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第一章 因縁の世界へ転生
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「良家のお子様でもまともな人っているのね」
茜音さんは物珍しいものを見るかのようにしみじみと呟いた。高水準の教育を受けているご子息ご令嬢は総じて性格も良いと思われがちだが、当てはまらない者も一定数存在する。
「……まあ、世の中には色々な方がいらっしゃいますから。たまたま思わぬ方向に成長してしまったのでしょう」
「これは噂だけれど、家の財産をギャンブルに溶かして勘当されたどら息子や『自分の本当の美しさはこんなものではない』って整形を重ねている人もいるらしいわよ」
「……すごいですね」
何というか言葉が出ない。なまじ親の財力と権力があるだけに、こういう人達には周囲も異を唱えられないのだ。ストレスは溜まる一方だろう。こっそりわたしが同情していると、
「ドレス代やその他諸々の経費はこちらが持つ。本番は二週間後だからな、練習期間は短いぞ」
一条さんの言葉で一気に現実に引き戻された。社交パーティーには地位のある様々な方々が参加される。気を引き締めていかなければ。
※※※
知人の頼みで社交パーティーに参加すること、その練習で帰りが遅くなる旨を両親に伝えると大喜びで歓迎してくれた。美味しいものをたくさん食べてくるんだよと言われたが、多分緊張で喉に通らないだろう。
「社交パーティー、か」
ぼんやりと自室の天井を眺める。白で統一された模様がおしゃれに描かれていて、社交会もこんな感じだったらいいのにとため息が出た。
『間違っても俺の名前を出すなよ。貴様なんぞが婚約者だなんて恥も良いところだ』
パーティー会場の入り口で別れる際、アレン様は必ずわたしに念押しした。トラブルが起こった場合、王太子の婚約者という立場を利用するのではと危惧していたのだろう。そんなことしないのに。なのに臆病なわたしは反論もできなかった。ただ深く頭を下げて、カイラ様の元へ向かうお姿を見送るだけだった。
「……やめよう」
もう終わったのだ。過去のことをウダウダ振り返っても仕方ない。
「それにアレン様と一条さんは違う」
言い聞かせるように小さく呟く。人のことをよく見ているし、分かりにくいがアドバイスをくれる優しさも持ち合わせている。わたしをパートナーに選んでくれたあたり、お金目当てで近づくような人だとも思われていないはずだ。わたしも彼を信じよう、とわたしは部屋の電気を消した。
※※※
「着いたぞ」
一条さんの声が合図だったかのように、黒塗りの車が止まる。運転手の方にエスコートされて到着したのは一条さんの住む家だった。いや家なんて可愛いものじゃない、屋敷だ。美しく剪定された木々に、色とりどりの鯉が泳ぐ大きな池。時折鹿威しの音が聞こえて、まるで別世界に迷い込んだようだ。どこをとっても拘りが感じられ、周囲の住宅街とは完全に一線を画している。
「珍しいか?」
呆けているわたしに、一条さんが意外そうに問う。公爵令嬢だったから豪邸は見慣れているだろうと言わんばかりの態度だ。
「和風の御屋敷は初めてだったもので」
「ああ、たしかに西洋にはないかもしれないな」
納得したように一条さんが頷く。わたしはいうとさりげなく屋敷の中を観察していた。敷地の大きい屋敷とあって、使用人もたくさんいる。だが、その誰もが一条さんと目も合わせようとしなかった。隣には得体の知れない女が歩いているというのに、問い詰めもしなければ気にかける様子もない。徹底的な無関心。名家であればあるほど雇い主であり当主の意向は絶対だ。どこの世界も変わらないのだな、と胸を痛めていると不意に一条さんが立ち止まった。
「この部屋だ」
通された部屋はレッスン室のようだった。飴色に輝く床と壁一面に取り付けられた鏡だけという余計なものは一切ない造りだ。
「良家のお子様でもまともな人っているのね」
茜音さんは物珍しいものを見るかのようにしみじみと呟いた。高水準の教育を受けているご子息ご令嬢は総じて性格も良いと思われがちだが、当てはまらない者も一定数存在する。
「……まあ、世の中には色々な方がいらっしゃいますから。たまたま思わぬ方向に成長してしまったのでしょう」
「これは噂だけれど、家の財産をギャンブルに溶かして勘当されたどら息子や『自分の本当の美しさはこんなものではない』って整形を重ねている人もいるらしいわよ」
「……すごいですね」
何というか言葉が出ない。なまじ親の財力と権力があるだけに、こういう人達には周囲も異を唱えられないのだ。ストレスは溜まる一方だろう。こっそりわたしが同情していると、
「ドレス代やその他諸々の経費はこちらが持つ。本番は二週間後だからな、練習期間は短いぞ」
一条さんの言葉で一気に現実に引き戻された。社交パーティーには地位のある様々な方々が参加される。気を引き締めていかなければ。
※※※
知人の頼みで社交パーティーに参加すること、その練習で帰りが遅くなる旨を両親に伝えると大喜びで歓迎してくれた。美味しいものをたくさん食べてくるんだよと言われたが、多分緊張で喉に通らないだろう。
「社交パーティー、か」
ぼんやりと自室の天井を眺める。白で統一された模様がおしゃれに描かれていて、社交会もこんな感じだったらいいのにとため息が出た。
『間違っても俺の名前を出すなよ。貴様なんぞが婚約者だなんて恥も良いところだ』
パーティー会場の入り口で別れる際、アレン様は必ずわたしに念押しした。トラブルが起こった場合、王太子の婚約者という立場を利用するのではと危惧していたのだろう。そんなことしないのに。なのに臆病なわたしは反論もできなかった。ただ深く頭を下げて、カイラ様の元へ向かうお姿を見送るだけだった。
「……やめよう」
もう終わったのだ。過去のことをウダウダ振り返っても仕方ない。
「それにアレン様と一条さんは違う」
言い聞かせるように小さく呟く。人のことをよく見ているし、分かりにくいがアドバイスをくれる優しさも持ち合わせている。わたしをパートナーに選んでくれたあたり、お金目当てで近づくような人だとも思われていないはずだ。わたしも彼を信じよう、とわたしは部屋の電気を消した。
※※※
「着いたぞ」
一条さんの声が合図だったかのように、黒塗りの車が止まる。運転手の方にエスコートされて到着したのは一条さんの住む家だった。いや家なんて可愛いものじゃない、屋敷だ。美しく剪定された木々に、色とりどりの鯉が泳ぐ大きな池。時折鹿威しの音が聞こえて、まるで別世界に迷い込んだようだ。どこをとっても拘りが感じられ、周囲の住宅街とは完全に一線を画している。
「珍しいか?」
呆けているわたしに、一条さんが意外そうに問う。公爵令嬢だったから豪邸は見慣れているだろうと言わんばかりの態度だ。
「和風の御屋敷は初めてだったもので」
「ああ、たしかに西洋にはないかもしれないな」
納得したように一条さんが頷く。わたしはいうとさりげなく屋敷の中を観察していた。敷地の大きい屋敷とあって、使用人もたくさんいる。だが、その誰もが一条さんと目も合わせようとしなかった。隣には得体の知れない女が歩いているというのに、問い詰めもしなければ気にかける様子もない。徹底的な無関心。名家であればあるほど雇い主であり当主の意向は絶対だ。どこの世界も変わらないのだな、と胸を痛めていると不意に一条さんが立ち止まった。
「この部屋だ」
通された部屋はレッスン室のようだった。飴色に輝く床と壁一面に取り付けられた鏡だけという余計なものは一切ない造りだ。
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