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2010年作品
消しゴム
しおりを挟む今日の三時間目、私たちは、理科室で実験テーブルごとに班に分かれて座っていた。
黒板の前では、理科の先生が、今日これから行う実験について、注意点なんかを延々と説明している。
今日はガスバーナーを使う実験だから、慎重に行わないと……
私たちは、ノートに黒板の文字を書き写しながら、真剣な表情でいた。
あっ、書き損じた。
『燃焼』って書くべきところを、『焼燃』だなんて、両方とも火ヘンがついているから、ついまちがえちゃう。
私は、昨日買ったばかりの消しゴムを筆箱から出して、間違えたところをこする。
やっぱり買ったばかりの消しゴムって、気持ちいいぐらいの消し味。素敵、快適!
角のひとつが小さく欠け、黒ずんでいるのを満足しながら眺め、筆箱へ戻そうとして、手を止めた。
もしかしたら、また書き間違えちゃうかも知れない。用心のために、出しておいた方がいいかも。
だから、私、そのままノートの横に転がしておくことにした。
しばらくして。
やっぱり、私の予感あたった。
今度は、『二酢化炭素』だって。すっぱそう!
さっき転がしておいた場所に手を伸ばし、消しゴムを取ろうとする。
……あれ?
ない。さっき確かにおいたはずなのに……
黒板から視線を離し、そちらを見てみると、やっぱり私の消しゴム影も形も……
……えっ? ウソ!?
買ったばかりなのに……
消しゴムだから、大して高価なものではないけど、私の残り少ない今月のお小遣いで買った大切なものなのに。昨日は、大好物のチョコレートを我慢してまで買ったのに。どうして?
それに、この後も、授業がまだまだ続くし、絶対、消しゴム必要。
私、慌てて、班のみんながノートを広げて、黒板の文字を書き写している実験テーブルの上をキョロキョロと探してみた。
でも、私の買ったばかりの消しゴムの『け』の字も発見できなかった。
ど、どうしよう……
困惑して、意気消沈している私の目の端に、ふっと白いものがヒラヒラ動いているのが入った。
隣の席の平山くんがノートの文字を消している。消しゴムで。それも……
「ちょっと、平山、その消しゴム、私のじゃない!」
身を乗り出し、無理やり、平山くんの手の中の消しゴムを取り上げた。
そう、確かに、私が昨日買ったのと同じ消しゴム。
もう平山め! 乱暴に消したりしたから、消しゴムの上全体が欠けて、黒ずんじゃってるじゃない!
物騒な目で隣の平山くんをにらみ、私のノートの文字を消す。
平山くん、悪びれた様子もなく、じっと私の手の中の消しゴムを見ていたけど、私が消し終わると、ずうずうしくも、黙って右手を差し出してきた。
な、なんのつもりよ! 私の消しゴムを奪っておいて、また寄越せとでもいうの!? 信じらんない!
私はフンッと鼻を鳴らし、その手を無視して、消しゴムを自分の筆箱にしまってから、黒板の方をむいた。
ようやく先生の説明がおわり、それぞれの班で実験が始まる。
スチールウールだとかの燃焼実験。
最初に、スチールウールに磁石を近づけると、正体は鉄だから、もちろんくっつく。
電池と豆電球、銅線なんかをつかって、電気が流れるか確認。もちろん豆電球点いた。
重さを量って、ピンセットにつまんで、火のついたガスバーナーの上へ。
真っ赤になって燃える!
なんで燃えるのだろう? 鉄なのに……
先生からの指示のとおりに、冷めるのを待ってから、重さを量ると、さっきより重くなってる!?
そして、さっきと同じように磁石を近づけるとくっついた。けど、電気の実験だと…… 点かない!
普通の鉄じゃなくなってる!?
私、ちょっと興奮して、その様子をどんどんノートに記録していった。
なんだか、不思議!?
さっきから理科室の硬い椅子の上に座っていたので、ちょっと中腰になって、座る位置をずらしてみる。
ついでに消しゴムのカスがかかっていたスカートを軽く払う。
と、一瞬、小さなごつごつしたものが手に触れ、弾き飛ばした。
え!? なに?
テーブルの下、なにかを弾き飛ばした方向を見ると、半分ビニールの包装に包まれた四角い白いもの。
私、かがんで、その白いものを取り上げる。
……!?
消しゴム、それも昨日私が買ったのと同じやつ。
あわてて、筆箱を開け、中を覗いてみる。
あった!
じゃ、私が今拾ったものは?
よく見ると、今拾ったものは、角のひとつがちょっとだけ削れているけど、筆箱の中のものは、上部全体が黒く……
私がまじまじとその二つの消しゴムを見比べていると、なんだか、同じように私の手元を見つめている視線があるのに気づいた。
慌てて、その視線の方を見ると、もちろん平山くん。
平山くん、私と目が合った途端、肩をすくめた。そして、頭を掻いた。
「ご、ごめん。私のだと、勘違いしてた」
素直に謝って、今拾った方を差し出す。
でも、平山くん、だまって手を伸ばして、筆箱に入っていた方をもっていった。
そのあと、実験どうなったか、あんまり覚えていない。
平山くんのノートの横に置かれていた消しゴムのことが気になって仕方がなかった。
あれから、三度、消しゴムが活躍し、私の消しゴムは、五字を消した。
とにかく、恥ずかしかった。
てっきり私のだと思って、無理やり平山くんの消しゴムを取り上げ、自分の筆箱にしまったりしたのだから。平山くん、私のことどう思ったのだろう?
ヤな女、ずうずうしい女とか思ったのかな?
はやく、この時間が終わってほしかった。
できれば、私の手の中の消しゴムで、私の記憶を、ううん、平山くんの記憶を消してしまえればいいのに!
私、ただ、それだけを考えていた。
キーン、コーン、カーン、コーン――――
ようやく、授業が終わった。
班のみんなのおかげで、実験も無事終了し、片付けも済んでいる。
私、ほとんど何の役にも立たなかった。
フーっとひとつため息を吐いて、ノートを閉じ、シャーペンを筆箱にしまう。
立ち上がろうとして、肩を叩かれた。
え?
振り返ると、平山くん、ニコニコして隣に立っていた。
顔を引きつらせ、ただ見上げている私。平山くん、しゃがみこんでくる。
きっと、さっきの私の失敗を責めるようなことを言うつもりなのだろう。
覚悟した。悪いのは確かに私なのだから、仕方がないこと。
私は体を固くして、ジッとしていた。その耳元で平山くんの囁き声がした。
「ね、上野さんと俺、おそろいだったね」
えっと…… 一体なにを言っているの? 平山くんは?
呆然としている私の目の前で、何かを振っている。
手の中の消しゴム。
私が消しゴムだって認識すると、ニッコリ笑ってその場を去っていった。
私、そのまま立てないでいた。
まるで、私の中のだれかが、立ち上がる方法の記憶を消しちゃったみたいだ。
あの消しゴムを使って。
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