殺したいほど憎いのに、好きになりそう

味噌村 幸太郎

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第三章 1995年の休日

許すもんか

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 鬼塚と別れて、俺は泣きながら夜道を走っていた。
 自分が傷ついたのか、よく分からないけど……とにかく胸が痛むんだ。
 元の世界ではあんなに憎かったのに。
 それがこの世界では、もしかしたら仲良くなれるんじゃないか? って期待していた自分がいる。

 そうだ……俺は元々、前世でも鬼塚という少年と仲良くなろうと、頑張ったつもりだった。
 でも、あいつが俺を裏切ったんだ。
 さっき知ったことだけど、俺をいじめ始めたきっかけは家庭の事情。
 ただの嫉妬だったんだ。

 だからといって、やって良いことと悪いことがあるだろ。
 並行世界とは言え、人間。根っこは変わらないよな。

 帰宅すると、お母さんが顔を真っ赤にして門限のことをうるさく注意してきたから、さすがの俺も怒鳴り返した。
「あとで謝るから、今は静かにして!」と。

 ~数日後~

 あれから、自室にずっと閉じこもっている。
 前世でのヒキニート状態に戻ってしまった。

 毎朝、優子ちゃんが迎えに来てくれるけど、俺はもう学校に行くことを諦めていた。
 学校というより、鬼塚という人間が怖い。
 またあいつは俺を傷つけてくるかもしれない……という前世でのトラウマが蘇ってしまったから。
 消せない傷跡が、胸に浮かび上がってきたような気がする。

 部屋からは一歩も出ず、自室の扉越しにお母さんへ「先に行っていて」と優子ちゃんへ言づてを頼む。
 もちろん、あとから学校へ行くことはない。
 
 この前模型店で購入した、ミニモーターカーを床で走らせる。
 サーキットなんて無いから、壁にぶつかって横転してしまうが。
 仕方ないので、俺が立ち上がって拾い上げ、また同様の行為を繰り返す。
 大好きなごはんもおやつも食べずに、ただミニモーターカーを走らせること数日間。
 いい加減、家族が怒り始めた。

 その日はお母さんが買い物で家におらず、お姉ちゃんがリビングで電話を独り占めしていた。
 ポケベル代も馬鹿にならないので、家の電話機を使って男と話をしている。
 俺は相も変わらず、ミニモーターカーを走らせていると、玄関のチャイムが聞こえてきた。
 優子ちゃんかな? でも、夕方だし……なんでこんな時間に家へ来たのだろう。

 自室の扉を開けるのは怖いので、扉越しに玄関の会話を盗み聞きする。

『あれ、藍の知り合い?』
『はい! 俺……いや、自分は水巻さんのクラスメイトで……』
『うん、それで?』
『その……水巻さんに謝りたいことがあるんですが、藍さんは家にいますか?』

 ん? この声、優子ちゃんじゃなくて、鬼塚だろ。
 なんで、あいつが俺ん家に来るんだよ……ていうか、家の住所を知らないと思うが。

『藍に謝りたい? あんた、あの子に何かしたの?』
『い、いえ! 藍さんにではなく……そのなんと言ったらいいか。でもとにかく、あいつに謝りたいんです!』
『ふ~ん……でもさ、悪いけど藍はここ数日間、部屋に閉じこもって出てこれないんだよね』
『そうなんですか……』

 なんかお姉ちゃん、変な誤解してない?
 鬼塚への圧が強い。めっちゃ怖く感じる。

『じゃあ、せめて……これを藍さんに渡してくれますか?』
『うん、いいよ』

 どうやら二人の会話が終わったようだ。玄関の扉が勢いよく閉められた。
 お姉ちゃん、かなり怒っているみたい……。
 しばらくすると、階段を上がるドンドンという足音が近づいてくる。

 急いで扉から離れて、部屋にあった読んだこともない小説を手に取り、読書するふりをしてみせる。
 ノックが二回部屋に響いたあと、ミニスカ姿のお姉ちゃんが部屋に入って来た。
 不機嫌そうな顔をして、俺に声をかける。

「藍、あんたいつまで部屋にこもってる気?」
「えっと……それはその」
「さっき、あんたの知り合いだって言ってる男の子が来たけど。なんかされたの?」
「な、何もされてないよっ!」
「まあ藍も中一だもんね……そろそろかな?」
「え?」
「はい、これ」

 そう言って手渡されたのは、小さなケーキボックスとメモ紙。
 鬼塚が俺に渡したかったものって、これか?
 中を開けてみると、手づくりのクッキーがいっぱい入っていた。
 形の悪いものやきれいな形をした星型のものまで……。
 そうか、弟の翔平くんも一緒に作ってくれたのか。
 二人の優しさが伝わってくる。

 一緒についていたメモ紙も開いてみると。

『水巻へ この前の休み。嫌な思いをさせてごめんな』
『俺が昔、いじめた相手のことは悪いけど、本当に顔も名前も思い出せない』
『でも、もし過去に戻れるなら、今からでもそいつに会えることが出来るのならば、謝りたいと思っている』
『追伸 学校は無理せずにな』

 あれ、なんでこんなメモ紙で、俺は満たされていくのだろう?
 胸がいっぱいで気がつけば、熱い涙が頬を伝っていた。
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