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間幕3
③ 私の護りたいもの
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もう何年も西公爵家の領主邸で過ごす私の朝は、ここの対魔物用海兵隊用訓練場での鍛錬から始まる。今時期は魔物も静まる西公爵領地。そのため漁業に出るものが多く、今朝の訓練場の人もまばらだった。漁終わりの午後から、いや夕方から夜にかけての訓練の方が多いだろう。そちらでの実戦練習に参加するため、鍛錬も早々に切り上げるのが冬の日課だ。
今年の冬は、もう一つ日課が増えた。早朝鍛錬も早くに切り上げるため、朝は割と早い時間から暇になる。その時間を利用してあの子の部屋へ行き、練習と称した護衛の任務(練習)につく――と言っても、護衛対象も朝は早くから起きているので、彼女の趣味の時間を一緒に堪能するのがお決まりだ。
今日も鍛錬を早々に切り上げ、彼女の待つ厨房の一角を訪れた。周りには見知った料理人たちがせっせと朝食の準備をしていたが、家主である令嬢が隅で鼻歌を歌いながら調理していても誰も気に留めない。普通ならあり得ない光景が広がっているが、ここではいつも通り。いつからか私も気に留めなくなっていた――寧ろ、今日の鼻歌?の方が気になる。何、その歌? まず、歌なのかな?
『ぶったぁ・ぶったぁ・こぶた~♪ おなかがすいた~♪』
「レティ? それは――歌なの?」
「はっ、クロエ姉さま! あはは~。昨日の帰り道に出てきたオークさんを、何の料理にしようかと・・・・・・ちょっと鼻歌をば」
恥ずかしかったのかバツの悪そうに微笑むレティシアは、領地へ帰る道中で出会ったオークを何の料理にしようかと考えていただけのようだ。本当に料理の事ばかり考えているわよね、そこが可愛いけど。そして、それは鼻歌でいいのね?
(ちなみにレティは日本語で歌っていたので、アルバの人にしたら鼻歌?っぽく聞こえるらしい。)
彼女が作るものは美味しいし、作っている姿はなんともまあ可愛らしくて。こんな子をお嫁にもらえるなんて、何度殿下を羨んだことか。そのレティシアはというと、目下オーク肉と格闘中。茶葉を取り出したところを見ると、紅茶煮でも作るのだろう。レティシアの料理を食べるようになってからの、私の好物の一つだ。
オーク肉と格闘しながらも、ビーの蜜で漬けたレモの実の輪切りをふんだんに入れたレモの実水を手渡してくれる。鍛錬でしごかれた体を労わるのに嬉しい飲み物。彼女の気配りは、いつも細かなところまで行き届いている。そんなレティシアと初めて会ったときは、こんなに慕われたり仲良く話したりするなんて思ってもみなかった。
彼女と初めて会ったのは、ある公爵家の愛娘のお披露目会であった。当時幼かった私は、ただ単に年下の女の子がチヤホヤされる状況を良く思っていなかった――というよりも自分が世界の中心だと思っていたので、自分以外の子に注目がいくことが嫌だった。当然、この時も家格とか関係なく私より目立っているのが気に食わなくて、誕生日に買ってもらったばかりのキラキラ輝く大粒のエメラルドがついたネックレスを自慢するためだけにつけていったのだ。
「かあさま! アレほしい!」
「あれはヴァリエ家のお嬢さんのよ?」
「かあさまは、レティがかわいくないの??」
「いいえ、可愛い私のレティ。でも、あれは彼女のよ?」
「公爵夫人、こちらはどうぞレティシア様に」
「それじゃあ、悪いわ。ヴァリエ夫人」
「いいえ。この子もレティシア様にお渡しするために、持参したようですので」
「ありがとーヴァリエ夫人!」
わざとらしい笑顔でお礼を言う年下の女の子。やっぱり気に食わないし、私の大事なプレゼントをいとも容易く手に入れられて悔しかった。貴族の上下関係などこの時はまだちっともわかっていなかった私は、手放したくない自慢するためだけにつけていたネックレスを母に言われるがまま差し出した。そして、大事なものを取られたから当然のようにこの女の子を嫌ったのだ。自分の行いも悪かったのに、この女の子の所為にして。
趣味の悪そうな髪型を見せつけて、これでもかと装飾を凝らしたドレスで着飾っていたレティシア。自分が一番だと思っていた私を、家格と我儘だけで蹴落とすことができる意地の悪そうな笑顔が印象的な女の子――そんな印象しか残らなかった。
そして、それは突然に。
両親とともに招かれたのは、貴族相手に晩餐会等開くことのないはずの西公爵家の晩餐会。私はなぜここに来たかもわからなかったが、訳知り顔の両親とともに緊張しながらも会場への案内について行った。着いてすぐ公爵たちが会場へ現れたため、勉強も始めてやっと貴族の上下関係を理解した私は頭を下げようとした――んだが、すぐに手で制されて微妙な体勢で止まってしまった。え?やらなくていいの? 訳が分からない私は両親をちらりと見ると「顔を上げていなさい」と小声で教えてくれたので、微妙な体勢から戻った。よくわからないという顔をしていた自覚もあるので、恰幅の良い公爵様が私を見てクスクスと笑っていても気にしなかった・・・・・・寧ろ「ガハハハッ」って笑いそうなのにって思っていた。
公爵様を見過ぎて上を向いていた所為もあるし、周りをよく観察していなかった所為もある。目の前に迫る、赤っぽいダークブラウンの髪がふわふわと揺れていることに気づくのが遅れた。私が年上ということもあり、二年前から埋まらない身長差は健在。背の低い彼女を私が視界にとらえた時には、更に背が低くなっていた。え?何してるの?
「ク、クククックロエさん! あ、あの時は、申し訳ありませんでした!!」
・・・・・・え? 私、謝罪されてるの? どういうこと? ますます訳が分からなくなった私は、助け船を求めようと両親を見た。母はニコニコしながら「二年前の事よ」とこっそり教えてくれた。二年前? あ!お披露目の時ね。え、もしかして『私の物を取った』ことに対する謝罪なの?
勉強した今ならわかるよ、ものすごくマズイ状況な今を。とにかく顔を上げてもらおうと、レティシアに声をかけた。
「えっと、あの~ペッシャール様? お顔をあげてく・・・・・・」
「すみませんでした!!!」
二年前とは打って変わって大人しい、いや公爵家としてはシンプル過ぎるドレスを身にまとったレティシアは、まさかの更に低くなってしまった。もう、私にはどうすることもできない。引きつらせかけた顔を頑張って笑顔にして、公爵夫妻に目線で助けを求めた。
「レティ、それだけでは何かわからないだろう? ほら、クロエ嬢だって困っているよ?」
「はっ!? そうでした!!」
公爵様のお言葉でやっと状況を理解したのか、しゅんとしながら手先は器用にソワソワしていた。器用ね、ちょっとその顔可愛いし。言おうか言わないか口をパクパクしながらこちらを窺う様子は、二年前の彼女とは重ならなかった。少しは話を聞いてみようかと思うくらい、彼女は別人に見えた。そんな彼女の話に耳を傾けると、貴族相手に開くことのないはずのこの晩餐会はただ私への『謝罪のためだけに』というから驚いた。だって、普通なら格下相手に『謝罪のためだけに』招くはずもないのだから。貴族としての勉強でもそう習ったし、両親にもそうだと聞いたんだから――『普通なら』がついたのは、この晩餐会の後の中立位にいる貴族の勉強をしたとき。中立位にいる貴族からすると『四つの公爵家』は何かと『普通の貴族』とは違う面が多いらしく、特に変わっているのが『西公爵家』という。ちなみに、ヴァリエ家は中立位だと後から聞いた。両親は勉強を始めたばかりの私にはまだ早いと、黙っていたのだった。派閥にもいろいろあるし――思惑とかね。
彼女の話を聞いて、謝罪は素直に受け入れることにした。二年前に手放したエメラルドのネックレスを更に綺麗に磨きぬいて返してくれたのもあるけど、今の彼女なら信じてもいいかなって思ったから。謝罪を受け取り仲良くなったレティシアは、やっぱり我儘だった彼女とは全くの別人だった・・・・・・というのも、話すと日々自分を磨くため(今では料理をするためともいえるが)教養を身に着けている事がうかがえるので、初めて会った時の彼女は幼さゆえの我儘をしていただけにしか思えなくなったのだ。
そうして話していくうちに「レティシアと呼んでほしい」と彼女に言われるがまま親しく名前呼びをすることになり、気づいた時には彼女の部屋に招かれていた。なぜ、クローゼットを開けているの?
「何か一つ、好きな物を選んでください。これは私のせいで貴女の大切な物を取ってしまった反省と、貴女への謝罪のためです。勿論今回限りですし、次回この屋敷に来たとしても何もお譲りはいたしません。貴女自身のためにもなりませんし」
レティシアはそう言って、私に好きなように選ばせるために侍女を残して部屋を出て行った。なんか小難しいことを言っていたが、残った侍女さんに詳しく聞くと「大切な物を取り上げてしまったのに、誠心誠意謝罪が伝わる品物って何??」とあたふたしながら、口先だけの謝罪だけでは伝わらないと思った彼女が選んだ品々らしい。「どれがいいかわからないから、選んでもらおう!」そう思って、私を思い浮かべながら新品の物を揃えてくれたそうだ。一瞬、流石公爵家だけあってすごい量の無駄遣いとも思えたが、私が選んだ後にレティシアが使わない物全てを領内に寄付するそうだ。しかも、どの品も領内産。え、私より年下なのにもうそんな貴族的に経済回してるの? ちょっと、ビックリしたわ。
この時、大事なものは返してもらったし・・・・・・上から目線でもなく普通に謝ってくれたので、何も貰うつもりがなかった。とりあずご厚意だけ貰っておこうと見渡すだけ見渡した私の目に、シルバーで作られたクローバーのチャームにこっそりと添えられた極小粒のエメラルドが灯るネックレスが留まった。教養を身に着け愛らしく成長した彼女に、いつの間にか好意が芽生えていた私の「こっそり見守っていたい」という心情を表しているように光るエメラルド。結局ご厚意に甘えて、このシルバーのネックレスをいただいた。そしてこの日以来毎日つけるようになり、今でもお守り代わりに毎日つけているのは内緒。
様々な職業に根を生やし情報を集める特色のあるヴァリエ家で、私は騎士の道に進もうと鍛錬を始めた。それをどこからか聞きつけてきたレティシアは、甲斐甲斐しくも世話しに来るようになって――あれ?ヴァリエ家より家格上よね? 公爵家の娘だったよね? レティシアによると『ヴァリエ家』よりも『友だちのクロエ』が大事らしい――ちょっとどころではなく、すごく嬉しかった。
「騎士になるなら、体力づくりが必要でしょう? これ、差し入れだよ!」
レティシアに連れられて、いつの間にか西公爵家の対魔物用海兵隊用訓練場で鍛錬を始め・・・・・・気づいた時には、訓練への参加まで許可してもらっていた。そして、何故か私専属でサポートしてくれている。年下ながらもレティシアの知識は豊富で、役に立っているのも事実。正直とてもありがたい。学院入学前ごろには体型がどんどん少女から女性へと変わり、困って食事を抜いた結果――鍛錬中に倒れてしまった私。その時も、無理なく続けれる献立を一週間分考えてくれた。
「クロエ姉さまの素敵ボディを維持したいなら――朝昼でしっかり食べながら訓練! 食べないとまた倒れちゃうしね? で、夜はさっぱり野菜系メインにして・・・・・・デザートにホットヨーグルト! ホットなら体の中も冷えないし、いいんじゃない?」
と言ったように、主に『食事面』のサポートを徹底的にしてくれた。レティシアが楽しそうだったから、好きにさせていたのも原因だけどね。
彼女とともに訓練を続けて、今回の冬薔薇の夜会。可愛い後輩たちの家の陞爵と私の念願だった騎士任命の儀があった。任命の儀を終えると専属の騎士として働けるが――未だ学院に籍を置く私は卒業までの間、内定状態だ。本来は、見習い騎士として勤めてから騎士としての任命の儀を受けるのが普通。私が異例すぎただけ。『友だちのクロエ』をサポートしてくれた『護りたい女の子』のために、頑張って資格を勝ち取ってたのだ。なので、練習と称した護衛の任務(練習)をこの冬から始めたのだ。この護衛の任務(練習)も、春になれば練習ではなくなる。卒業がこれほど待ち遠しくなるとは、彼女と初めて会った時の私なら全く思っていなかっただろうなぁ。
グラスに残った輪切りのレモの実を一つずつ齧りながら懐かしい思い出に浸っていた私に、湯気の立つ味噌汁に塩のおにぎりと先ほどまで格闘していたはずのオーク肉が紅茶煮になって差し出された。「汗かいたから塩分摂らないとね!」と微笑みながら席に着くレティシアと、残り少なくなった冬の日課を今日もこなした。
今年の冬は、もう一つ日課が増えた。早朝鍛錬も早くに切り上げるため、朝は割と早い時間から暇になる。その時間を利用してあの子の部屋へ行き、練習と称した護衛の任務(練習)につく――と言っても、護衛対象も朝は早くから起きているので、彼女の趣味の時間を一緒に堪能するのがお決まりだ。
今日も鍛錬を早々に切り上げ、彼女の待つ厨房の一角を訪れた。周りには見知った料理人たちがせっせと朝食の準備をしていたが、家主である令嬢が隅で鼻歌を歌いながら調理していても誰も気に留めない。普通ならあり得ない光景が広がっているが、ここではいつも通り。いつからか私も気に留めなくなっていた――寧ろ、今日の鼻歌?の方が気になる。何、その歌? まず、歌なのかな?
『ぶったぁ・ぶったぁ・こぶた~♪ おなかがすいた~♪』
「レティ? それは――歌なの?」
「はっ、クロエ姉さま! あはは~。昨日の帰り道に出てきたオークさんを、何の料理にしようかと・・・・・・ちょっと鼻歌をば」
恥ずかしかったのかバツの悪そうに微笑むレティシアは、領地へ帰る道中で出会ったオークを何の料理にしようかと考えていただけのようだ。本当に料理の事ばかり考えているわよね、そこが可愛いけど。そして、それは鼻歌でいいのね?
(ちなみにレティは日本語で歌っていたので、アルバの人にしたら鼻歌?っぽく聞こえるらしい。)
彼女が作るものは美味しいし、作っている姿はなんともまあ可愛らしくて。こんな子をお嫁にもらえるなんて、何度殿下を羨んだことか。そのレティシアはというと、目下オーク肉と格闘中。茶葉を取り出したところを見ると、紅茶煮でも作るのだろう。レティシアの料理を食べるようになってからの、私の好物の一つだ。
オーク肉と格闘しながらも、ビーの蜜で漬けたレモの実の輪切りをふんだんに入れたレモの実水を手渡してくれる。鍛錬でしごかれた体を労わるのに嬉しい飲み物。彼女の気配りは、いつも細かなところまで行き届いている。そんなレティシアと初めて会ったときは、こんなに慕われたり仲良く話したりするなんて思ってもみなかった。
彼女と初めて会ったのは、ある公爵家の愛娘のお披露目会であった。当時幼かった私は、ただ単に年下の女の子がチヤホヤされる状況を良く思っていなかった――というよりも自分が世界の中心だと思っていたので、自分以外の子に注目がいくことが嫌だった。当然、この時も家格とか関係なく私より目立っているのが気に食わなくて、誕生日に買ってもらったばかりのキラキラ輝く大粒のエメラルドがついたネックレスを自慢するためだけにつけていったのだ。
「かあさま! アレほしい!」
「あれはヴァリエ家のお嬢さんのよ?」
「かあさまは、レティがかわいくないの??」
「いいえ、可愛い私のレティ。でも、あれは彼女のよ?」
「公爵夫人、こちらはどうぞレティシア様に」
「それじゃあ、悪いわ。ヴァリエ夫人」
「いいえ。この子もレティシア様にお渡しするために、持参したようですので」
「ありがとーヴァリエ夫人!」
わざとらしい笑顔でお礼を言う年下の女の子。やっぱり気に食わないし、私の大事なプレゼントをいとも容易く手に入れられて悔しかった。貴族の上下関係などこの時はまだちっともわかっていなかった私は、手放したくない自慢するためだけにつけていたネックレスを母に言われるがまま差し出した。そして、大事なものを取られたから当然のようにこの女の子を嫌ったのだ。自分の行いも悪かったのに、この女の子の所為にして。
趣味の悪そうな髪型を見せつけて、これでもかと装飾を凝らしたドレスで着飾っていたレティシア。自分が一番だと思っていた私を、家格と我儘だけで蹴落とすことができる意地の悪そうな笑顔が印象的な女の子――そんな印象しか残らなかった。
そして、それは突然に。
両親とともに招かれたのは、貴族相手に晩餐会等開くことのないはずの西公爵家の晩餐会。私はなぜここに来たかもわからなかったが、訳知り顔の両親とともに緊張しながらも会場への案内について行った。着いてすぐ公爵たちが会場へ現れたため、勉強も始めてやっと貴族の上下関係を理解した私は頭を下げようとした――んだが、すぐに手で制されて微妙な体勢で止まってしまった。え?やらなくていいの? 訳が分からない私は両親をちらりと見ると「顔を上げていなさい」と小声で教えてくれたので、微妙な体勢から戻った。よくわからないという顔をしていた自覚もあるので、恰幅の良い公爵様が私を見てクスクスと笑っていても気にしなかった・・・・・・寧ろ「ガハハハッ」って笑いそうなのにって思っていた。
公爵様を見過ぎて上を向いていた所為もあるし、周りをよく観察していなかった所為もある。目の前に迫る、赤っぽいダークブラウンの髪がふわふわと揺れていることに気づくのが遅れた。私が年上ということもあり、二年前から埋まらない身長差は健在。背の低い彼女を私が視界にとらえた時には、更に背が低くなっていた。え?何してるの?
「ク、クククックロエさん! あ、あの時は、申し訳ありませんでした!!」
・・・・・・え? 私、謝罪されてるの? どういうこと? ますます訳が分からなくなった私は、助け船を求めようと両親を見た。母はニコニコしながら「二年前の事よ」とこっそり教えてくれた。二年前? あ!お披露目の時ね。え、もしかして『私の物を取った』ことに対する謝罪なの?
勉強した今ならわかるよ、ものすごくマズイ状況な今を。とにかく顔を上げてもらおうと、レティシアに声をかけた。
「えっと、あの~ペッシャール様? お顔をあげてく・・・・・・」
「すみませんでした!!!」
二年前とは打って変わって大人しい、いや公爵家としてはシンプル過ぎるドレスを身にまとったレティシアは、まさかの更に低くなってしまった。もう、私にはどうすることもできない。引きつらせかけた顔を頑張って笑顔にして、公爵夫妻に目線で助けを求めた。
「レティ、それだけでは何かわからないだろう? ほら、クロエ嬢だって困っているよ?」
「はっ!? そうでした!!」
公爵様のお言葉でやっと状況を理解したのか、しゅんとしながら手先は器用にソワソワしていた。器用ね、ちょっとその顔可愛いし。言おうか言わないか口をパクパクしながらこちらを窺う様子は、二年前の彼女とは重ならなかった。少しは話を聞いてみようかと思うくらい、彼女は別人に見えた。そんな彼女の話に耳を傾けると、貴族相手に開くことのないはずのこの晩餐会はただ私への『謝罪のためだけに』というから驚いた。だって、普通なら格下相手に『謝罪のためだけに』招くはずもないのだから。貴族としての勉強でもそう習ったし、両親にもそうだと聞いたんだから――『普通なら』がついたのは、この晩餐会の後の中立位にいる貴族の勉強をしたとき。中立位にいる貴族からすると『四つの公爵家』は何かと『普通の貴族』とは違う面が多いらしく、特に変わっているのが『西公爵家』という。ちなみに、ヴァリエ家は中立位だと後から聞いた。両親は勉強を始めたばかりの私にはまだ早いと、黙っていたのだった。派閥にもいろいろあるし――思惑とかね。
彼女の話を聞いて、謝罪は素直に受け入れることにした。二年前に手放したエメラルドのネックレスを更に綺麗に磨きぬいて返してくれたのもあるけど、今の彼女なら信じてもいいかなって思ったから。謝罪を受け取り仲良くなったレティシアは、やっぱり我儘だった彼女とは全くの別人だった・・・・・・というのも、話すと日々自分を磨くため(今では料理をするためともいえるが)教養を身に着けている事がうかがえるので、初めて会った時の彼女は幼さゆえの我儘をしていただけにしか思えなくなったのだ。
そうして話していくうちに「レティシアと呼んでほしい」と彼女に言われるがまま親しく名前呼びをすることになり、気づいた時には彼女の部屋に招かれていた。なぜ、クローゼットを開けているの?
「何か一つ、好きな物を選んでください。これは私のせいで貴女の大切な物を取ってしまった反省と、貴女への謝罪のためです。勿論今回限りですし、次回この屋敷に来たとしても何もお譲りはいたしません。貴女自身のためにもなりませんし」
レティシアはそう言って、私に好きなように選ばせるために侍女を残して部屋を出て行った。なんか小難しいことを言っていたが、残った侍女さんに詳しく聞くと「大切な物を取り上げてしまったのに、誠心誠意謝罪が伝わる品物って何??」とあたふたしながら、口先だけの謝罪だけでは伝わらないと思った彼女が選んだ品々らしい。「どれがいいかわからないから、選んでもらおう!」そう思って、私を思い浮かべながら新品の物を揃えてくれたそうだ。一瞬、流石公爵家だけあってすごい量の無駄遣いとも思えたが、私が選んだ後にレティシアが使わない物全てを領内に寄付するそうだ。しかも、どの品も領内産。え、私より年下なのにもうそんな貴族的に経済回してるの? ちょっと、ビックリしたわ。
この時、大事なものは返してもらったし・・・・・・上から目線でもなく普通に謝ってくれたので、何も貰うつもりがなかった。とりあずご厚意だけ貰っておこうと見渡すだけ見渡した私の目に、シルバーで作られたクローバーのチャームにこっそりと添えられた極小粒のエメラルドが灯るネックレスが留まった。教養を身に着け愛らしく成長した彼女に、いつの間にか好意が芽生えていた私の「こっそり見守っていたい」という心情を表しているように光るエメラルド。結局ご厚意に甘えて、このシルバーのネックレスをいただいた。そしてこの日以来毎日つけるようになり、今でもお守り代わりに毎日つけているのは内緒。
様々な職業に根を生やし情報を集める特色のあるヴァリエ家で、私は騎士の道に進もうと鍛錬を始めた。それをどこからか聞きつけてきたレティシアは、甲斐甲斐しくも世話しに来るようになって――あれ?ヴァリエ家より家格上よね? 公爵家の娘だったよね? レティシアによると『ヴァリエ家』よりも『友だちのクロエ』が大事らしい――ちょっとどころではなく、すごく嬉しかった。
「騎士になるなら、体力づくりが必要でしょう? これ、差し入れだよ!」
レティシアに連れられて、いつの間にか西公爵家の対魔物用海兵隊用訓練場で鍛錬を始め・・・・・・気づいた時には、訓練への参加まで許可してもらっていた。そして、何故か私専属でサポートしてくれている。年下ながらもレティシアの知識は豊富で、役に立っているのも事実。正直とてもありがたい。学院入学前ごろには体型がどんどん少女から女性へと変わり、困って食事を抜いた結果――鍛錬中に倒れてしまった私。その時も、無理なく続けれる献立を一週間分考えてくれた。
「クロエ姉さまの素敵ボディを維持したいなら――朝昼でしっかり食べながら訓練! 食べないとまた倒れちゃうしね? で、夜はさっぱり野菜系メインにして・・・・・・デザートにホットヨーグルト! ホットなら体の中も冷えないし、いいんじゃない?」
と言ったように、主に『食事面』のサポートを徹底的にしてくれた。レティシアが楽しそうだったから、好きにさせていたのも原因だけどね。
彼女とともに訓練を続けて、今回の冬薔薇の夜会。可愛い後輩たちの家の陞爵と私の念願だった騎士任命の儀があった。任命の儀を終えると専属の騎士として働けるが――未だ学院に籍を置く私は卒業までの間、内定状態だ。本来は、見習い騎士として勤めてから騎士としての任命の儀を受けるのが普通。私が異例すぎただけ。『友だちのクロエ』をサポートしてくれた『護りたい女の子』のために、頑張って資格を勝ち取ってたのだ。なので、練習と称した護衛の任務(練習)をこの冬から始めたのだ。この護衛の任務(練習)も、春になれば練習ではなくなる。卒業がこれほど待ち遠しくなるとは、彼女と初めて会った時の私なら全く思っていなかっただろうなぁ。
グラスに残った輪切りのレモの実を一つずつ齧りながら懐かしい思い出に浸っていた私に、湯気の立つ味噌汁に塩のおにぎりと先ほどまで格闘していたはずのオーク肉が紅茶煮になって差し出された。「汗かいたから塩分摂らないとね!」と微笑みながら席に着くレティシアと、残り少なくなった冬の日課を今日もこなした。
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