お湯屋の日常

蕪 リタ

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新人客室係の悩み

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「本日、こちらのお部屋を担当させていただきます、江藤でございます。彼女は妹尾せのう。本日、勉強のため補助としてつかせていただきます」
「妹尾でございます」
「まず、こちらのお部屋を軽くご説明いたします・・・・・・」


 先輩の斜め後ろから部屋を出て、今日の献立こんだての確認をしにパントリーへさがる。今日は、四つの部屋出しする先輩の補助が仕事。先輩が部屋出し中は、やる事がいっぱいある。各部屋の献立が異なる為、間違えないよう次の料理を調理場にお願いしたり取りに行ったり。パントリー内で盛り付けする飯物や汁物は、このあと直ぐに調理場に準備しに行かないといけない。


「里香ちゃん、先にご飯行っといで!予定では、次のお客さんまだだし」
「先輩は?先輩こそ先に行かれた方が・・・・・・」
「あたしは・・・・・・そうだなぁ、調理場の準備してから直ぐ行くから!もしお客さん来ちゃったら、次は里香ちゃんにお部屋案内任せちゃおっかな?もうほぼ一人前なんだから、あたし居なくてもご案内できるでしょ?」
「はい!頑張ります!!」


 この先輩は早く一人前になれるようにと、付いた日は必ず私に仕事を振ってくれる。わからないところを聞くと、細かなところまで自分の失敗を含めて教えてくれる人。そんな優しい先輩と今日来るお客様の為に、足早に夕食を済ませに行った。



***

(ふぁ・・・・・・あったかいなぁ。このまま寝そう・・・・・・)


 のぼせたくはないけど、しっかり今日の疲れた体を癒す為に肩まで浸かったのがいけなかった。凄く睡魔を誘う、心地いいあたたかさだ。

 今日の仕事は、まさかのラッシュアワー。夕食を取ったあと、次のお客様が中々来ず。最初のお客様が夕食を取り始めてから、十数分後に残り三件が来てしまった。フロントも先輩も私も調理場も、どこもかしこも大荒れ。怒号が飛び交う調理場に行くのは、正直怖かった・・・・・・。

 フロントの人達はいつもなら業務が終わったら夜警フロントと交代して帰るのに、手伝いに来てくれた。

 後で聞いた話だが、この日は別階全て到着が遅れたらしく、どこもてんやわんやだったそう。ありがとうフロントさん。


 寝そうになる頭を、体を伸ばすことで無理矢理覚醒させる。先輩達はまだ片付け中だ。

 今日は先に帰してもらえたが、それが少し悔しかった。新人と言っても、もう一年。そろそろ次の新人さん達が入ってくる時期。いつまでも新人だからと先に帰されたり、一人前と認めてもらえてないから部屋を一人で担当させてもらえないのは、私の甘えが見透かされているから。最近は焦りから失敗ばかり続くから、余計に落ち込む。やばい・・・・・・気分まで落ち込んできた。

 一旦外の空気に触れて気持ちを切り替えようと、湯船から立ち上がり、露天の扉へ手をかけた。扉を開けると、中の熱気と共に体が押し出される。冷んやりした風が顔をかすめ、熱った体を冷やしていく。冷え切る前に湯船に足をつけ、体の半分だけ浸かる。


(あぁ・・・・・・気持ちいい・・・・・・)


 外の涼しげな空気のおかげで、一瞬にして気分は晴れた。視線を上に向けると空も雲一つなく、空気がんでいるので星空が綺麗に見えた。

 しばらく眺めていたら、不意にキィ・・・・・・と扉が鳴いた。あぁ、お客様誰か入ってきたんだなぁと目をやることもなく、そのまま星空を眺めていた。そしたら割と側で人の気配がしたので、驚いて振り返った。


「あら、残念。だーれだってしようと思ったのに」


 そこにはまだ仕事しているはずの先輩が、両手を上げたまま立っていた。


「・・・・・・先輩。仕事終わったんですか?」
「えぇ。里香ちゃん帰った後、追いかけようと思って直ぐに終わらせたからね!」
「追いかける?私をですか?」


 そうだよとニコニコしながら、隣に腰をおろした先輩。・・・・・・何でだろう?
 顔に出てたのか、先輩が話してくれた。


「里香ちゃん、最近悩んでるんじゃないかなーって思ってさ。あたしも一人前に認めてもらえるまでは、すっごく悩んだし・・・・・・特に仕事がある程度任されるようになった今の里香ちゃんくらいの時にね」
「・・・・・・先輩でも悩んでた時ってあったんですね」
「そりゃあ、あるでしょ?あたしにだって新人の時はあったんだから!その経験からのアドバイス!あんまり頑張りすぎてもだめだよ!ここが一番しんどくなるだけ」


 ここはね、大事なんだよ!と優しく心臓のあたりを突かれた。


「自分が認められないのは、自分のせいだ!って思うと抜け出せなくなるよ。もっとこの仕事を楽しまなくっちゃね!」


 星空の中、温かいお湯と温かい言葉に包まれていく。


「今のうちに失敗を経験しておかないとね、先輩になった時に自分も自分の後輩もしんどくなって辞めちゃうだけよ?折角選んだ仕事なんだから、楽しまなきゃ損だよ!」


 ね!とウィンクしながら、優しく頭を撫でてくれた。先輩がくれた言葉と露天のお湯のおかげで、体も心も少しずつ温まっていく。あぁ、もう少し次の子達が来るまで楽しく仕事をしてみよう。失敗をして、後輩に教える。そうやって、確りおもてなしができるようなプロになっていこう。




 そう思えるような話を、露天から引き上げた後も部屋の前まで、先輩はたくさん話してくれた。
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