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第二部。あれから一年後。人生を狂わされたクロノスが失ったものと得たもの(クロノス)
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クロノスが目を覚ますと、まだオリムはヒールを続けていた。
額には汗が浮かんでいるし、顔色は青白い。
魔力量の多さから「底なし」と2つ名がつくほどの彼が、魔力切れをおこしかけている。
相当長い間、魔法を使っていたに違いない。
「ちょっと、大丈夫ですか。もうやめて」あわてて、ヒールをかけているオリムの手首を押さえた。
彼の手から出る光が消えた。
オリムの身体がぐらりと傾ぐ。
クロノスは抱きとめ、そのままベッドに寝かせた。
「意味ないのに、こんなになるまで…」
唇をかんだ瞬間、違和感に気づく。
右側がひきつれる感じがなくなっていた。
「え、あれ?」
「鏡見てこいよ」オリムに言われた。
(まさか、そんなはず…)膨らむ期待を同じくらいの恐怖が抑え込もうとする。
洗面所まで足早に行って、おそるおそる鏡を覗き込んだ。
そこにあった傷は、誰もが目を背ける傷ではなかった。ただの淡い痕。そして凝視しても不快にならない。
「え…なんで…なんだよ、これ…」
右の皮膚が動く。笑おうとしても、痛みがない。
あまりにも自然に、そこに顔が戻っていた。
(こんなこと、ありえない…)
そっと傷に触れてみる。
ひきつれはなく、温もりだけがあった。
心で何かが弾けた。
すごい、なんで。すごい。奇跡だ。
涙腺なんてなくなったはずの右目からも涙が滲んで、クロノスは目を擦った。
まるで夢みたいだ。天使が見せてる優しい夢なんじゃないかと心のどこかで疑いながらも、オリムのところまで戻った。
「オリムさん、傷が…!」
「うん。治せるよ。目はもう戻らないけど、傷はきっと跡形もなくなる。」
「…なんで?オリムさんは、」天使、という言葉を飲み込んだ。
「この傷、多分ヒールが届いてなかったんだよ。
上位の魔物の持つ呪いみたいな淀みで、
傷の表面が塞がれていて、
ヒールが全然届いてなかったのが、
時間が経って薄れて、
少しはヒールが通るようになったんだと思う。」
「…」
「今日はもう無理。有給使う。職場に連絡いれといて」
「うん」
「それできっとそのうちヴァイオレットが来るから、来たらあいつにもヒールしてもらお」
「しなくていいです」
「え」
「オリムさんの気が向いた時でいいから、僕はあなたにしてもらいたい。」
「魔力切れたから、しばらく出来ないけど…」
「それでいいです。今さら急がないから」
「ふーん、オレがいいんだ。」
オリムがにやにや笑って、茶化すように言っても、
クロノスは嬉そうに微笑んで頷いた。
漸くの沈黙。
そしてクロノスの瞳から、涙があふれ、落ちた。
右目からも。
オリムが白い指を伸ばして、そっとクロノスの涙をぬぐう。
震える声でオリムは言った。
「…魔力持ってたって、自分のためには使うなって言われてるし。親には売られるし。
使えていいと思えたことなんてなかった。
でもオレ、今日だけは神様に感謝してる」
ポタリと、クロノスの涙がオリムの頬を濡らし、
オリムの涙と混じって枕に滲んだ。
それは奇跡だった。
けれども神のものではなく、たった1人の人の手でおきたもの。
次の週末にオリムはもう一度魔力の枯渇をおこした。そして、クロノスの傷は跡形も失くなった。
※※※
傷が消えたクロノスは息をのむほど美しかった。
オリムはその面差しを以前どこかで見たことがあるような気がした。
それにしてもオリムは当時の自分が恋人に夢中で、こんなに美形の存在に気づかなかったことが不思議でしかたなかった。
城では再度手のひらを返したようになり、
理由もなくクロノスの仕事場に押しかける者、後をつけて来る者たちが現れた。
どこへ行ってもキャーキャー言われるようになり、
ファンクラブまで復活した。
後輩のマットに誘われたから、仕方なく…
と言い訳して、非公式ファンクラブに入会してしまったことを、オリムはまだクロノスには言い出せていない。
額には汗が浮かんでいるし、顔色は青白い。
魔力量の多さから「底なし」と2つ名がつくほどの彼が、魔力切れをおこしかけている。
相当長い間、魔法を使っていたに違いない。
「ちょっと、大丈夫ですか。もうやめて」あわてて、ヒールをかけているオリムの手首を押さえた。
彼の手から出る光が消えた。
オリムの身体がぐらりと傾ぐ。
クロノスは抱きとめ、そのままベッドに寝かせた。
「意味ないのに、こんなになるまで…」
唇をかんだ瞬間、違和感に気づく。
右側がひきつれる感じがなくなっていた。
「え、あれ?」
「鏡見てこいよ」オリムに言われた。
(まさか、そんなはず…)膨らむ期待を同じくらいの恐怖が抑え込もうとする。
洗面所まで足早に行って、おそるおそる鏡を覗き込んだ。
そこにあった傷は、誰もが目を背ける傷ではなかった。ただの淡い痕。そして凝視しても不快にならない。
「え…なんで…なんだよ、これ…」
右の皮膚が動く。笑おうとしても、痛みがない。
あまりにも自然に、そこに顔が戻っていた。
(こんなこと、ありえない…)
そっと傷に触れてみる。
ひきつれはなく、温もりだけがあった。
心で何かが弾けた。
すごい、なんで。すごい。奇跡だ。
涙腺なんてなくなったはずの右目からも涙が滲んで、クロノスは目を擦った。
まるで夢みたいだ。天使が見せてる優しい夢なんじゃないかと心のどこかで疑いながらも、オリムのところまで戻った。
「オリムさん、傷が…!」
「うん。治せるよ。目はもう戻らないけど、傷はきっと跡形もなくなる。」
「…なんで?オリムさんは、」天使、という言葉を飲み込んだ。
「この傷、多分ヒールが届いてなかったんだよ。
上位の魔物の持つ呪いみたいな淀みで、
傷の表面が塞がれていて、
ヒールが全然届いてなかったのが、
時間が経って薄れて、
少しはヒールが通るようになったんだと思う。」
「…」
「今日はもう無理。有給使う。職場に連絡いれといて」
「うん」
「それできっとそのうちヴァイオレットが来るから、来たらあいつにもヒールしてもらお」
「しなくていいです」
「え」
「オリムさんの気が向いた時でいいから、僕はあなたにしてもらいたい。」
「魔力切れたから、しばらく出来ないけど…」
「それでいいです。今さら急がないから」
「ふーん、オレがいいんだ。」
オリムがにやにや笑って、茶化すように言っても、
クロノスは嬉そうに微笑んで頷いた。
漸くの沈黙。
そしてクロノスの瞳から、涙があふれ、落ちた。
右目からも。
オリムが白い指を伸ばして、そっとクロノスの涙をぬぐう。
震える声でオリムは言った。
「…魔力持ってたって、自分のためには使うなって言われてるし。親には売られるし。
使えていいと思えたことなんてなかった。
でもオレ、今日だけは神様に感謝してる」
ポタリと、クロノスの涙がオリムの頬を濡らし、
オリムの涙と混じって枕に滲んだ。
それは奇跡だった。
けれども神のものではなく、たった1人の人の手でおきたもの。
次の週末にオリムはもう一度魔力の枯渇をおこした。そして、クロノスの傷は跡形も失くなった。
※※※
傷が消えたクロノスは息をのむほど美しかった。
オリムはその面差しを以前どこかで見たことがあるような気がした。
それにしてもオリムは当時の自分が恋人に夢中で、こんなに美形の存在に気づかなかったことが不思議でしかたなかった。
城では再度手のひらを返したようになり、
理由もなくクロノスの仕事場に押しかける者、後をつけて来る者たちが現れた。
どこへ行ってもキャーキャー言われるようになり、
ファンクラブまで復活した。
後輩のマットに誘われたから、仕方なく…
と言い訳して、非公式ファンクラブに入会してしまったことを、オリムはまだクロノスには言い出せていない。
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