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第二章 王太子の登場
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湯気が立つカップが目の前に置かれた。香りからして紅茶だろう。蔓が巻きついたようなおしゃれな取手に触れないようにカップを両手で包み込む。先程シャワーを浴びさせてもらったばかりだというのに、やけに指先が冷えきっていた。
「それで、あの男は誰なんだ? お前とどういう関係だ?」
口火を切ったのは一条さんだった。直球の質問の答えは分かりきっていたけれど、すぐに答えることはできなかった。どう説明しようかと少しの間視線を彷徨わせて、
「……彼の前世の名前はアレン。王太子で、わたしの元婚約者でした。」
ありのままの事実を端的に述べた。
「……」
「婚約者? ならどうしてあんなに酷い態度を……」
なぜか押し黙ってしまった一条さんを尻目に、茜音さんが疑問を発した。茜音さんは、否、一条さんはどこまでわたしたちの会話を聞いていたのだろう。アレン様がわたしに要求した内容を知っているのだろうか。一条さんが来てくれたタイミングして知らない可能性のほうが高い。
口に出すことを憚られるものの、話さなければ話が進まないと判断したわたしは口を開いた。
「わたしがまだアレン様と婚約者だったときに異世界から黒髪の聖女がいらっしゃったのです。元々優しい方ではなかったのですが、聖女様が来てからわたしへの態度が悪化してしまいました。アレン様は聖女様のことを愛していて、婚約者であるわたしが疎ましくなったのです」
「最低なクズ野郎ね」
茜音さんがばっさりと切り捨てた。実際顔を見ていないものの印象は最悪のようだ。
「それで、どうなったの? その男は貴女と別れて聖女と幸せになったわけ?」
「そう、なんでしょうか……? わたしは殺されてしまったのでよく分からないのです」
アレン様の散々な罵倒から幸せな生活を送ったとは考えにくい。むしろ愛の重さの違いからすれ違っていそうだ。
「――は?」
ふいに、地を這うような低い声が二人から発せられた。二人とも険しい顔をしている。
「殺された? どういうことだ?」
「アレン様がカイラ様のことを愛していたことはお話しましたよね。わたしが邪魔になった彼はわたしを聖女様虐めの犯人に仕立てあげて処刑したのです」
「何よそれ! その聖女様が好きなら普通に婚約解消すればいいだけじゃない!何も殺す必要は……」
激昂する茜音さんの言葉は、処刑される直前のわたしも考えたことだった。あの時は全てに疲れて思考を放棄してしまったが、冷静になって考えてみると疑問が浮かぶ。
ずっと何かを考えこんでいた一条さんが、ふと顔をあげた。
「話からして日本人の可能性が高いが、聖女とやらはどんな人物なんだ?」
「聖女様はお優しいと巷で評判でした。聖女としての腕前も、怪我の痛みをかなり緩和してくれる優れた方だったのですよ」
わたしの言葉に、一条さんと茜音は揃って顔を見合わせた。
「どうかされましたか?」
何か変なことを言ってしまっただろうか。不安に駆られたわたしが尋ねると、茜音さんが言いにくそうに言い淀んだ。
「その、ごめんなさい。聖女っててっきり怪我を完治させる職業だと思っていたから、その」
なるほど。現代風に言えばしょぼいということか。一条さんも同じ感想を抱いていたのか、微妙な顔をしている。と、思ったらハッと瞳が見開かれた。
「おい、聖女の力は傷の治癒ではなく痛みの緩和だと言ったな」
「は、はい」
「それはどんな風に行われていた?」
鬼気迫る様子に気圧されながらも、朧気な記憶を必死で手繰り寄せる。
「狭い密室のほうが都合が良いとのことで、王城の一室で行われていました。そこに聖女様と患者が。立ち入りが許されたのは王族のみで、詳しいことはわたしにも……」
「時間は?」
「一、二時間ほどです」
「それで、あの男は誰なんだ? お前とどういう関係だ?」
口火を切ったのは一条さんだった。直球の質問の答えは分かりきっていたけれど、すぐに答えることはできなかった。どう説明しようかと少しの間視線を彷徨わせて、
「……彼の前世の名前はアレン。王太子で、わたしの元婚約者でした。」
ありのままの事実を端的に述べた。
「……」
「婚約者? ならどうしてあんなに酷い態度を……」
なぜか押し黙ってしまった一条さんを尻目に、茜音さんが疑問を発した。茜音さんは、否、一条さんはどこまでわたしたちの会話を聞いていたのだろう。アレン様がわたしに要求した内容を知っているのだろうか。一条さんが来てくれたタイミングして知らない可能性のほうが高い。
口に出すことを憚られるものの、話さなければ話が進まないと判断したわたしは口を開いた。
「わたしがまだアレン様と婚約者だったときに異世界から黒髪の聖女がいらっしゃったのです。元々優しい方ではなかったのですが、聖女様が来てからわたしへの態度が悪化してしまいました。アレン様は聖女様のことを愛していて、婚約者であるわたしが疎ましくなったのです」
「最低なクズ野郎ね」
茜音さんがばっさりと切り捨てた。実際顔を見ていないものの印象は最悪のようだ。
「それで、どうなったの? その男は貴女と別れて聖女と幸せになったわけ?」
「そう、なんでしょうか……? わたしは殺されてしまったのでよく分からないのです」
アレン様の散々な罵倒から幸せな生活を送ったとは考えにくい。むしろ愛の重さの違いからすれ違っていそうだ。
「――は?」
ふいに、地を這うような低い声が二人から発せられた。二人とも険しい顔をしている。
「殺された? どういうことだ?」
「アレン様がカイラ様のことを愛していたことはお話しましたよね。わたしが邪魔になった彼はわたしを聖女様虐めの犯人に仕立てあげて処刑したのです」
「何よそれ! その聖女様が好きなら普通に婚約解消すればいいだけじゃない!何も殺す必要は……」
激昂する茜音さんの言葉は、処刑される直前のわたしも考えたことだった。あの時は全てに疲れて思考を放棄してしまったが、冷静になって考えてみると疑問が浮かぶ。
ずっと何かを考えこんでいた一条さんが、ふと顔をあげた。
「話からして日本人の可能性が高いが、聖女とやらはどんな人物なんだ?」
「聖女様はお優しいと巷で評判でした。聖女としての腕前も、怪我の痛みをかなり緩和してくれる優れた方だったのですよ」
わたしの言葉に、一条さんと茜音は揃って顔を見合わせた。
「どうかされましたか?」
何か変なことを言ってしまっただろうか。不安に駆られたわたしが尋ねると、茜音さんが言いにくそうに言い淀んだ。
「その、ごめんなさい。聖女っててっきり怪我を完治させる職業だと思っていたから、その」
なるほど。現代風に言えばしょぼいということか。一条さんも同じ感想を抱いていたのか、微妙な顔をしている。と、思ったらハッと瞳が見開かれた。
「おい、聖女の力は傷の治癒ではなく痛みの緩和だと言ったな」
「は、はい」
「それはどんな風に行われていた?」
鬼気迫る様子に気圧されながらも、朧気な記憶を必死で手繰り寄せる。
「狭い密室のほうが都合が良いとのことで、王城の一室で行われていました。そこに聖女様と患者が。立ち入りが許されたのは王族のみで、詳しいことはわたしにも……」
「時間は?」
「一、二時間ほどです」
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