6 / 24
第一章 因縁の世界へ転生
006
しおりを挟む
よくよく考えてみたら、別に処刑されたことまで伝える必要はないのではないか。わざわざ話して重い空気にするのも忍びない。
「自分でも荒唐無稽な話であると自覚していますが、わたしは違う世界で違う人間として生きていました。確かに事切れたはずなのに気づいたら雪見茉衣として授業を受けていて……」
そこまで話してふと、『お前は誰だ』という質問の答えにほどんどなっていないことに気がついた。なぜそんなことを気にするのか皆目検討もつかないが、わたしごときが人様の思考に疑を唱えるなんておこがましいことだ。
「前世では公爵家のひとり娘でした。名前は……僭越ながらお伝えしても特に意味はないかと」
マリー・ヴァイス。公爵令嬢だった自分はもうどこにも存在しない。土に還り、稀代の悪女だと国民から蔑まれているのだろう。何の感情も沸いてこないあたり、確かに自分の生だったにもかかわらずどこまでも他人事にしか捉えていない。
「公爵家の娘、ねぇ……。ようやく合点がいった」
一条さんは何かに納得した様子で小さく頷いているがわたしには何が何だかさっぱりだ。心中で疑問符を浮かべているのを察してくれたのか、彼が軽く補足を付け足す。
「お前の立ち振る舞いだ。歩き方や仕草からしてそれなりの教育を受けていたのではいかと踏んでいてな」
自分ではあまり分からないが前世からの癖が抜けていないらしい。よく見ているなと思わず感心してしまう。一条さんもそれなりに名がある家の生まれなのだろうか。家について良い印象を持っていない彼に直接尋ねることはしないけれど、帰ったら少し調べてみよう。もしこの学校の生徒の共通認識だったら、知らないとばれたときに不自然だ。
「あの……」
「なんだ」
「ふと気になったのですが、雪見茉衣さんはどのような方と仲が良いのですか?」
「雪見に友人はいない」
言いづらさを微塵も感じさせず、一条さんは断言した。
「去年も今年も、休み時間は静かに本を読んでいるタイプで話しているところはほとんど見たことがない。オレも直接の関わりはなかった」
彼女は廊下側の席が多かったため記憶に残っていだけだという。明日からの交友関係に悩まなくて済みそうだが、前世のわたしを見ているようで複雑な気分になった。ひとりは辛い。彼女がそうであったかは定かでないが、友人と呼べる存在がいなかったわたしにとって慣れるまで休み時間は苦痛そのものだった。
「ああ、あと。『すみません』ならまだしも『申し訳ございません』は論外だ。過剰に整った言葉遣いなど社会人でない限りしない。女子高生に擬態するなら覚えておいたほうがいい」
一条さんはそう言い残すと、背を向けて屋上から去っていった。ぽかんとその後ろ姿を眺めていたわたしだったが、午後の授業を思い出させる予鈴の音ではっと我にかえる。
「今のは……アドバイスを頂いたということでしょうか」
わたしの問いをはぐらかすように、気まぐれな風が頬を撫でた。
「自分でも荒唐無稽な話であると自覚していますが、わたしは違う世界で違う人間として生きていました。確かに事切れたはずなのに気づいたら雪見茉衣として授業を受けていて……」
そこまで話してふと、『お前は誰だ』という質問の答えにほどんどなっていないことに気がついた。なぜそんなことを気にするのか皆目検討もつかないが、わたしごときが人様の思考に疑を唱えるなんておこがましいことだ。
「前世では公爵家のひとり娘でした。名前は……僭越ながらお伝えしても特に意味はないかと」
マリー・ヴァイス。公爵令嬢だった自分はもうどこにも存在しない。土に還り、稀代の悪女だと国民から蔑まれているのだろう。何の感情も沸いてこないあたり、確かに自分の生だったにもかかわらずどこまでも他人事にしか捉えていない。
「公爵家の娘、ねぇ……。ようやく合点がいった」
一条さんは何かに納得した様子で小さく頷いているがわたしには何が何だかさっぱりだ。心中で疑問符を浮かべているのを察してくれたのか、彼が軽く補足を付け足す。
「お前の立ち振る舞いだ。歩き方や仕草からしてそれなりの教育を受けていたのではいかと踏んでいてな」
自分ではあまり分からないが前世からの癖が抜けていないらしい。よく見ているなと思わず感心してしまう。一条さんもそれなりに名がある家の生まれなのだろうか。家について良い印象を持っていない彼に直接尋ねることはしないけれど、帰ったら少し調べてみよう。もしこの学校の生徒の共通認識だったら、知らないとばれたときに不自然だ。
「あの……」
「なんだ」
「ふと気になったのですが、雪見茉衣さんはどのような方と仲が良いのですか?」
「雪見に友人はいない」
言いづらさを微塵も感じさせず、一条さんは断言した。
「去年も今年も、休み時間は静かに本を読んでいるタイプで話しているところはほとんど見たことがない。オレも直接の関わりはなかった」
彼女は廊下側の席が多かったため記憶に残っていだけだという。明日からの交友関係に悩まなくて済みそうだが、前世のわたしを見ているようで複雑な気分になった。ひとりは辛い。彼女がそうであったかは定かでないが、友人と呼べる存在がいなかったわたしにとって慣れるまで休み時間は苦痛そのものだった。
「ああ、あと。『すみません』ならまだしも『申し訳ございません』は論外だ。過剰に整った言葉遣いなど社会人でない限りしない。女子高生に擬態するなら覚えておいたほうがいい」
一条さんはそう言い残すと、背を向けて屋上から去っていった。ぽかんとその後ろ姿を眺めていたわたしだったが、午後の授業を思い出させる予鈴の音ではっと我にかえる。
「今のは……アドバイスを頂いたということでしょうか」
わたしの問いをはぐらかすように、気まぐれな風が頬を撫でた。
3
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。
水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。
しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。
マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。
当然冤罪だった。
以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。
証拠は無い。
しかしマイケルはララの言葉を信じた。
マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。
そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。
もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結】前世の記憶があっても役に立たないんですが!
kana
恋愛
前世を思い出したのは階段からの落下中。
絶体絶命のピンチも自力で乗り切ったアリシア。
ここはゲームの世界なのか、ただの転生なのかも分からない。
前世を思い出したことで変わったのは性格だけ。
チートともないけど前向きな性格で我が道を行くアリシア。
そんな時ヒロイン?登場でピンチに・・・
ユルい設定になっています。
作者の力不足はお許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる