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第2話
変えたい未来(7)
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7
西暦二〇十八年(平成三十年)の二月上旬。
午前五時半過ぎ。
白は、自室の僅かなカーテンの隙間から差し込む朝の日差しに目が覚める。
ベッドの上で、しばらく、ぼーっとしていたが視界がはっきりして来ると、身体の上半身をガバッと起こす。
髪をバリバリと掻きながら、此処は何処だ。という顔で混乱する。
確か自分は新作映画の顔合わせで、映画やドラマ撮影するとあるビルで和輝との再会や他の共演者とも打ち合わせをしたはず。
昼間はそのビル内の休憩所で和輝に二人だけで話をしたいと頭を下げて、話をしようと試みたが上手く事が運ばず、後から流斗や陽太が訪れた。もちろん瑠華も足を運んでいた。
そして色々賑やかに皆と話していて、やっと次の仕事の移動が来たので、飲み物を買ってから行こうと自販機の前に立って……。
「ダメだ。」
指で自分の金髪の髪をくるくると軽くいじり曲げながら、いくら思い出そうとしても、その後の事がよく覚えていない。
「え。ちょっと待って? それ以前に、私、どうやって帰って来たの? 」
辺りを見渡し、実家の自室であることは理解出来た。しかし、あの後、倒れたんだとしたら、きっと仕事に穴が空いたに違いない。
まずい。初めての体調自己管理不足で早退してしまった。しかも今日は何日で何時だろうか。完全に後から怒られる。
顔色が一気に真っ青になる。
起きてよく見たら髪の色が金髪ではないか。
カツラである焦げ茶髪を被っていない。
もしかして、ついに流斗を抜いた陽太、和輝、瑠華の三人にバレたのではないかと怯える。
ベッドの枕元に確か目覚まし時計かスマホを近くに置いていたはず。
日にちと時間を確認しなければ。
目覚まし時計を手にすると朝の五時半過ぎではないか。もうすぐで六時だ。初めての遅刻。
「支度して、今すぐにでも事務所に向かわないと! 」
白はベッドから素早く下りて部屋を飛び出す。
家の中の廊下を朝から行ったり来たりし、一人で騒ぎ、慌てふためき、身支度をする。その後は地毛金髪の髪も綺麗に櫛で解いたり、三つ編みを結ぶ。もちろんメイクもする。
母親のかすみが台所から顔を出し、白を心配する。
「どうしたの? 白。こんな朝早くから何処に出掛けるの? 今日は夜だけの、洗剤CM撮影仕事じゃなかった? 」
けれど白の耳には、かすみの声は聞こえておらず、部屋に合った予備の焦げ茶髪のカツラを綺麗に被り、キャリーバッグも持ってスマホで翠へ電話を掛けながら家を出て行く。
「もしもし! おはようございます! 清水白です! すみませーん! 田中さん! 初の寝坊して遅れそうです! それと昨日、仕事に穴を空けてしました! ごめんなさい! 」
外へ出ると、驚いて立ち止まる。
いつも家の前で予約し待たせて停まっているタクシーに運転手すらもいない。
こうなったら車だ。
家の前に停まっているかすみの愛車か祖母の星子の愛車を使おう。
祖父の軽トラは使えない。あれはなし。ノーカウントだ。
そう考えていると、実家の玄関のドアが開き、一匹の子犬が飛び出して白の足元へ追い掛けて近より吠えた。
それは紛れもなくプーアルだった。だが、何か体が小さい。もっと大きかったはず。
急に体が小さく縮んでいるような気がする。そんなまさか。
それにやけに元気だし、毛並みも触ると柔らかい。走るのも動き回るのもやんちゃだ。
不思議に思ったが、こんなことをしている場合じゃない。車の鍵を取って来ないと。と、また実家の中へ引き返しながら翠と通話する。
『はあ? 』
しかし、彼女から予想もしない疑問の声が飛んで来た。
『仕事に穴って……一体、何の話? 』
「昨日、新作映画のライアー・ハリケーンって作品の収録撮影前に顔合わせ……和輝さんとのW主演共演映画に、ウェディング雑誌撮影、夜の歌番組出演が予定されていたじゃないですか。
顔合わせに打ち合わせ、お祓い祈願とかは無事に仕事終えたんですけど、午後からの仕事は……どうも休憩所で体調崩したらしくて、ほとんど私、その後の記憶が覚えてないんですけど。
流斗か堤さんの誰かが実家に送り届けてくれてたんですよね? 」
翠の会話に違和感を感じながらも白は伝えた。
しかし彼女からの返事は意外な答えだった。
『そんな話入ってないけど? 』
そう言われると白はリビングにある車の鍵を掴んだまま途中で停止し固まり、目は点になった。
『今日は確かに仕事は入っているわ。だけど、それは夜からで、流斗くんと洗剤CM撮影収録だけのはずよ……。
それと昨日はバラエティー番組の動物番組のスペシャルゲストとして出演する仕事を受けたじゃない。』
そんな翠の話を聞き混乱しながらも白は言葉を必死に繋ぎ尋ねた。
「え? いやだなあ。田中さん、それ随分前の仕事じゃないですか~。」
彼女の会話からして嘘を付いているようには聞こえない。
そもそも冗談を言うような人でも嘘を付いているようにも思えない。
それでも確かに昨日の朝方は翠が車で自分をドラマ制作や撮影する会社のビルへ送ってくれたのには間違いなかった。
次の仕事に向かう際も車で迎えに来る。白だけでなく陽太も一緒に乗せて移動する予定だったはずだ。
「昨日は間違いなく、和輝さんと初W主演新作映の顔合わせをしたはずですって。」
だが、どんなに翠に言葉で伝えても話が通じることはなかった。
『白……。あなた夢でも見たんじゃないの?
彼は昨日、今日と他のドラマに映画の授賞式出席や、CMの掛け持ち撮影が入ってて、とてもあなたと会い話す暇もないのよ。』
白からして見れば、翠が次から次へと話す内容に頭がこんがらがってしまう。
とにかく運転席に腰掛けながら話を黙って聞いていると、衝撃的な言葉が飛んでくる。
『それに白は浅倉さんと共演一度だってまだしたことないじゃない。』
雷が落ちるくらいショックだった。
和輝との十七年ぶりの再会、初共演、会話もしたし、連絡先交換も間違いなくした。
送迎の中でも隣の席で一緒だった。深くにも彼の隣で居眠りしていたが。
こんなにも鮮明に覚えているのに何故か、次の日になったら、なかったことにされている。
「なぬ!? そんなバカな話がっ! 」
どういうことなんだろうか。
分からない上にショックすぎて白は顔色が真っ青になり落ち込んでいた。
すると、かすみが玄関から出て来た。
「白! 朝から外で何騒いでるの! 近所迷惑だから声のボリュームを少し落としなさい!」
小声でかすみは話し掛けながら白のところへ近付いて来た。
「あれ? お母さん。何か前と比べて若い? 」
白は起きてから今日初めてはっきりと母親の顔を見たことに気が付いた。
肌年齢が気のせいか少し若返っている。五十代後半が四十代に見える。
「何か化粧品とか変えた? エステに行ったとか。」
「変な子ね。朝から。これでも若いつもりだけど。」
かすみは白の足元に居るプーアルの体を抱えながら首を傾げる。
「プーアルなんて小さくなっちゃって。抱っこ出来るくらい子犬の頃に戻たみたい。もふもふー。」
白はプーアルの頭を優しく撫で呟くと、かすみは、この子、朝から大丈夫なのだろうか。と心配しツッコんだ。
「何言ってるの。プーアルはまだ三歳でしょ。」
かすみからまたもや翠と同じく衝撃的な言葉を耳にした。
確かプーアルは八歳。体の体型も少し大きく成長していたはずだ。
流石にここまで来ると口がポカンと開いてしまう。
「お母さん。今って……西暦何年? 二〇二二年の二月十五日だよね? 」
顔をひきつらせながら恐る恐る尋ねる白。
信じたくない。
が、白の欲しい答えは返って来なかった。
「何を寝惚けてるの。今は二〇十八年の二月十四日でしょ。」
かすみに教えられると白は、猛ダッシュで家の中に戻り、手洗い場へと向かう。
鏡を見ると自分の顔、肌年齢が二十代前半に変わっていた。
「はっ! よく見たら、少しだけ私、若い! 」
そういえば慌てて着替えていた時、着ていく服を選んでいる際、買い込んでいた服が何着か見当たらないどころか消えていたことに気付いた。
衣服だけではなく、他にも買って置いていた品なども失くなっていた。
もしかして自分は過去の五年前にタイムスリップでもしてしまったのだろうか。
え。いつの間に。まったく記憶にない。
混乱しつつも、とりあえず朝早く家を出なくていいのなら焦げ茶髪姿で居る必要はないな。と思い、被っているカツラを取った。
サラッ、フワッと長い地毛金髪の髪が流れ落ちた。
長すぎるよな。
鏡を見ながら、身体の太ももぐらいまで長い金髪姿の自分を、いつか陽太と和輝に知られたら何を言われるか。
十七、いや十二年前は髪型は背中ぐらいまでは伸びていた。だがそれ以降は、より伸ばしてしまった。
そう。流斗に焦げ茶髪姿ではなく実は地毛金髪であることを知られた時期と変わらない長さだ。
少しは美容室に行ってカットしてもらった方が良いのかもしれない。
良く見ると枝毛が出来ている。
揃える程度にしてもらおう。と考えていると、スマホから翠の声が聞こえて来た。
『何を朝から騒いでるのか知らないけど。白、夕方から事務所にちゃんと来るのよ? 』
白は耳にスマホを当てて明るく翠へ返事を返した。
「はーい! 何か私の勘違いでした~! すみませんでした。朝からお騒がせしてご迷惑おかけしました。失礼しまーす! 」
そう伝えると白は通話を切った。
◆
一方、翠は自宅でまだ寝ていた矢先だった。
白からの着信音に目が覚め、近くに置いていた自分のスマホに手を伸ばし彼女の電話に出ていた。
だが、翠の頭は寝ぼけていた。瞼も重い。
布団が暖かい為、出たくないのか、うつ伏せの体勢で深く潜りながら白と会話する。
だが、朝から訳の分からない事ばかり発言する彼女の言葉に翠は眉間に皺を寄せる。
最終的には白から勘違いだったと伝えられ、通話は切れた。
「っ……。まだ眠いし、だるー。」
翠は再び疲れた表情をし重くなる瞼を瞑り、そう呟いて二度寝をした。
◆
白は一旦、外へ出て車の鍵をロックすると再び家の中へ戻って来た。
朝のニュース番組の音声が流れているのが聞こえて来ると、早歩きでリビングにあるテレビを間近に近付いて観る。
「わあー!この朝のニュース内容懐かしいし、引退したはずのアナウンサーが喋ってる! 」
アサピカTVという朝のニュース番組だ。
平日は毎週月曜から金曜、午前五時半から午前八時まで。土曜日は午前六時から午前八時半までだ。日曜はこの番組放送されることはない。
白が日本に来てから長く観ている番組でもある。
「朝から何を騒いどるんだ? 白は。」
祖父の虎之助がリビングで足腰など軽く体操してテレビの前に居る白を見て呟く。
祖母の星子はこたつに入りコーヒーを飲みながらテレビを観ていたところを白が立ったことで全て流れる画面映像が見えない。が、彼女は気にすることなくまたコーヒーを口にする。
「さあ? 白、あんまり画面を近くで見てると目が悪くなるわよ。」
白は、振り向くと虎之助と星子がいつの間にか玄関へ移動し、朝早くから二人一緒に何処かへ出掛けようとしていることに気付いた。
プーアルは二人を追い掛けるように廊下を走る。
「おはよう……あれ? 二人とも何処へ行くの? 」
「何ってウォーキングじゃが……。」
虎之助が答えると白は、そういえば二人は一緒に朝のウォーキングをするのが日課だったことと、プーアルの朝の散歩も二人がしていることすっかり忘れていた。
芸能の仕事に追われ、オフの時は一人暮らしのマンションや実家、昔住んでいたボロアパートなど至るところに寝泊まりしては好きなだけ寝てゴロゴロし怠けていた。
今日はてっきりいつもの朝からのハードスケジュールだと思い、早起きをしたが、早とちりのような真似をしてしまった。
朝食が出来るまで、じっと一人で待つのもつまらない。と思った白は二人に自分も行くと言い出した。
「ねえ。私も一緒に行っていい? 」
外に出て三人と一匹で近所を散歩する。約三十分だ。
街を歩きながら、虎之助と星子は幼い頃の白は、よく自分達の周りを付いて回っていたことを懐かしむように思い出していた。
「珍しいですね。白が私達と散歩に行きたいだなんて。」
「じゃが、これは……ウォーキングじゃなくてランニングだな。」
虎之助は、自分達の前をどんどん走って行く白とプーアルを見て呆れながらも笑ってしまう。
「ですね。」
星子もクスクスと微笑む。
白は、リードを握りプーアルと一緒に駆け走った。
「プーアル、走るの早いー! 」
目をキラキラさせながら楽しく嬉そうな表情をプーアルは走る。かと思えば、また白と祖父祖母の元に戻って行く。
三十分間の外での散歩は爽やかで気持ち良かった。
こんなに自由を感じる瞬間は白にとっては久しぶりだった。
帰宅すると、かすみがテーブルに並べ用意していた朝食が待っていた。
「めっちゃくちゃいつもより朝食うまし! 」
かすみの隣で白は、白米を食べ味噌汁を吸い、色々なおかずを取り皿に取って遠慮もなく胃袋に入れていく。
朝から本当にどうしたのだろう。と、かすみ、虎之助、星子の三人は白を見ながら、ゆっくりと食事をする。
落ち着きがない上に、やけにいつもよりはハイテンションだ。変だ。
けれど、娘の白が変なのは日常茶飯事だ。
かすみはテレビをチラッと見て、画面に流れる映像に黒髪で癖毛の髪型をした流斗が映ると口元が緩む。お茶CMだった。
五年後より若い。大学生と間違うとくらいだ。
自分も人のこと言えないが。と白は思う
朝から幸せだ。と噛み締めるかすみだった。
たかが短いCMでも自分の好きな推し俳優が出ると辛い仕事に行くのも忘れるくらい心が浄化され、今日一日また頑張れる。
確か白は彼と同じ事務所だ。
二人が仲が良いのは知っている。
本当に白と流斗が一緒になれば、画面や雑誌ばかり眺めずに済み、かすみはずっと彼を近くで眺められる。
◆
流斗が白と結婚し、婿として清水家に入り、今居るこの家にある台所を見て朝ご飯を作る彼をかすみは想像する。
「お義母さん。俺は味噌の味、ちょうどいいと思ってるんですけど。良かったら、味見してもらえますか? 」
作った味噌汁の味を味見している流斗の隣にかすみが現れて、小皿を受け取り確認する。
「うん。ちょうどいいわよ。流斗くん。」
「良かった。」
安堵する流斗の表情に笑顔になる。
「流斗くんが家に来てくれて助かるわ。
でも、私の娘が、料理をまともに出来ない子に育ってごめんなさいね。それと、ありがとう。流斗くん。」
かすみは焼けた焼き魚を皿に並べながら流斗に気持ちを伝える。
「いいえ。僕が変わりに一生、彼女を支えて幸せにしますので安心してください。お義母さん。」
流斗に優しい笑顔を返されると、かすみは幸せ過ぎて気絶した。
「お義母さん!? 大丈夫ですか!? 」
流斗は慌てふためき、倒れたかすみの身体を支えて白を呼ぶ。
「おい、白! またお義母さんが倒れたぞ! 」
白は歯を磨く前だったのか歯ブラシと歯みがき粉を持って台所に顔を出し来た。
「お母さんのそれはまあ。恋の病で倒れてるだけだから。そこのソファーに寝かせといて。」
「は? 」
流斗は意味が分からず首を傾げて、白に言われた通りにリビングに設置してあるソファーにかすみを寝かせる。ついでにタオルケットを優しく身体に被せた。
◆
そんな妄想をして、かすみは顔が赤くなり照れる。
「やだ~! お義母さんだなんて……キャー! 」
一人勝手に興奮し、食欲はあるものの嬉しすぎて食事が通らないかすみは、ご飯に味噌汁をぶっかけてねこまんまにしてかき混ぜるように食べていた。
そんな母親を見ながら、白は溜め息を吐いた。
「お母さん……。また箸を止めて、口元にやけて変な想像してる。」
おそらくまた流斗が自分と結婚したという妄想でもしているのだろう。
お母さん呼びなど、流斗はそもそもすでにこの家に白が遊びに連れて来る度に、すでに何度も言っているではないか。
すると、かすみがコホン。と一度軽く咳払いして白に尋ねた。
「白。暢気に時々、実家へ寝泊まりや朝食を食べに行ったり来たりしているけど、一人暮らしの生活はどうなの? 特に炊事。何か一品くらい料理作れた?
流斗くんの家にも行ったりして料理指導してもらってんるでしょ? 」
白は、冷や汗をかきながら苦笑いする。
「いやあ。これが全然……。」
悲しいことに本当に成果はまったくない。
「最終的には流斗が作ってくれたおいしいご飯、たらふく食べて、気が付いたら寝ちゃって、朝になってて。朝食もいただく羽目に~! 」
流斗からは、いつも白に最終的には無理して作る必要はない。と言って自分が白の分も含めて料理を作り、テーブルに並べて一緒に食べていた。
その話を白から聞いたかすみは羨ましいと思いながら溜め息を吐いた。
「ああ。お母さん、一瞬でもいいから、白になりたい。」
白はかすみをチラッと見ながら「え。ごめん。嫌だ。」と呟いた。
その間、自分がかすみに入れ変わって仕事やら料理を代わりにしなければならないではないか。
しかし、そんなことより虎之助は白が話す内容に興奮し立ち上がり怒り出す。
「ぬわあああにいいい!?
白! わしは聞いておらんぞ!? いつの間にあの自販機青二才と半同棲を!?
じいちゃんは一人暮らしは認め許したが、男と同棲することは了承した覚えはないぞ! 」
白は、咳き込みながら虎之助に言い返す。
「同棲じゃないよ。た、たまたまだよ。それに流斗ともなにもないし、お互い別々の場所に寝てるのにー。」
たった一人の孫だからだろうか、祖父の異様の過保護症が始まった。
「いいか。白。男は皆、獣よ。
あの自販機青二才も男であるからには、白になにもしないなんて事があるわけがない! 」
虎之助は必死に白へ注意し、言い聞かせるけれど、彼女は高笑いする。
「大丈夫だよ。流斗の家に行く際はプーアルを連れて行ってるし。
まあ、全然まだ犬恐怖症治ってないんだけど。いつの間にかプーアルは流斗になついちゃってねー。」
そんな話を家族に話す白に祖母の星子は残念そうな顔をする。
「あらー。流斗くん、まだ犬恐怖症が治ってないのねー。
まあ。プーアルはやっと彼に心開いて大好きになって懐いてるのに。可哀想。なーんにもしないのにね。」
星子の会話を聞き耳し、ハウスケージの中でプーアルは、ふかふかでふわふわなベッドに丸まりながらしょんぼりする。
「くーうん。」
一方、虎之助は一度、白の話に納得したが、再び悪い想像へ持って行く。
「待てよ。その話が事実なら……白、お前の一人暮らしのマンションにもその男を中に入れたんじゃ……。」
「うん。もちろん。台所使うから。」
因みに流斗が白の家に上がるのは彼女の料理指導をする為である。
だが虎之助は、まったく違う想像をする。
「親密な二人が台所で……イチャイチャだと~!? 」
そんなことがあるわけがないが、料理中にカレシがカノジョの後ろから優しく腕を回して、包丁で具材を切ったり、カノジョが包丁で誤って指を切ってしまったらカレシが指を口に含み血を止めたりでドキドキと甘い雰囲気な展開を虎之助を想像した。だが、まるで少女漫画並みだ。
「けしからん! 破廉恥な! 」
白は彼が何を妄想しているかすぐ予想が付いた。呆れてしまう。
「おじいちゃん……っ、また勝手に私の部屋の本棚に並べてある漫画を勝手に読んで変な想像をしてるでしょ。」
「バカを言うな! じいちゃんがそんなことをするわけがなかろう! わしはゴルフやスポーツ新聞、少年漫画雑誌しか買って読まん!
たまたま、かすみがや星子が読んでいたのをちょっと盗み見ただけじゃわい。うん。 」
休日、たまたま虎之助が昼過ぎの十四時に何処からか家に帰って来た時、リビングはテレビ映像が流れていた。
ただいまと声を掛けても反応がなく静かだ。
よく見ると、かすみはテーブルでスマホで電子コミックを読んでいたようだが、いつの間にか疲れて眠ってしまっていた。
星子はソファーに座り、紙のコミック本を読んでいたが、途中でかすみと同じく眠っていた。
一体二人はどんな漫画を読んで居るのか気になり盗み見た。それが少女漫画だった。
そしてそれがたまたま虎之助が開いた漫画の内容と描かれた絵でキラキラでイケメン男子と可愛い女子カップルだった。
衝撃を受け、彼は孫の白がいつかこの漫画の話のように近い内に現実の誰か親しい男とそういう関係になるのではないかと心配になり気が気ではなかった。
他にも別の漫画では本屋や学校の図書室、図書館で高い所の棚に置いてある本を取りたく、背の小さい女子高生が足の爪先に力を入れ、踵を上げ、手を懸命に伸ばすが届かない。全身が震えるくらい必死になっているところへ背の高いイケメン男性がさりげなく通りがかり、彼女の後ろに立ち、簡単に取って渡してくれる女性なら誰しも憧れる胸キュンシーンも目を通していた虎之助だった。
自分の過去の恋愛にはそんな漫画のような場面やシーンなどなかった。あり得ない。許せない。けしからん。
それ以来、漫画に出て来た結ばれる人物の男女、全てそれが流斗と白に当てはめて想像して苛立ってしまうことが多くなってしまった。
「あんな漫画の何処が面白いんじゃ! 」
虎之助は興奮し怒りに身を任せて納豆を箸で強く混ぜる。
「あら意外。何だかんだ少女漫画に興味あるのね。虎之助さん。」
星子と彼は本当に仲が良い夫婦だ。白は、たまに二人を見ると、どんなに歳を重ね老いてもいつまでも仲睦まじく人生を過ごせる優しい男性と出逢えたらと思う時がある。
が。
白はその度に、やはり離婚する前のかすみと父親のことや、弟の光から嫌われ一生会うこともない出来事、辛い記憶を必ず思い出してしまう。
そういうことさえなければ、誰かと付き合いたいや合コン、婚活に参加したりしたんだろうか。結婚願望だってあったのかもしれない。
そうじゃなかったら日本に来る回数も少なく母親の実家に居る祖父祖母に会って話したり、観光や買い物し終わったらアメリカに帰国していたかもしれない。
そうなれば、流斗や陽太に和輝とも出逢いも芸能界とも縁がなかった上に自分がグレて荒れ、ヤンキーにもなることもなくアメリカで幸せに暮らしていたのだろうか。
いや、ないな。
そんなことを考えながら星子の手作りコロッケを一気に口へ頬張り食べた。
リスみたいに両方の頬が膨らんで食事する白にかすみは注意する。
「白、喉に詰まらせないようにしっかりよく噛んでたべなさいよ。」
もぐもぐと良く噛み胃袋に入れると、先程話題になったかすみが白の料理の腕前が少しは上達しているのか話で、流斗が料理指導の先生になってくれている件の話題に戻しニヤリと笑う。
「でもねぇ。今度は絶対上手くいく! なんたって和輝さんも協力してくれるし~。」
はっ。
しまった。それは夢。
幻、願望の出来事だ。いや、過ぎた未来なのか。
だが、あまりに現実的で鮮明に覚えている。
本当にここは過去にタイムスリップした時代なのか。それとも、あれは未来の夢を見ていたのか。分からない。
ただ、和輝からもらった缶ケーキがおいしかった。またあれが食べたい。今度は自分で買って全部平らげたい。
そう思うとヨダレが口から垂れた。
「あ。あー……それは願望の夢だったんだっけ。しょぼん。」
家族三人はヨダレを垂らす白を見て、どんな夢を見たんだ。と心の中で呟いた。
「そう言えば、何か起きて早々様子が変だったわね。」
かすみは白が見た夢がどんな内容か気になり尋ねる。
白は、それが五年後の二〇二二年、二月十四日だったことなどを打ち明けた。
「でも何か夢にしてはリアルだったというか……。」
彼女の話した夢の内容が随分具体的だった為、かすみは微笑みながら食事を終え、自分が使った食器を流し台に持って行きながら呟く。
「それもしかしたら願望じゃなくて絶対、五年後の正夢よ。」
かすみは先程まではCMに出ていた推しの流斗に夢中だったクセにと白は心の中で呟いた。
「その夢の中の浅倉さんどんな感じだったの? 」
彼女から聞かれると白は悩んで五年後の和輝の様子を語る。
「笑わなくなってたかな。ほとんど無表情というか。必要以上のことはあんまり話さない、無口というか……。でも、皆にからかわれたり、話し掛けられたら、結構喋る方かな。
何を考えているのか分からない時もあるけど、でも、変わらない優しさもあったよ。」
そう白が伝えると、タイミングよく朝の芸能エンタメで和輝が出て来た。
話題の映画やドラマ枠で演技力が大変素晴らしいと評価され彼は受賞したようだ。
他にも俳優、女優が受賞式に主席していた。
『来年の日本アカデミー賞に採用され選ばれるか今後期待です。』と語るアナウンサーの声が聞こえる。
「テレビとかでは全然そういう風には見えないけど。」
エンタメに映る和輝は五年後と違い好青年だった。こちらも若い。だが、髪型はあんまり変わってなかった。
虎之助はご飯のお供にかき混ぜた納豆をかけながら口をへに曲げながら呟く。
「フン。あの男は役者じゃかならな。笑顔や人に好かれるような演技の一つや二つ出来て当たり前じゃて。」
「おじいちゃん、また不機嫌になっちゃってどうしたの? 」
白が虎之助に尋ねるとまた興奮して怒り出した。
「どうしたもこうしたもあるか!
自販機クソガキといい、久々にムカムカする男の名が出て朝食が不味く感じているんじゃわい! 」
「和輝さんのこと? 随分と前のことじゃない。私がまだ引きずってるならともかく、何でおじいちゃんが昔のことを未だに引きずる必要があるのよ。もう終わったことじゃない。」
白は苦笑いして彼に伝える。
「例え白があの男を許したとしても、じいちゃんは許せん! 幼い子供の白の心をズタズタに踏みにじり、泣かせおって!
そして何の連絡も寄越さず平然と忘れたようにして、仕事をするなら未だしも、他の女と付き合いまくりで近々五人目の女と結婚だとう~!? どういう神経しとるんだ! 」
何だかんだ文句言いながらも虎之助はスマホやタブレットなど使って芸能ニュースを暇さえあればチェックしているようだ。
「浅倉さんからなら手紙、届いてましたよ。」
星子が随分前だが和輝が白へ手紙を送って来たことを明かした。
「そ、そうなのか? 」
虎之助が疑うように目を細めて彼女に問う。
星子は口を開いてお茶を飲みながら話す。
「白が荒れてた頃に、かすみさんが直接渡したんだけど……すぐにその場で白が怒鳴って、せっかく送って来た舞台チケットごと乱暴に取り上げて、外に出て火を付けて燃やしちゃったから。」
その話を星子から聞いた白は顔を青ざめた。
「そ、そんな酷いこと私したの!? 全然記憶にない! 推しからのプレミアム舞台チケット&手紙を……灰に? 」
ショックを受ける孫の白に虎之助は嘲笑うように豪快に大声を出した。
「がははは! 朝から愉快! 愉快! それで結構! 」
「おじいちゃん! 何が愉快で結構よ!? 」
白は立ち上がりながら虎之助に怒り言い返した。
それにしても和輝が五人目の女性と近々結婚って本当なのだろうか。と白が呟くとかすみが、朝の芸能ニュースで話題になってるじゃない。と教えてくれた。
別の俳優と女優が電撃結婚した。という明るいニュースだ。
いずれも近々結婚する可能性がある芸能人が予想されている。
和輝もその中の話題に入っていた。
「あの和輝さんがねぇ。」
五年後の彼は、しばらく女性とは付き合わない。うんざりだ。と白だけでなく流斗や陽太、他の役者達にも話していたことを思い返す。
今テレビに映る和輝は本当に女性と結婚する気なのかと白は考えるが信じられないと感じていた。
『結婚願望、ありますね。』
彼はアナウンサーからのインタビューでそう答えている。
人との気持ちって時が経つと変わるんだなあ。と思い画面をボーッと眺め味噌汁を啜る白だった。
て。和輝がモテて沢山の女性と付き合うことは別におかしくも何ともないではないか。
実際、白が当時、彼の付き人をする前に女性と付き合っていたのだから。
そう言えば泣いて暴れて警察に逮捕された和輝の最初に付き合った元カノの梓という女性は、それからどうなったんだろうか。
刑務所から出て新たな幸せな人生を歩んでいると良いなあ。と白は思った。
もう一つ思い出した。
結婚と言えば……夢で自分は確か陽太に結婚前提で付き合おうって言われたことを思い出したことを口に出す。
しかし白のその話に関しては流石に家族は信じられず朝から大爆笑する。
「そこ笑うところ!? 」
白は酷いと言ってまた立ち上がった。
「それは正夢じゃなく願望の間違いね。」
かすみから言われてショックを更に受る白。
「が……っ、願望……? 」
呆ける彼女を無視して虎之助は不愉快な表情をしてガツガツとご飯を食べながら呟いた。
「しかし夢とは言え、わしの可愛い孫娘にプロポーズ!? 今時の男は何を一体考えておるんじゃ! 」
白はテーブルに手を付きながら困惑する。
ということ立川からの告白も夢……というか願望なのか。
「そんなバカな~!! 」
急に大声で叫ぶ白に家族は驚く。
「白……大丈夫? 」
かすみは娘を心配する。
けれど白の独り言は続く。
「一体どっからどこまでが現実でどっからどこまでが夢!? 」
白を見ながら星子はかすみに小声で伝えた。
「やっぱり昨日、変なものでも食べておかしくなったんじゃないかしら? 」
そんな二人にはお構いなしに独り言は更に続いた。
「じゃあ……あの堤さんが私に言った会話も私の願望? 妄想? 」
白は自分の髪を手でかき混ぜるようにぐしゃぐしゃにしながら思い出していた。
◆
白の記憶上では、西暦二〇二二年(令和四年)の二月上旬。午後十ニ時過ぎ。
映画製作や収録などある会社ビルの中にある休憩所で、確かに陽太に迫られ告白されていた。
が、本日二回目だ。一回目は今朝のエレベーターの中。その時に迫って来た距離とまったく同じで近い。
白の耳元で優しく甘い言葉で陽太は囁く。
「聞いたよ。和輝さんから。理くんと付き合う方向だって。
けど、改めてさあ。考え直せない? 理くんより俺との方が気が合うと思うんだよねー。」
白は自分の口元を手でとっさに塞ぐ。
( だ、ダメだ! 面白い! ごめんなさい。堤さん! )
肩を震わせながら何とか笑いを押さえていた。
白は真剣なのか冗談なのかは分からない彼の口説き文句のセリフに笑いが出そうだったが何とか堪えて言葉を選ぶ。
どうにかして陽太には諦めてもらおうとする。
なるべく傷付けないように。断わらなければ。
夢にまで見た白の理想の男性、立川と人生初のお試しデートやまずは友達からの付き合う流れを破綻させる訳にはいかない。
しかし、あまりにも陽太との距離が近い。
「Stop! パーソナルスペース! 近いです!」
彼の両肩を後ろへ軽く押すが、ガクッと片足が傾きよろける。
とっさに陽太が白の手首を軽く掴み転倒しないようにする。
「大丈夫? 」
「はい。ありがとうございます。」
白はさりげなく陽太の手を軽く退かしながら、距離を取る。
間近で見るとやはり彼は絵本童話に出て来るイケメンキラキラな爽やか王子だ。危険すぎるくらいカッコイイ。
しかし、これぐらいの些細なことで一々彼にドキドキしていては身が持たない。
どうせ今までも陽太は俳優と有名人、イケメンという肩書を理由に他の女性達をこういう風にさりげない優しさと、グイグイ積極的、強引に言葉巧みに甘い言葉を囁いて口説き仲良くやって付き合ってんだろう。と白は深い溜め息を吐き、そう思った。
甘いわね。と白は心の中で呟く。
他の女性達みたくホイホイ陽太の手を取り着いて行くものか。そんな自分は安い女じゃない。
陽太が誰でも女性を落とせると思っているのだろうか。その自信満々は一体何処から来るのか。不思議だ。
そもそも彼は気まぐれ、遊びなのかガチ恋なのか本当に女好き、女誑しなのかすら、よく知らない。分からない。
自分が陽太と会った十二歳の頃と十七歳の頃に比べたら随分とキャラ、性格が変わった。
芸能界に入り八年経ち、彼と仕事したりするが、尚更本当の陽太が見えない気がした。
そう言えば……演技以外では彼の素顔は見たことがない。
爽やかな優しい笑みと小悪魔な笑みが多い。
本当の陽太は、どんな人なんだろう。
そう思いつつも白は彼に警戒心は怠らなかった。
「それで先程の気が合うって言うのは……何を根拠に? 」
白は喉が渇き、自分の荷物が置いてあるテーブルに移動して水分補給を取りながら陽太の言い分を聞いた。
「俺と白ちゃん、同じ血液型ABで気も合うし話も合う。付き合っても、きっと長続きする確率あると思うんだー。だからー。俺とまず同棲しよ? 結婚前提で。」
陽太は白の後を追いかけて、トンでもない提案を持ち出された。
同棲。
今、令和のこのご時世、同棲することは別に珍しくもない。
だが、唐突な話だった。
水分が喉に詰まりそうになり咳き込む白は自分の胸を軽く叩きながら、何とか飲み込んだ。
「え?! ち、ちょっと待って下さい! いきなり話がぶっ飛びすぎてませんか!? 」
白は慌てて陽太へ振り向いて慌てふためいた。
「もしかして、もう理くんと同棲する予定なの? 」
陽太からその言葉を言われると、動揺するように身体が震える。
「い、いいえ。同棲しようとまでは……。」
口が裂けても言えない。彼氏でもないのに流斗の家にほぼ半同棲みたいなことをしているなんて。
陽太には白の情報、彼女のプライベートはほぼ把握済みだった。
芸能業界で白が流斗と仲が良いだけではなく、半同棲していることは役者さんらや番組スタッフなどから聞き知っていた。
週刊誌やSNSニュースでも話題豊富だ。
だが、本当に白が流斗と半同棲しているという事実は確認されたわけではない。
あくまで噂記事だ。
しかし、白が流斗と半同棲していることは事実なのである。
( 冗談じゃない! 陽太くんを私の家に上げるなんて! )
白の一人暮らしするマンションがないわけではない。が。食材もほとんどない。お客様に出す茶菓子も、寝泊まり出来る布団すらない。おもてなしするものが何もない。
あるのは自分の日常生活に使う程度の家具屋や掃除道具とイケメン俳優やアニメの推し活グッズしかない白ランドである。
最近では実家と流斗の家に行ったり来たりで一人暮らしのマンションはそっちのけで、ゴーストマンション化していた。
何の為の一人暮らしか定かではない。
すぐに人を招ける状態でもない。
部屋は綺麗に見えても埃だらけ。空気もよどんでいる。
立川と付き合うなら、流斗と距離を取り、半同棲は止め、また一人暮らしに逆戻りしなければならない。
流斗とは彼氏ではないにしても浮気のような真似の二股や三股は許されない。
それにだ。仮に陽太と同棲なんてしたら永遠の地獄だ。
気を遣いまくりだ。ずっとカツラの焦げ茶髪姿で過ごさないといけない。そんなの絶対嫌だ。ごめんだ。
前途多難が降りかかり頭が痛い話だ。
( 助けて! 流斗~! )
近くに確か居たはずだ。とチラッと流斗を振り返り見るが、何やら羽奈と会話し、二人で喫煙ボックスに入って行く姿を目撃する。
( ああああ! 何で肝心な時に何処かに行っちゃうのよ~!流斗のバカ~! )
顔が真っ青になりながら白は陽太の方へ目線を戻した。
近くに居る和輝に助けなんて求められるわけもない。
とにかくこの陽太と付き合うのや同棲する話はすぐに破綻しなければ。
そう考えている白を他所に陽太は淡々と話を進めていた。
「あ。同棲する家のことなんだけど、俺が白ちゃんの家に同棲するから。住所教えて?」
なんて図々しい。いや、積極的で強引なんだ。
「んなぬ!? コラッ! 何勝手に話を進めてるんですか! 同棲なんてしませんからね!」
白は陽太の勝手な案を拒否しながら怒る。
しかし彼は聞く耳を持たない。
「どっかのさあ。怒ってばっかりの器の小さい素直じゃない金魚のフンみたいに付きまとうツンデレ激辛口なヤツとか、スポーツ万能で強いけど大人しそうな大したことないガキとか、仕事以外全部ゲームに費やし人に構わないゲーマーや、無表情で何考えてるか分からない変人淡白チェリーに、グータラで怠けてほとんど二ートみたいなだらしない頼りない稼ぎもない紐のようなヤツや、優しそうな顔でイケメンで高身長で浮気しそうな人らうんたらな男達より、俺の方が良いと思うんだよ。」
二人の様子を見ていた和輝は、目を細めながら陽太の一部の発言にピクッと反応する。
彼の聞き捨てならない言葉にカチンと頭に来た。
和輝は席から立ち上がりながら陽太へ尋ねた。
「陽太くーん? 無表情で何考えてるか分からない変人淡白チェリーって……誰のことかな~? 僕のことじゃないよね~? 」
陽太は自分らの会話を聞いていたのかと察する。
「いやだなあ。誰か個人のことですってー。和っちのことなんて俺は言ってないスよ。」
「やっぱり僕のことじゃないか。誰が変人淡白チェリーだよ。」
陽太は和輝に背を向けながら白へまた話し掛けた。
「それはー置いといてー。
絶対、俺の方が理くんより白ちゃんへ今まで食べたことないグルメやスイーツとか、行ったことないリゾートやテーマパークにも連れて行ってあげれるよ。」
和輝は小声で陽太に苛立ち嫌みっぽく呟いた。
「自分のことは棚上げにしておいてよくもまあ言えることで。」
白は次から次へ話す陽太に着いていけない。
否定する以前に言葉が通じていないようだ。
「人の話聞いてます!? 」
「うん。聞いてるよ。何泊か泊まってとか。あ。二人っきりが不安ならダブルデートでということにして何組かカップル連れてさ。」
全然聞いてないだろ。と白は陽太を見ながら思う。
「誰がそんな手に乗りますか! 」
しかし、白は気が代わり瞳さえキラキラとさせ陽太の話に乗りそうになり、喜ぶ高い声を上げる。
「……って、本当ですか~!? 」
和輝は白を見ながら自分の顔をひきつらせた。
なんて単純で現金なんだ。
陽太はニコッと微笑みながら白へ話を続ける。
「白ちゃんの宿泊費、食事代とかリゾート、テーマパークの入場代は俺が出すから。」
「本当に!? 奢ってくれるんですか!? 私の為に? 後悔しませんか? びた一文も出しませんよ!? 」
「うん。二言はないよ。スイートルームを取ってあげる。」
「スイートルーム!? 」
確か金額が高く一番良い部屋という噂の。
想像するだけで胸が弾む。
料金が高い部屋は旅館などの特集番組や旅行ガイド、ホームページでしか見たことがない。
スイートルーム、VIPルームは入ったことがない。
きっとイケメン、またはイケオジのホテルスタッフ、従業員、執事にメイドか仲居が居るに違いない。
食事もキラキラに輝く新鮮で普段よりボリューム満点な上におかわり何倍も許される。
温泉だって気持ちよく肌もスベスベ綺麗になれる。
きっとペットだってホテルに泊まれるはずだ。
愛犬のプーアルもリラックスして過ごせるはずだ。
ペットは泊まれなくても、犬が喜ぶおやつや家族にお土産を買って帰ろう。
夢にまでみた仕事オフのバカンスエンジョイ。
白は女優とは思えない人前では見せられない可愛い笑顔ではない怖い表情で魔女みたくクククッ。と笑う。
和輝と陽太には背を向けている為、白の表情は見えない。だが、彼女の様子が変なことには気付いていた。
白は嬉しそうな満面な微笑みで明るく振り返り陽太の話に乗ろうとする。
「なら、行きます! 行きましょーう! 」
和輝は思わず口から「え?! 」と裏返るような声を出し白へ驚愕する。
「これはまずい展開なんじゃないのかな……。」
別に白への恋愛感情はない。万に一つもだ。
まだ今日初めての共演で彼女については何一つ知らない上に、まだ仲良くなったわけでもない自分がそんな相手に止めに入る理由はない。
が。
何故か十七年前の地毛金髪姿の白の顔がデジャヴり今目の前に居る彼女に重ねて見てしまう。
午前中だけで関わり見た限り、所々危なっかしい真似の数々が、鮮明思い出すくらい似ていた。
違うにしても、この男性への警戒心のあるようでない彼女には頭が痛い。
老若男女問わず誰とでも仲良くなれるコミュ力あれど、食べ物などで簡単に誘導されるバカな人間が居るだろうか。いや居ないはずだ。
大人として非常に心配だ。
頼れるまともな人、流斗が居ない以上、止めに入るべきは自分しかいない。
「ちょっと待った。」
和輝は二人、白と陽太の僅かに開いている空間に手を入れて間に割り込んで止めた。
陽太を睨み後ろに居る白へ振り返り注意する。
「ダメだよ! 清水さん! 」
白は和輝の声で正気に戻ると、危ない所だった。と口元に手の平に当てて安堵した。
「しまった~! つい食べ物とかの欲望に釣られそうになりそうだった。」
「思いっきり釣られてたよ。 」
和輝が呆れた目で白と話していると、陽太がジロッと彼をクールな表情で睨み問いかけた。
「何で俺と白ちゃんの話ている途中に和輝さんがわざわざ割り込んで来るの? 」
邪魔すんな。と声を低くし目で和輝へ訴える陽太。
「流斗くんに頼まれたから。」
和輝も陽太に負けないように睨見合う。
流斗からは頼まれてはいないが、これで良いはずだ。
陽太が白へ本気に恋なんてするわけがない。
現に彼は何人もの女性と付き合っている。
その中に確か本カノの千春という女性が居た。何か絶対裏があるに決まっている。
陽太は何の目的で沢山の女性と付き合っているか知らないが、何人も悲しませてポイ捨てしていたり、俳優やモデル、役者を引退に追い込んだりしている噂もある。
白が誰を好きになろうが知ったことではないが、陽太だけは危険な男だ。
今は新作映画撮影に取り組み中だ。
私情やプライベートな恋で白が芝居を疎かにしてもらっては困る。
和輝は感情的にはならず白を叱る。
「まったく何考えているの。危ないよ。陽太くんと宿泊なんて。」
「ごめんなさい。でも心配しすぎですよー。私と堤さんの間に何もあるわけないじゃないですかー。あったとしてもいざとなったら……。」
白は和輝に謝るけれど、反省がなく、脳内で妄想し陽太を地毛金髪姿の自分の手で、こてんぱんにし気絶させるシナリオを描き、腕を振るおうとする。
けれど。
は。しまった。
ここは芸能界で、しかも和輝が今、傍に居るんだった。
「ね、寝る前にー……飲み物へ睡眠薬でも仕込んで飲ませておけばいいんですよー。」
口元に手を当てて笑い誤魔化す。
和輝はそんな白を見ながら呟く。
「今、何か間がなかった? ますます不安しかないんだけど。」
陽太は拗ねながら、自分が置いていた荷物の席に腰掛け、手作りお昼弁当を取り出し食べる。
「ちぇー。あともうちょっとで白ちゃんとデート誘えたり、良い雰囲気になりそうだったのにー。」
グサッと卵焼きにフォークを強く突き刺し、悔しがるように怖い顔をして和輝を睨み続けていた。
「は? 何処が良い雰囲気だったの? 」
陽太を見ながら和輝は呆れた表情をする。
「だいたい、清水さんは警戒心なさすぎだよ。」
和輝が白を心配するのを他所に彼女は笑いながら大袈裟なと呟いた。
「やだなあ。おいしい食事に連れて行ってくれたりー、おいしい料理を作ってご馳走したりー、食べ物をくれる人に悪い人なんて居るわけないじゃないですかー。」
和輝は顔の表情がのっぺらぼうになるくらい衝撃を受ける。
仕事仲間でもあり同じ事務所で男友達の流斗みたいなしっかりした男が居るにしても危なすぎる。軽率な行動をする白に頭が痛い。
そう言えば三ヶ月しか過ごしてはいないが、地毛金髪姿の白も食べ物、食のことになると犬みたいに見境なしに和輝や他の人の傍を離れていた。
危害や変なことなど何もされてはいないが、白の気に入らない行動を見ていた他の新人俳優、役者さんらから取り囲まれて、からかわかれ、追い立てられ怖い思いなどしたはずだ。
子供にしてもいずれ大人な女性になれば、もっと違う危険な目にあってもおかしくない、
まさか。
本当に今、目の前に居る焦げ茶髪姿の白は、あの頃の地毛金髪姿の白、同一人物なのだろうか。
あのバカな危険な陽太は後に回し、白の様子を観察しよう。と和輝は思った。
一方、陽太はスマホで色んな女子達にLIMEトークの文章を一斉送信したいところだが、人数が多い、グループすら作ってない為、出来ないので考えた文章をコピペして、次々と付き合っている女子達一人ずつにLIMEトークに貼りつけ送信する。
唐揚げを頬張りながら、スマホ画面を指先でスライドさせ『ちはる』というアイコをタッチする。
他の女子と違って本カノの千春、彼女には同じ文章を貼りつけることが出来ない。
性格良し、家庭的で家事全般出来、部屋も綺麗。寝泊まりで過ごしても楽しいし、ほのぼのする。心が安らぐ。何より……。
彼女と一緒に寝ると寝心地が良い。
別に過激な性的行為はしていない。
千春とは優しいキスや身体を抱いたり触れたりしても、それ以上のことはしていない。
捨てがたい。相性も良い。
他の女子達は切り捨てても良いが。
ただ千春と結婚し家庭を築く気は全くない。
いつまでも執着心や束縛などされ家族になり、夫となり一生尽くすなんて冗談じゃない。嫌気がさしていた。
これを整理整頓し、新たな機会を作り、他の女子に乗り替えるのも良いかもしれない。
騙されやすくバカそうな上にミーハーそうな白なら、上手く手懐けるくらい好きな男に尽くすはずだ。
使えない。思い通りにならなければ、傷付けて、泣かして、再起不能になるくらい白を精神を追い詰めてやる。とフッ。と不敵な笑みを作る。
すると、白がキラキラと目を輝かせ陽太に近付き話し掛けて来た。
「わーあ! 堤さんのお弁当おいしそうですねー! カノジョさんが作ってくれたんですか? 」
陽太は、スマホ画面をテーブルに伏せて白と話す。
「ううん。自分で作って来た。」
「スゴーイ! 宝石箱! 」
タコさんウインナーにかウサギ耳に皮を綺麗に可愛いく剥かれたリンゴが入っている。
他にも食欲そそる食べ物が弁当箱に詰まっている。食べたい。
白がガン見していると、陽太は深く考えずに彼女に弁当のおかずを見せた。
「どれか一口食べる? 」
「良いんですか!? 」
白は迷いながらタコさんウインナーをもらいパクッと食べる。
「うまうま~! 」
和輝は和やかな二人の姿を近くで見てムカッと頭に来ていた。
( へー……。僕の弁当はスルーして陽太くんの弁当に食いつくんですか。 缶ケーキも分けてあげたのに。ほぉ~。 )
いや、そんなことはどうでもいい話か。
( だいたい僕に何か大切な話があるんじゃなかったんかい。 )
全然完璧に忘れているに違いないが。
( 僕だって暇じゃないんですけど。 )
和輝は白を同一人物と気付かない、知らないフリをしているが、流石に疲れてきた。
( つーか、食べ物くれる人だったら誰でも良いの!? 着いて行くの!? 見境なし!? )
小学生じゃないんだから。
いや、ちょっと待って。一応元ヤンで強いから警戒心はあるのかな。大丈夫な面はあるのか。
え。
そもそも白は今後、男の立川と付き合うかもしれないが、デートや今後の流れのステップ分かってるのか。
まさか。
デートって何をすればいいの。とか言い出したり、恋愛の流れを知らないのでは。
本当に流斗の言う通り仕事以外は、食べることや遊ぶことや推し活しか興味ないのだろうか。
にしても、何で今まで気付かなかったんだ。
自分も焦げ茶髪姿、白のCDアルバムに映画やドラマのDVD、BDディスクや写真集を買って持っている。しかもプレミアムで卓上カレンダーやミニマガジン、本などの特典付きの。
まずい。
これでは役者、俳優の自分のイメージに傷が付く。
このままでは女優、歌手へ推し活するヤバイ男ではないか。
どうすれば良いのか。頭を抱える。
芸能界の誰かに知られたら非常にまずい。
まだゲーマーやアニメオタクなど非難される方がマシだ。
帰れば、すぐ彼女のグッズ、全てブ◯クオフに売り飛ばしたりやメル◯リに転売するか。
高値に買い取れるし儲かるに違いない。
しかし。
じー。と白の様子を見るとやはり無理だ。可愛い。
和輝は顔をうつ伏せにして、自分が恐ろしい。
そんな和輝のことには一切考えず突然、白は陽太に頼み事をする。
「堤さん。あの、もし良かったら是非、私のお料理指導メンバーに入ってくださいませんか? 」
うさぎみたいに目をうるうるして陽太へ甘えるようにお願いアピールする。
「何かよく分かんないけどー……良いよ。」
陽太はニコッと笑いながら白の了承を得る、
「ありがとうございます! 」
やった。と白は喜び微笑むと和輝が彼女の片方の手首を軽く掴み和輝は空いている椅子を掴み、白を座らせるように促す。
「ちょっと座わろうか。」
「え~? 何ですか~? 」
白は首を傾げながら椅子に腰掛け和輝に尋ねた。
「何ですかじゃないよ。清水さん。何勝手にまた決めちゃってるの。」
「まあまあ。落ち着いて下さい。そこら辺のことは理くんに了承を得てますからー。大丈夫です! 私の家族にも後程伝えておきますです。台所使えるように交渉したり。」
和輝は白の家族を想像する。
白の母親や祖母はともかく祖父が怖い。
再会なんてしたら、竹刀かなんかで追いかけられ振り回されたりしないだろうか。
「どういう神経して、わしの孫娘の前に現れたー!! あ~!? コラッ!! 」
なんてことになったら非常にまずい。
命いくつあっても足りない気がする。
やはり料理指導講師する件、断ろうか。
しかし、いずれバレること。
新作映画が日本で全国上映や記者会見、宣伝などされる。
白はバカなのか。と和輝は疑問に思いながら深い溜め息をつく。
「男の人じゃなくて女の子も誘おうよ。」
「だから私、女優さんらに匙投げられたって言ったじゃないですか! 午前中に! 浅倉さん、酷い~! 」
白は頬を膨らませながら怒る。
和輝から見れば、今の彼女は本気で言ってるわけではない。
元ヤンなら、目がヤバイくらい怖いはずだ。
ある意味、白は演技力、役者として才能はあるのかもしれない。
が。陽太に秘密がバレても良いのだろうか。
彼女の思考が読めない。
「せめて陽太くんじゃない人にしてもらえると助かるんだけど……。
あ。理くんを誘いなよ。」
和輝からそう提案されるが、白はきっぱり断る。
「理くん、料理あんまり出来ないみたいで。仕事が忙しいみたいでして。」
「いやでも、それこそ逆に料理教室に一緒に参加した方が良くない? 」
そんな会話をしていると。
「ねぇ。和輝さんと白ちゃんの二人って、本当に初対面なの? 」
陽太が弁当の蓋を閉めながら白と和輝を見る。
「そうだけど。」
和輝は陽太の表情がキラキラニコニコ笑顔から、クールな雰囲気にがらりと変わるのが分かる。
「なーんかさあ。二人とも初対面で大した話も何もしてない割には妙に仲良いし。」
「午前中でまあ、ざっと親しくはなるでしょ。」
白は陽太と和輝、二人の険悪な雰囲気の中に割り込み場の空気を変えようとする。
「何も変ではないですよ。やだなあ。堤さん。」
「へー……の割りに、今日は和輝さん、よく喋るよね。」
和輝は無表情ではあるが、ピキッ。と陽太の言葉が癪に触る。
「は? 僕が人と、誰かと喋って何が悪いの? 」
陽太は和輝を無視して白の顔をくどいくらい何度も見る。
「それに気のせいかも知れないんだけど……俺、白ちゃんとは何処かで会った気がする。芸能界以外で。」
ギクッ。と白は動揺し肩を揺らす。
和輝は彼女とは違い、目を細め動揺することなく、自分の置いていたリュックを掴む。
「何を今更。」
すると陽太は立ち上がり、白の前に近寄る。
「あ。思い出した。
確か、俺が高校生の時、一時期……白ちゃん、和輝さんの付き人してなかった? 髪の色は金髪で。」
白は冷や汗もタラタラと額から流れる。
「それと俺が二十歳の時、道端で金髪のギャルか不良のJKの子が和輝さんの名前を呟いてて……。」
白は顔色がますます青くなる。
「まさか白ちゃん、その子と同一人物だったりしてー。」
陽太の言葉に白は立ったまま呆ける。
( ヒイイイ! バレた! 寄りによって一番バレたけない人にいいいい! )
和輝は深い溜め息を吐いて片方の肩にリュックを背負う。
「呆れた。君の妄想話には付き合ってられない。
やめなよ。陽太くん、憶測で言うの。清水さんが困ってるじゃない。」
白は、リュックをからう和輝を見て、慌てふためく。このままこの場所から去ってしまうのか。
帰らないでと、目をうさぎみたいにうるうるして訴える。
「顔色悪いみたいだけど大丈夫? 清水さん。また頭痛が振り返したんじゃない? 椅子に座ってなよ。」
白は陽太と違い、和輝が自分のことを同一人物だと気付いておきながら、未だに気付いてないフリをしつつも、助けてくれたり、心配してくれていることに申し訳なく思っていた。
( めっちゃ気使ってくれてる! 良い人だあ!! )
和輝は優しく白のキャリーバッグも引いて席を移動し、違うテーブルの椅子に誘導させ座らせた。
「ごめんねー。気分悪くさせて。」
陽太も自分のリュックを持って移動し、二人を追いかける。
白と和輝は、そんな彼をうざい。鬱陶しい。と思っていた。
「いいえ。」
白は陽太の異様な距離の近さに苦笑いする。
離れてほしい。と思っていると、和輝が自分のリュックを陽太の顔を目掛けてに素早く強く投げ付け、彼の身体をよろけさせる。
「ああ。ごめん。何か手が滑った。」
陽太は床に倒れ。自分の顔に直撃した和輝のリュックを退かし、手の平で軽く押さえる。
「さっきからマジで何なんスか!? 」
「いや、本当に手が滑ったんだって。 」
陽太は乱暴に和輝へリュックを投げ返し睨む。
和輝は陽太が白にこれ以上変なちょっかい出ないようにしようと二人の間に自分の椅子を持って来て座る。
陽太は護衛のつもりかよと思い、隣に居る彼にムカッと苛立つ。
「金髪の子なんて珍しくもないし、三人に一人は似てる人居るって言うし。気のせいじゃないの? やめなよ。変に詮索するの。」
和輝は真顔で感情的にならずに冷静に陽太へ注意した。
けれど陽太は鼻で笑いながら和輝に挑発させるような言動を呟く。
「とかなんとか言っちゃってさあ。和輝さんだって、実は白ちゃんが気になってるクセにー。」
白は陽太と和輝の二人を見ながら、いつの間に彼らは険悪な雰囲気になっているんだろうと混乱する。
陽太は刺々しい言い方で和輝に話し続けた。
「そうじゃないとそんな急に人が変わった過保護みたいにならないっしょ。」
和輝は水分補給取りながら、しつこいと感じていた。陽太は白に執着しているのか。と思う。
「バカなこと言わないでよ。僕の義妹の彬並みに清水さんは妹、あるいは後輩としてしか見えないよ。」
陽太は和輝を見ながら顔をひきつらせる。
「え。和輝さんって、シスコンだったの?
チェリーにシスコン? ヤバいしハズーッ。」
「誰がチェリーにシスコンだよ。」
しかし、和輝の話には耳を聞かず、彼の頭をテーブルに軽く手で押し付け白を見た。
「あれ~?」
「ぶっ! 」
陽太はテーブルの上でもがく和輝を無視して白の服の袖に髪の毛が付いていることに気付く。
彼女はすぐに陽太が教えてくれた部分の袖を確認した。髪の毛は確かに一本付いていた。
「わざわざ教えてくれて、ありがとうございます。……っ!? 」
髪の毛を摘まむと焦げ茶髪ではなく金髪だった。しかも異様に長い。
明らかに白の地毛金髪の一本だった。
そういえば休憩所のトイレに行った際、カツラを取り替えた。おそらく、その時に長い金髪が落ち服の袖に付いたのかもしれない。抜け毛として。
陽太はチャンスと思い、再び白に尋ねる。
「白ちゃんって髪色、焦げ茶だよね? 何で金髪が付いてるの? しかもスゴい髪の長さだし。」
彼女はボロを出さないようにしようとする。
役者の演技力の見せ所だ。
カメレオン俳優の実力を発揮して乗り切り陽太を負かすと白は燃える。
そんなことを考えていた白の様子を見ていた和輝は大丈夫だろうか。と密かに心配していた。
白は流斗の演技を真似て、いや、参考にして演じてみよう。
よく彼はたまに白の前では怒っていたりツンツンしている嫌なヤツだが、バラエティーなどでは子供っぽいイタズラや茶々をいれたりする中学生っぽい無邪気さ、ニコニコと笑ってはいるが冷静沈着な部分があるのをイメージし演じる。
「この長い金髪の髪は私じゃないですね。舜くんです。さっきまで私と近くで話していましたし。金髪でしたし。」
「確かに金髪だったね。でもさあ。舜くんの髪の長さより、この髪の長さの方がより長くない? 」
「気のせいですよ。舜くんの髪がたまたま私の袖に付いてたんです。」
「舜くんの髪の毛ねー。」
くっ。早い。陽太の話し方はそんなに早口ではない普通なはずのに、これでもかと早く切り返しの言葉が飛んで来る。
白は陽太と話すのがこんなにも疲れるものだったけと思う。
それに流斗ってこんなヤツだったけ。白が見る彼とはイメージがかけ離れてる。
やはり流斗もなんだかんだ役者なんだなあ。と染々と感じる。
「ちょっと見せて? 」
我に帰ると陽太から髪を渡すように言われる。
髪の一本くらいで何か進展するわけがない。白は陽太に渡す。大丈夫なはず。そう思っていると彼は白からもらった一本の髪を鼻歌を歌いながらチャック付きビニール袋に入れる。
「な、何してるんですか? 堤さん。」
白は演技力を中断し素に戻り陽太に尋ねた。
「DNA検査するんだよ。」
陽太は小悪魔的な笑みで彼女に言う。
「焦げ茶髪姿の白ちゃんと金髪姿のしろちゃんが同一人物か確かめるの。」
白は彼のその言葉に動揺し顔を引きつらせる。
「今持ってるこの長い金髪の髪と、焦げ茶髪の白ちゃんの髪を一本、俺の家に閉まってある俺が二十歳の時に会った金髪のしろちゃんの髪を調べれば同一人物だって分かるはずだよ。
まあ、今目の前に居る焦げ茶髪の白ちゃんの髪がカツラって可能性もあるけど。」
そして陽太は今居るが焦げ茶髪姿の白に近付き横髪を優しく少し手で掬う。
「という訳だから、白ちゃん、髪一本ちょうだい。」
小悪魔的な微笑みな陽太に白は、ゾクッとしバシッと強く彼の手を叩き振り払った。
そしてテーブルに顔を押し付けられている和輝を陽太の手から引き離し和輝の背中を盾にして隠れる。
「断固お断りしまーす。」
和輝はぶつけた額を摩り、目の前での二人のやりとりを見て、陽太の行動にドン引きしていた。
「っ……。だからやめなよ。陽太くん。」
陽太は拗ねながら彼に問う。
「和輝さん。何でそんなに今居る白ちゃんを庇ってるんですか? 会いたくないんですか? 金髪の白ちゃんにー。」
和輝は彼にそう言われると、自分の背後に隠れて怯える白をチラッと見る。
彼女は陽太へ警戒心剥き出しで彼を睨んでいた為、和輝には目線を向けてなかった。
「そ……。」
会いたくないんですか。と陽太に問われ、和輝は会えるものなら会いたい。と心の中で思う。
だが、憶測にすぎないし断言は出来ないが、背後に居る焦げ茶髪姿の白が昔会った地毛金髪姿の白。同一人物かもしれないと感じる。ここに普通に居るような気がする。が、間違ってたら痛い。
和輝は陽太に向き直り言葉を返した。
「それはともかく。」
休憩所の周りに居る皆は和輝の意外な答えにざわざわと小声で呟く。
「今、誤魔化した? 」や「誤魔化そうとしてる? 」だの男性側の声が聞こえる。
「実は会いたいんだー。」や「過去の人と再会したいなんて……実は思っている浅倉さんって意外とロマンチストの人なのかしら? 」と小声ではあるが黄色い声も上げる一部の女性側達も居た。
白は周りの人の声が何かやけに騒がしいと感じながらも、自分の前に立つ和輝が一体何を考えているか分からず首を傾げる。
和輝は冷静に陽太へ言い返した。
「本当に人違いだったらどうするの? それにそのやり方が悪質だよ。」
しかし、陽太は和輝の言葉には聞く耳を持たないで彼の背後に隠れる白に近付く。
「疚しいことないなら髪の一本くらい渡せるよね? 白ちゃん。 」
和輝は自分を無視する陽太に苛立つ。
自分から聞いて来ておきながら、何なんだ。
「陽太くん、人の話最後まで聞いてた? 」
白は和輝の隣に立ち、はっきりと陽太に向かって言う。
「堤さん、ごめんなさい。キモイです。」
和輝は頷く。その通りだと。
白は静かに怒りながら続けて言う。
「疚しいことがあろうがなかろうが、こんな人前で、はい。どうぞ。って平気で渡せるわけないじゃないですか。」
彼女は腰に手を当て反対の手では髪を軽く掻き呟いた。
「それに根拠がない上に憶測で、私の髪がカツラだとか、本当は金髪だとか、同姓同名じゃなく金髪の子と同じ人、同一人物だとか言うの止めてください。
私は生まれ付き地毛焦げ茶髪です。
堤さんとはこの業界に入ってからしか会ったことないし、浅倉さんとだって今回が初めての共演、初対面です。」
と白は言いきる。
「言うねー。はっきりと。やっぱり面白いね白ちゃん! 」
陽太は笑いながら白を興味津々に見つめる。
白は表顔は動揺してはいないが内心では心臓がバクバク高鳴っていた。
( まずい! まずい! まずーい! 自分の発言した言葉に痛い! それにまだ痛い! 和輝さんの視線が痛すぎる! )
和輝へ先にカミングアウトするはずだったのに、よりによって陽太に早くバレてしまうとは。
( ダメだ! どっか場所を変えて言わないと! )
◆
DNA検査の結果が明るみになり世間に知れ渡りゴシップネタにされ和輝の耳にもし入ったら。
「そんなに僕、信用されてなかったんだ。
二度と会わないとか言っておきながら、芸能界に居たんだ。僕にずっと嘘付いてたなん……騙して楽しかった? ガッカリだよ。失望した。君のこと信じてたのに。裏切られた気分。」
と言われるに違いない。
陽太には小悪魔的な微笑みで絶対こう言われる。
「君が一番ライアーだねー。白ちゃん。」
気が付くと色んな人達が白を指を指して言う。
「うーそつき。うーそつき。」
「ライアー。ライアー。」
白は顔色が悪くなり困惑する中、流斗が白の背後に現れる。
彼女は彼の方へ振り向き尋ねた。
「流斗はオレの味方だよな? 友達だよな。」
地毛金髪姿で白は流斗に話し掛ける。
「友達? は? んなわけないだろ。
俺とお前は事務所が一緒で同期、役者仲間としか思ってねぇよ。
正直、ずっと迷惑だと思っていたし目障りだったんだよ。あの日から。
お前と一緒に居ると俺にも火の粉が降って来て仕事に支障や出演が減るだろ。」
白が知る流斗とは思えない今までにない酷い言動に冷たい態度に目が白目になる程ショックを受ける。
「二度と俺の周りをうろちょろしたり家に出入りするな。ストーカー女。」
そう冷たく白い目で流斗は白を見て、去って行く彼の姿を見て怒りが込み上げた。
「おい! 誰がストーカー女だ!
あの日から迷惑や目障りだと思ってたんなら、はっきりと嫌だと断れば良かっただろうが! 」
白は流斗の背中を追いかけ、飛び蹴りしたり物を沢山投げ付けた。
興奮し息を荒く吐いていると白のマネージャー、翠が現れ、事務所を出て行くように、解雇を言い渡された。
「白、事務所の契約継続更新は白紙になったわ。契約解除。どうやら、ここまでのようね。白。さようなら。」
最後には芸能界の関係者全員に白は指を指されこう告げた。
「お前を芸能界から永久追放する。」
白は頭を抱え目を瞑り叫んだ。
「そんな~!! 」
◆
あくまでも白の空想である。
「ははは……永久追放……。」
白は暗くなり勝手に一人で落ち込む。
まだ何も進展は起こってないというのに。
( ピーンチ! 白マジピーンチッ! それにこんな状況じゃあ、和輝さんに言う以前に堤さんがあることないこと言い出すぐらいなら未だしもSNSに写真添付されて拡散されたら終わりじゃん! )
白は焦ったり、悲しい表情など落ち着きのない百面相をしている彼女を和輝は見ながら苦笑いする。
( 車内でスマホを見た内容と大して変わんないと思うけど。 )
和輝は陽太の持つビニールを取り上げ、ゴミ箱に捨てた。
「まったく、くだらない。」
陽太に簡単に見つからないように奧に入れる。
「ああ! 和輝さん! 何するんですか!? 」
陽太は彼の身体を強く突飛ばした。
「普通に不愉快だったから。」
和輝は陽太に押され近くにあるテーブルの角に身体が強くぶつかり痛そうに背中を摩る。
「ありがとうございます! 浅倉さーん! 助かりました! 」
白は和輝へ申し訳なさそうに思いつつも感謝の気持ちを伝える。
「人として当然なことをしたまでだよ。」
和輝は真顔で大したことはしていないと白に伝える。
( 良い人だあ! 和輝さん、やっぱり良い人だよ! )
焦げ茶髪姿の白の微笑みを見ながら和輝は地毛金髪姿の白が本当に居るみたいに感じた。
思わず昔みたいに危なっかしい幼い地毛金髪姿の白を今居る焦げ茶髪の白を重ねて見て、保護者みたいに過保護感が出てしまう。
妹とか娘みたいに母性父親ハイブリッド並みに心配してしまう。
しかし、こんなのは自分らしくない。
これでは白にだけ特別に優しく接して依怙贔屓をしているみたいではないか。
和輝は左右に顔を振り、軽く気持ちを落ち着かせようと軽く一度喉を鳴らす。
「それより陽太くん、本当に君、清水さんをどうしたいの? 」
和輝は陽太の異様な白への執着に不思議がり尋ねる。
すると陽太は白の背後から優しく抱きしめて白の頭に顎を乗せた。
「そりゃあ、もっちろん! 可愛がる為だよー。俺のことしか考えられないくらい愛し貪るるよ。」
白は陽太の抱きしめる腕や顎を離らかそうと手を使って抵抗する。
「気安く触らないでください。離してっ。そして頭が重い。」
陽太は白の髪で遊びながら呟く。
「今までさあ。似たような女ばかりで飽きていたところだったんだよ。
んで、今朝路線変更で白ちゃんみたいな簡単に男に靡かない女を落とすのも面白いかなあ。って。」
髪を気安く触るなと陽太の手の平を叩き白はツッコむ。
「あのですね……っ。そもそも私には付き合う予定の人がいるんですけど。」
「どうせ口約束でしょ? 」
白の匂いを嗅ぎながら陽太は良い匂いと呟く。
「嗅がないでください! 」
肘で強く陽太の身体を突き飛ばし、彼の足も強く踏んづける。
白は何とかして彼から距離を取りたい。しかし、逃がさないというように肩を寄せる。
「今居る白ちゃんが過去の金髪白ちゃんなら……尚更面白いし。」
「あなたにだって他のカノジョさん達いっぱい居るでしょう!? ナンパ浮気する男なんて願い下げです! 」
白は陽太の腕を掴み、おもいっきり噛みついた。
陽太は白に噛まれて痛そうな顔をして手首をぷらぷら振り、笑い彼女へ呟く。
「照れ屋さんだなあ。」
「違います! あの状況で私があなたに照れるわけないじゃないですか! 何言ってるんですか! デタラメを言わないでください! 」
白は近付くなと陽太に威嚇し、空手や合気道に格闘、ボクサーなどあらゆる技を手の動きをし、実は強いんだぞアピールする。
しかし、陽太は怖がる様子がない。
ニコニコキラキラ爽やかに笑う。
「本当に面白いし、可愛い。俺、そういう強気な白ちゃんも好きだよ。」
「近付くなって言ってるでしょ! 」
白は流斗のリュックを掴み中身の物を取り出し陽太に投げ付けた。
その二人を見て、過激だなあ。と思い和輝は目を細め呟く。
「清水さんが過去に僕達と会った白ちゃんなわけないじゃない。小説や漫画じゃないんだから。」
そう和輝が陽太に伝えると彼は驚いた顔をして振り向く。
「わー。和輝さん、意外と冷たー。おまけに酷いわキツいし傷つくー。ね? 白ちゃん。」
陽太は白の方を見ながらニコニコキラキラ爽やかな笑みで返事を返して来た。
「何が、ね? ですかっ。」
白はツッコミを入れる。
「僕は……あの子とは、もう二度会わないと約束したんだ。」
和輝は呆れるように溜め息を吐いて床に落ちた流斗の品を拾いながら言う。
「清水さんが本当に金髪の白ちゃんなら、僕に何か一言くらい言いに来ると思うよ。」
白は和輝の言葉にギクッと動揺する。
陽太は隣に居る白を見ながら和輝に呟く。
「まあ、確かにそうかもだけどさあ。
和輝さん。白ちゃんはちゃーんと今、目の前に居るじゃん。何言ってるの? ウケるー。」
陽太は笑いながら和輝に近付き彼の頬を指でツンツンといじりからかう。
和輝はパシッと軽く陽太の手を払い、拾った中身をリュックに入れ終わるとファスナーを閉めて流斗が座っていた席に置き直し、白の前にまた護るよう立った。
「とにかく、清水さんは金髪の白ちゃんとはまったく関係ない人なんだから彼女から離れなよ。嫌がってるじゃない。」
「和輝さん、まるで今居る白ちゃんと過去の金髪姿の白ちゃんを重ねて見て、昔みたいに保護者並みの過保護的な態度だよね。」
和輝は真顔ですぐに否定する。
「何か勘違いしているみたいだけど、それは君の態度には目に余るからだよ。」
陽太は「ふーん。」と呟くが、普段の和輝とは明らかに違うのは明白だった。彼はどうかしている。
「ま。いっか。」
自分も人のことは言えないが、どうかしてると思う。
地毛金髪姿の白のことさえ思い出さなければ、今居る焦げ茶髪姿の白をもっと簡単に振り向かせることが出来たかもしれないのに。
正直、白の二つの姿が同一人物で自分の知り合いとなると他の女性達みたく上手く事が運ばないはずだ。振り向かせる難易度が高くなるのも間違いない。
しかも、意外に彼女の周りには邪魔な男や女達が多い。
今までのように人気のない場所に連れて行ったり、ラブホやビジネスホテルだも連れて行けない。一番痛いのは自分の家、部屋に招けないことだ。
酒など飲ませて酔い潰れさせて、自分の部屋あるいは相手の女性の家に連れて行き、お互い酔い気が合い合意の上でセックスし、朝が来て、相手が目を覚ますと男が一緒に寝ていて、実は昨夜にヤッてしまったんだ。という既成事実方向に持って行くことも出来る。
だが実際、陽太は酒に酔いすぎ眠り意識なくした相手には何もせずベッドに寝かし、隣に寝るだけだ。本当は一回もセックスをしたことはない。
相手にはそう思わせて付き合い、キスや身体を抱きしめ、淫らになる行為はするが。
本気で相手を好きになったこともない。
本当のカノジョである千春だってそうだ。
それでも他の女性達より彼女の側に居るのが安心で、同棲生活しているわけだが。
白のような見かけは天然そうに見えるが素朴で天真爛漫、活発な上に強気で警戒心がありガードが固いイレギュラータイプの女がそんなに簡単に他の女性達みたく陽太の罠に引っ掛かる訳がない。
それにいつあのクズ父親が息子、陽太の家に訪れたり、陽太と付き合っているカノジョらの前に突然現れたりするかも分からない。
自分の思い通りに事が運ばないことにイライラする陽太は、出来るものなら今居る白を今すぐに強引な手を使ってでも彼女を手に入れて、可愛いがって、幸せを感じているとこをぶち壊し傷付き泣かせて無茶苦茶にしたい。と病気的な衝動に駆られる。
しかし陽太はグッと気持ちを押さえ、和輝や白、周りの皆に気付かれない見られないように水分補給を取るフリをして薬入れに入れていた精神安定剤を取り破り口に入れ水を流し込み飲んだ。
そして気持ちが落ち着き安定すると、彼はニコニコキラキラ爽やかな微笑みで白に近付く。
「白ちゃん。さっきはごめんね。怖い思いさせて。」
白は和輝に信頼信用し懐いているのか彼の背中に隠れ警戒し陽太を睨む。
「て、無理もないかー。」
陽太は仕事モードなら効果あるか。
先程のふざけたり、からかったり、口説き女誑しのようではなく、誠実で謙虚な態度をとる。
「本当に何もしないよ。
白ちゃん、ちょっと廊下で二人っきりで話そうか。仕事のことで。」
白は未だに陽太に警戒しているようだが、仕事上なら仕方がない。
和輝に頭を下げて少しの間、席を外すと告げて離れ陽太の背中を追い掛けて着いて行く。
そして防犯カメラも設置されてなく、人が居ない廊下に着き、話し出す二人だった。
「それで?仕事の話とは? 」
白は陽太に尋ねる。
すると彼は仕事の話ではなく、先程の今居る焦げ茶髪姿の白が実は過去の地毛金髪姿の白、同一人物ではないかとまだ疑っている話だった。
「和輝さんは騙せても、俺は騙されないからね。」
陽太は壁に背中を付けて腕組をし立ち白を見、 小悪魔的な微笑みで言う。
「スゲーびっくりするくらい可愛いくなってんじゃーん。」
白はしつこい上に諦めの悪い人だな。と思い目を細め陽太の話を聞く。
「わざわざ俺に会いたくてわざわざ芸能界へ入って来るなてねー。嬉しいなあ。」
ピキッと彼の言葉に苛立つ白。
「誰がテメーに会いたくて芸能界に入った!? デタラメ抜かすんじゃねぇよ! 勘違いも甚だしい! ……はっ! 」
しまった。白は慌て口元を手の平で覆う。
髪色は焦げ茶姿なのに女らしくない男みたいな口調で話してしまった。
だ、誰にも聞かれてないよね。と焦り廊下を左右に確認する。
だが油断してると陽太がいつの間にか白の隣に現れ肩に腕を回し自分の身体に彼女を優しく引き寄せる。
「てっ。馴れ馴れしく、オレの彼氏でも何でもねぇのに気安く抱き付くんじゃねぇ!
こんなとこ誰かに見られたら、流斗に理や和輝だ他の仲良くしている役者さんらに誤解されちまうじゃねぇかよ!
それにテメーは自分の、他のカノジョ達に誤解されても良いのか!? 」
白は陽太の腕を強く振り払い、距離を取りながら隠すことなく敬語ではなくタメ口で話す。
「俺は構わないよ。誤解されても。」
また気が付けば白が壁に追い詰められ彼から壁ドンをされ迫られる体勢になっている。
「っ……あのなっ。テメーこんな事して何が楽しいんだ? 」
今の今までまったく陽太は白自身に対して、数々の女性達みたいに口説くようなことはなかった。役者としてや演技にあたってのアドバイスや指導などしてくれた良い人で尊敬仕掛けていたというのに。一体どういう心境の変化なのか。
口説くにしても何故今日なのか。
おまけに白の秘密が和輝ではなく陽太にバレかけているではないか。タイミングが悪すぎる。
白は照れもせずに胸キュン壁ドンをする陽太に呆れて溜め息を吐いた。
そんな彼女の反応を見、陽太やっぱり靡かない。ダメかとガッカリし、彼女から距離をとった。
「それとも和輝さんに会いたくて入って来たの? 」
「同じく違う。それから言っとくがな、オレ……っ。」
ヤバイ。素の自分、地毛金髪姿の白で話してしまった。
口を閉じ、両方の手の平で覆う。
今は焦げ茶髪姿だから普通に素朴、謙虚に振る舞わないと。
「ではくて……私は堤さんが出逢った金髪のしろちゃんじゃありませんから……。
浅倉さんと付き人していたのも、違う同姓同名の金髪の白ちゃんって子であり、私じゃないですから。人違いです。」
白は、ツンと冷たい目で陽太を見る。
流斗みたいに怖い目付きでガン付けるわけでもなく普通に静かに怒る。
「まだ誤魔化すつもりなんだ。流石、カメレオン女優。」
陽太は白の隣に立ち壁に背を付けて会話し続ける。
「でもさあ。流石に今度の新作映画収録はまずいんじゃないの?
金髪の姿で現れたら昔のこと、終わったことをほじくり返す人達とか出て来ると思うよ。きっと。
今やSNSでどうにでも簡単に発言発信してコメントしたり拡散、デマなど好き勝手に噂を流してゴシップや誹謗中傷して見えない相手をことごとく叩くご時世だからね。
その人だけ叩くなら未だしも周りの人にも何かしら影響受けて騒がれて迷惑がかかるかもよ? 和輝さんだって例外じゃないよ。」
陽太に言われなくったって、そんなことは重々承知している。
白はSNSに似た嫌がらせをされたのを一度、十七年前に経験している。痛いほどに。
「大丈夫です。ご心配なく。
いざとなったら、また私だけが泥を被ればいいだけの話ですので。」
白は自分のことはともかく当時、和輝はどうしていたのだろう。
十七年前、ちゃんと面と向かってではなく、一方的に白から電話を掛けて別れを告げ、彼から背けて逃げた。
あの後もきっと彼は嫌がらせ手紙やマスコミとかにが押し寄せて来ていたに違いない。
白は十七年ぶりに和輝と再会したが、彼のことは一番よく分からない。
陽太と同じく白の秘密、焦げ茶髪の白と過去の地毛金髪姿の白が同一人物だと気付いているのか、そうではないのかすら分からない。
白は和輝が優しく庇ったり助けてくれたり、心配してくれるのは嬉しいが……それは、女優の焦げ茶髪姿の白として見た上でなのか、それとも過去に別れた地毛金髪姿の白として見てなのだろうか。どっちの姿も自分には変わりないし、どんな理由があろうとなかろうと、彼にそんなことをされる道理はないのに。
そう思っていると隣に立っている陽太が、白の腰を優しく抱き引き寄せる。
「あの、何の真似ですか? 」
白は引きつった表情で陽太を見る。
「ねぇ。やっぱり俺と付き合おうよ。
君にどんな秘密があったって、俺は気にしないし、嫌いになったりしないよ。
ゴシップネタにされたり、熱愛報道になって騒がれたりしても、守ってあげるよ。」
陽太は白の顎に手を掛け頬を優しく指で撫でて彼女の瞳を見つめ、真剣に思いを伝える。
「コラッ! 離れてくださいっ。何を考えてるんですかっ。」
白は陽太に対し身の危険感じ顔を真っ青にし、すぐにもがく。
陽太は彼女が自分よりも和輝を信頼信用している様子なのは一目瞭然だった。
あんな十七年間も白を放置していた男が、再び再会したら何事もなかったような顔をして、白と親しくするなら未だしも自分は彼女の親や保護者みたいな顔しているのが腹が立つ。
和輝が仕事上ならともかく今後もプライベートにまで白の傍に関わり居ると正直邪魔だ。目障りだ。
陽太は今誰もいない二人っきりの廊下で白をどうにか自分に意識させようと考える。
( この子の心を傷付けてズタズタして泣き崩れてドン底に突き落としていいのは……俺だけでいいんだよ。 )
陽太は自分の顔を白の耳元によせ近付き彼女の耳朶にカプッと甘噛みした。
白はビクッと震え陽太の腕の中でもがき、声が漏れないようにし耐える。
彼は顔を離すと彼女の反応がどうなのか確認したく表情を見た。
すると白は顔全体を茹でダコみたい真っ赤にし陽太の身体を強く突飛ばす。
指を指すのは悪いことだと思いつつ彼を指し、口をパクパクしながら驚き興奮し怒鳴った。
「んなっ! ななななななっ! 何するんですか! イケメン俳優だからって調子に乗らないでください! 」
白は陽太を睨み言う。
「一体何が目的ですか! 」
陽太は爽やかな微笑みではなくクールに話す。
「何をって……俺がどれだけ君を本気で好きなのか分からせる為にしたんだよ。口先ばかりじゃ伝わらないと思ってね。からかってなんかいないよ。」
白は、嘘つけ。信用ならない。と心の中で呟き、目を細め彼を見る。
「でもやっぱり面白い。白ちゃん。ますます気にいったよ。」
陽太はさりげなく白の手を優しく握る。が、彼女は呆れた顔で手を振り祓い腕組みをしフンッ。とそっぽを向く。
「そうですか。そうですか。良かったです。
何が面白いのか私にはさっぱり分かりませんけど。」
白くだらない時間に付き合わされたと思い、陽太の身体を避けて去ろうとする。
しかし、そう言えば話が逸れていたと気付き途中で立ち止まり、彼の方へ振り返った。
「とにかく私は、あんな顔も見えない人達のSNSとかのコメントなんかに振り回されたり、週刊誌や報道記者、テレビ局の人が押し寄せて来たって……業界の人に何を言われたとしても、絶対負けません。」
白は陽太にそう伝えた。
「それと最後に言っときますけど、誰でもあなたに靡いて落とせると思ったら大間違いなんですから!
私は、他の女性達みたいには騙されないし、あなたなんか絶対好きになんてなりませんから。
私のことも暴露したかったら、どうぞご勝手に。」
そして白は早歩きでトイレに向かって去って行った。
陽太はスゲー女と思いながら笑う。
そう思う反面、やはり今まで付き合って来た女性達より白はイレギュラーで思い通りにならない扱いにくいタイプだ。面倒くさい。
焦げ茶髪姿では天真爛漫で、優しく、素朴でもあり、天然っぽく、弱々しく危なっかしい部分が感じられる。が、地毛金髪姿の方はまた真逆で男勝りな上に強気で活発、言葉使いも汚い。乱暴な部分もありそうだ。本当に同じ同一人物かと思えないくらいだ。しかし、それを今まで匂わせなかった白は流石役者だと感じる。
十七年前、短い期間だったとはいえど和輝の付き人をしながら、きっと彼に芸能界での厳しさや色々叩き込まれていたに違いない。
だが、どう転んだらあそこまでグレるのだろう。自分も人のことは言えないが。
和輝は誠実に白と接し教育したのではないのか。
そんな良い彼を蔑ろにしている彼女を和輝は何故平然と許している。それどころか何だあの無表情な割りには何処となく嬉しそうな雰囲気は。何かムカつく。
女に興味ない。しばらく付き合わない。一人が気楽だのほざいていたクセに。自分で言ってることとやってること無茶苦茶ではないか。彼はあんな男だったか。分からん。
まあ、和輝が白をどう思っているのか知らないが、こっちには関係ないし興味もないがと陽太は思う。
だが和輝の大切していた人、白を奪うことは諦める気はなかった。
だって彼女は和輝のものでも誰のものでもないわけだし。
自分が白に、女に手を出すのは悪いことではないはずだ。
じゃじゃ馬だろうが所詮は女。時間をかけて飼い慣らし惚れさせ好意を寄せさえすれば他の女性達と一緒で同じように落ちて男である自分に執着する。そうに決まっていると陽太は考えていた。
すると廊下の通路の角からピョコッと小さい何かが顔を出し、陽太の足元に来る。
『陽ー! 』
「ごはん。ダメだろ。リュックから出て抜け出したら。」
腰を低く落とし、陽太は自分の足元に居るハリネズミのごはんを優しく手の平で包み持ち上げる。
ごはんは陽太の手の平の中で彼に必死に話し掛ける。
『ごめんなさい。だけど、気になってさあ。
もう。何やってるんだよ。陽。いつもより下手くそな口説き方だったよ? なってないよー。まったく。 』
が、動物の言葉が分からない陽太は、ごはんの背中を指で優しく撫でながら呟いた。
「しっかし、初めて何度もフラれちまったなあ。今日はどうも調子が悪いみてー。」
『そりゃそうでしょ。』
ごはんは呆れて溜め息を吐いていると、陽太はスマホで千春のLIMEトークにメッセージを打つ。
「萌えるねぇ。だけど世の中はそう甘くはないし、強い人間も居ないんだよ。白ちゃん。」
陽太は、小悪魔な微笑みで呟いた。
でも彼の瞳や心は荒んでいるように見えた。
そんな中、距離はあれど曲がり角の廊下通路の壁際に背中を付けて聞き耳を立てたり、羽奈は自分のスマホで白と陽太の会話や姿を動画撮影していた。
流斗と別れた後、まさか白と陽太の二人と鉢合わせしそうになっていた。
声を掛けようとしたが、普段と違い、何やら二人の様子がおかしい。
気になる。
白と陽太にバレない気付かれないように、壁際に隠れスマホを取り出し動画撮影開始し、スマホレンズで二人の様子を撮す。
撮影が終わり、白が彼女の居る曲がり角の通路廊下を通るが、羽奈が居ることには気付かずトイレへ駆け走って行った。
スマホに録画した映像会話を聞く為にイヤホンコードを刺して耳に付ける。
会話はほとんど聞こえないが、陽太に抱きしめられている白の姿を観る。
「白……いつの間に堤さんとそんな関係に~!? ヤッバーッ! 」
小声で一人はしゃぎ興奮する羽奈。
「これって少女漫画のお約束の四角関係じゃない!? 」
白を、好きな一人の女を取り合おうとする立川に陽太と流斗の恋敵構図を想像する。
急な白の恋発展展開に羽奈は面白く感じていた。
その一方で、白は女子トイレでカツラを取り、陽太に軽く耳を甘噛されたところを洗面所に設置された石鹸を付けて優しく洗っていた。
( 危ない! 危ない! 危ない! まずい! まずい! まずーい! )
白は鏡で確認しその耳に水を垂らし石鹸を洗い流す。そしてハンカチで濡らし耳を拭く。
( あの人っ、恋愛乙女ゲームに登場する危険なキャラかよ! )
何考えてんだあのヤロー。と心の中でドついた。
( イケメンの特権かよ! ああは言ったが、思い出したら何かドキドキしちゃってるし! バカか私は! )
カツラを被り直し、身体全体の何処かに地毛金髪が付いてないかや、きちんとカツラでカムフラージュが出来ているか鏡で確認し、安堵する。
( 堤さん、絶対に私のこと遊んでる! からかってるに決まってるんだから!
飽きて入らなくなった玩具みたいに捨てるタイプよ! )
白は鏡を見ながら改めて自分の顔を見つめる。
顔の頬が赤い気がする。
まさか、さっきの陽太の耳を甘噛みされたことで意識し好きになりかけてるのではないのか。冗談じゃない。
「き、キスじゃなくて良かったー。いや、耳を甘噛みされたのも良くないけど……。」
今日は朝早くから騒がしい出来事ばかりだ。
陽太は立川よりも危険な男。
あまり関わりたくないが陽太とはこの後、ウェディング雑誌撮影がある。
陽太に絆されたり、追いかけられ、振り回される人生なんてごめんな上に、いくらイケメンで推し俳優でも積極的に何度もプロポーズされるのは苦手だ。
お願いだから平和、平穏に他の人、女性と好きなだけイチャラブして自分に構わないでほしい。と思った。
「一体、堤さん……どうしちゃったのかな? 」
まさか本当に今後、しつこいくらいプロポーズされたりするんだろうか。または白の秘密を週刊誌に売る気だったり。
嫌なことを考えると不安が募り、顔色が一気に真っ青になる。
「どうしたといえばアイツもアイツよ! 肝心な時に頼りにならないんだから! 」
白はトイレから出ると休憩所へまた足を運ぶ。
すると、流斗が喫煙ボックスから出て来てまた、先に戻って来ていた陽太と和輝、二人と話していた。
「べ、別に何もないですって。」
白が流斗を見つけると背後から叫ぶように声を掛ける。
「流斗! 」
「うわっ! 驚かすなよ! バカ! 」
振り向く流斗の顔を見ると白はこの世の終わりだ。と言う顔で泣く。
ギクッ。と流斗は動揺する。
「なっ、何だよ? ど、どうした? 」
西暦二〇十八年(平成三十年)の二月上旬。
午前五時半過ぎ。
白は、自室の僅かなカーテンの隙間から差し込む朝の日差しに目が覚める。
ベッドの上で、しばらく、ぼーっとしていたが視界がはっきりして来ると、身体の上半身をガバッと起こす。
髪をバリバリと掻きながら、此処は何処だ。という顔で混乱する。
確か自分は新作映画の顔合わせで、映画やドラマ撮影するとあるビルで和輝との再会や他の共演者とも打ち合わせをしたはず。
昼間はそのビル内の休憩所で和輝に二人だけで話をしたいと頭を下げて、話をしようと試みたが上手く事が運ばず、後から流斗や陽太が訪れた。もちろん瑠華も足を運んでいた。
そして色々賑やかに皆と話していて、やっと次の仕事の移動が来たので、飲み物を買ってから行こうと自販機の前に立って……。
「ダメだ。」
指で自分の金髪の髪をくるくると軽くいじり曲げながら、いくら思い出そうとしても、その後の事がよく覚えていない。
「え。ちょっと待って? それ以前に、私、どうやって帰って来たの? 」
辺りを見渡し、実家の自室であることは理解出来た。しかし、あの後、倒れたんだとしたら、きっと仕事に穴が空いたに違いない。
まずい。初めての体調自己管理不足で早退してしまった。しかも今日は何日で何時だろうか。完全に後から怒られる。
顔色が一気に真っ青になる。
起きてよく見たら髪の色が金髪ではないか。
カツラである焦げ茶髪を被っていない。
もしかして、ついに流斗を抜いた陽太、和輝、瑠華の三人にバレたのではないかと怯える。
ベッドの枕元に確か目覚まし時計かスマホを近くに置いていたはず。
日にちと時間を確認しなければ。
目覚まし時計を手にすると朝の五時半過ぎではないか。もうすぐで六時だ。初めての遅刻。
「支度して、今すぐにでも事務所に向かわないと! 」
白はベッドから素早く下りて部屋を飛び出す。
家の中の廊下を朝から行ったり来たりし、一人で騒ぎ、慌てふためき、身支度をする。その後は地毛金髪の髪も綺麗に櫛で解いたり、三つ編みを結ぶ。もちろんメイクもする。
母親のかすみが台所から顔を出し、白を心配する。
「どうしたの? 白。こんな朝早くから何処に出掛けるの? 今日は夜だけの、洗剤CM撮影仕事じゃなかった? 」
けれど白の耳には、かすみの声は聞こえておらず、部屋に合った予備の焦げ茶髪のカツラを綺麗に被り、キャリーバッグも持ってスマホで翠へ電話を掛けながら家を出て行く。
「もしもし! おはようございます! 清水白です! すみませーん! 田中さん! 初の寝坊して遅れそうです! それと昨日、仕事に穴を空けてしました! ごめんなさい! 」
外へ出ると、驚いて立ち止まる。
いつも家の前で予約し待たせて停まっているタクシーに運転手すらもいない。
こうなったら車だ。
家の前に停まっているかすみの愛車か祖母の星子の愛車を使おう。
祖父の軽トラは使えない。あれはなし。ノーカウントだ。
そう考えていると、実家の玄関のドアが開き、一匹の子犬が飛び出して白の足元へ追い掛けて近より吠えた。
それは紛れもなくプーアルだった。だが、何か体が小さい。もっと大きかったはず。
急に体が小さく縮んでいるような気がする。そんなまさか。
それにやけに元気だし、毛並みも触ると柔らかい。走るのも動き回るのもやんちゃだ。
不思議に思ったが、こんなことをしている場合じゃない。車の鍵を取って来ないと。と、また実家の中へ引き返しながら翠と通話する。
『はあ? 』
しかし、彼女から予想もしない疑問の声が飛んで来た。
『仕事に穴って……一体、何の話? 』
「昨日、新作映画のライアー・ハリケーンって作品の収録撮影前に顔合わせ……和輝さんとのW主演共演映画に、ウェディング雑誌撮影、夜の歌番組出演が予定されていたじゃないですか。
顔合わせに打ち合わせ、お祓い祈願とかは無事に仕事終えたんですけど、午後からの仕事は……どうも休憩所で体調崩したらしくて、ほとんど私、その後の記憶が覚えてないんですけど。
流斗か堤さんの誰かが実家に送り届けてくれてたんですよね? 」
翠の会話に違和感を感じながらも白は伝えた。
しかし彼女からの返事は意外な答えだった。
『そんな話入ってないけど? 』
そう言われると白はリビングにある車の鍵を掴んだまま途中で停止し固まり、目は点になった。
『今日は確かに仕事は入っているわ。だけど、それは夜からで、流斗くんと洗剤CM撮影収録だけのはずよ……。
それと昨日はバラエティー番組の動物番組のスペシャルゲストとして出演する仕事を受けたじゃない。』
そんな翠の話を聞き混乱しながらも白は言葉を必死に繋ぎ尋ねた。
「え? いやだなあ。田中さん、それ随分前の仕事じゃないですか~。」
彼女の会話からして嘘を付いているようには聞こえない。
そもそも冗談を言うような人でも嘘を付いているようにも思えない。
それでも確かに昨日の朝方は翠が車で自分をドラマ制作や撮影する会社のビルへ送ってくれたのには間違いなかった。
次の仕事に向かう際も車で迎えに来る。白だけでなく陽太も一緒に乗せて移動する予定だったはずだ。
「昨日は間違いなく、和輝さんと初W主演新作映の顔合わせをしたはずですって。」
だが、どんなに翠に言葉で伝えても話が通じることはなかった。
『白……。あなた夢でも見たんじゃないの?
彼は昨日、今日と他のドラマに映画の授賞式出席や、CMの掛け持ち撮影が入ってて、とてもあなたと会い話す暇もないのよ。』
白からして見れば、翠が次から次へと話す内容に頭がこんがらがってしまう。
とにかく運転席に腰掛けながら話を黙って聞いていると、衝撃的な言葉が飛んでくる。
『それに白は浅倉さんと共演一度だってまだしたことないじゃない。』
雷が落ちるくらいショックだった。
和輝との十七年ぶりの再会、初共演、会話もしたし、連絡先交換も間違いなくした。
送迎の中でも隣の席で一緒だった。深くにも彼の隣で居眠りしていたが。
こんなにも鮮明に覚えているのに何故か、次の日になったら、なかったことにされている。
「なぬ!? そんなバカな話がっ! 」
どういうことなんだろうか。
分からない上にショックすぎて白は顔色が真っ青になり落ち込んでいた。
すると、かすみが玄関から出て来た。
「白! 朝から外で何騒いでるの! 近所迷惑だから声のボリュームを少し落としなさい!」
小声でかすみは話し掛けながら白のところへ近付いて来た。
「あれ? お母さん。何か前と比べて若い? 」
白は起きてから今日初めてはっきりと母親の顔を見たことに気が付いた。
肌年齢が気のせいか少し若返っている。五十代後半が四十代に見える。
「何か化粧品とか変えた? エステに行ったとか。」
「変な子ね。朝から。これでも若いつもりだけど。」
かすみは白の足元に居るプーアルの体を抱えながら首を傾げる。
「プーアルなんて小さくなっちゃって。抱っこ出来るくらい子犬の頃に戻たみたい。もふもふー。」
白はプーアルの頭を優しく撫で呟くと、かすみは、この子、朝から大丈夫なのだろうか。と心配しツッコんだ。
「何言ってるの。プーアルはまだ三歳でしょ。」
かすみからまたもや翠と同じく衝撃的な言葉を耳にした。
確かプーアルは八歳。体の体型も少し大きく成長していたはずだ。
流石にここまで来ると口がポカンと開いてしまう。
「お母さん。今って……西暦何年? 二〇二二年の二月十五日だよね? 」
顔をひきつらせながら恐る恐る尋ねる白。
信じたくない。
が、白の欲しい答えは返って来なかった。
「何を寝惚けてるの。今は二〇十八年の二月十四日でしょ。」
かすみに教えられると白は、猛ダッシュで家の中に戻り、手洗い場へと向かう。
鏡を見ると自分の顔、肌年齢が二十代前半に変わっていた。
「はっ! よく見たら、少しだけ私、若い! 」
そういえば慌てて着替えていた時、着ていく服を選んでいる際、買い込んでいた服が何着か見当たらないどころか消えていたことに気付いた。
衣服だけではなく、他にも買って置いていた品なども失くなっていた。
もしかして自分は過去の五年前にタイムスリップでもしてしまったのだろうか。
え。いつの間に。まったく記憶にない。
混乱しつつも、とりあえず朝早く家を出なくていいのなら焦げ茶髪姿で居る必要はないな。と思い、被っているカツラを取った。
サラッ、フワッと長い地毛金髪の髪が流れ落ちた。
長すぎるよな。
鏡を見ながら、身体の太ももぐらいまで長い金髪姿の自分を、いつか陽太と和輝に知られたら何を言われるか。
十七、いや十二年前は髪型は背中ぐらいまでは伸びていた。だがそれ以降は、より伸ばしてしまった。
そう。流斗に焦げ茶髪姿ではなく実は地毛金髪であることを知られた時期と変わらない長さだ。
少しは美容室に行ってカットしてもらった方が良いのかもしれない。
良く見ると枝毛が出来ている。
揃える程度にしてもらおう。と考えていると、スマホから翠の声が聞こえて来た。
『何を朝から騒いでるのか知らないけど。白、夕方から事務所にちゃんと来るのよ? 』
白は耳にスマホを当てて明るく翠へ返事を返した。
「はーい! 何か私の勘違いでした~! すみませんでした。朝からお騒がせしてご迷惑おかけしました。失礼しまーす! 」
そう伝えると白は通話を切った。
◆
一方、翠は自宅でまだ寝ていた矢先だった。
白からの着信音に目が覚め、近くに置いていた自分のスマホに手を伸ばし彼女の電話に出ていた。
だが、翠の頭は寝ぼけていた。瞼も重い。
布団が暖かい為、出たくないのか、うつ伏せの体勢で深く潜りながら白と会話する。
だが、朝から訳の分からない事ばかり発言する彼女の言葉に翠は眉間に皺を寄せる。
最終的には白から勘違いだったと伝えられ、通話は切れた。
「っ……。まだ眠いし、だるー。」
翠は再び疲れた表情をし重くなる瞼を瞑り、そう呟いて二度寝をした。
◆
白は一旦、外へ出て車の鍵をロックすると再び家の中へ戻って来た。
朝のニュース番組の音声が流れているのが聞こえて来ると、早歩きでリビングにあるテレビを間近に近付いて観る。
「わあー!この朝のニュース内容懐かしいし、引退したはずのアナウンサーが喋ってる! 」
アサピカTVという朝のニュース番組だ。
平日は毎週月曜から金曜、午前五時半から午前八時まで。土曜日は午前六時から午前八時半までだ。日曜はこの番組放送されることはない。
白が日本に来てから長く観ている番組でもある。
「朝から何を騒いどるんだ? 白は。」
祖父の虎之助がリビングで足腰など軽く体操してテレビの前に居る白を見て呟く。
祖母の星子はこたつに入りコーヒーを飲みながらテレビを観ていたところを白が立ったことで全て流れる画面映像が見えない。が、彼女は気にすることなくまたコーヒーを口にする。
「さあ? 白、あんまり画面を近くで見てると目が悪くなるわよ。」
白は、振り向くと虎之助と星子がいつの間にか玄関へ移動し、朝早くから二人一緒に何処かへ出掛けようとしていることに気付いた。
プーアルは二人を追い掛けるように廊下を走る。
「おはよう……あれ? 二人とも何処へ行くの? 」
「何ってウォーキングじゃが……。」
虎之助が答えると白は、そういえば二人は一緒に朝のウォーキングをするのが日課だったことと、プーアルの朝の散歩も二人がしていることすっかり忘れていた。
芸能の仕事に追われ、オフの時は一人暮らしのマンションや実家、昔住んでいたボロアパートなど至るところに寝泊まりしては好きなだけ寝てゴロゴロし怠けていた。
今日はてっきりいつもの朝からのハードスケジュールだと思い、早起きをしたが、早とちりのような真似をしてしまった。
朝食が出来るまで、じっと一人で待つのもつまらない。と思った白は二人に自分も行くと言い出した。
「ねえ。私も一緒に行っていい? 」
外に出て三人と一匹で近所を散歩する。約三十分だ。
街を歩きながら、虎之助と星子は幼い頃の白は、よく自分達の周りを付いて回っていたことを懐かしむように思い出していた。
「珍しいですね。白が私達と散歩に行きたいだなんて。」
「じゃが、これは……ウォーキングじゃなくてランニングだな。」
虎之助は、自分達の前をどんどん走って行く白とプーアルを見て呆れながらも笑ってしまう。
「ですね。」
星子もクスクスと微笑む。
白は、リードを握りプーアルと一緒に駆け走った。
「プーアル、走るの早いー! 」
目をキラキラさせながら楽しく嬉そうな表情をプーアルは走る。かと思えば、また白と祖父祖母の元に戻って行く。
三十分間の外での散歩は爽やかで気持ち良かった。
こんなに自由を感じる瞬間は白にとっては久しぶりだった。
帰宅すると、かすみがテーブルに並べ用意していた朝食が待っていた。
「めっちゃくちゃいつもより朝食うまし! 」
かすみの隣で白は、白米を食べ味噌汁を吸い、色々なおかずを取り皿に取って遠慮もなく胃袋に入れていく。
朝から本当にどうしたのだろう。と、かすみ、虎之助、星子の三人は白を見ながら、ゆっくりと食事をする。
落ち着きがない上に、やけにいつもよりはハイテンションだ。変だ。
けれど、娘の白が変なのは日常茶飯事だ。
かすみはテレビをチラッと見て、画面に流れる映像に黒髪で癖毛の髪型をした流斗が映ると口元が緩む。お茶CMだった。
五年後より若い。大学生と間違うとくらいだ。
自分も人のこと言えないが。と白は思う
朝から幸せだ。と噛み締めるかすみだった。
たかが短いCMでも自分の好きな推し俳優が出ると辛い仕事に行くのも忘れるくらい心が浄化され、今日一日また頑張れる。
確か白は彼と同じ事務所だ。
二人が仲が良いのは知っている。
本当に白と流斗が一緒になれば、画面や雑誌ばかり眺めずに済み、かすみはずっと彼を近くで眺められる。
◆
流斗が白と結婚し、婿として清水家に入り、今居るこの家にある台所を見て朝ご飯を作る彼をかすみは想像する。
「お義母さん。俺は味噌の味、ちょうどいいと思ってるんですけど。良かったら、味見してもらえますか? 」
作った味噌汁の味を味見している流斗の隣にかすみが現れて、小皿を受け取り確認する。
「うん。ちょうどいいわよ。流斗くん。」
「良かった。」
安堵する流斗の表情に笑顔になる。
「流斗くんが家に来てくれて助かるわ。
でも、私の娘が、料理をまともに出来ない子に育ってごめんなさいね。それと、ありがとう。流斗くん。」
かすみは焼けた焼き魚を皿に並べながら流斗に気持ちを伝える。
「いいえ。僕が変わりに一生、彼女を支えて幸せにしますので安心してください。お義母さん。」
流斗に優しい笑顔を返されると、かすみは幸せ過ぎて気絶した。
「お義母さん!? 大丈夫ですか!? 」
流斗は慌てふためき、倒れたかすみの身体を支えて白を呼ぶ。
「おい、白! またお義母さんが倒れたぞ! 」
白は歯を磨く前だったのか歯ブラシと歯みがき粉を持って台所に顔を出し来た。
「お母さんのそれはまあ。恋の病で倒れてるだけだから。そこのソファーに寝かせといて。」
「は? 」
流斗は意味が分からず首を傾げて、白に言われた通りにリビングに設置してあるソファーにかすみを寝かせる。ついでにタオルケットを優しく身体に被せた。
◆
そんな妄想をして、かすみは顔が赤くなり照れる。
「やだ~! お義母さんだなんて……キャー! 」
一人勝手に興奮し、食欲はあるものの嬉しすぎて食事が通らないかすみは、ご飯に味噌汁をぶっかけてねこまんまにしてかき混ぜるように食べていた。
そんな母親を見ながら、白は溜め息を吐いた。
「お母さん……。また箸を止めて、口元にやけて変な想像してる。」
おそらくまた流斗が自分と結婚したという妄想でもしているのだろう。
お母さん呼びなど、流斗はそもそもすでにこの家に白が遊びに連れて来る度に、すでに何度も言っているではないか。
すると、かすみがコホン。と一度軽く咳払いして白に尋ねた。
「白。暢気に時々、実家へ寝泊まりや朝食を食べに行ったり来たりしているけど、一人暮らしの生活はどうなの? 特に炊事。何か一品くらい料理作れた?
流斗くんの家にも行ったりして料理指導してもらってんるでしょ? 」
白は、冷や汗をかきながら苦笑いする。
「いやあ。これが全然……。」
悲しいことに本当に成果はまったくない。
「最終的には流斗が作ってくれたおいしいご飯、たらふく食べて、気が付いたら寝ちゃって、朝になってて。朝食もいただく羽目に~! 」
流斗からは、いつも白に最終的には無理して作る必要はない。と言って自分が白の分も含めて料理を作り、テーブルに並べて一緒に食べていた。
その話を白から聞いたかすみは羨ましいと思いながら溜め息を吐いた。
「ああ。お母さん、一瞬でもいいから、白になりたい。」
白はかすみをチラッと見ながら「え。ごめん。嫌だ。」と呟いた。
その間、自分がかすみに入れ変わって仕事やら料理を代わりにしなければならないではないか。
しかし、そんなことより虎之助は白が話す内容に興奮し立ち上がり怒り出す。
「ぬわあああにいいい!?
白! わしは聞いておらんぞ!? いつの間にあの自販機青二才と半同棲を!?
じいちゃんは一人暮らしは認め許したが、男と同棲することは了承した覚えはないぞ! 」
白は、咳き込みながら虎之助に言い返す。
「同棲じゃないよ。た、たまたまだよ。それに流斗ともなにもないし、お互い別々の場所に寝てるのにー。」
たった一人の孫だからだろうか、祖父の異様の過保護症が始まった。
「いいか。白。男は皆、獣よ。
あの自販機青二才も男であるからには、白になにもしないなんて事があるわけがない! 」
虎之助は必死に白へ注意し、言い聞かせるけれど、彼女は高笑いする。
「大丈夫だよ。流斗の家に行く際はプーアルを連れて行ってるし。
まあ、全然まだ犬恐怖症治ってないんだけど。いつの間にかプーアルは流斗になついちゃってねー。」
そんな話を家族に話す白に祖母の星子は残念そうな顔をする。
「あらー。流斗くん、まだ犬恐怖症が治ってないのねー。
まあ。プーアルはやっと彼に心開いて大好きになって懐いてるのに。可哀想。なーんにもしないのにね。」
星子の会話を聞き耳し、ハウスケージの中でプーアルは、ふかふかでふわふわなベッドに丸まりながらしょんぼりする。
「くーうん。」
一方、虎之助は一度、白の話に納得したが、再び悪い想像へ持って行く。
「待てよ。その話が事実なら……白、お前の一人暮らしのマンションにもその男を中に入れたんじゃ……。」
「うん。もちろん。台所使うから。」
因みに流斗が白の家に上がるのは彼女の料理指導をする為である。
だが虎之助は、まったく違う想像をする。
「親密な二人が台所で……イチャイチャだと~!? 」
そんなことがあるわけがないが、料理中にカレシがカノジョの後ろから優しく腕を回して、包丁で具材を切ったり、カノジョが包丁で誤って指を切ってしまったらカレシが指を口に含み血を止めたりでドキドキと甘い雰囲気な展開を虎之助を想像した。だが、まるで少女漫画並みだ。
「けしからん! 破廉恥な! 」
白は彼が何を妄想しているかすぐ予想が付いた。呆れてしまう。
「おじいちゃん……っ、また勝手に私の部屋の本棚に並べてある漫画を勝手に読んで変な想像をしてるでしょ。」
「バカを言うな! じいちゃんがそんなことをするわけがなかろう! わしはゴルフやスポーツ新聞、少年漫画雑誌しか買って読まん!
たまたま、かすみがや星子が読んでいたのをちょっと盗み見ただけじゃわい。うん。 」
休日、たまたま虎之助が昼過ぎの十四時に何処からか家に帰って来た時、リビングはテレビ映像が流れていた。
ただいまと声を掛けても反応がなく静かだ。
よく見ると、かすみはテーブルでスマホで電子コミックを読んでいたようだが、いつの間にか疲れて眠ってしまっていた。
星子はソファーに座り、紙のコミック本を読んでいたが、途中でかすみと同じく眠っていた。
一体二人はどんな漫画を読んで居るのか気になり盗み見た。それが少女漫画だった。
そしてそれがたまたま虎之助が開いた漫画の内容と描かれた絵でキラキラでイケメン男子と可愛い女子カップルだった。
衝撃を受け、彼は孫の白がいつかこの漫画の話のように近い内に現実の誰か親しい男とそういう関係になるのではないかと心配になり気が気ではなかった。
他にも別の漫画では本屋や学校の図書室、図書館で高い所の棚に置いてある本を取りたく、背の小さい女子高生が足の爪先に力を入れ、踵を上げ、手を懸命に伸ばすが届かない。全身が震えるくらい必死になっているところへ背の高いイケメン男性がさりげなく通りがかり、彼女の後ろに立ち、簡単に取って渡してくれる女性なら誰しも憧れる胸キュンシーンも目を通していた虎之助だった。
自分の過去の恋愛にはそんな漫画のような場面やシーンなどなかった。あり得ない。許せない。けしからん。
それ以来、漫画に出て来た結ばれる人物の男女、全てそれが流斗と白に当てはめて想像して苛立ってしまうことが多くなってしまった。
「あんな漫画の何処が面白いんじゃ! 」
虎之助は興奮し怒りに身を任せて納豆を箸で強く混ぜる。
「あら意外。何だかんだ少女漫画に興味あるのね。虎之助さん。」
星子と彼は本当に仲が良い夫婦だ。白は、たまに二人を見ると、どんなに歳を重ね老いてもいつまでも仲睦まじく人生を過ごせる優しい男性と出逢えたらと思う時がある。
が。
白はその度に、やはり離婚する前のかすみと父親のことや、弟の光から嫌われ一生会うこともない出来事、辛い記憶を必ず思い出してしまう。
そういうことさえなければ、誰かと付き合いたいや合コン、婚活に参加したりしたんだろうか。結婚願望だってあったのかもしれない。
そうじゃなかったら日本に来る回数も少なく母親の実家に居る祖父祖母に会って話したり、観光や買い物し終わったらアメリカに帰国していたかもしれない。
そうなれば、流斗や陽太に和輝とも出逢いも芸能界とも縁がなかった上に自分がグレて荒れ、ヤンキーにもなることもなくアメリカで幸せに暮らしていたのだろうか。
いや、ないな。
そんなことを考えながら星子の手作りコロッケを一気に口へ頬張り食べた。
リスみたいに両方の頬が膨らんで食事する白にかすみは注意する。
「白、喉に詰まらせないようにしっかりよく噛んでたべなさいよ。」
もぐもぐと良く噛み胃袋に入れると、先程話題になったかすみが白の料理の腕前が少しは上達しているのか話で、流斗が料理指導の先生になってくれている件の話題に戻しニヤリと笑う。
「でもねぇ。今度は絶対上手くいく! なんたって和輝さんも協力してくれるし~。」
はっ。
しまった。それは夢。
幻、願望の出来事だ。いや、過ぎた未来なのか。
だが、あまりに現実的で鮮明に覚えている。
本当にここは過去にタイムスリップした時代なのか。それとも、あれは未来の夢を見ていたのか。分からない。
ただ、和輝からもらった缶ケーキがおいしかった。またあれが食べたい。今度は自分で買って全部平らげたい。
そう思うとヨダレが口から垂れた。
「あ。あー……それは願望の夢だったんだっけ。しょぼん。」
家族三人はヨダレを垂らす白を見て、どんな夢を見たんだ。と心の中で呟いた。
「そう言えば、何か起きて早々様子が変だったわね。」
かすみは白が見た夢がどんな内容か気になり尋ねる。
白は、それが五年後の二〇二二年、二月十四日だったことなどを打ち明けた。
「でも何か夢にしてはリアルだったというか……。」
彼女の話した夢の内容が随分具体的だった為、かすみは微笑みながら食事を終え、自分が使った食器を流し台に持って行きながら呟く。
「それもしかしたら願望じゃなくて絶対、五年後の正夢よ。」
かすみは先程まではCMに出ていた推しの流斗に夢中だったクセにと白は心の中で呟いた。
「その夢の中の浅倉さんどんな感じだったの? 」
彼女から聞かれると白は悩んで五年後の和輝の様子を語る。
「笑わなくなってたかな。ほとんど無表情というか。必要以上のことはあんまり話さない、無口というか……。でも、皆にからかわれたり、話し掛けられたら、結構喋る方かな。
何を考えているのか分からない時もあるけど、でも、変わらない優しさもあったよ。」
そう白が伝えると、タイミングよく朝の芸能エンタメで和輝が出て来た。
話題の映画やドラマ枠で演技力が大変素晴らしいと評価され彼は受賞したようだ。
他にも俳優、女優が受賞式に主席していた。
『来年の日本アカデミー賞に採用され選ばれるか今後期待です。』と語るアナウンサーの声が聞こえる。
「テレビとかでは全然そういう風には見えないけど。」
エンタメに映る和輝は五年後と違い好青年だった。こちらも若い。だが、髪型はあんまり変わってなかった。
虎之助はご飯のお供にかき混ぜた納豆をかけながら口をへに曲げながら呟く。
「フン。あの男は役者じゃかならな。笑顔や人に好かれるような演技の一つや二つ出来て当たり前じゃて。」
「おじいちゃん、また不機嫌になっちゃってどうしたの? 」
白が虎之助に尋ねるとまた興奮して怒り出した。
「どうしたもこうしたもあるか!
自販機クソガキといい、久々にムカムカする男の名が出て朝食が不味く感じているんじゃわい! 」
「和輝さんのこと? 随分と前のことじゃない。私がまだ引きずってるならともかく、何でおじいちゃんが昔のことを未だに引きずる必要があるのよ。もう終わったことじゃない。」
白は苦笑いして彼に伝える。
「例え白があの男を許したとしても、じいちゃんは許せん! 幼い子供の白の心をズタズタに踏みにじり、泣かせおって!
そして何の連絡も寄越さず平然と忘れたようにして、仕事をするなら未だしも、他の女と付き合いまくりで近々五人目の女と結婚だとう~!? どういう神経しとるんだ! 」
何だかんだ文句言いながらも虎之助はスマホやタブレットなど使って芸能ニュースを暇さえあればチェックしているようだ。
「浅倉さんからなら手紙、届いてましたよ。」
星子が随分前だが和輝が白へ手紙を送って来たことを明かした。
「そ、そうなのか? 」
虎之助が疑うように目を細めて彼女に問う。
星子は口を開いてお茶を飲みながら話す。
「白が荒れてた頃に、かすみさんが直接渡したんだけど……すぐにその場で白が怒鳴って、せっかく送って来た舞台チケットごと乱暴に取り上げて、外に出て火を付けて燃やしちゃったから。」
その話を星子から聞いた白は顔を青ざめた。
「そ、そんな酷いこと私したの!? 全然記憶にない! 推しからのプレミアム舞台チケット&手紙を……灰に? 」
ショックを受ける孫の白に虎之助は嘲笑うように豪快に大声を出した。
「がははは! 朝から愉快! 愉快! それで結構! 」
「おじいちゃん! 何が愉快で結構よ!? 」
白は立ち上がりながら虎之助に怒り言い返した。
それにしても和輝が五人目の女性と近々結婚って本当なのだろうか。と白が呟くとかすみが、朝の芸能ニュースで話題になってるじゃない。と教えてくれた。
別の俳優と女優が電撃結婚した。という明るいニュースだ。
いずれも近々結婚する可能性がある芸能人が予想されている。
和輝もその中の話題に入っていた。
「あの和輝さんがねぇ。」
五年後の彼は、しばらく女性とは付き合わない。うんざりだ。と白だけでなく流斗や陽太、他の役者達にも話していたことを思い返す。
今テレビに映る和輝は本当に女性と結婚する気なのかと白は考えるが信じられないと感じていた。
『結婚願望、ありますね。』
彼はアナウンサーからのインタビューでそう答えている。
人との気持ちって時が経つと変わるんだなあ。と思い画面をボーッと眺め味噌汁を啜る白だった。
て。和輝がモテて沢山の女性と付き合うことは別におかしくも何ともないではないか。
実際、白が当時、彼の付き人をする前に女性と付き合っていたのだから。
そう言えば泣いて暴れて警察に逮捕された和輝の最初に付き合った元カノの梓という女性は、それからどうなったんだろうか。
刑務所から出て新たな幸せな人生を歩んでいると良いなあ。と白は思った。
もう一つ思い出した。
結婚と言えば……夢で自分は確か陽太に結婚前提で付き合おうって言われたことを思い出したことを口に出す。
しかし白のその話に関しては流石に家族は信じられず朝から大爆笑する。
「そこ笑うところ!? 」
白は酷いと言ってまた立ち上がった。
「それは正夢じゃなく願望の間違いね。」
かすみから言われてショックを更に受る白。
「が……っ、願望……? 」
呆ける彼女を無視して虎之助は不愉快な表情をしてガツガツとご飯を食べながら呟いた。
「しかし夢とは言え、わしの可愛い孫娘にプロポーズ!? 今時の男は何を一体考えておるんじゃ! 」
白はテーブルに手を付きながら困惑する。
ということ立川からの告白も夢……というか願望なのか。
「そんなバカな~!! 」
急に大声で叫ぶ白に家族は驚く。
「白……大丈夫? 」
かすみは娘を心配する。
けれど白の独り言は続く。
「一体どっからどこまでが現実でどっからどこまでが夢!? 」
白を見ながら星子はかすみに小声で伝えた。
「やっぱり昨日、変なものでも食べておかしくなったんじゃないかしら? 」
そんな二人にはお構いなしに独り言は更に続いた。
「じゃあ……あの堤さんが私に言った会話も私の願望? 妄想? 」
白は自分の髪を手でかき混ぜるようにぐしゃぐしゃにしながら思い出していた。
◆
白の記憶上では、西暦二〇二二年(令和四年)の二月上旬。午後十ニ時過ぎ。
映画製作や収録などある会社ビルの中にある休憩所で、確かに陽太に迫られ告白されていた。
が、本日二回目だ。一回目は今朝のエレベーターの中。その時に迫って来た距離とまったく同じで近い。
白の耳元で優しく甘い言葉で陽太は囁く。
「聞いたよ。和輝さんから。理くんと付き合う方向だって。
けど、改めてさあ。考え直せない? 理くんより俺との方が気が合うと思うんだよねー。」
白は自分の口元を手でとっさに塞ぐ。
( だ、ダメだ! 面白い! ごめんなさい。堤さん! )
肩を震わせながら何とか笑いを押さえていた。
白は真剣なのか冗談なのかは分からない彼の口説き文句のセリフに笑いが出そうだったが何とか堪えて言葉を選ぶ。
どうにかして陽太には諦めてもらおうとする。
なるべく傷付けないように。断わらなければ。
夢にまで見た白の理想の男性、立川と人生初のお試しデートやまずは友達からの付き合う流れを破綻させる訳にはいかない。
しかし、あまりにも陽太との距離が近い。
「Stop! パーソナルスペース! 近いです!」
彼の両肩を後ろへ軽く押すが、ガクッと片足が傾きよろける。
とっさに陽太が白の手首を軽く掴み転倒しないようにする。
「大丈夫? 」
「はい。ありがとうございます。」
白はさりげなく陽太の手を軽く退かしながら、距離を取る。
間近で見るとやはり彼は絵本童話に出て来るイケメンキラキラな爽やか王子だ。危険すぎるくらいカッコイイ。
しかし、これぐらいの些細なことで一々彼にドキドキしていては身が持たない。
どうせ今までも陽太は俳優と有名人、イケメンという肩書を理由に他の女性達をこういう風にさりげない優しさと、グイグイ積極的、強引に言葉巧みに甘い言葉を囁いて口説き仲良くやって付き合ってんだろう。と白は深い溜め息を吐き、そう思った。
甘いわね。と白は心の中で呟く。
他の女性達みたくホイホイ陽太の手を取り着いて行くものか。そんな自分は安い女じゃない。
陽太が誰でも女性を落とせると思っているのだろうか。その自信満々は一体何処から来るのか。不思議だ。
そもそも彼は気まぐれ、遊びなのかガチ恋なのか本当に女好き、女誑しなのかすら、よく知らない。分からない。
自分が陽太と会った十二歳の頃と十七歳の頃に比べたら随分とキャラ、性格が変わった。
芸能界に入り八年経ち、彼と仕事したりするが、尚更本当の陽太が見えない気がした。
そう言えば……演技以外では彼の素顔は見たことがない。
爽やかな優しい笑みと小悪魔な笑みが多い。
本当の陽太は、どんな人なんだろう。
そう思いつつも白は彼に警戒心は怠らなかった。
「それで先程の気が合うって言うのは……何を根拠に? 」
白は喉が渇き、自分の荷物が置いてあるテーブルに移動して水分補給を取りながら陽太の言い分を聞いた。
「俺と白ちゃん、同じ血液型ABで気も合うし話も合う。付き合っても、きっと長続きする確率あると思うんだー。だからー。俺とまず同棲しよ? 結婚前提で。」
陽太は白の後を追いかけて、トンでもない提案を持ち出された。
同棲。
今、令和のこのご時世、同棲することは別に珍しくもない。
だが、唐突な話だった。
水分が喉に詰まりそうになり咳き込む白は自分の胸を軽く叩きながら、何とか飲み込んだ。
「え?! ち、ちょっと待って下さい! いきなり話がぶっ飛びすぎてませんか!? 」
白は慌てて陽太へ振り向いて慌てふためいた。
「もしかして、もう理くんと同棲する予定なの? 」
陽太からその言葉を言われると、動揺するように身体が震える。
「い、いいえ。同棲しようとまでは……。」
口が裂けても言えない。彼氏でもないのに流斗の家にほぼ半同棲みたいなことをしているなんて。
陽太には白の情報、彼女のプライベートはほぼ把握済みだった。
芸能業界で白が流斗と仲が良いだけではなく、半同棲していることは役者さんらや番組スタッフなどから聞き知っていた。
週刊誌やSNSニュースでも話題豊富だ。
だが、本当に白が流斗と半同棲しているという事実は確認されたわけではない。
あくまで噂記事だ。
しかし、白が流斗と半同棲していることは事実なのである。
( 冗談じゃない! 陽太くんを私の家に上げるなんて! )
白の一人暮らしするマンションがないわけではない。が。食材もほとんどない。お客様に出す茶菓子も、寝泊まり出来る布団すらない。おもてなしするものが何もない。
あるのは自分の日常生活に使う程度の家具屋や掃除道具とイケメン俳優やアニメの推し活グッズしかない白ランドである。
最近では実家と流斗の家に行ったり来たりで一人暮らしのマンションはそっちのけで、ゴーストマンション化していた。
何の為の一人暮らしか定かではない。
すぐに人を招ける状態でもない。
部屋は綺麗に見えても埃だらけ。空気もよどんでいる。
立川と付き合うなら、流斗と距離を取り、半同棲は止め、また一人暮らしに逆戻りしなければならない。
流斗とは彼氏ではないにしても浮気のような真似の二股や三股は許されない。
それにだ。仮に陽太と同棲なんてしたら永遠の地獄だ。
気を遣いまくりだ。ずっとカツラの焦げ茶髪姿で過ごさないといけない。そんなの絶対嫌だ。ごめんだ。
前途多難が降りかかり頭が痛い話だ。
( 助けて! 流斗~! )
近くに確か居たはずだ。とチラッと流斗を振り返り見るが、何やら羽奈と会話し、二人で喫煙ボックスに入って行く姿を目撃する。
( ああああ! 何で肝心な時に何処かに行っちゃうのよ~!流斗のバカ~! )
顔が真っ青になりながら白は陽太の方へ目線を戻した。
近くに居る和輝に助けなんて求められるわけもない。
とにかくこの陽太と付き合うのや同棲する話はすぐに破綻しなければ。
そう考えている白を他所に陽太は淡々と話を進めていた。
「あ。同棲する家のことなんだけど、俺が白ちゃんの家に同棲するから。住所教えて?」
なんて図々しい。いや、積極的で強引なんだ。
「んなぬ!? コラッ! 何勝手に話を進めてるんですか! 同棲なんてしませんからね!」
白は陽太の勝手な案を拒否しながら怒る。
しかし彼は聞く耳を持たない。
「どっかのさあ。怒ってばっかりの器の小さい素直じゃない金魚のフンみたいに付きまとうツンデレ激辛口なヤツとか、スポーツ万能で強いけど大人しそうな大したことないガキとか、仕事以外全部ゲームに費やし人に構わないゲーマーや、無表情で何考えてるか分からない変人淡白チェリーに、グータラで怠けてほとんど二ートみたいなだらしない頼りない稼ぎもない紐のようなヤツや、優しそうな顔でイケメンで高身長で浮気しそうな人らうんたらな男達より、俺の方が良いと思うんだよ。」
二人の様子を見ていた和輝は、目を細めながら陽太の一部の発言にピクッと反応する。
彼の聞き捨てならない言葉にカチンと頭に来た。
和輝は席から立ち上がりながら陽太へ尋ねた。
「陽太くーん? 無表情で何考えてるか分からない変人淡白チェリーって……誰のことかな~? 僕のことじゃないよね~? 」
陽太は自分らの会話を聞いていたのかと察する。
「いやだなあ。誰か個人のことですってー。和っちのことなんて俺は言ってないスよ。」
「やっぱり僕のことじゃないか。誰が変人淡白チェリーだよ。」
陽太は和輝に背を向けながら白へまた話し掛けた。
「それはー置いといてー。
絶対、俺の方が理くんより白ちゃんへ今まで食べたことないグルメやスイーツとか、行ったことないリゾートやテーマパークにも連れて行ってあげれるよ。」
和輝は小声で陽太に苛立ち嫌みっぽく呟いた。
「自分のことは棚上げにしておいてよくもまあ言えることで。」
白は次から次へ話す陽太に着いていけない。
否定する以前に言葉が通じていないようだ。
「人の話聞いてます!? 」
「うん。聞いてるよ。何泊か泊まってとか。あ。二人っきりが不安ならダブルデートでということにして何組かカップル連れてさ。」
全然聞いてないだろ。と白は陽太を見ながら思う。
「誰がそんな手に乗りますか! 」
しかし、白は気が代わり瞳さえキラキラとさせ陽太の話に乗りそうになり、喜ぶ高い声を上げる。
「……って、本当ですか~!? 」
和輝は白を見ながら自分の顔をひきつらせた。
なんて単純で現金なんだ。
陽太はニコッと微笑みながら白へ話を続ける。
「白ちゃんの宿泊費、食事代とかリゾート、テーマパークの入場代は俺が出すから。」
「本当に!? 奢ってくれるんですか!? 私の為に? 後悔しませんか? びた一文も出しませんよ!? 」
「うん。二言はないよ。スイートルームを取ってあげる。」
「スイートルーム!? 」
確か金額が高く一番良い部屋という噂の。
想像するだけで胸が弾む。
料金が高い部屋は旅館などの特集番組や旅行ガイド、ホームページでしか見たことがない。
スイートルーム、VIPルームは入ったことがない。
きっとイケメン、またはイケオジのホテルスタッフ、従業員、執事にメイドか仲居が居るに違いない。
食事もキラキラに輝く新鮮で普段よりボリューム満点な上におかわり何倍も許される。
温泉だって気持ちよく肌もスベスベ綺麗になれる。
きっとペットだってホテルに泊まれるはずだ。
愛犬のプーアルもリラックスして過ごせるはずだ。
ペットは泊まれなくても、犬が喜ぶおやつや家族にお土産を買って帰ろう。
夢にまでみた仕事オフのバカンスエンジョイ。
白は女優とは思えない人前では見せられない可愛い笑顔ではない怖い表情で魔女みたくクククッ。と笑う。
和輝と陽太には背を向けている為、白の表情は見えない。だが、彼女の様子が変なことには気付いていた。
白は嬉しそうな満面な微笑みで明るく振り返り陽太の話に乗ろうとする。
「なら、行きます! 行きましょーう! 」
和輝は思わず口から「え?! 」と裏返るような声を出し白へ驚愕する。
「これはまずい展開なんじゃないのかな……。」
別に白への恋愛感情はない。万に一つもだ。
まだ今日初めての共演で彼女については何一つ知らない上に、まだ仲良くなったわけでもない自分がそんな相手に止めに入る理由はない。
が。
何故か十七年前の地毛金髪姿の白の顔がデジャヴり今目の前に居る彼女に重ねて見てしまう。
午前中だけで関わり見た限り、所々危なっかしい真似の数々が、鮮明思い出すくらい似ていた。
違うにしても、この男性への警戒心のあるようでない彼女には頭が痛い。
老若男女問わず誰とでも仲良くなれるコミュ力あれど、食べ物などで簡単に誘導されるバカな人間が居るだろうか。いや居ないはずだ。
大人として非常に心配だ。
頼れるまともな人、流斗が居ない以上、止めに入るべきは自分しかいない。
「ちょっと待った。」
和輝は二人、白と陽太の僅かに開いている空間に手を入れて間に割り込んで止めた。
陽太を睨み後ろに居る白へ振り返り注意する。
「ダメだよ! 清水さん! 」
白は和輝の声で正気に戻ると、危ない所だった。と口元に手の平に当てて安堵した。
「しまった~! つい食べ物とかの欲望に釣られそうになりそうだった。」
「思いっきり釣られてたよ。 」
和輝が呆れた目で白と話していると、陽太がジロッと彼をクールな表情で睨み問いかけた。
「何で俺と白ちゃんの話ている途中に和輝さんがわざわざ割り込んで来るの? 」
邪魔すんな。と声を低くし目で和輝へ訴える陽太。
「流斗くんに頼まれたから。」
和輝も陽太に負けないように睨見合う。
流斗からは頼まれてはいないが、これで良いはずだ。
陽太が白へ本気に恋なんてするわけがない。
現に彼は何人もの女性と付き合っている。
その中に確か本カノの千春という女性が居た。何か絶対裏があるに決まっている。
陽太は何の目的で沢山の女性と付き合っているか知らないが、何人も悲しませてポイ捨てしていたり、俳優やモデル、役者を引退に追い込んだりしている噂もある。
白が誰を好きになろうが知ったことではないが、陽太だけは危険な男だ。
今は新作映画撮影に取り組み中だ。
私情やプライベートな恋で白が芝居を疎かにしてもらっては困る。
和輝は感情的にはならず白を叱る。
「まったく何考えているの。危ないよ。陽太くんと宿泊なんて。」
「ごめんなさい。でも心配しすぎですよー。私と堤さんの間に何もあるわけないじゃないですかー。あったとしてもいざとなったら……。」
白は和輝に謝るけれど、反省がなく、脳内で妄想し陽太を地毛金髪姿の自分の手で、こてんぱんにし気絶させるシナリオを描き、腕を振るおうとする。
けれど。
は。しまった。
ここは芸能界で、しかも和輝が今、傍に居るんだった。
「ね、寝る前にー……飲み物へ睡眠薬でも仕込んで飲ませておけばいいんですよー。」
口元に手を当てて笑い誤魔化す。
和輝はそんな白を見ながら呟く。
「今、何か間がなかった? ますます不安しかないんだけど。」
陽太は拗ねながら、自分が置いていた荷物の席に腰掛け、手作りお昼弁当を取り出し食べる。
「ちぇー。あともうちょっとで白ちゃんとデート誘えたり、良い雰囲気になりそうだったのにー。」
グサッと卵焼きにフォークを強く突き刺し、悔しがるように怖い顔をして和輝を睨み続けていた。
「は? 何処が良い雰囲気だったの? 」
陽太を見ながら和輝は呆れた表情をする。
「だいたい、清水さんは警戒心なさすぎだよ。」
和輝が白を心配するのを他所に彼女は笑いながら大袈裟なと呟いた。
「やだなあ。おいしい食事に連れて行ってくれたりー、おいしい料理を作ってご馳走したりー、食べ物をくれる人に悪い人なんて居るわけないじゃないですかー。」
和輝は顔の表情がのっぺらぼうになるくらい衝撃を受ける。
仕事仲間でもあり同じ事務所で男友達の流斗みたいなしっかりした男が居るにしても危なすぎる。軽率な行動をする白に頭が痛い。
そう言えば三ヶ月しか過ごしてはいないが、地毛金髪姿の白も食べ物、食のことになると犬みたいに見境なしに和輝や他の人の傍を離れていた。
危害や変なことなど何もされてはいないが、白の気に入らない行動を見ていた他の新人俳優、役者さんらから取り囲まれて、からかわかれ、追い立てられ怖い思いなどしたはずだ。
子供にしてもいずれ大人な女性になれば、もっと違う危険な目にあってもおかしくない、
まさか。
本当に今、目の前に居る焦げ茶髪姿の白は、あの頃の地毛金髪姿の白、同一人物なのだろうか。
あのバカな危険な陽太は後に回し、白の様子を観察しよう。と和輝は思った。
一方、陽太はスマホで色んな女子達にLIMEトークの文章を一斉送信したいところだが、人数が多い、グループすら作ってない為、出来ないので考えた文章をコピペして、次々と付き合っている女子達一人ずつにLIMEトークに貼りつけ送信する。
唐揚げを頬張りながら、スマホ画面を指先でスライドさせ『ちはる』というアイコをタッチする。
他の女子と違って本カノの千春、彼女には同じ文章を貼りつけることが出来ない。
性格良し、家庭的で家事全般出来、部屋も綺麗。寝泊まりで過ごしても楽しいし、ほのぼのする。心が安らぐ。何より……。
彼女と一緒に寝ると寝心地が良い。
別に過激な性的行為はしていない。
千春とは優しいキスや身体を抱いたり触れたりしても、それ以上のことはしていない。
捨てがたい。相性も良い。
他の女子達は切り捨てても良いが。
ただ千春と結婚し家庭を築く気は全くない。
いつまでも執着心や束縛などされ家族になり、夫となり一生尽くすなんて冗談じゃない。嫌気がさしていた。
これを整理整頓し、新たな機会を作り、他の女子に乗り替えるのも良いかもしれない。
騙されやすくバカそうな上にミーハーそうな白なら、上手く手懐けるくらい好きな男に尽くすはずだ。
使えない。思い通りにならなければ、傷付けて、泣かして、再起不能になるくらい白を精神を追い詰めてやる。とフッ。と不敵な笑みを作る。
すると、白がキラキラと目を輝かせ陽太に近付き話し掛けて来た。
「わーあ! 堤さんのお弁当おいしそうですねー! カノジョさんが作ってくれたんですか? 」
陽太は、スマホ画面をテーブルに伏せて白と話す。
「ううん。自分で作って来た。」
「スゴーイ! 宝石箱! 」
タコさんウインナーにかウサギ耳に皮を綺麗に可愛いく剥かれたリンゴが入っている。
他にも食欲そそる食べ物が弁当箱に詰まっている。食べたい。
白がガン見していると、陽太は深く考えずに彼女に弁当のおかずを見せた。
「どれか一口食べる? 」
「良いんですか!? 」
白は迷いながらタコさんウインナーをもらいパクッと食べる。
「うまうま~! 」
和輝は和やかな二人の姿を近くで見てムカッと頭に来ていた。
( へー……。僕の弁当はスルーして陽太くんの弁当に食いつくんですか。 缶ケーキも分けてあげたのに。ほぉ~。 )
いや、そんなことはどうでもいい話か。
( だいたい僕に何か大切な話があるんじゃなかったんかい。 )
全然完璧に忘れているに違いないが。
( 僕だって暇じゃないんですけど。 )
和輝は白を同一人物と気付かない、知らないフリをしているが、流石に疲れてきた。
( つーか、食べ物くれる人だったら誰でも良いの!? 着いて行くの!? 見境なし!? )
小学生じゃないんだから。
いや、ちょっと待って。一応元ヤンで強いから警戒心はあるのかな。大丈夫な面はあるのか。
え。
そもそも白は今後、男の立川と付き合うかもしれないが、デートや今後の流れのステップ分かってるのか。
まさか。
デートって何をすればいいの。とか言い出したり、恋愛の流れを知らないのでは。
本当に流斗の言う通り仕事以外は、食べることや遊ぶことや推し活しか興味ないのだろうか。
にしても、何で今まで気付かなかったんだ。
自分も焦げ茶髪姿、白のCDアルバムに映画やドラマのDVD、BDディスクや写真集を買って持っている。しかもプレミアムで卓上カレンダーやミニマガジン、本などの特典付きの。
まずい。
これでは役者、俳優の自分のイメージに傷が付く。
このままでは女優、歌手へ推し活するヤバイ男ではないか。
どうすれば良いのか。頭を抱える。
芸能界の誰かに知られたら非常にまずい。
まだゲーマーやアニメオタクなど非難される方がマシだ。
帰れば、すぐ彼女のグッズ、全てブ◯クオフに売り飛ばしたりやメル◯リに転売するか。
高値に買い取れるし儲かるに違いない。
しかし。
じー。と白の様子を見るとやはり無理だ。可愛い。
和輝は顔をうつ伏せにして、自分が恐ろしい。
そんな和輝のことには一切考えず突然、白は陽太に頼み事をする。
「堤さん。あの、もし良かったら是非、私のお料理指導メンバーに入ってくださいませんか? 」
うさぎみたいに目をうるうるして陽太へ甘えるようにお願いアピールする。
「何かよく分かんないけどー……良いよ。」
陽太はニコッと笑いながら白の了承を得る、
「ありがとうございます! 」
やった。と白は喜び微笑むと和輝が彼女の片方の手首を軽く掴み和輝は空いている椅子を掴み、白を座らせるように促す。
「ちょっと座わろうか。」
「え~? 何ですか~? 」
白は首を傾げながら椅子に腰掛け和輝に尋ねた。
「何ですかじゃないよ。清水さん。何勝手にまた決めちゃってるの。」
「まあまあ。落ち着いて下さい。そこら辺のことは理くんに了承を得てますからー。大丈夫です! 私の家族にも後程伝えておきますです。台所使えるように交渉したり。」
和輝は白の家族を想像する。
白の母親や祖母はともかく祖父が怖い。
再会なんてしたら、竹刀かなんかで追いかけられ振り回されたりしないだろうか。
「どういう神経して、わしの孫娘の前に現れたー!! あ~!? コラッ!! 」
なんてことになったら非常にまずい。
命いくつあっても足りない気がする。
やはり料理指導講師する件、断ろうか。
しかし、いずれバレること。
新作映画が日本で全国上映や記者会見、宣伝などされる。
白はバカなのか。と和輝は疑問に思いながら深い溜め息をつく。
「男の人じゃなくて女の子も誘おうよ。」
「だから私、女優さんらに匙投げられたって言ったじゃないですか! 午前中に! 浅倉さん、酷い~! 」
白は頬を膨らませながら怒る。
和輝から見れば、今の彼女は本気で言ってるわけではない。
元ヤンなら、目がヤバイくらい怖いはずだ。
ある意味、白は演技力、役者として才能はあるのかもしれない。
が。陽太に秘密がバレても良いのだろうか。
彼女の思考が読めない。
「せめて陽太くんじゃない人にしてもらえると助かるんだけど……。
あ。理くんを誘いなよ。」
和輝からそう提案されるが、白はきっぱり断る。
「理くん、料理あんまり出来ないみたいで。仕事が忙しいみたいでして。」
「いやでも、それこそ逆に料理教室に一緒に参加した方が良くない? 」
そんな会話をしていると。
「ねぇ。和輝さんと白ちゃんの二人って、本当に初対面なの? 」
陽太が弁当の蓋を閉めながら白と和輝を見る。
「そうだけど。」
和輝は陽太の表情がキラキラニコニコ笑顔から、クールな雰囲気にがらりと変わるのが分かる。
「なーんかさあ。二人とも初対面で大した話も何もしてない割には妙に仲良いし。」
「午前中でまあ、ざっと親しくはなるでしょ。」
白は陽太と和輝、二人の険悪な雰囲気の中に割り込み場の空気を変えようとする。
「何も変ではないですよ。やだなあ。堤さん。」
「へー……の割りに、今日は和輝さん、よく喋るよね。」
和輝は無表情ではあるが、ピキッ。と陽太の言葉が癪に触る。
「は? 僕が人と、誰かと喋って何が悪いの? 」
陽太は和輝を無視して白の顔をくどいくらい何度も見る。
「それに気のせいかも知れないんだけど……俺、白ちゃんとは何処かで会った気がする。芸能界以外で。」
ギクッ。と白は動揺し肩を揺らす。
和輝は彼女とは違い、目を細め動揺することなく、自分の置いていたリュックを掴む。
「何を今更。」
すると陽太は立ち上がり、白の前に近寄る。
「あ。思い出した。
確か、俺が高校生の時、一時期……白ちゃん、和輝さんの付き人してなかった? 髪の色は金髪で。」
白は冷や汗もタラタラと額から流れる。
「それと俺が二十歳の時、道端で金髪のギャルか不良のJKの子が和輝さんの名前を呟いてて……。」
白は顔色がますます青くなる。
「まさか白ちゃん、その子と同一人物だったりしてー。」
陽太の言葉に白は立ったまま呆ける。
( ヒイイイ! バレた! 寄りによって一番バレたけない人にいいいい! )
和輝は深い溜め息を吐いて片方の肩にリュックを背負う。
「呆れた。君の妄想話には付き合ってられない。
やめなよ。陽太くん、憶測で言うの。清水さんが困ってるじゃない。」
白は、リュックをからう和輝を見て、慌てふためく。このままこの場所から去ってしまうのか。
帰らないでと、目をうさぎみたいにうるうるして訴える。
「顔色悪いみたいだけど大丈夫? 清水さん。また頭痛が振り返したんじゃない? 椅子に座ってなよ。」
白は陽太と違い、和輝が自分のことを同一人物だと気付いておきながら、未だに気付いてないフリをしつつも、助けてくれたり、心配してくれていることに申し訳なく思っていた。
( めっちゃ気使ってくれてる! 良い人だあ!! )
和輝は優しく白のキャリーバッグも引いて席を移動し、違うテーブルの椅子に誘導させ座らせた。
「ごめんねー。気分悪くさせて。」
陽太も自分のリュックを持って移動し、二人を追いかける。
白と和輝は、そんな彼をうざい。鬱陶しい。と思っていた。
「いいえ。」
白は陽太の異様な距離の近さに苦笑いする。
離れてほしい。と思っていると、和輝が自分のリュックを陽太の顔を目掛けてに素早く強く投げ付け、彼の身体をよろけさせる。
「ああ。ごめん。何か手が滑った。」
陽太は床に倒れ。自分の顔に直撃した和輝のリュックを退かし、手の平で軽く押さえる。
「さっきからマジで何なんスか!? 」
「いや、本当に手が滑ったんだって。 」
陽太は乱暴に和輝へリュックを投げ返し睨む。
和輝は陽太が白にこれ以上変なちょっかい出ないようにしようと二人の間に自分の椅子を持って来て座る。
陽太は護衛のつもりかよと思い、隣に居る彼にムカッと苛立つ。
「金髪の子なんて珍しくもないし、三人に一人は似てる人居るって言うし。気のせいじゃないの? やめなよ。変に詮索するの。」
和輝は真顔で感情的にならずに冷静に陽太へ注意した。
けれど陽太は鼻で笑いながら和輝に挑発させるような言動を呟く。
「とかなんとか言っちゃってさあ。和輝さんだって、実は白ちゃんが気になってるクセにー。」
白は陽太と和輝の二人を見ながら、いつの間に彼らは険悪な雰囲気になっているんだろうと混乱する。
陽太は刺々しい言い方で和輝に話し続けた。
「そうじゃないとそんな急に人が変わった過保護みたいにならないっしょ。」
和輝は水分補給取りながら、しつこいと感じていた。陽太は白に執着しているのか。と思う。
「バカなこと言わないでよ。僕の義妹の彬並みに清水さんは妹、あるいは後輩としてしか見えないよ。」
陽太は和輝を見ながら顔をひきつらせる。
「え。和輝さんって、シスコンだったの?
チェリーにシスコン? ヤバいしハズーッ。」
「誰がチェリーにシスコンだよ。」
しかし、和輝の話には耳を聞かず、彼の頭をテーブルに軽く手で押し付け白を見た。
「あれ~?」
「ぶっ! 」
陽太はテーブルの上でもがく和輝を無視して白の服の袖に髪の毛が付いていることに気付く。
彼女はすぐに陽太が教えてくれた部分の袖を確認した。髪の毛は確かに一本付いていた。
「わざわざ教えてくれて、ありがとうございます。……っ!? 」
髪の毛を摘まむと焦げ茶髪ではなく金髪だった。しかも異様に長い。
明らかに白の地毛金髪の一本だった。
そういえば休憩所のトイレに行った際、カツラを取り替えた。おそらく、その時に長い金髪が落ち服の袖に付いたのかもしれない。抜け毛として。
陽太はチャンスと思い、再び白に尋ねる。
「白ちゃんって髪色、焦げ茶だよね? 何で金髪が付いてるの? しかもスゴい髪の長さだし。」
彼女はボロを出さないようにしようとする。
役者の演技力の見せ所だ。
カメレオン俳優の実力を発揮して乗り切り陽太を負かすと白は燃える。
そんなことを考えていた白の様子を見ていた和輝は大丈夫だろうか。と密かに心配していた。
白は流斗の演技を真似て、いや、参考にして演じてみよう。
よく彼はたまに白の前では怒っていたりツンツンしている嫌なヤツだが、バラエティーなどでは子供っぽいイタズラや茶々をいれたりする中学生っぽい無邪気さ、ニコニコと笑ってはいるが冷静沈着な部分があるのをイメージし演じる。
「この長い金髪の髪は私じゃないですね。舜くんです。さっきまで私と近くで話していましたし。金髪でしたし。」
「確かに金髪だったね。でもさあ。舜くんの髪の長さより、この髪の長さの方がより長くない? 」
「気のせいですよ。舜くんの髪がたまたま私の袖に付いてたんです。」
「舜くんの髪の毛ねー。」
くっ。早い。陽太の話し方はそんなに早口ではない普通なはずのに、これでもかと早く切り返しの言葉が飛んで来る。
白は陽太と話すのがこんなにも疲れるものだったけと思う。
それに流斗ってこんなヤツだったけ。白が見る彼とはイメージがかけ離れてる。
やはり流斗もなんだかんだ役者なんだなあ。と染々と感じる。
「ちょっと見せて? 」
我に帰ると陽太から髪を渡すように言われる。
髪の一本くらいで何か進展するわけがない。白は陽太に渡す。大丈夫なはず。そう思っていると彼は白からもらった一本の髪を鼻歌を歌いながらチャック付きビニール袋に入れる。
「な、何してるんですか? 堤さん。」
白は演技力を中断し素に戻り陽太に尋ねた。
「DNA検査するんだよ。」
陽太は小悪魔的な笑みで彼女に言う。
「焦げ茶髪姿の白ちゃんと金髪姿のしろちゃんが同一人物か確かめるの。」
白は彼のその言葉に動揺し顔を引きつらせる。
「今持ってるこの長い金髪の髪と、焦げ茶髪の白ちゃんの髪を一本、俺の家に閉まってある俺が二十歳の時に会った金髪のしろちゃんの髪を調べれば同一人物だって分かるはずだよ。
まあ、今目の前に居る焦げ茶髪の白ちゃんの髪がカツラって可能性もあるけど。」
そして陽太は今居るが焦げ茶髪姿の白に近付き横髪を優しく少し手で掬う。
「という訳だから、白ちゃん、髪一本ちょうだい。」
小悪魔的な微笑みな陽太に白は、ゾクッとしバシッと強く彼の手を叩き振り払った。
そしてテーブルに顔を押し付けられている和輝を陽太の手から引き離し和輝の背中を盾にして隠れる。
「断固お断りしまーす。」
和輝はぶつけた額を摩り、目の前での二人のやりとりを見て、陽太の行動にドン引きしていた。
「っ……。だからやめなよ。陽太くん。」
陽太は拗ねながら彼に問う。
「和輝さん。何でそんなに今居る白ちゃんを庇ってるんですか? 会いたくないんですか? 金髪の白ちゃんにー。」
和輝は彼にそう言われると、自分の背後に隠れて怯える白をチラッと見る。
彼女は陽太へ警戒心剥き出しで彼を睨んでいた為、和輝には目線を向けてなかった。
「そ……。」
会いたくないんですか。と陽太に問われ、和輝は会えるものなら会いたい。と心の中で思う。
だが、憶測にすぎないし断言は出来ないが、背後に居る焦げ茶髪姿の白が昔会った地毛金髪姿の白。同一人物かもしれないと感じる。ここに普通に居るような気がする。が、間違ってたら痛い。
和輝は陽太に向き直り言葉を返した。
「それはともかく。」
休憩所の周りに居る皆は和輝の意外な答えにざわざわと小声で呟く。
「今、誤魔化した? 」や「誤魔化そうとしてる? 」だの男性側の声が聞こえる。
「実は会いたいんだー。」や「過去の人と再会したいなんて……実は思っている浅倉さんって意外とロマンチストの人なのかしら? 」と小声ではあるが黄色い声も上げる一部の女性側達も居た。
白は周りの人の声が何かやけに騒がしいと感じながらも、自分の前に立つ和輝が一体何を考えているか分からず首を傾げる。
和輝は冷静に陽太へ言い返した。
「本当に人違いだったらどうするの? それにそのやり方が悪質だよ。」
しかし、陽太は和輝の言葉には聞く耳を持たないで彼の背後に隠れる白に近付く。
「疚しいことないなら髪の一本くらい渡せるよね? 白ちゃん。 」
和輝は自分を無視する陽太に苛立つ。
自分から聞いて来ておきながら、何なんだ。
「陽太くん、人の話最後まで聞いてた? 」
白は和輝の隣に立ち、はっきりと陽太に向かって言う。
「堤さん、ごめんなさい。キモイです。」
和輝は頷く。その通りだと。
白は静かに怒りながら続けて言う。
「疚しいことがあろうがなかろうが、こんな人前で、はい。どうぞ。って平気で渡せるわけないじゃないですか。」
彼女は腰に手を当て反対の手では髪を軽く掻き呟いた。
「それに根拠がない上に憶測で、私の髪がカツラだとか、本当は金髪だとか、同姓同名じゃなく金髪の子と同じ人、同一人物だとか言うの止めてください。
私は生まれ付き地毛焦げ茶髪です。
堤さんとはこの業界に入ってからしか会ったことないし、浅倉さんとだって今回が初めての共演、初対面です。」
と白は言いきる。
「言うねー。はっきりと。やっぱり面白いね白ちゃん! 」
陽太は笑いながら白を興味津々に見つめる。
白は表顔は動揺してはいないが内心では心臓がバクバク高鳴っていた。
( まずい! まずい! まずーい! 自分の発言した言葉に痛い! それにまだ痛い! 和輝さんの視線が痛すぎる! )
和輝へ先にカミングアウトするはずだったのに、よりによって陽太に早くバレてしまうとは。
( ダメだ! どっか場所を変えて言わないと! )
◆
DNA検査の結果が明るみになり世間に知れ渡りゴシップネタにされ和輝の耳にもし入ったら。
「そんなに僕、信用されてなかったんだ。
二度と会わないとか言っておきながら、芸能界に居たんだ。僕にずっと嘘付いてたなん……騙して楽しかった? ガッカリだよ。失望した。君のこと信じてたのに。裏切られた気分。」
と言われるに違いない。
陽太には小悪魔的な微笑みで絶対こう言われる。
「君が一番ライアーだねー。白ちゃん。」
気が付くと色んな人達が白を指を指して言う。
「うーそつき。うーそつき。」
「ライアー。ライアー。」
白は顔色が悪くなり困惑する中、流斗が白の背後に現れる。
彼女は彼の方へ振り向き尋ねた。
「流斗はオレの味方だよな? 友達だよな。」
地毛金髪姿で白は流斗に話し掛ける。
「友達? は? んなわけないだろ。
俺とお前は事務所が一緒で同期、役者仲間としか思ってねぇよ。
正直、ずっと迷惑だと思っていたし目障りだったんだよ。あの日から。
お前と一緒に居ると俺にも火の粉が降って来て仕事に支障や出演が減るだろ。」
白が知る流斗とは思えない今までにない酷い言動に冷たい態度に目が白目になる程ショックを受ける。
「二度と俺の周りをうろちょろしたり家に出入りするな。ストーカー女。」
そう冷たく白い目で流斗は白を見て、去って行く彼の姿を見て怒りが込み上げた。
「おい! 誰がストーカー女だ!
あの日から迷惑や目障りだと思ってたんなら、はっきりと嫌だと断れば良かっただろうが! 」
白は流斗の背中を追いかけ、飛び蹴りしたり物を沢山投げ付けた。
興奮し息を荒く吐いていると白のマネージャー、翠が現れ、事務所を出て行くように、解雇を言い渡された。
「白、事務所の契約継続更新は白紙になったわ。契約解除。どうやら、ここまでのようね。白。さようなら。」
最後には芸能界の関係者全員に白は指を指されこう告げた。
「お前を芸能界から永久追放する。」
白は頭を抱え目を瞑り叫んだ。
「そんな~!! 」
◆
あくまでも白の空想である。
「ははは……永久追放……。」
白は暗くなり勝手に一人で落ち込む。
まだ何も進展は起こってないというのに。
( ピーンチ! 白マジピーンチッ! それにこんな状況じゃあ、和輝さんに言う以前に堤さんがあることないこと言い出すぐらいなら未だしもSNSに写真添付されて拡散されたら終わりじゃん! )
白は焦ったり、悲しい表情など落ち着きのない百面相をしている彼女を和輝は見ながら苦笑いする。
( 車内でスマホを見た内容と大して変わんないと思うけど。 )
和輝は陽太の持つビニールを取り上げ、ゴミ箱に捨てた。
「まったく、くだらない。」
陽太に簡単に見つからないように奧に入れる。
「ああ! 和輝さん! 何するんですか!? 」
陽太は彼の身体を強く突飛ばした。
「普通に不愉快だったから。」
和輝は陽太に押され近くにあるテーブルの角に身体が強くぶつかり痛そうに背中を摩る。
「ありがとうございます! 浅倉さーん! 助かりました! 」
白は和輝へ申し訳なさそうに思いつつも感謝の気持ちを伝える。
「人として当然なことをしたまでだよ。」
和輝は真顔で大したことはしていないと白に伝える。
( 良い人だあ! 和輝さん、やっぱり良い人だよ! )
焦げ茶髪姿の白の微笑みを見ながら和輝は地毛金髪姿の白が本当に居るみたいに感じた。
思わず昔みたいに危なっかしい幼い地毛金髪姿の白を今居る焦げ茶髪の白を重ねて見て、保護者みたいに過保護感が出てしまう。
妹とか娘みたいに母性父親ハイブリッド並みに心配してしまう。
しかし、こんなのは自分らしくない。
これでは白にだけ特別に優しく接して依怙贔屓をしているみたいではないか。
和輝は左右に顔を振り、軽く気持ちを落ち着かせようと軽く一度喉を鳴らす。
「それより陽太くん、本当に君、清水さんをどうしたいの? 」
和輝は陽太の異様な白への執着に不思議がり尋ねる。
すると陽太は白の背後から優しく抱きしめて白の頭に顎を乗せた。
「そりゃあ、もっちろん! 可愛がる為だよー。俺のことしか考えられないくらい愛し貪るるよ。」
白は陽太の抱きしめる腕や顎を離らかそうと手を使って抵抗する。
「気安く触らないでください。離してっ。そして頭が重い。」
陽太は白の髪で遊びながら呟く。
「今までさあ。似たような女ばかりで飽きていたところだったんだよ。
んで、今朝路線変更で白ちゃんみたいな簡単に男に靡かない女を落とすのも面白いかなあ。って。」
髪を気安く触るなと陽太の手の平を叩き白はツッコむ。
「あのですね……っ。そもそも私には付き合う予定の人がいるんですけど。」
「どうせ口約束でしょ? 」
白の匂いを嗅ぎながら陽太は良い匂いと呟く。
「嗅がないでください! 」
肘で強く陽太の身体を突き飛ばし、彼の足も強く踏んづける。
白は何とかして彼から距離を取りたい。しかし、逃がさないというように肩を寄せる。
「今居る白ちゃんが過去の金髪白ちゃんなら……尚更面白いし。」
「あなたにだって他のカノジョさん達いっぱい居るでしょう!? ナンパ浮気する男なんて願い下げです! 」
白は陽太の腕を掴み、おもいっきり噛みついた。
陽太は白に噛まれて痛そうな顔をして手首をぷらぷら振り、笑い彼女へ呟く。
「照れ屋さんだなあ。」
「違います! あの状況で私があなたに照れるわけないじゃないですか! 何言ってるんですか! デタラメを言わないでください! 」
白は近付くなと陽太に威嚇し、空手や合気道に格闘、ボクサーなどあらゆる技を手の動きをし、実は強いんだぞアピールする。
しかし、陽太は怖がる様子がない。
ニコニコキラキラ爽やかに笑う。
「本当に面白いし、可愛い。俺、そういう強気な白ちゃんも好きだよ。」
「近付くなって言ってるでしょ! 」
白は流斗のリュックを掴み中身の物を取り出し陽太に投げ付けた。
その二人を見て、過激だなあ。と思い和輝は目を細め呟く。
「清水さんが過去に僕達と会った白ちゃんなわけないじゃない。小説や漫画じゃないんだから。」
そう和輝が陽太に伝えると彼は驚いた顔をして振り向く。
「わー。和輝さん、意外と冷たー。おまけに酷いわキツいし傷つくー。ね? 白ちゃん。」
陽太は白の方を見ながらニコニコキラキラ爽やかな笑みで返事を返して来た。
「何が、ね? ですかっ。」
白はツッコミを入れる。
「僕は……あの子とは、もう二度会わないと約束したんだ。」
和輝は呆れるように溜め息を吐いて床に落ちた流斗の品を拾いながら言う。
「清水さんが本当に金髪の白ちゃんなら、僕に何か一言くらい言いに来ると思うよ。」
白は和輝の言葉にギクッと動揺する。
陽太は隣に居る白を見ながら和輝に呟く。
「まあ、確かにそうかもだけどさあ。
和輝さん。白ちゃんはちゃーんと今、目の前に居るじゃん。何言ってるの? ウケるー。」
陽太は笑いながら和輝に近付き彼の頬を指でツンツンといじりからかう。
和輝はパシッと軽く陽太の手を払い、拾った中身をリュックに入れ終わるとファスナーを閉めて流斗が座っていた席に置き直し、白の前にまた護るよう立った。
「とにかく、清水さんは金髪の白ちゃんとはまったく関係ない人なんだから彼女から離れなよ。嫌がってるじゃない。」
「和輝さん、まるで今居る白ちゃんと過去の金髪姿の白ちゃんを重ねて見て、昔みたいに保護者並みの過保護的な態度だよね。」
和輝は真顔ですぐに否定する。
「何か勘違いしているみたいだけど、それは君の態度には目に余るからだよ。」
陽太は「ふーん。」と呟くが、普段の和輝とは明らかに違うのは明白だった。彼はどうかしている。
「ま。いっか。」
自分も人のことは言えないが、どうかしてると思う。
地毛金髪姿の白のことさえ思い出さなければ、今居る焦げ茶髪姿の白をもっと簡単に振り向かせることが出来たかもしれないのに。
正直、白の二つの姿が同一人物で自分の知り合いとなると他の女性達みたく上手く事が運ばないはずだ。振り向かせる難易度が高くなるのも間違いない。
しかも、意外に彼女の周りには邪魔な男や女達が多い。
今までのように人気のない場所に連れて行ったり、ラブホやビジネスホテルだも連れて行けない。一番痛いのは自分の家、部屋に招けないことだ。
酒など飲ませて酔い潰れさせて、自分の部屋あるいは相手の女性の家に連れて行き、お互い酔い気が合い合意の上でセックスし、朝が来て、相手が目を覚ますと男が一緒に寝ていて、実は昨夜にヤッてしまったんだ。という既成事実方向に持って行くことも出来る。
だが実際、陽太は酒に酔いすぎ眠り意識なくした相手には何もせずベッドに寝かし、隣に寝るだけだ。本当は一回もセックスをしたことはない。
相手にはそう思わせて付き合い、キスや身体を抱きしめ、淫らになる行為はするが。
本気で相手を好きになったこともない。
本当のカノジョである千春だってそうだ。
それでも他の女性達より彼女の側に居るのが安心で、同棲生活しているわけだが。
白のような見かけは天然そうに見えるが素朴で天真爛漫、活発な上に強気で警戒心がありガードが固いイレギュラータイプの女がそんなに簡単に他の女性達みたく陽太の罠に引っ掛かる訳がない。
それにいつあのクズ父親が息子、陽太の家に訪れたり、陽太と付き合っているカノジョらの前に突然現れたりするかも分からない。
自分の思い通りに事が運ばないことにイライラする陽太は、出来るものなら今居る白を今すぐに強引な手を使ってでも彼女を手に入れて、可愛いがって、幸せを感じているとこをぶち壊し傷付き泣かせて無茶苦茶にしたい。と病気的な衝動に駆られる。
しかし陽太はグッと気持ちを押さえ、和輝や白、周りの皆に気付かれない見られないように水分補給を取るフリをして薬入れに入れていた精神安定剤を取り破り口に入れ水を流し込み飲んだ。
そして気持ちが落ち着き安定すると、彼はニコニコキラキラ爽やかな微笑みで白に近付く。
「白ちゃん。さっきはごめんね。怖い思いさせて。」
白は和輝に信頼信用し懐いているのか彼の背中に隠れ警戒し陽太を睨む。
「て、無理もないかー。」
陽太は仕事モードなら効果あるか。
先程のふざけたり、からかったり、口説き女誑しのようではなく、誠実で謙虚な態度をとる。
「本当に何もしないよ。
白ちゃん、ちょっと廊下で二人っきりで話そうか。仕事のことで。」
白は未だに陽太に警戒しているようだが、仕事上なら仕方がない。
和輝に頭を下げて少しの間、席を外すと告げて離れ陽太の背中を追い掛けて着いて行く。
そして防犯カメラも設置されてなく、人が居ない廊下に着き、話し出す二人だった。
「それで?仕事の話とは? 」
白は陽太に尋ねる。
すると彼は仕事の話ではなく、先程の今居る焦げ茶髪姿の白が実は過去の地毛金髪姿の白、同一人物ではないかとまだ疑っている話だった。
「和輝さんは騙せても、俺は騙されないからね。」
陽太は壁に背中を付けて腕組をし立ち白を見、 小悪魔的な微笑みで言う。
「スゲーびっくりするくらい可愛いくなってんじゃーん。」
白はしつこい上に諦めの悪い人だな。と思い目を細め陽太の話を聞く。
「わざわざ俺に会いたくてわざわざ芸能界へ入って来るなてねー。嬉しいなあ。」
ピキッと彼の言葉に苛立つ白。
「誰がテメーに会いたくて芸能界に入った!? デタラメ抜かすんじゃねぇよ! 勘違いも甚だしい! ……はっ! 」
しまった。白は慌て口元を手の平で覆う。
髪色は焦げ茶姿なのに女らしくない男みたいな口調で話してしまった。
だ、誰にも聞かれてないよね。と焦り廊下を左右に確認する。
だが油断してると陽太がいつの間にか白の隣に現れ肩に腕を回し自分の身体に彼女を優しく引き寄せる。
「てっ。馴れ馴れしく、オレの彼氏でも何でもねぇのに気安く抱き付くんじゃねぇ!
こんなとこ誰かに見られたら、流斗に理や和輝だ他の仲良くしている役者さんらに誤解されちまうじゃねぇかよ!
それにテメーは自分の、他のカノジョ達に誤解されても良いのか!? 」
白は陽太の腕を強く振り払い、距離を取りながら隠すことなく敬語ではなくタメ口で話す。
「俺は構わないよ。誤解されても。」
また気が付けば白が壁に追い詰められ彼から壁ドンをされ迫られる体勢になっている。
「っ……あのなっ。テメーこんな事して何が楽しいんだ? 」
今の今までまったく陽太は白自身に対して、数々の女性達みたいに口説くようなことはなかった。役者としてや演技にあたってのアドバイスや指導などしてくれた良い人で尊敬仕掛けていたというのに。一体どういう心境の変化なのか。
口説くにしても何故今日なのか。
おまけに白の秘密が和輝ではなく陽太にバレかけているではないか。タイミングが悪すぎる。
白は照れもせずに胸キュン壁ドンをする陽太に呆れて溜め息を吐いた。
そんな彼女の反応を見、陽太やっぱり靡かない。ダメかとガッカリし、彼女から距離をとった。
「それとも和輝さんに会いたくて入って来たの? 」
「同じく違う。それから言っとくがな、オレ……っ。」
ヤバイ。素の自分、地毛金髪姿の白で話してしまった。
口を閉じ、両方の手の平で覆う。
今は焦げ茶髪姿だから普通に素朴、謙虚に振る舞わないと。
「ではくて……私は堤さんが出逢った金髪のしろちゃんじゃありませんから……。
浅倉さんと付き人していたのも、違う同姓同名の金髪の白ちゃんって子であり、私じゃないですから。人違いです。」
白は、ツンと冷たい目で陽太を見る。
流斗みたいに怖い目付きでガン付けるわけでもなく普通に静かに怒る。
「まだ誤魔化すつもりなんだ。流石、カメレオン女優。」
陽太は白の隣に立ち壁に背を付けて会話し続ける。
「でもさあ。流石に今度の新作映画収録はまずいんじゃないの?
金髪の姿で現れたら昔のこと、終わったことをほじくり返す人達とか出て来ると思うよ。きっと。
今やSNSでどうにでも簡単に発言発信してコメントしたり拡散、デマなど好き勝手に噂を流してゴシップや誹謗中傷して見えない相手をことごとく叩くご時世だからね。
その人だけ叩くなら未だしも周りの人にも何かしら影響受けて騒がれて迷惑がかかるかもよ? 和輝さんだって例外じゃないよ。」
陽太に言われなくったって、そんなことは重々承知している。
白はSNSに似た嫌がらせをされたのを一度、十七年前に経験している。痛いほどに。
「大丈夫です。ご心配なく。
いざとなったら、また私だけが泥を被ればいいだけの話ですので。」
白は自分のことはともかく当時、和輝はどうしていたのだろう。
十七年前、ちゃんと面と向かってではなく、一方的に白から電話を掛けて別れを告げ、彼から背けて逃げた。
あの後もきっと彼は嫌がらせ手紙やマスコミとかにが押し寄せて来ていたに違いない。
白は十七年ぶりに和輝と再会したが、彼のことは一番よく分からない。
陽太と同じく白の秘密、焦げ茶髪の白と過去の地毛金髪姿の白が同一人物だと気付いているのか、そうではないのかすら分からない。
白は和輝が優しく庇ったり助けてくれたり、心配してくれるのは嬉しいが……それは、女優の焦げ茶髪姿の白として見た上でなのか、それとも過去に別れた地毛金髪姿の白として見てなのだろうか。どっちの姿も自分には変わりないし、どんな理由があろうとなかろうと、彼にそんなことをされる道理はないのに。
そう思っていると隣に立っている陽太が、白の腰を優しく抱き引き寄せる。
「あの、何の真似ですか? 」
白は引きつった表情で陽太を見る。
「ねぇ。やっぱり俺と付き合おうよ。
君にどんな秘密があったって、俺は気にしないし、嫌いになったりしないよ。
ゴシップネタにされたり、熱愛報道になって騒がれたりしても、守ってあげるよ。」
陽太は白の顎に手を掛け頬を優しく指で撫でて彼女の瞳を見つめ、真剣に思いを伝える。
「コラッ! 離れてくださいっ。何を考えてるんですかっ。」
白は陽太に対し身の危険感じ顔を真っ青にし、すぐにもがく。
陽太は彼女が自分よりも和輝を信頼信用している様子なのは一目瞭然だった。
あんな十七年間も白を放置していた男が、再び再会したら何事もなかったような顔をして、白と親しくするなら未だしも自分は彼女の親や保護者みたいな顔しているのが腹が立つ。
和輝が仕事上ならともかく今後もプライベートにまで白の傍に関わり居ると正直邪魔だ。目障りだ。
陽太は今誰もいない二人っきりの廊下で白をどうにか自分に意識させようと考える。
( この子の心を傷付けてズタズタして泣き崩れてドン底に突き落としていいのは……俺だけでいいんだよ。 )
陽太は自分の顔を白の耳元によせ近付き彼女の耳朶にカプッと甘噛みした。
白はビクッと震え陽太の腕の中でもがき、声が漏れないようにし耐える。
彼は顔を離すと彼女の反応がどうなのか確認したく表情を見た。
すると白は顔全体を茹でダコみたい真っ赤にし陽太の身体を強く突飛ばす。
指を指すのは悪いことだと思いつつ彼を指し、口をパクパクしながら驚き興奮し怒鳴った。
「んなっ! ななななななっ! 何するんですか! イケメン俳優だからって調子に乗らないでください! 」
白は陽太を睨み言う。
「一体何が目的ですか! 」
陽太は爽やかな微笑みではなくクールに話す。
「何をって……俺がどれだけ君を本気で好きなのか分からせる為にしたんだよ。口先ばかりじゃ伝わらないと思ってね。からかってなんかいないよ。」
白は、嘘つけ。信用ならない。と心の中で呟き、目を細め彼を見る。
「でもやっぱり面白い。白ちゃん。ますます気にいったよ。」
陽太はさりげなく白の手を優しく握る。が、彼女は呆れた顔で手を振り祓い腕組みをしフンッ。とそっぽを向く。
「そうですか。そうですか。良かったです。
何が面白いのか私にはさっぱり分かりませんけど。」
白くだらない時間に付き合わされたと思い、陽太の身体を避けて去ろうとする。
しかし、そう言えば話が逸れていたと気付き途中で立ち止まり、彼の方へ振り返った。
「とにかく私は、あんな顔も見えない人達のSNSとかのコメントなんかに振り回されたり、週刊誌や報道記者、テレビ局の人が押し寄せて来たって……業界の人に何を言われたとしても、絶対負けません。」
白は陽太にそう伝えた。
「それと最後に言っときますけど、誰でもあなたに靡いて落とせると思ったら大間違いなんですから!
私は、他の女性達みたいには騙されないし、あなたなんか絶対好きになんてなりませんから。
私のことも暴露したかったら、どうぞご勝手に。」
そして白は早歩きでトイレに向かって去って行った。
陽太はスゲー女と思いながら笑う。
そう思う反面、やはり今まで付き合って来た女性達より白はイレギュラーで思い通りにならない扱いにくいタイプだ。面倒くさい。
焦げ茶髪姿では天真爛漫で、優しく、素朴でもあり、天然っぽく、弱々しく危なっかしい部分が感じられる。が、地毛金髪姿の方はまた真逆で男勝りな上に強気で活発、言葉使いも汚い。乱暴な部分もありそうだ。本当に同じ同一人物かと思えないくらいだ。しかし、それを今まで匂わせなかった白は流石役者だと感じる。
十七年前、短い期間だったとはいえど和輝の付き人をしながら、きっと彼に芸能界での厳しさや色々叩き込まれていたに違いない。
だが、どう転んだらあそこまでグレるのだろう。自分も人のことは言えないが。
和輝は誠実に白と接し教育したのではないのか。
そんな良い彼を蔑ろにしている彼女を和輝は何故平然と許している。それどころか何だあの無表情な割りには何処となく嬉しそうな雰囲気は。何かムカつく。
女に興味ない。しばらく付き合わない。一人が気楽だのほざいていたクセに。自分で言ってることとやってること無茶苦茶ではないか。彼はあんな男だったか。分からん。
まあ、和輝が白をどう思っているのか知らないが、こっちには関係ないし興味もないがと陽太は思う。
だが和輝の大切していた人、白を奪うことは諦める気はなかった。
だって彼女は和輝のものでも誰のものでもないわけだし。
自分が白に、女に手を出すのは悪いことではないはずだ。
じゃじゃ馬だろうが所詮は女。時間をかけて飼い慣らし惚れさせ好意を寄せさえすれば他の女性達と一緒で同じように落ちて男である自分に執着する。そうに決まっていると陽太は考えていた。
すると廊下の通路の角からピョコッと小さい何かが顔を出し、陽太の足元に来る。
『陽ー! 』
「ごはん。ダメだろ。リュックから出て抜け出したら。」
腰を低く落とし、陽太は自分の足元に居るハリネズミのごはんを優しく手の平で包み持ち上げる。
ごはんは陽太の手の平の中で彼に必死に話し掛ける。
『ごめんなさい。だけど、気になってさあ。
もう。何やってるんだよ。陽。いつもより下手くそな口説き方だったよ? なってないよー。まったく。 』
が、動物の言葉が分からない陽太は、ごはんの背中を指で優しく撫でながら呟いた。
「しっかし、初めて何度もフラれちまったなあ。今日はどうも調子が悪いみてー。」
『そりゃそうでしょ。』
ごはんは呆れて溜め息を吐いていると、陽太はスマホで千春のLIMEトークにメッセージを打つ。
「萌えるねぇ。だけど世の中はそう甘くはないし、強い人間も居ないんだよ。白ちゃん。」
陽太は、小悪魔な微笑みで呟いた。
でも彼の瞳や心は荒んでいるように見えた。
そんな中、距離はあれど曲がり角の廊下通路の壁際に背中を付けて聞き耳を立てたり、羽奈は自分のスマホで白と陽太の会話や姿を動画撮影していた。
流斗と別れた後、まさか白と陽太の二人と鉢合わせしそうになっていた。
声を掛けようとしたが、普段と違い、何やら二人の様子がおかしい。
気になる。
白と陽太にバレない気付かれないように、壁際に隠れスマホを取り出し動画撮影開始し、スマホレンズで二人の様子を撮す。
撮影が終わり、白が彼女の居る曲がり角の通路廊下を通るが、羽奈が居ることには気付かずトイレへ駆け走って行った。
スマホに録画した映像会話を聞く為にイヤホンコードを刺して耳に付ける。
会話はほとんど聞こえないが、陽太に抱きしめられている白の姿を観る。
「白……いつの間に堤さんとそんな関係に~!? ヤッバーッ! 」
小声で一人はしゃぎ興奮する羽奈。
「これって少女漫画のお約束の四角関係じゃない!? 」
白を、好きな一人の女を取り合おうとする立川に陽太と流斗の恋敵構図を想像する。
急な白の恋発展展開に羽奈は面白く感じていた。
その一方で、白は女子トイレでカツラを取り、陽太に軽く耳を甘噛されたところを洗面所に設置された石鹸を付けて優しく洗っていた。
( 危ない! 危ない! 危ない! まずい! まずい! まずーい! )
白は鏡で確認しその耳に水を垂らし石鹸を洗い流す。そしてハンカチで濡らし耳を拭く。
( あの人っ、恋愛乙女ゲームに登場する危険なキャラかよ! )
何考えてんだあのヤロー。と心の中でドついた。
( イケメンの特権かよ! ああは言ったが、思い出したら何かドキドキしちゃってるし! バカか私は! )
カツラを被り直し、身体全体の何処かに地毛金髪が付いてないかや、きちんとカツラでカムフラージュが出来ているか鏡で確認し、安堵する。
( 堤さん、絶対に私のこと遊んでる! からかってるに決まってるんだから!
飽きて入らなくなった玩具みたいに捨てるタイプよ! )
白は鏡を見ながら改めて自分の顔を見つめる。
顔の頬が赤い気がする。
まさか、さっきの陽太の耳を甘噛みされたことで意識し好きになりかけてるのではないのか。冗談じゃない。
「き、キスじゃなくて良かったー。いや、耳を甘噛みされたのも良くないけど……。」
今日は朝早くから騒がしい出来事ばかりだ。
陽太は立川よりも危険な男。
あまり関わりたくないが陽太とはこの後、ウェディング雑誌撮影がある。
陽太に絆されたり、追いかけられ、振り回される人生なんてごめんな上に、いくらイケメンで推し俳優でも積極的に何度もプロポーズされるのは苦手だ。
お願いだから平和、平穏に他の人、女性と好きなだけイチャラブして自分に構わないでほしい。と思った。
「一体、堤さん……どうしちゃったのかな? 」
まさか本当に今後、しつこいくらいプロポーズされたりするんだろうか。または白の秘密を週刊誌に売る気だったり。
嫌なことを考えると不安が募り、顔色が一気に真っ青になる。
「どうしたといえばアイツもアイツよ! 肝心な時に頼りにならないんだから! 」
白はトイレから出ると休憩所へまた足を運ぶ。
すると、流斗が喫煙ボックスから出て来てまた、先に戻って来ていた陽太と和輝、二人と話していた。
「べ、別に何もないですって。」
白が流斗を見つけると背後から叫ぶように声を掛ける。
「流斗! 」
「うわっ! 驚かすなよ! バカ! 」
振り向く流斗の顔を見ると白はこの世の終わりだ。と言う顔で泣く。
ギクッ。と流斗は動揺する。
「なっ、何だよ? ど、どうした? 」
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