磨いてる。
ヴァイオレットはいままで猫をかぶっていたらしく、別人みたいに人格が変わってしまった。行く先々で、オレに話しかける奴ら全員を威嚇するようになって、
「仕事がやりづらいからどうにかしてくれ」と、苦情が来るようになった。
でも相変わらずの顔面で、大抵のことは許されてしまうし、行く先々で黄色い悲鳴に囲まれている。
そしてオレとクロノスは、実はまだ婚約を解消していない。
一度婚約破棄を経験しているクロノスは、よほどつらかったらしく、トラウマになっているそうで、「次婚約破棄されたら、正気を失うかもしれません」と言われてしまい、そのままになっている。
婚約指輪も、同様の理由で、まだオレの薬指に光ったままだ。
その話を聞いた時、胸の奥でほっとしている自分がいた。
確かに貴族がオレなんかに婚約破棄されたなんて噂にでもなったら、クロノスが気の毒だ。
そう理屈をつけて納得したふりをした。
ずるいのは自覚してる。だけど外さなくて済む理由をもらえたような気がしたから。
クロノスは両親とほとんど話し合うこともせず、勝手に爵位を弟に譲ってしまい、
王宮に官僚として再就職した。
王子が大喜びしたのは言うまでもない。
そして押し掛けてきたクロノスに押し負けて、
現在オレの家で同棲してる。
クロノスは前よりだいぶ強引になった。いや、多分前からだ。
オレのクロノスを好きな気持ちはまったく変わらないし、
あまりに尽くして甘やかしてくれるので、
溺れるような幸せに、ふと息ができなくなる。
こんな日々がつづくなら、いつかこのまま結婚してもいいのかな、したいな、と、
たまに上から目線で夢みたいに考えてしまうのだが
……すぐに怖くなる。
クロノスに、名前も、誇りも、居場所も捨てさせてしまった。
オレにはもう、その資格はない。
オレの家に毎日ヴァイオレットが押し掛けてきては、クロノスが追い返そうとしてケンカになっているが、気が合うみたいで、絶妙な掛け合いが楽しくて、見ていて笑える。
「本当は仲がいいんだろ?」と言ったら、「どこが?」と見事にハモって、ふたりとも同じ表情、心底嫌そうな顔をしていた。実はふたりは従兄弟同士で同じ年の幼なじみでよくつるんでいたらしい。
「オレは、クロノスが好きだから」
残酷なようだけど、ヴァイオレットには言うようにしてる。気を持たせる気はないし、勘違いされたら堪らないから。
最初は悲しそうな顔をしていたヴァイオレットも
最近は「いつか振り向かせるから」と前向きで、
調子にのるなよと、またクロノスとケンカになって、たまに家具が犠牲になる。
幸せなはずなのに、胸の奥がずっと痛い。
オレがあの時、クロノスを買ったことで、
彼を巻き込んだ。
爵位まで捨てさせてしまい、人生を狂わせてしまった自覚はある。
だからせめてクロノスがオレを必要としてくれる限りはそばにいさせて欲しいと思ってる。
オレはずるい。
本当は、贖罪じゃなくて、オレの願いで、死ぬまで一緒にいたい。
「ごめんな」
つぶやいた声はクロノスには届かずに空中に霧散する。
「オリムさん。どうしたの?」クロノスが振り向いた。
いつだってクロノスが、恋い焦がれたような目でオレを見て、幸せそうに笑ってくれるから、
胸がうるさく騒ぎだす。
「なんでもない。ただ、居てくれてありがとう」
クロノスが眩しくてオレは目を細めて言った。
本当にこんなに好きになれたやつ、いままでいなかったんだ。
第1部完
出勤までの隙間時間に魔術書を読んでいた。
文字が、ぼやけて滲んでいく。
気づけば視線は薬指の上で止まっていた。
どうしても婚約指輪が外せない。
クロノスを自分から手放したくせに、未練が消えない。
「ごめんな」
ここにいない相手につぶやいた言葉が、紙の上に落ちて消えた。
それでも今日も生きて行くしかない。
仕事は待ってくれない。
それしか償い方がわからない。
※※※
結局、オレは妊娠しなかった。妊娠可能化魔法とはいえ、たった一度だし、女より受精率はずっと低い。
オレはクロノスとの結婚は見送って、王宮勤めを続けている。
ヴァイオレットは、騎士から魔術師にジョブチェンジさせて、オレの直属部下として働いている。
この決断は悩んだが、オレの私情で無駄にしていい才能ではないと思ったからだ。
正直に言ってオレの後輩の中で一番才能がある。
オレとの実力差はまだまだあるが、うかうかしていられない、と思った相手は初めてだ。
オレももっと強くならなきゃと毎日真面目に腕を磨いてる。
ヴァイオレットはいままで猫をかぶっていたらしく、別人みたいに人格が変わってしまった。行く先々で、オレに話しかける奴ら全員を威嚇するようになって、
「仕事がやりづらいからどうにかしてくれ」と、苦情が来るようになった。
でも相変わらずの顔面で、大抵のことは許されてしまうし、行く先々で黄色い悲鳴に囲まれている。
そしてオレとクロノスは、実はまだ婚約を解消していない。
一度婚約破棄を経験しているクロノスは、よほどつらかったらしく、トラウマになっているそうで、「次婚約破棄されたら、正気を失うかもしれません」と言われてしまい、そのままになっている。
婚約指輪も、同様の理由で、まだオレの薬指に光ったままだ。
その話を聞いた時、胸の奥でほっとしている自分がいた。
確かに貴族がオレなんかに婚約破棄されたなんて噂にでもなったら、クロノスが気の毒だ。
そう理屈をつけて納得したふりをした。
ずるいのは自覚してる。だけど外さなくて済む理由をもらえたような気がしたから。
クロノスは両親とほとんど話し合うこともせず、勝手に爵位を弟に譲ってしまい、
王宮に官僚として再就職した。
王子が大喜びしたのは言うまでもない。
そして押し掛けてきたクロノスに押し負けて、
現在オレの家で同棲してる。
クロノスは前よりだいぶ強引になった。いや、多分前からだ。
オレのクロノスを好きな気持ちはまったく変わらないし、
あまりに尽くして甘やかしてくれるので、
溺れるような幸せに、ふと息ができなくなる。
こんな日々がつづくなら、いつかこのまま結婚してもいいのかな、したいな、と、
たまに上から目線で夢みたいに考えてしまうのだが
……すぐに怖くなる。
クロノスに、名前も、誇りも、居場所も捨てさせてしまった。
オレにはもう、その資格はない。
オレの家に毎日ヴァイオレットが押し掛けてきては、クロノスが追い返そうとしてケンカになっているが、気が合うみたいで、絶妙な掛け合いが楽しくて、見ていて笑える。
「本当は仲がいいんだろ?」と言ったら、「どこが?」と見事にハモって、ふたりとも同じ表情、心底嫌そうな顔をしていた。実はふたりは従兄弟同士で同じ年の幼なじみでよくつるんでいたらしい。
「オレは、クロノスが好きだから」
残酷なようだけど、ヴァイオレットには言うようにしてる。気を持たせる気はないし、勘違いされたら堪らないから。
最初は悲しそうな顔をしていたヴァイオレットも
最近は「いつか振り向かせるから」と前向きで、
調子にのるなよと、またクロノスとケンカになって、たまに家具が犠牲になる。
幸せなはずなのに、胸の奥がずっと痛い。
オレがあの時、クロノスを買ったことで、
彼を巻き込んだ。
爵位まで捨てさせてしまい、人生を狂わせてしまった自覚はある。
だからせめてクロノスがオレを必要としてくれる限りはそばにいさせて欲しいと思ってる。
オレはずるい。
本当は、贖罪じゃなくて、オレの願いで、死ぬまで一緒にいたい。
「ごめんな」
つぶやいた声はクロノスには届かずに空中に霧散する。
「オリムさん。どうしたの?」クロノスが振り向いた。
いつだってクロノスが、恋い焦がれたような目でオレを見て、幸せそうに笑ってくれるから、
胸がうるさく騒ぎだす。
「なんでもない。ただ、居てくれてありがとう」
クロノスが眩しくてオレは目を細めて言った。
本当にこんなに好きになれたやつ、いままでいなかったんだ。
第1部完
71
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる