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第一章 因縁の世界へ転生

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   金属製のドアが悲鳴をあげるように耳障りな音を響かせるにつれ、外界への視界が徐々に広がっていく。男子生徒はどうしてここに来たのだろうか。黒と指定されたこの学校では明らかに校則違反な金髪。所謂ヤンキーに属される側の人間だと知識としては頭にある。それでも、わたしにとっては何よりも親しみ慣れた髪色だった。

 とにかく抜け出したい。右を見ても左を見ても、因縁の聖女と似た色で溢れているこの地獄から。じっくり見たら違う人間なのだろうが、西洋の世界で生きていた記憶が色濃く残るわたしには東洋人の顔の区別があまりつかなかった。髪型も似たり寄ったりだから尚更だ。

 彼の傍に居られたら少しは息がしやすくなるのではという淡い期待に心臓が早鐘を打つ。もしかしたら硬いコンクリートに寝そべっているかもしれない。フェンス越しの風景を眺めている可能性もある。わたしにとってはどちらでも良かった。同じく授業をサボりに来たと何気ない様子を装えばいい。わたしは今まで通り、干渉せず空気のようにそこに居るだけだ。自分のことなど誰も気にしないのだから。

 
 だが、目に飛び込んできたのは予想とは大きく違う光景だった。

「何の用だ」

 フェンスにもたれかかっているのはまさにその金髪の男子生徒だった。漆黒の瞳はまっすぐこちらを捉えていて、あとを尾けていたことに気づいていたのだと悟る。剣呑な視線に気圧されそうになるがぐっと踏みとどまった。これくらい、処刑される直前に比べれば大したことないはずだ。そう分かっているのに情けなく足が震える。

「か……髪が」
「――髪がなんだ?」

 どうにか口にした単語を聞いた瞬間、目の前の男の表情が変わった。親の仇といわんばかりに鋭くこちらを睨みつける様子から触れられたくないことだったようだ。しまった、と思ったがもう遅い。何か言わなければ。もつれる口をどうにか動かして、言葉を紡ぐ。

「え、えっと。素晴らしいと思いまして」
「馬鹿にしているのか?」

 間髪入れずに問い返され、慌てて首を横に振る。

「ち、違います。その、わたしはすごく臆病で自分から行動ができなかったから」

 つい反論してしまった。さっと顔が青ざめるのを感じる。条件反射でじわじわと後悔が込み上げてくるが、まぎれもない本心だった。

   公爵令嬢で王太子の婚約令嬢という立場を抜きにしても、わたしはいつも他人の顔色ばかりを気にしていた。どうしたら両親を不快にさせないか。不機嫌な王太子の前でどう振る舞えば火に油を注がないか。事なかれが善とされる貴族社会でそれが咎められることはなかった。でも、そう生きたかったわけじゃなかったのだ。自分の意思がない人生しか送ることができなかったのは、わたしの臆病さ故だ。

「だから、すごいなと思って……あ。すみません、見知らぬ他人からこんなことを言われても不快ですよね」
 

 
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