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01.社畜サラリーマンとアンハッピーな誕生日

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「アンハッピーバースデー・トゥ・ミー!!」

誰もいない真っ暗なオフィスで、パソコンの仄かな明かりに照らされながら、コンビニで買ったショートケーキにロウソクを憾みをこめるように突き刺しながら、元気にひとりで歌う。

その日、私、立花志鶴たちばな しづるは無事に30歳童貞(魔法使い)に進化した。

「ふふふ、結局仕事以外何もしないままこの日を迎えてしまったな……」

ただひとり、真っ暗なオフィスには私以外は誰もいない。

上司に押し付けられた2.5人分の仕事を明日の朝までには終わらせないといけないことは、わかっている。終電も終わりこのままここで朝まで過ごさないといけないことも分かっていた。

そう考えた時、何故か涙が止まらなくなった。

これは良くない兆候である。

落ち込んでいては仕事の効率が落ちてしまい、より自分の状況が悪くなる。

具体的にいうならば、締め切りに間に合わなくなるのだ。私は目の前の蝋燭に貫かれる形で壊れてしまっている可哀そうなショートケーキに目を移した。

何かの論文で気分の落ち込みと温度、空腹には因果関係があるというのを読んだ覚えがある。

落ち込んだ時は気温を上げて食事をとるべきなのだ。

現在の私の状況は、真冬のオフィスで暗闇の中ただひとり空腹というアンハッピーコンボが決まっている状態だ。本来なら部屋の気温も上げたいが一律の温度管理をされていてとうに切られている暖房をつけることはできないので、可及的速やかにその食物を口に運ぶ必要があった。

最近はSDGsの観点からか、コンビニでスプーンやフォークはもらえないため、仕方なく唯一もらえた割り箸でショートケーキを啄むことにした。

本来、ケーキを食べるためには全く適していないことが一目瞭然であるが背に腹はかえられなかった。

割り箸で無理やり掴んだせいか、ボロボロと崩れたスポンジ生地がパラパラと机に落ちた。普段ならすぐにでも集めて綺麗しないと気が済まない質なのに最早それすらも体が拒否していた。

そうして、やっと口にしたケーキは甘さより塩っ辛いような気がした。まだ涙が止まらなかったのだ。

(泣いて仕事をしなくてもよくなったり、誰かが甘やかしてくれたら楽だろうな……)

私は、私が泣いて解決することなど今まで物心ついてからは一度もなかったことを思い起こす。それと同時に、弟は泣けば両親が都度都度、手を貸していた記憶がよみがえる。

記憶の中の弟が私にだけ見えるような邪悪な笑みを浮かべたことがフラッシュバックする。

(やめよう、もうすでにだ)

縁を切った人達のことなど思い出すだけ利益がない。家族と呼んでいた肉親とはもう10年以上会っていないし、二度と会うつもりもない。

そこまで考えた時、ある違和感に気付いた。

先ほどまでは、いつも通りに稼働していたパソコンの画面が青いのだ。つまりブルースクリーンになっている。

「終わった、なにもかも……」

パソコンが壊れたらしい。私の数時間分の成果ごとすべて道連れにして。

勤務時間内なら、すぐに対応できるが、日を跨いだオフィスには私しかいない。

パソコンを直せる人間は営業時間にならなければ来ない。けれどこの書類は営業時間前には終わっていないといけない。つまり完全に詰んだ状態だ。

「バックアップデータをクラウドから拾えないか……」

それでも悪あがきをしようと涙を相変わらず流したままで、予備のパソコンを起動した瞬間、その画面から眩い太陽のような光が放たれた。

あまりのことに私は、急いで目を瞑った。

『こちらへおいで』

聞き覚えのない声が耳に聞こえた瞬間、なぜかまるでジェットコースターが高いところから下るときのような浮遊感が体を襲った。

その感覚の意味がわからないまま、私の体が硬い床に落ちた感覚がした。

「いたっ!!」

ありえない衝撃に目を開くと見慣れない部屋の床の上に自分が座っていることが分かった。

そこは灰色のレンガ造りの窓のない地下室のようで、そんな場所にもちろん私は来た覚えはない。さらに、私の座っている床には白いチョークのようなもので奇妙な記号、マンガで言うところの魔法陣のようなものが書かれている。

(なんだ??)

状況が理解できずフリーズしている私の耳に、少年の声が響いた。

「失敗か。よりによってこんなに冴えない異世界人が召喚されるなんて。黒髪に眼鏡でヒョロいし、なんかヨレヨレで汚い。伯父上の好みは幼子なのに……」

失望を隠さない声色に、苛立ちながら顔をあげると恐ろしいほど顔の整ったヨーロッパ人のような少年と彼を囲うように、中世の騎士のような恰好をした美形の男達がまるでこちらを見下すように立っていた。

特に少年は銀色と呼ぶにふさわしい美しい光沢のある髪と黄金のような瞳をしていて、この世の者とは思えない美しさだった。

けれど、その美しいさに見惚れるよりも過去の忌々しいトラウマの記憶がフラッシュバックしてよみがえってしまったために体が震え出す。

『全く!!どうしてお前はこんなこともできないんだ、はぁ、弟の志鶯しおうは出来るというのに……』

(あの時も床に転がっていたな、石か木かの差はあるが……)

完全に過去に戻っていた精神を、凛とした声が現実へ戻した。

「リュカ殿下、この異世界人はどう処理いたしましょうか」

黒髪に赤い瞳をしている、がっしりとしたタイプの美形がまるで物でも見るようにこちらを一瞬一瞥した。彼は5人いる騎士達のリーダー格らしい。

するとリュカと呼ばれた先ほどの美少年は心底面倒そうに答えた。

「どうでもいいや。

その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが音を立てて壊れるのが分かった。

(……ああ、そうか、よくわからないが私はまた蔑ろにされているのか)

脳内に、親と決別した日に私に向けられた父親の冷たい視線が蘇った。

(私は、自分の望みを殺して従った。そうすれば、少しでも関心を持たれるとおもったから。けれど……そんな日はこなかった。あの日もそうだった……)

「分かりました。では、私が……」

先ほどの黒髪の男が何かを口にしようとした時、その言葉より早く体が動いていた。

「ふざけるな!!!!!!」

もう何年と出していなかった大声を張り上げたせいで喉が潰れそうな気がしたが、そんなことは関係ない。ずっと押し殺してきた純然たる怒りがタイミング悪く沸き上がったのだ。

私は、勢いよくリュカにタックルを決めようとした……が、あっさりと黒髪の男に首根っこを持たれて体を持ち上げられる。

「……異世界人、私はお前に危害は加えない、だから落ち着いて……」

黒髪男は私をなだめようとしたようだったが、しかし、窮鼠は猫を噛むのだ。私は、勢いよく体に反動をつけて男に体当たりをした。

男に比べたら私の体はひょろりとしているかもしれないが、それでも大の男であり習慣として体を鍛えていた。だから、油断していた男をそのまま地面に倒すことは難しくなかった。

結果、地面に男を下敷きにした状態で着地した。そのせいで黒髪男は気絶したのか動かない。

「団長!!お前、異世界人のクセに無礼だぞ!!」

そう一番若い紅い髪をした男が剣を抜いて構えた。

「その異世界人とはなんだ。いきなりこんなところに拉致監禁しておいて無礼なのはどちらだ!!」

どう考えても私より、彼等のが非常識だ。下敷きにした男から下りてその若い男につかみかかろうとしたが、なぜか体が動かないことに気付いた。

「異世界人くん、いけないよ。全く、君達は我々よりずっと弱いのだから調子にのって攻撃するなんて、しつけが必要そうだよね」

首だけ辛うじて動いたので振り返ると糸目の男が酷薄な笑みを浮かべている。何をされたのか分からないがどうやら体が動かない原因はこの糸目の男が作っているらしい。

「はぁ、考えが変わった。いますぐ

そう冷えた目でリュカが言い放った瞬間、私はリュカと倒れている黒髪の男と体を動かなくしている男以外から暴行を受けた。

あっさり殺そうというより強い生き物が弱い生き物を嬲り殺すような嫌な形で殴られて蹴られた。そのせいで、眼鏡も壊れて飛んでいってしまって途中からぼんやりとしか全てが見えなくなった。

(くそ、くそっ!!)

ろくでもなかったが日本で普通の社畜サラリーマンであれば起こらなかっただろう惨たらしい最期に頬を涙が伝い、そして気付けば叫んでいた。

「助けてくれ!!誰か!!」

助けが来たことなど一度もないのに、ましてやしらない場所で私を助けてくれる人などいるはずがないのに、それもで必死に声を張り上げた。

「ここは城の中でも一番最奥だ。誰も助けなんかこねぇし仮に来てもリュカ殿下に逆らえるやつなんていない」

一番若い赤毛の男が嘲笑しながら言葉を紡いだその時……、

「お前たち、異世界人をむやみに召喚した上に暴力をふるうとは何事だ」
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