黒歴史小説 冬の蝉

味噌村 幸太郎

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第二章 「索敵」

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 腹から血を流し、腸を垂らしている傷ついた仲間を担ぎ、少年は夜の街のビルを次から次へと人間離れした脚力と瞬発力でカエルのようにジャンプしていく。
 あるビルに着地すると少年は仲間をその屋上にあった古ぼけた小屋まで連れていき、小屋の中にあった埃まみれの毛布の上に寝かせた。

「撒いたか? いや、奴にはすぐバレるはずだ……」
「うう……卓真たくま。あんただけでも逃げな」
 傷ついた仲間は四十代ぐらいの中年の女で依然、腹部からの出血は続いている。

「喋っちゃダメだ、綾香あやか。お前だけ置いていくなんてできないよ」
 そう言う少年は十代半ばといった感じで二人は親子ぐらいの年齢差があったが親子には見えない会話をしていた。
「よし、これで……」
 卓真は小屋の中にあった工具箱からホッチキスを取り出した。
「少し痛むかもしれないけど我慢してくれよ」
「ああ、も、もう痛みなんてもんはとっくの昔に通り過ぎているよ……」  
卓真は綾香にボロ布を噛ませ、麻酔もなしで応急処置を始めようとした。
「じゃあ、いくよ」

 卓真は綾香の上着を破り、スカートを脱がせて、腹からはみ出てくる生暖かい腸を無理矢理、押し込んでホッチキスで開いた傷を塞ぐ。
 もう傷どころのものではないが、なにもしないで出血多量で死なせるよりはマシだろうとホッチキスを打ち続けた。
 やっとのことでどうにか出血を抑えることができた。
 だが、このままだと破傷風で高熱を発し、やがて死んでしまう。
 一刻も早く病院に連れて行かなければならない。


「これで一応、終わったけど早く病院にいかなきゃ……」
 汗だくの綾香は卓真の顔を見て微笑んだ。
「卓真、私のことはもういいから早く逃げな。ここに二人でいたって仕方ないだろう。さあ、行くんだよ」
「あ、綾香……僕をそんな奴だと思っているの? 僕にはできないよ……仲間を見捨てるんなんて!」
 卓真は泣きながら綾香に抱きついた。綾香が彼を行かせようとするが卓真は決して離れない。
「仕方ない奴だね……」
 綾香がため息をつくとビルに人の気配を感じた。足音が聞こえてくる。その足音はこっちに近づいて来ているようだ。


「卓真! いつまで甘えている気だい! もう追手は来ているんだよ! 早く逃げな。そして、哲二の所に行くんだよ。あいつなら、なんとかしてくれるよ!」
「だ、だけど、綾香。お前が死んじゃうじゃないか! やっぱり、そんなの嫌だ!」
 せっぱつまった卓真は思わず小屋を飛び出した。
 ビルの屋上には一人の男が満月の妖しい光りを浴びていた。
「お、お前なんか僕だけで!」
「ほう、いい度胸だ。試し斬りさせてもらうぜ。もっとも、ついさっき試したけどな」
 卓真が対峙した男は右手に赤い小さな短剣を持ってニヤニヤと笑っている。
「許さないぞ! いくらマザーの追手でも、たかが、FXシリーズじゃないか。冬の蝉の保護システムである僕がお前になんか負けるわけがない!」
「言ってくれるじゃねぇか。だがよ。俺もバカじゃねぇのよ。この剣もだいぶ使えてきたしな」
 男は卓真に剣を向けた。
「……ま、まさか! それはSSS‐003……」
「そう。通称、〝赤の剣〟!」

 男はいきなり斬りかかって来た。すかさず、卓真も避ける。
 攻撃は単純すぎて、予想がつく。これならいけると卓真は反撃体勢に移った。
 反撃を繰り出した卓真の技は回し蹴り、突っ込んで来た相手にはうってつけの技だ。
 卓真の蹴りはとても十代の少年とは思えないキックボクサーのような重みのある蹴りだった。
 蹴りを受けた男は少しよろめいた。

「ちっ! 今のはキツかったな、保護システムさんよ。だが、この剣の秘密を知らねぇよな?」
 男は白い歯を剥き出しにして不気味な笑みを浮かべている。
「これはよ……万能型の剣とでも言うのか。いくつもの機能を搭載した、それは大変便利な武器なんだよ」
 男が剣を夜空に向かって掲げると、刀身に古代文字がいくつも並んで浮かび上がり、赤く光る。
 そして、驚いたことに剣は男の身の丈を超えるほどの巨大な六角形の柱へと変身を遂げた。
 その巨大な鉄柱はドリルのように回転し始めた。

「まあ、お前はこれぐらいでいいだろうぜ」
 男は再度、攻撃を繰り出してきた。
 剣が重いせいか、卓真の反応が早すぎるせいか、男の攻撃が単純すぎるせいか、卓真は余裕で避けられた。
 卓真に体勢を整える時間を与えずに、再度、攻撃を繰り返した。
 剣を真横に振り払うが、卓真が体を後ろに反ったために、またもや失敗に終わった。

 三度も自分に攻撃を避けられるとは見かけ倒しかと卓真は思った。
 卓真の気が緩んだ瞬間、男の目は先ほどまでとは違う目つきに変貌していた。
 狼のように獲物を正確にとらえ、今から牙を剥こうといった殺気漂うものであった。
 素早く剣を持ち直す、左手だけ握り手を持ち、右手は柄頭を掴む。
 その状態で一気に卓真の胸めがけて突く。

 男の今までの失態は演技でもあり、フェイントでもあったのだ。
 これには卓真も驚いた。
 胸に突っ込んでくるドリルのような剣を間一髪で避けられた。
 
 だが、心臓を突かれるという危機を回避しただけであって、完全にその攻撃を避けられたわけではなかった。
 剣が卓真の右肩に食い込む。剣の勢いは卓真の体内に入ったぐらいで止まりはしない。
 卓真の体内で激しく暴れだす。すると、大量の血液と肉片が辺りに飛び散る。
 剣は骨まで達し、卓真の右腕は今にも体から引きちぎれそうな状態に陥った。
 男は剣の回転を止めて、剣についた血を振り払った。


「油断は禁物だぜ。保護システムさんよ。あいにくだが俺はこの剣を手に入れるまで臆病だったんだ。なんせ、FXシリーズですからね。いつも、フェイントかましちゃうんだよ。その癖が今でも残っちまってな。どんな奴でも警戒しちゃうわけ。もっとも、こんなのは戦いの基本だろ? まあ、こんなこと言っても、どのみち、お前は死ぬけどな」
「くっ! こんな所で……」
 卓真は悔しそうに歯を食いしばった。歯茎から血が滲む。

「卓真! ここは私にまかせな!」
 突然、背後から声が聞こえた。振り返ると青ざめた綾香がよろめきながらも、こっちに近づいて来る。
「あ、綾香!」

「ほう、お前、まだ生きていたのか?」
「当たり前だよ! あんたみたいな落ちこぼれに殺されるかよ!」
 綾香は今にも倒れそうな青ざめた顔で男を睨みつける。
「そんな言い方はよしてくれよ。俺達、FXシリーズの評判が悪くなっちまうぜ」
「やかましい! FX‐0987、ハイ・エンド。FXシリーズの評判なんてとっくの昔に悪くなっちまってるよ!」

 綾香が瞑想を始めるかのように静かに目を閉じ、気を体内に集める。
 すると、次第に綾香の体が黄金色に染まっていく。
 光り輝く綾香は目を開くと一瞬にしてハイ・エンドのいる場所まで距離をつめて、彼の腰に両手を回し、身動きができないように持ち上げた。その力は中年女性とは思えない、いや、重傷を負った人間とは思えない力で、プロレスラーのような怪力の持ち主であった。

「な、なにしやがる! ババァ!」
 うろたえるハイ・エンドを無視して綾香は卓真に最後の別れを告げた。
「卓真……。蝉によろしくな……」
 死を覚悟した彼女は微笑み、10階以上もあるビルからハイ・エンドと共に落ちて行った。
 卓真にはその光景がさながら蛹から蝶へと羽ばたいていく美しいものに見えただろう。
 落下していく中、中年の女は独り言のように呟いた。

「言っとくけど、私はババァじゃないよ。嫌々、この姿で生きていただけさ……」
 彼女の笑顔には清々しいものがあった。
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