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第一章 因縁の世界へ転生
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「お前は抵抗することが怖いのか?」
そんなの聞かれるまでもなく怖い。わたしの言動で相手の声色が変わることを、ずっと恐れていた。どんなに理不尽なことでも声をあげれば待っているのは更なる叱責。落胆。孤独。奇異の目で後ろ指を指されるくらいなら、とわたしは沈黙を選んだ。
何も答えないわたしに呆れたのか、男子生徒が口を開く。
「オレは、自分が生きたいように生きる。あとから環境のせいにするのは御免だ」
吐き捨てるような口調が、胸に重くのしかかる。まるでわたしの人生そのものを否定されたようでずきずきと心臓が痛んだ。前世だったらこれくらいは何てことないはずだったのに。体が違うから感情に敏感なのだろうか。
「この髪もそうだ。堅苦しい家に反抗したかったのさ」
「家に、ですか?」
わたしの問いに、男子生徒の片眉が不可解そうにあがる。だがそれも一瞬のことで、すぐに元の仏頂面に戻ってしまった。
「そうだ。どこへ行ってもついてくる護衛、分刻みのスケジュール。決められた将来。休みも自由もない生活に嫌気がさした」
耐え兼ねた男子生徒は、護衛の一瞬の隙をついて市販のブリーチ剤を購入したという。金髪になって分かりやすく道を外した彼に両親はすっかり愛想を尽かし、関係は冷めきっているらしい。
「ところで、お前は誰だ?」
「申し遅れました、雪見茉衣と申します」
「質問が悪かったか? オレが今話しているお前は誰だと聞いている」
弾かれたように顔をあげる。もしかして。わたしが雪見茉衣ではないと勘づいている?
隠さなければと、反射的にそう思った。前世は公爵令嬢で王太子と聖女に嵌められて処刑されましたなんて話したら頭がおかしい奴だと思われるに違いない。
「……何のことか理解しかねます」
「お前は知らないかもしれないが、オレと雪見は去年同じクラスだった。それなのにわざわざ今日話しかけてきた理由はなんだ?」
「……それは、話しかける機会を掴めず」
「なら、オレの名前を知っているか?去年のオレ達のクラスの出し物は?」
「……」
降参だ。去年の雪見茉衣としての思い出がない以上、答えられることはひとつもない。わたしが黙りこむと、目の前の男はふんとつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「一条千早だ。どうでもいいが、去年の文化祭の出し物は喫茶店だった。オレもお前も不参加だったがな」
いかにも団結という言葉とは無縁そうな一条さんはともかく、雪見茉衣まで欠席というのは気になる。
そもそも雪見茉衣とはどんな人物なのだろうか。この体の本当の持ち主である彼女はいったいどこにいる?
「おい」
不機嫌な声が、思考を遮る。そこでようやく、わたしは一条さんの質問に答えていないことを思いだした。
そんなの聞かれるまでもなく怖い。わたしの言動で相手の声色が変わることを、ずっと恐れていた。どんなに理不尽なことでも声をあげれば待っているのは更なる叱責。落胆。孤独。奇異の目で後ろ指を指されるくらいなら、とわたしは沈黙を選んだ。
何も答えないわたしに呆れたのか、男子生徒が口を開く。
「オレは、自分が生きたいように生きる。あとから環境のせいにするのは御免だ」
吐き捨てるような口調が、胸に重くのしかかる。まるでわたしの人生そのものを否定されたようでずきずきと心臓が痛んだ。前世だったらこれくらいは何てことないはずだったのに。体が違うから感情に敏感なのだろうか。
「この髪もそうだ。堅苦しい家に反抗したかったのさ」
「家に、ですか?」
わたしの問いに、男子生徒の片眉が不可解そうにあがる。だがそれも一瞬のことで、すぐに元の仏頂面に戻ってしまった。
「そうだ。どこへ行ってもついてくる護衛、分刻みのスケジュール。決められた将来。休みも自由もない生活に嫌気がさした」
耐え兼ねた男子生徒は、護衛の一瞬の隙をついて市販のブリーチ剤を購入したという。金髪になって分かりやすく道を外した彼に両親はすっかり愛想を尽かし、関係は冷めきっているらしい。
「ところで、お前は誰だ?」
「申し遅れました、雪見茉衣と申します」
「質問が悪かったか? オレが今話しているお前は誰だと聞いている」
弾かれたように顔をあげる。もしかして。わたしが雪見茉衣ではないと勘づいている?
隠さなければと、反射的にそう思った。前世は公爵令嬢で王太子と聖女に嵌められて処刑されましたなんて話したら頭がおかしい奴だと思われるに違いない。
「……何のことか理解しかねます」
「お前は知らないかもしれないが、オレと雪見は去年同じクラスだった。それなのにわざわざ今日話しかけてきた理由はなんだ?」
「……それは、話しかける機会を掴めず」
「なら、オレの名前を知っているか?去年のオレ達のクラスの出し物は?」
「……」
降参だ。去年の雪見茉衣としての思い出がない以上、答えられることはひとつもない。わたしが黙りこむと、目の前の男はふんとつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「一条千早だ。どうでもいいが、去年の文化祭の出し物は喫茶店だった。オレもお前も不参加だったがな」
いかにも団結という言葉とは無縁そうな一条さんはともかく、雪見茉衣まで欠席というのは気になる。
そもそも雪見茉衣とはどんな人物なのだろうか。この体の本当の持ち主である彼女はいったいどこにいる?
「おい」
不機嫌な声が、思考を遮る。そこでようやく、わたしは一条さんの質問に答えていないことを思いだした。
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