【完】こちらハンターギルドダンジョン管理部、外受付担当のマリナです。

蕪 リタ

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花より団子

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 店を出ると、辺りはすっかり暗くなったのかと思ったが――視線を向けていた足元はまだまだ明るい昼の日差しが照らしていた。
 暗くなったと思ったのは、マリナの前に立つ“黒い騎士服”を着た人物が立っていたから。

「マリナ」
「…………何でしょう?」
「ミラン、副ギルド長とは――いや、何でもない……」

 いつもの調子ではない目の前に立つレオナードの言葉に、マリナは理解するのに数秒かかった。

「へ? え、ああ、ちょっとややこしい“お仕事”のご褒美に連れてきてもらいました」

 マリナの言葉に、目をしばたたくレオナード。
 実は先程、王城へ向かうためタルト店の前を通りすぎようとしたとき、マリナとミランが中にいるのが見えたのだ。
 レオナードの位置からは、彼女らが人目も憚らずにキスをしているように見えていた。
 実際は、マリナの耳元で囁いたミランが居ただけだ。

 マリナの応えに、機密事項の連絡でもしていたのだと思ったレオナード。
 勘違いで嫉妬までして出てくるマリナを待ち構えていたことに気づき、羞恥心から耳まで赤く染まっていく。

「……え。あ、ああそうか。そうだよねッ」
「どうしました? らしくないですよ」
「いや、まあ……いつも通りさ」
「……? そう、ですか。ああ、ご飯が食べたかったとか?」
「んん゛ッ。いや、そうじゃないけど。君が誘ってくれるなら是非行くよ」

 マリナ自身も誘ったわけではなかったけれど、普段通りの調子を取り戻したレオナードを見て、嬉しそうに頬が上がる自分に気がついた。

「あの。通信用魔石ですけど――」

 レオナードに気づかれないよう話をそらそうとマリナは、ポケットから手のひらにコロンと転がる小さな石――通信用に彼から渡されていた魔石を取り出す。
 第三王子関連で渡されただけで、現在使用していないものだ。
 国からの貸与として受け取っていたため、必要なければ返さなければいけないと思っていたものだ。
 ……すっかり返しそびれていたが。

「持ってて」
「え、でも」
「……からじゃないから」
「……? 何です、」
「国からじゃないから」

 レオナードの真剣な瞳に、ドキッとしたマリナ。
 よく見れば、魔石の色は透き通っているが――彼の瞳と同じ色。気づいていなかった――否、気づかない振りを続けていたマリナ。
 このハンターが治める国で瞳と同じ色の“魔石”に何か守護系統の魔法を籠めて贈るのは、“告白”と同義である。
 しっかりと色づく石があるのにコレは透き通っているから、“そんなことはない”と頭の片隅にずっと押し込めていたのだ。
 おちゃらけて絡まれるレオナードの、本気の気持ちに気づいてしまった。
 今までの冗談は、恥ずかしさからきていると。
 彼の治まらない耳の赤さが物語っていた。

 ぶわっと顔だけではなく指先まで、自身の瞳の色に負けないほどマリナ自身も一気に真っ赤になる。
 でも、マリナはまだこの気持ちに名前をつけたくないのだ。
 片付いていない“お守り”を気にしすぎて。

 紅く調子が狂ったマリナは、レオナードの瞳から逃げるように走り出した。
 レオナードも顔を手にかけたまま、追っては来ない。
 通信用魔石は、マリナの手に握られたままだった。

 
 ◇
 
 残りの休暇はランとダンジョンに籠りまくり、気持ちを落ち着かせるのに費やしたマリナ。
 おかげで、あっという間に持て余した休暇は終わったのだ。

 休暇明けのこの日、珍しくマリナは夜が勤務時間である。
 夜勤は、ダンジョン内も夜のため多くのハンターたちは野営地で休息中もしくはダンジョンから出てしまうので、何か緊急時に備えての基本待機のみである。
 危険性から、夜からのダンジョン探索も禁止されている。
 その監視も含まれている。

 王都のダンジョン受付は、物理的にも“外”の受付。
 まだまだ夜は寒いから足元には魔石入りのストーブが用意してある。
 温まっていたマリナの前に、夜なのにふと影が落ちる。
 気づいていたが、害はなかったので無視していた人物が近づいてきたのだ。

「こんばんは」
「……受付時間外ですが」
「いえ。夜遅くまでお仕事お疲れさまですと、受付のお姉さんに差し入れをと」

 明らかに怪しいフードを被った人物は、湯気に立つ器を一つマリナに差し出した。
 中には、葉野菜の間に肉団子がいくつか浮いている。少し離れた飲み屋街の屋台で売っている寒い夜の定番だ。

 声から男と推測されるが……見知った人物の声ではないと頭の中をさらったマリナ。
 受け取りはしたが、スッとデスク下へと下げた。

「食べないんですか?」
「只今勤務中ですので、後程いただきます」
「……そうですか。では、失礼しますね。よい夜を、受付のお姉さん」

 明らかに怪しい人物が離れると、手にしていた通信用魔石に向かって話し出すマリナ。
 彼が近づく前に魔力を込めて繋げていたのもあるが、“本来の緊急時”はいつもの小鳥が鳴くような可愛らしい“ピィピィ”と言う発信音が鳴らない通信用魔石を手にしていたため、怪しい人物には気づかれていない。

「追いますか」
《それはコチラで手配しましたので、マリナは交代後“差し入れ”を調べてください》
「承知しました」

 通信の切れた魔石を片付け、マリナはゆっくり息を吐く。
 白さの残る息が、まだまだ外は寒いと思い出させる。

 フードの怪しい人物以外今日も何もなかったなと、白み始める空を見上げた。
 マリナは、この後増えた残業に、もう一度息を吐いた。

 マリナが嫌嫌顔で残業した結果、予想通り毒入りだと判明。
 ミランによって叩き起こされた数名の外受付が捕縛したのは、“隣国からの盗賊タラスク”の残党だったとミランが自白させたらしい。
 この後、ミランが“いい笑顔”で王宮に送りつけたのは言うまでもない。

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