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2009年作品
勝ち組
しおりを挟む美保子と栄子は、同じ大学を卒業して、同じ会社に同期で就職した。
入社から五年後、美保子は、会社の二年先輩の良太と結婚して、退社し、家庭に入った。
同期の女子社員たちも、それから三年以内には、ほとんど、相手を見つけ寿退社して、家庭に入り、子供を生み、主婦・母となっていた。
でも、何回かお見合いをし、何人かの男たちと付き合いはしたが、栄子は、いつまでも独身だったし、三十路に入っても、仕事一筋にがんばっていた。
ある年、もうすでにベテラン主婦になっている同期の女たちを驚かすニュースが飛び込んできた。
あの行き遅れの栄子が、ついに結婚したらしい! しかも、自分たちのように、会社でバリバリ働いている男性社員が相手ではなく、三十をとっくにすぎても、定職につかず、毎日フラフラしている幸一という男だ!
女たちは、栄子がついに結婚したことを喜ぶよりも、三十路をすぎて、貰い手がつかないことを焦るあまり、とんでもない男に手をだしたとあざ笑った。そして、この結婚は長続きせず、すぐに離婚するに違いないと噂しあった。
美保子は一男一女をもうけた。
良太は、パパとなったことで、さらにバリバリと仕事をこなし、出世を重ねていった。
一方、栄子は、たよりにならない夫・幸一の分も働き、家計を一人で支え続けた。でも、それほどには、出世はできなかった。
主婦業のかたわら、昔の仲間にたまに出会うと、美保子たちは、夫たちの肩書きを自慢し、子供たちの進学先を自慢しあった。そして、会社でも出世頭の良太を夫に持つ美保子は、大いに面目を施し、満足していたのだった。
美保子は、自分がとても幸せだと信じていた。自分は勝ち組なのだと思っていた。同様に、栄子を不幸な結婚をしたバカな女だと見下していた。
やがて、子供たちが大きくなり、手がかからなくなった頃、美保子は、毎日うつうつと過ごすようになっていた。
会社で部長代理にまで出世していた良太が、家に帰ってこない。
どうやら、よそに女がいるようだ。
先日、良太に呼び出されて、喫茶店で会うと、離婚届を突きつけられた。すでに良太の署名は書き込まれていた。美保子の名前を書いて、市役所に出しておいてくれという。
美保子は、受け取りはしたが、自分の名前を書き込めずにいた。
――夫が出世し、子供たちもいい学校へ入った。私は幸せだったはずだ! 勝ち組だったはずだ!
美保子は信じられない思いで、キッチンの椅子に腰掛け、ひがな一日、テーブルの上のその紙を見つめているだけだった。
気づいたら、美保子は栄子の家の前に立っていた。
負け組・栄子の悲惨なはずの生活をのぞいて、自分が勝ち組であることを確かめたい!
美保子は残酷な満足感を期待して、栄子の家の呼び鈴をおした。
ドアが開いて、ラフな格好の幸一が顔を出した。
「こんにちは、私、栄子の友達で、美保子といいます。栄子さんいますか?」
「あぁ、栄子は今、会社なんで…… でも、もうすぐ五時だから、すぐに帰ってくると思いますので、どうぞおあがりください。栄子もお友達が訪ねてきたって知ったら、喜びますよ」
期待していたよりも、はるかに優しく、やわらかい声音だった。すさんだ険しい声を予想していたのに……
家の中も、すさんだ様子はなく、隅々まで掃除が行き届き、きちんと整理整頓がなされている。
「パパ 宿題おわったよ、テレビ見てもいい?」
かわいらしい女の子が顔を出した。美保子に気づくと、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。栄子と幸一の子供だろうか?
「かわいらしいお嬢さんですね」
「ええ」
幸一の顔に見る見るうれしそうな笑顔がうかんだ。
幸一は台所へ立って、自分でお茶をいれ、美保子の前に茶碗を置いた。手馴れた様子だった。
「男の方にこんなことをさせちゃって、すみません」
良太も、美保子の息子も、周りの男たちは絶対にこんなことはしない……
「ああ、いいんですよ。こういうのってわりと好きですし」
変わった男だと思った。
「なんていうか、会社でいやなことがあったり、疲れて帰ってきた栄子のために、あたたかいお茶を入れてあげたりとか、精一杯腕をふるって美味しい料理を出してあげると、栄子本当にうれしそうな顔をするんですよねぇ それが見てて楽しいというか、こっちまで元気になれるっていうか……」
美保子は良太のことを思い出していた。会社から帰ってきて、食事をだしても、美味しいとか料理の感想をいうわけでなし、ありがとうといってくれるわけでもない。ただただ機械的に箸を口に運び、ビールを飲み干すだけの夕食。
「外でバリバリ働いてるってわけじゃないから、晩ご飯とか用意したり、栄子の話の聞き手を務めてやるぐらいしないとね」
何をいっても生返事ばかりで、仏頂面でテレビのナイター中継を見ているだけの良太。
自分の話を聞いてくれない夫、口やかましいだけの家事しかできないロボットとしか思っていない子供たち……
私は、本当に、こんな人生を望んでいたの? こんなのが幸せなの?
知らないうちに、美保子は幸一に、良太の浮気のこと、家庭のこと、離婚話が出ていることなどなど、なんでもかんでも、話していた。
幸一は、特別、美保子を慰めるわけでなく、良太の行動を責めるわけでもなく、ただ、ウンウンとうなずいて、耳をかたむけるだけだった。
いつの間にか、美保子の頬には、涙が伝い、膝の上で固く結んだ手の甲にたれおちていた。
やがて、胸の中に今までしまわれていたすべてを幸一に話し終わったとき、美保子は、自分の体の中が、やわらかくあたたかい何かで満たされているような気がした。
ただ、幸一に話を聞いてもらったそれだけのことなのに……
なにかが、違ってしまった。
帰り道、もう日が暮れて、街灯が煌々と照らしている道を歩きながら、美保子は気づいた。
栄子は、私なんかよりもはるかにすばらしい結婚をしていた。
勝ち組は私じゃなかった。
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