【完】こちらハンターギルドダンジョン管理部、外受付担当のマリナです。

蕪 リタ

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花より団子

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 秋口にワイナリーへわざわざ赴いてまで、発泡したての濁りが落ち着いていない若い新酒を口にするのも好きなマリナだが、寝かせてから販売される透き通ったワインももちろん好きである。
 赤よりも白派だ。
 もったりと口の中に残る甘い物を頬張った後、辛口の白を流し込んで口の中をスッキリさせるのが特に好いている。
 今の状況は、マリナが一番好きなワインの楽しみ方である。

 ねっとり果実のナナの実とキャラメルのような風味を持つゴートチーズのタルトを、大事そうに一口ずつ口へと運ぶマリナ。
 そんな彼女を優しい瞳で見つめながら、ミランは自分の手にあるグラスを傾ける。
 ミランもミランで、疲れを癒せる至福の時間であった。

 仕事に私情を持ち込まないミランは、本来マリナと出掛けるつもりなどなかった。
 自分の気持ちに気づいた時には、例の“麗しの黒騎士”様がマリナの周りにいたのだ。
 恋敵は公爵令息、しかも拒んでいたはずの子爵位を賜ってひた隠しにしていた。
 全てはマリナを迎えるためだと、ミランは予想していた。

 時を同じくして、数年前に自分自身を煩わしいモノから放すために“除籍までした”ミラン。
 マリナが貴族籍から抜けなければ、上司と部下以上にはなれないだろうとずっと蓋をしていた――のだが、隣国から“聖女サマ”が来てから状況は変わった。
 たとえであったとしても、国賓としていらしている“聖女サマ”がマリナの近くから恋敵を遠ざけたのだ。
 “聖女サマのモノ”になる可能性が出ているならば、政治の観点からレオナードがマリナと結ばれることは出来なくなる。
 ミランにとってチャンスでしかない。
 このチャンスを逃すまいと、ミランはミランで動くことにしたのだ。

 そんなミランの心情を当然知らないマリナは、ねっとりした甘さを白ワインで流し込んでいるところである。
 辺りは穏やかな時間が流れる空間――のはずだった。


 キーン……


 金属の跳ねる音が聞こえるまでは。


 キーン……
 キーン……
  

 耳障りな音が彼らの耳にまで届いてはいるが、目の前を通りすぎるわけではないため、何事もないかのように飲み干したグラスをミランへと向けるマリナ。
 襲撃の最中にワインのお代わりを要求しているのだ。
 いつもと変わらない行動ではあるが、現実逃避ともいう行動。
 ミランは平常運転のマリナに笑みがこぼれ、頬を弛めたままグラスへとワインを注ぐ。

 
 キーン……シュッ
 

 飛び交うティースプーンが偶々マリナの目の前に飛んできたが、新たなタルトを運んできた店員が流れるような動作でタルトの乗ったトレーの脇に取り置いた。
 一瞬たりとも油断はしていないが、自分が出る幕ではないと理解していたマリナの目は、運び込まれた新たなタルト――紅く煌めくソースがたっぷりと滴っているチゴの実のタルトへと向けられていた。
 どうやらミランがこっそりと頼んでいてくれたらしい。
 マリナは食べ終えたナナの実タルトの皿をそそくさと店員に差し出し、新しい紅い宝石のようなタルトがのる皿を店員から奪わん勢いを押し殺し、目の前に置かれるまでソワソワしながら待機している。

「フフ……どうぞ」
「ありがとう」

 置かれたタルトのソース並みにマリナの笑みが溢れ、ミランどころか店員までチゴの実のように真っ赤に染まる。
 一瞬マリナに目を奪われたミランだったが、直ぐに“いつもの笑顔”で店員を下がらせた。
 マリナはミランの態度に気にすることもなく、早速目の前のタルトに取りかかっていた。

「んーこっちもおいしいッ! ……コレ、ですかね」
「両方ですよ」

 何気なく訊いたことに思ってもみなかった答えで、マリナは危うくフォークにのせたチゴの実をポロッと下へと落としそうになった。
 実際は、落ちそうなのが見えた瞬間にマリナの口が寄って行き、パクッと食べてしまったが。

 
 キーン……シュッ、コトッ
 

 チゴの実タルトを食べ終え、ワインを流し込みながら時々向かってくるティースプーンをキャッチしてはテーブルに並べるマリナ。
 ミランが言った“両方”が狙ってきていることに、考えてもマリナの頭には何故と疑問しか浮かばない。

 更にワインのお代わりを求めつつ、早々に考えを放棄したマリナは、ミランに問い返した。

「……ハ、イ?」
「おそらく、先日“アレ”を倒してしまったからでしょう。共闘しているのは、都合が悪いのでしょうね」
「ぅわ……」

 どうやら権力の誇示を見せつけたかった聖女側とその“聖女サマ”を狙う側、双方にとっての不都合を国から押し付けられていたらしい。
 ミランが黒い笑みを浮かべて思わず滑ったマリナの言葉は、ティースプーンの受け流しと一緒に流された。

 タルトも白ワインも思う存分楽しんだマリナは、ティースプーンが飛び交う中、ミランと共に席を立つ。

 次にキーン……と聞こえてきた時には、二人の手によってティースプーンを飛ばしていた張本人たちを締め上げた。
 総勢十八名。
 マリナが店内を見渡すと、コチラの“お客サマ”を残して店員以外は自分とミランのみだと気づいた。
 飛び交い始めた時には、諸事情により貸し切りとなっていたようだった。

「スミマセンがマリナ、本日はここまでということで。は任せてください」
「……オネガイシマス」

 せっかくのデートに水を差されたと“いい笑顔”のミランは、コレらを王城へと移動させるため転移魔法を展開させた。
 去り際にマリナの耳元で『また出掛けましょうね』と呟いたミランは、“お客サマ”たちを連れて光の中へと消えていった。
 マリナの手に乗せられた小さな赤色の缶は、この店の手土産の定番の一つ“琥珀糖”の缶。
 日持ちしないタルトの専門店だが、日持ちする焼き菓子や砂糖菓子も置いてあり、これは中でも一番人気の琥珀糖である。
 いつの間に買っていたのかも気づかなかったマリナは、副長にはまだまだ追いつけないなと小さくため息を吐く。
 七色に光る琥珀糖が入る缶を今日の相棒の手提げ鞄にしまい込み、お代も既に支払われた後だと気づいたマリナは、店員に軽く挨拶をすると外へ出た。

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