疲れたあなたの背中をそっと押すサプリ、あるいはプラセボ

しかまさ

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2010年作品

ホシに願いを!

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 今日も残業。だが、いつものことなので、おりこみ済みの午後7時。俺は悠希と駅で待ち合わせして、予約しておいたレストランへと向かった。
 辺りはとっぷりと日が暮れ、レストランへ途中の公園の中をデート気分でそぞろ歩く俺たち。
 あちらの木陰、こちらのベンチでいちゃついているカップルたちがいる。

 諸君! どうかお幸せに! そして、その幸せの一欠けらでも、俺におすそ分けしてくれるとうれしいのだが。



 その星を見つけたのは、俺の方が先だった。
 北東の空から、南西へ、ゆっくりのんびり流れていく星。

 流れ星?

 あ、でも、流れ星が、あんなにゆったり動くはずはない。ってことは、人工衛星か?
 人工衛星では、風情がないな。悠希に教えても仕方ないか。

 俺は黙っていることにしたのだが、こんなときに限って、悠希は目ざとい。

「見て! シュウちゃん、流れ星!」

 あの星を指差して、子供のように喜んでいる。

「すご~い! ゆっくり動いてるよ! こんな流れ星初めて! これなら、たくさんお願い事できちゃうね」

 目を輝かせ、無邪気に見上げている。
 これでは、今さらあれは人工衛星だなんて言えない!

「う~ん なにお願いしよう? そうだ! お金持ちになれますように! お金持ちになれますように! お金持ちになれますように!」

 結構、現金なヤツだ!

「それと、いつまでも健康にいられますように! いつまでも健康にいられますように! いつまでも健康にいられますように!」

 一気に言い切って、フゥ~と息をつぐ。

「すご~い まだあの流れ星、消えない! まだまだお願いできちゃいそう! あと、あと……」

 興奮した声音で、胸の前で指を組んだまま、しゃべりつづけている。
 その様子に近くにいたカップルたちも空を見上げ、星に気づいたようだった。
 耳にかすかに、向こうのベンチから『あれ、人工衛星だよ』なんて、ささやく男の声が聞こえてきた。
 その方向を見ると、その男の隣、固まった表情の女性が一人。

 あらら、余計な一言で二人の恋に終わりが……?

「それから、それから…… 素敵な人が私に現れますように! 素敵な人が私に現れますように! 素敵な人が私に現れますように!」

 ……

 ギョッとして振り向いた。

「お、おい! 俺は?」
「え? あ、そうか」

 てへっと舌を出し、自分の頭をポンと叩く。そして、

「シュウちゃんにも、いい人が見つかりますように! シュウちゃんにも……」

 って、そっちかい!

 おもわず、突っ込みの関西弁が口をついてしまった。

「なんでやねん!」



「そういえば、シュウちゃんも、なにかお願いしないの?」

 街灯の明かりを反射する瞳をくりくりと動かして、俺の顔を覗き込んできた。

「お、おう。するよ。するする!」

 もちろん俺にも願い事ぐらいある。たった一つだけだけど。
 俺はホシを見上げ、祈り始めた。

「おホシさま、教えてください。今日これからプロポーズしたら、相手はYESと言ってくれるでしょうか?」
「え? シュウちゃんにそんな人いたんだぁ~」

 かたわらから聞こえてくるちゃかすような合いの手は、無視、無視。
 黙って、悠希をにらみつけるように見た。
 ふざけているような口調とは裏腹に、悠希の顔、赤く上気しているみたいだ。

「……」
「……ねっ? お星様には、消えるまでに三回お願い事しないと聞き入れてもらえないのよ?」
「あ、ああ。そうだったな」

 改めて、星空を見上げ、さっきの星を探す。
 あった。随分、南西の空へ来ていたけど、まだゆっくりと移動していた。

「おホシさま、教えてください。今日これからプロポーズしたら、相手はYESと言ってくれるでしょうか? おホシさま、教えてください。今日これから……」

 そこまで言った瞬間、星は消えた。
 地球の影に人工衛星が入ったのだろう。

「あ、ああ……」

 落胆の声が俺と悠希の口から同時に出てきた。



 気まずい沈黙を振り払うように、俺たち、つとめて明るい声で会話する。

「ま、いいか」
「そ、そうだね」
「わざわざ星に聞かなくても、直接本人の口からきいた方がはっきりするのだし」
「そう、そうね」

 そして、俺は上着のポケットの中を探りながら、悠希に向き合うのだった。

「だから、俺と結婚してくれませんか?」

 街灯に照らされて、俺が差し出した指輪がキラリと光った。
 でも、悠希は俺に直接『YES』とは言ってくれなかった。ただ、今のホシが消えた方向に向かって、こう言っただけだった。

「お星様ありがとう。私に素敵な旦那さまを連れてきてくれて」
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