不透明な奇蹟

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第1話

過去と今(6)

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                 6

 白は意外に裏の顔である地毛金髪姿の自分を封じ表の愛嬌あり大抵は誰からも好かれるムードメーカー的な焦げ茶髪姿の表の顔の演技をして人に気を遣い疲れが出ていた。
 ああ、気を遣わないでいられればどんなに楽だろうか。
 言えるものなら今すぐ言いたい。
 が、地毛金髪姿の自分が話題になり流斗はともかく陽太と和輝の仲が険悪な雰囲気になりそうになっていた。
 再び何処かで会って話し合う前に本当にお互いが喧嘩したらまずい。そんなことになったら完全に自分のせいではないか。
 とにかくこの地毛金髪姿の自分の話題から上手く反らせ違う話題に切り替えないと身が持たない。
 それか翠からの連絡が来るのを待つしかない。
 するとその彼女から電話が掛かって来た。
( 待ってたぜーい! )
 白は席を外すと声を掛けて廊下に出た。
 そしてすぐに休憩所に戻って来る頃は、スキップと鼻歌を口ずさんでいた。
 流斗は目を細め白の様子を見ながら呟く。
「何だ? めそめそ泣いてたかと思えば、怒ったり、明るくなったり、今度は気持ち悪いデレデレ顔しやがって。百面相かよ。いいねですね。一人で楽しそうで。」
 白は嫌みっぽく言う流斗に眉がピクッと片方だけが動きカチンッと頭に来て怒りそうになるところだったが、自分の好きなアイドル達の顔を想像し、ニヤる。
 ここで下手に怒れこれば地毛金髪姿の自分の本性がバレてしまいかねない。
「ふふーん。今は許す。
 今日の私はついてるからね!
 仕事はハードスケジュールだけど、今夜の歌ステでへーセーSKYLITE9スカイライトナイン! のメンバーの舜くんに会えるしー。さっきもそこであったんだけどー。
 他にも事務所に所属している男性アイドル達が出演するんだよ~! 」
 黄色声を上げて興奮する白に流斗は目を細め白い目で見て呆れる。
「お前、絶対街に出たらイケメン以外には目が眩まず、一般人の平凡男性らの顔はスルーして、ときめかない靡かないタイプだろ。」
 そんな彼の言葉には無視し、陽太は白に話を合わせようとする。
「俺も好きだよ。シャインジュエリーメンズ。」
 爽やかな笑顔で言う彼に流斗は眉を片方ピクピクと動かしながら陽太の言動一つ一つにイライラする。
「嘘をつけ。嘘を。」
 和輝は流斗の方をポンポンと軽く優しく叩きながら落ち着かせる。
「まあ、まあ。」
 陽太は二人には構うことなく白と気さくに話す。
「嫉妬するくらい、彼らカッコイイし、面白いもんねー。
 あ。実は、俺も今夜の歌ステにゲストで出る予定なんだよ。」
 白は夜の歌番組に陽太も一緒で出演することに喜ぶ。
「本当ですか!? 」
 スマホで歌番組に出演するリストを見せる。
 歌番組の公式サイトに陽太の名がフルネームで書いてある。白の名も。
 陽太は会話を盛り上げる為に白へ尋ねた。
「白ちゃんは男性アイドルで誰が一番好きなの? 」
 白は、自分のスマホの画像フォルダーに入っているありとあらゆる芸能人達と共演し写った写真などを見て上下左右と指でスライドさせながら悩み呟いた。
「神崎舜くんにー……中条健二くん、工藤冬磨くん、熊ノ木恋くんとー……それから~! 」
 陽太は爽やかな笑顔のままで白にツッコミを入れた。
「白ちゃん、僕は一番好きなアイドルを聞いたんだけど。」
 すると瑠華が突然割り込むように二人の会話に入って来た。
「分かるわ! 清水さん! 誰か一人を選べない気持ち! でも……浮気性はダ・メよ! 」
「浮気って、あはは! お腹痛い! ないない! あくまでも彼らには憧れよ。恋とかとは違うのー!
 それにしても、驚いたー。一条さんもシャインジュエリーメンズのアイドル好きだったんだねー。 」
 ピキッ。と瑠華は眉を動かし白に対して苛立つ。
「あなた私をバカにしてるの? 私だって男性アイドル好きよ。」
 白は目をぱちくりしながら瑠華の意外な一面に驚く。あんまり必要以上のことしゃべらない大人しい子だと思っていたが、違うようだ。
「別にバカになんかしてないよ。そんで~? 韓国のアイドルとかも好きなの? 」
 白はニヤけながら教えなさいよ。と瑠華を急かす。
「嫌い。てか苦手ね。日本人顔に日本人と外国人ハーフなら良いけど。」
 瑠華と好みが似ていると白は嬉しくなりはしゃぐ。
「一緒だあ! わーい! 一緒、一緒! 」
 陽太は爽やかに微笑み二人が和気あいあいと話す姿を見て呟いた。
「気が合う友達出来て良かったねー。」
 彼からそんな言葉を言われると瑠華はムッと唇をひん曲げ、白から顔を反らす。
「フン。勘違いも甚だしいですね。だいたい清水さんとは友達なんかじゃありません。
 清水さんは私のライバルです。」
 瑠華はテーブルを強く叩いて立ち上がり、白を睨み付けた。
 彼女の目は何故か白にバチバチと敵対心を抱いていた。
 何で睨むの。と白は顔を引きつる。
「ライバル意識にしても何か怖いよ。私、一条さんに何かしたのかな? 」
 白は後ろ向きのまま隣に居る流斗に小声で尋ねる。
「俺に聞くなよ。知るかよ。そんなこと。」
 また暇さえあれば流斗と親しく話す白に瑠華は苛立つ。
 流斗様の周りをやたらうろちょろし、犬または猫、あるいはサルみたいになつくこの目障りなクソ女。と心の中で呟く瑠華だった。
 白は気のせいか瑠華が目でこのクソサル女と睨み付けているような気がした。
( 誰がクソサル女だよ! 
 一条、見掛けは清楚そうに見えて中身は腹黒じゃねぇか! )
 元ヤン魂がエンジン掛かりそうになり、地毛金髪姿の自分が出て来そうになるが、グッと耐える。
 ニコッと作り笑いをし表情は表に出さず内心では怒っていた。
 私がテメーに何したってんだよ。この腹黒女。と目で瑠華に訴える。
 二人のバチバチモードが数分続いた。
 和輝は苦笑いしながらその三人を見て呟く。
「いやいや……二人とも鈍すぎるでしょ。」
 おそらく瑠華は白と流斗の二人が親しくしていることにヤキモチ、所謂いわゆる嫉妬からだろうと察する。
 白は話題を変えよう。と思い、さっきの自分の次のウェディング雑誌仕事の話に戻した。
「話がそれちゃいましたけど。今、田中さんから連絡あって結婚式の撮影とか色々遅れていて、いつ時間が終わるか分からなくてずっと連絡待ってたんですよ。そしたら、もうすぐしたら終わりそうだって連絡が来たんです。
 んで、今、このビルに迎えに来てくれてるんですよ。」
 話の波に誰か乗れ! と白は思っていると和輝が乗ってくれた。
「陽太くんと引き続きなんだ。一緒に仕事現場に向かうの。」
 白はキラキラと目を輝かせながらナイスです。和輝さんと思い見つめる。
「そうなりますね。」
 すると白はあることに気が付いた。
「あれ? 浅倉さん、確かこの後、別のお仕事が入っていたんじゃ……。 」
 確か数時間前にそんな話を自分に伝えていた気がした。
「僕の次の仕事は一応、十五時の予定だから大丈夫だよ。」
 和輝はそう白に安心させると今度は陽太に話し掛けた。
「しかし、知らなかったよ。陽太くん。君に結婚願望あったんだねぇ。清水さんに結婚前提とか言ってたじゃない。」
 陽太は、ごはんを撫でながら和輝の質問に答える。
「うーん。そりゃあ、あるよ。一人身は嫌だし。」
 そうは呟くけれど、現実、今のところ結婚願望は陽太にはまったくない。
 本命である付き合ってる彼女、千春は暇さえあれば自分の自宅で食事しながらや街でデートしている時も、いつ結婚してくれるの? としつこいこと十何回も言われ耳にタコが出来るくらい流石にウザい、なんてめんどくさい女の子なんだろうと思い始めていた。
 気分が乗ったらね。と毎回交わしてはいるが、また言って来るんだろうなあ。千春は一週間に一回は聞いて来る。
 こっちはそれどころではないと言うのに。
 父親が脅迫に近いようなLIMEメッセージ送って来たり、お金をせびりにわざわざ突然陽太が住むタワマンへ無断に侵入し、現れたり、家の中に勝手に入る家宅侵入罪のようなことをし、部屋にある金目の物を漁り持って行き、なければ暴れて部屋をめちゃくちゃして立ち去るとんでもない父親とは思えない男である。
 昔はあんなではなかった。優しい父親は何処へ行ってしまったのだろうか。人相も大きく変わり、服装もチンピラかと思う服装だった。
 派手な革ジャンで現れる時もある。
 マジで目障りだ。さっさと地獄へ堕ちろ。
 つか消えてくれ。と陽太は思う。
( だいたい、あの男さえ居なければ……、母さんだって、大地だって……。俺だってっ、こんなツラい思いも苦労もしなくて済んだし、幸せだったんだ。そうなるはずだったんだ。)
 爽やかにニコニコ笑顔を装っては入るがこちらは白とまた違って怖い。
 白は、そんな陽太の表情を見て少し顔色が悪いことに気付く。
「堤さん、何かありました? 顔色悪そうですけど。」
 陽太は意外にも白が自分の表情を読み取っていることに驚く。
 今まで誰にも悟られることもなければ、気に掛けるような言葉も掛けてくれる者はいなかった。
 本当の彼女である千春でさえも気付かないのに。
 白は素朴で優しく良い子だ。
 こんな女なら騙しやすい。どうにかして白をカノジョとして付き合い、心を射止めればコロッと落ちて、いざとなって捨てられたら容易く泣くはずだ。そうに決まっている。
 泣かせてみたい。ぐしゃぐしゃにめちゃくちゃにして白の純粋な心を踏み潰してやる。
 小悪魔的な心を隠して、白に爽やかな笑顔で陽太は誤魔化した。
「何でもないよ。気のせいじゃない? 」
 流斗はガルルッと陽太に狼みたいに唸る。
 白に何かしたらただじゃおかねぇからな。とガン付けた。
 和輝は何なんだ。この空気。と、目を白目にし心の中で思う。
 陽太は流斗のガン付ける目線には怖がる様子はなく、話を続けた。相変わらず彼の表情は読めない。
 彼の表情を読み取ったのはたまたまだったのか白は鼻歌を口ずさみ、流斗のペットのみかんを撫でていた。
「まあ、もし俺が誰かと結婚式あげたとしても洋装でも和装でもどっちも似合うと思うんだよね。
 ウェディング雑誌に掲載される程の俺の美貌、存在が分かるモデル業界、良く分かってるじゃーん。」
 和輝は真顔で深い溜め息を吐いて呟く陽太にツッコんだ。
「それ自分で言って恥ずくない? 陽太くん。」
「何が? 」
 陽太は首を傾げながらきょとんとした顔をする。
 白は目が点になっていた。
( わーお。堤さん、ナルシストーだあ。分かってたけど……。 )
 流斗は目を細め呆れ口がポカンと開けて陽太を見る。
( マジでコイツの何がカッコイイの!? 見かけはイケメン爽やか王子に見えッけど、俺には小悪魔で女誑しにしか見えねぇぞ。 )
 陽太は流斗と和輝にはお構いなく白へ尋ねる。
「白ちゃんは、誰かと結婚式挙げるならどっちにする? ウェディングか白無垢、または和装。」
 白は顎に人差し指を軽く乗せて考える。
「うーん。迷いますねー。」
 全然全く結婚する自分が想像出来ない白だった。
 でも結婚式かあ。

                  ◆

 結婚式披露宴会場で出される食事に品性の欠片もなく、フォークやナイフを雑に使い切り、口に肉を一口入れて食べたりする姿を想像する。
 結婚式限定のプレミアムケーキタワーを仲良く切る共同作業を無視して、違うデートを平らげる。
 切り分けられたケーキも受け取ると容赦なくフォークで突っ付き食べる。
 そしてお祝いのメッセージの手紙を言葉で新郎新婦に伝える。
「誠に今日、お招きありがとうございます。
 会場の料理がとてもとてもスゴくおいしかったです。大変ゴチになりました。
 お二人の結婚式に出席出来てとても嬉しいです。どうか末長く幸せになってください。以上です! 」
 すると後ろから何故か流斗が現れて、頭をピコピコハンマーで一発強く殴られる。
「痛いなあ! も~。何すんのよ! 」
「そんないい加減なお祝いの言葉があるか! 会場の料理おいしかった感想述べてるだけじゃねぇか! 小学生の感想文を発表する場所じゃねぇんだよ! このポンコツ女! 」
「ポンコツって何よ! 」
 流斗は退けと白を突飛ばし、変わりに自分がお祝いの言葉を述べると言って勝手に書いて来た読み始める。
「ちょっと! ちょっと! 突き飛ばすことないでしょ!? 」
「ギャーギャーうるせえな! ちょっとマジ黙ってろや! 今、俺がお祝いの言葉述べてんだ! 話し掛けんな。」
 白は流斗にピコピコハンマーを一発どころかに二、三発以上軽く殴った。
 途中から二人の仲裁に入った人も居たが白と流斗に巻き込まれ殴られ他の人がまた割り込んで止めても殴られいつしか乱闘騒ぎになるのだった。

                  ◆

 因みに、全部白の妄想である。
 なんて甘くて幸せな平和な世界だろう。途中からは変な流れを想像してしまったが。
( もし招かれたら、いっぱい間違いなく料理が食べられるー! バイキング形式なら尚更! )
 口が大きく開きニヤけながらヨダレもたらしていた。
「白……頭の中、途中から結婚披露宴で出る料理、食べ物のことしか考えてねぇーだろ。」
 白にツッコむ流斗に陽太は興味ないが彼にも尋ねた。
「流斗くんは? 」
「あからさまに興味ないクセに俺に聞くのやめてもらえますか? 
 んまあ……個人的には和装が良いですけど。」
 流斗は両手を握り、そこに顎を乗せながら考える。
( 白が誰かと結婚式挙げるなんて一ミリも想像したくねぇけど。 )
 地毛金髪の白が白無垢を着ている姿を思い描くと、激可愛いすぎだろ。と衝撃を受ける。
 いや、焦げ茶髪の白が白無垢を着ても別に申し分ないくらい可愛いと思うよ。普通にうん。
 複雑な顔をしながら目を細め物思いに耽る流斗である。
 白と立川が自分の知らない内に恋が上手く行き、電撃結婚なんてことになったら……完全に自分は破滅フラグではないか。
 半同棲もなくなる上に、こうして今以上頻繁に仲良く話すことも許されない。白と遊びに出掛けることもない。全て仕事上での関わりしかなくなるではないか。
 そんなのは絶対許さん。
 空手の世界チャンピオンかなんか知らんが、絶対に二人の仲を引き裂いて破局させてやる。
 羽奈の奪略愛案に関してはひとまず置いとくとして。
 深刻そうな表情になったり苛立つ表情をしたりする流斗に和輝は呟く。
「何考えてるから知らないけど、イライラしてると体力消耗するよ? カルシウムとか足りてないんじゃない? 流斗くん。」
「牛乳なら吐くほど飲んでますけど。」
 気のせいか刺のある言い方で流斗は自分に返事を返して来る。
「甘いもの、糖分とか少し取ったら? 」
 少しアドバイスしてあげようと優しく提案する。しかし、また刺のある言い方で、はね除けられ拒絶されてしまう。
「俺、辛いものが好きなんで。」
「あ。急に辛いものが好きになり食べる人はストレス抱えてて、辛いものを求める、舌の好む味変わるんだって。」
 本当に少しでも仲が良くなる会話しようとするが、効果はなかった。
「ストレスねぇ。あるとすれば白の周りを彷徨うろつく目障りな独身の輩達にですね。」
 和輝は真顔で驚きながら立ち上がり身体がよろけショックを受ける。
「輩……って。てか、まさかそれ僕も数に入ってる!? もしかして!? 断じて違うからね! 
 僕は清水さんから話したいことがあると言われて今居るだけだから! 」
 和輝は慌てふためきながら白とは誤解だと反論する。
「分かってますよ。あなたは俺や堤さんに比べたら大人で紳士的ですからね。」
 いちいち何なのコイツ。と思いながら静かに怒る和輝。
「何? 今の。僕に対しての嫌み? てか、何なの? その態度。感じ悪いんだけど。」
「あなたと話すと疲れます。」
 流斗は目を虚ろにしながら深い溜め息を吐いた。
「君に言われたくないし、僕も君と話すと疲れるよ。」
 おかしい。いつもなら彼とは気さくに仲良く話せていたはず。なのに何なんだ今日は。
 白が居るからなのだろうか。
 え。彼女そんなに目の前が見えなくなるほど可愛いかな。
 和輝はじーっと白の顔を見る。
 ダメだ。白が可愛いかどうかより、本人の顔が十七年前の幼い頃の面影持つ地毛金髪姿の白の方に頭が引っ張られる。
 額に手を当てながら和輝は落ち着け、冷静になれ。と思い、頭をテーブルに向かって数回軽く殴った。
「んな! 何やってるんですか!? 浅倉さん! 」
 瑠華は席を立ちながらドン引き叫び和輝から距離を取ろうと後退る。
 流斗は冷静になりつつも和輝を心配して声を掛けた。
「どうしたんですか? 浅倉さん。暇さえあれば変な独り言ぶつぶつ言ったり、テーブルなんかに頭を急に打ち付け出して……何か変な物でも食べておかしくなってポンコツ行動を起こしてるんですか? 」
「違うよ。」
 流斗と和輝がそんな会話をしている中、陽太は立ったままの瑠華にも尋ねた。
「瑠華ちゃんは? 」
「ウェディングです! 」
 陽太に尋ねられると怖い顔で至近距離まで近付けられた。
「き、距離が近いし、ちょっと怖い。一旦、離れよっか。瑠華ちゃん。」
 陽太からガシッと軽く両肩を捕まれ少し後ろへと腕を伸ばして遠ざけられた。
 瑠華は気にすることなく一人の世界みたいにして、両手を握り外の景色を見て嬉しがりくるくると数回回る。まるでフィギュアスケート選手みたいに可憐だ。
( もちろん将来、私の隣には洋装姿の流斗様が。)

                  ◆

 瑠華の妄想では結婚式のチャペル会場で近いのキスが行われていた。
「瑠華、綺麗だよ。」
 お互い向かい合わせになり、流斗は瑠華に微笑んで気持ちを伝える。
「流斗様こそ、素敵です。」 
 ウェディングドレス姿で瑠華は花束を持ちながら照れて流斗に伝える。
 流斗は結婚指輪を瑠華の左手の薬指に優しくはめる。
「いつまでも、幸せになろうな。」
「もちろんです。」
 結婚式に招かれた沢山の芸能人関係などが席に座り拍手する。
 後ろで二人の間に立つ神父が二人の空気のな流れを読み、タイミングが分かる言葉を発する。
「それでは、お二人とも誓いのキスをお願いします。えー……以下省略。はい。どうぞ。」
 神父に言われ流斗も瑠華も波に乗る。
「誓います。」
「誓います。」
 二人が顔を寄せキスかわす。
 パチパチと二人に拍手する招かれた多くの芸能人達の中に、白と陽太に和輝も居て、三人とも一緒に並んで座っていた興味ないとばかりに目が虚ろだった。
「あのさー。聞いていい? 
 何をどう間違ったら人間って結婚するんだろうねー。
 何でだろう。人の結婚式で初めてなんだけど。笑えないんだけど。つか笑えないわ。」
 和輝は真顔で虚ろな目をして拍手し小声で呟く。
「流斗くんって、白ちゃんが好きなんじゃなかったけ? 」
 陽太も何故か珍しく虚ろではあるが薄笑いで拍手し小声で隣に座る和輝に尋ねる。
「そうだったんですかー。全然知らなかったなー。」
 白は虚ろで拍手しながら、小声で呟き二人が結婚する姿を見てしょんぼりする。
 彼女の隣に座っていた陽太は尋ねる。
「もしかして寂しいの? 白ちゃん。」
「だって流斗が結婚したら突撃晩ご飯どころか、料理指導に、一緒に遊びに行ったり出来なくなるんですもん! 
 私の流斗があああ! 男友達が取られたよ~!えーん! えーん! 考え直して! 流斗~! 私が悪うございましたー! 」
 瑠華は席で、すすり泣きして幸せになる自分達を眺める姿の白を見て、彼女は、フッと鼻で笑い。ざまあみろ。と嘲笑う。
  
                  ◆

 何度も言うがこれは瑠華の妄想である。
 現実の流斗はあんな変な自暴自棄なバカな真似、行動には走らないタイプである。
 陽太は一人で何故か楽しそうな瑠華を見て首を傾げる。
「即答だねー。」
 流斗は瑠華を見ると、今までにない悪寒がし、身体がゾクッと震えた。
「身体震えてるけど、どうしたの? 大丈夫? 」
 白が心配そうに流斗に尋ねると彼は目を虚ろにして呟いて一人で勝手に決意する。
「俺、絶対一生好きな女以外、結婚しねぇ。」
 彼の言葉が良く分からず、理解出来なく目を点にして首を傾げる白だった。
 陽太は和輝にも聞いた。
「和っちはー?」
 和輝は額を擦り陽太に言い返す。
「急に馴れ馴れしくない? まあ、僕はどっちでも。今のところ付き合うとか結婚とか興味ないけど。」
 白が和輝が何かをメモ帳にペンで書いているのが気になり尋ねる。
「何メモってるんですか? 」
「可能性は低いけどウェディング雑誌の仕事が舞い込む可能性があるかもしれないし。色々聞いとこうと思って。勉強も兼ねて。それでまあ、メモってたと言うか。」
「勉強熱心な上に努力家ですねー。」
 そう白が和輝を誉めるが、陽太がお腹を抱えながら笑い出した。
「あはは! 和輝さんにウェディング雑誌の撮影の仕事なんて来るわけないじゃん。ジジイなのに。」
 ピシッ。
 と、その場が凍り付いた。
 和輝は陽太に酷くショックなことを言われ、身体が石化するように固まる。
 白、流斗、瑠華の三人はズザーッとその場を一緒に離れ和輝と陽太から距離を取った。
「あのカッコイイ和輝さんに……ジジイって言っちゃったよ。堤さん。」
 そして三人は和輝と陽太から背中を背けてコソコソと小声で話す。
「なんか、気の毒ですね。」
「三十六でジジイって言われるって……キッツー。俺だったらショックだわ。ガキから言われるのは分かるよ。うん。」
 入れ替わりに話す三人は複雑な表情をする。
「流石にこれは浅倉さん、怒るんじゃ……。」
 白達はチラッと振り返り和輝の様子を伺う。
 和輝は石化して固まっていたが、正気に戻りゆっくりと静かに立ち上がる。
 そしてバンッと自分の手の平でテーブルを一度強く叩いて、深く重い溜め息を吐いた。
 テーブルを強く叩く音に白達三人どころか、周りに居た人達も突然の物音にビクッとして怖がり和輝に怯える。
 冷静になれ。大人になれ。俺。と、顔を下に向けて考える。
 唇をひきつらせる。
 いつもの通り、作り笑いすればいい話ではないか。笑顔。笑顔。
 そうだ陽太の笑顔を参考にしよう。
 やるならやり返す。倍返しにしてやるぜコノクソガキ。
 フーッと息を一度吐いて顔を上げて陽太に満面の笑みのつもりで微笑む。
「君だって僕と歳そんな変わんないし、いずれジジイになると思うけどね。」
((( いや、作り笑顔が怖いですってばっ! )))
 三人は顔色を悪くして震え、また更に距離を取る。
 流斗は口をパクパクしながら目で白と瑠華に訴える。
( あれは絶対怒ってるぞ! ガチだぜ! まずくねぇか!? これ。)
 瑠華は口元に手を当てながら怯える。
( あの人、悪役に向いてるくらいホントに怖いわ。)
 正直、瑠華は和輝とは気が合わない。
 毎回暇さえあれば何かとミスやドジを踏めば、ネチネチと姑みたいに怒られている身だ。
 しかし、そんな和輝に酷い言葉をよく陽太は本人に向かって、はっきり言えるものだ。
 確か陽太と和輝は五、六歳が離れていたはずだ。
 ほんの少しの年の差でこうも世代的に違うものなのだと思ってしまった。
 和輝は満面の笑みのつもりでニコニコ微笑みながら陽太に物を申す。
「陽太くん。僕だから良かったけど、ジジイって人に言うのは良くないよ。いずれさあ、君も歳とって老けたらジジイだよ? 言葉発言には気を付けようね。ホント。」
 白は焦りながらも仲良くさせよう。落ち着かせようと再び二人の間に入り止めて、まず和輝をフォローする。
「そ、そうですよ。それに最低でもジジイではなくイケオジでしょう~。三十代ぐらいまでは好青年。四十代ならイケオジ。あはは! 」
 陽太は首を傾げて和輝に尋ねる。
「もしかして和輝さん、傷付いてたんですか? 俺にジジイって言われたこと。」
「傷付いたよ。」
 和輝が作り笑顔を保ちながらそういうと、ニコッと爽やかに悪気なく謝る。
「すんませーん! 意外と和輝さん純粋なんスねー!」
 和輝は作り笑顔を何とかキープする。
 だが、彼の頬やら額には怒りマークが付きまくっていた。
「君と話すと流斗くんよりものスゴく疲れる。」
 そしてまたテーブルへうつ伏せに寝そべった。
「和輝さん、俺よりもってどういう意味ですか? 」
 流斗が和輝にツッコミ騒ぐ中、白は苦笑いしながら彼らから距離を取って、あの謎の自販機の前に立つのだった。
「飲み物でも買ってから行こう。と。」
 白は流斗からもらったおしるこ缶のラベルに書いてある文章と缶の底をひっくり返して眉間に皺を寄せる。
 文章には缶に付いてあるQRコードを認証システムに当てれば一本飲み物が無料になるらしい。
 その認証システムがあるのは目の前に立つこの自販機だけだ。
 とりあえず缶に付いているQRコードを認識システムに当てる。
 するとCM宣伝広告動画が流れていた画面が突然、変な文章問題画面に切り替わったことに驚く。
「なんかのバラエティー番組のドッキリカメラとか人観察モニタリンじゃないよね? 」
 キョロキョロと辺りを見渡す。
 不安に感じるが誰も白が普通に自販機で何の飲み物を買うか迷っているようにしか見えていないらしい。
 文章に目を向けると、三十秒以内にある質問にお答えるという流れだった。
 答えるか、答えないかは自由です。
 AかBでお答えください。
 そして、白にはこんな質問が出た。

 あなたにトラウマはありますか?
 A.ある。B.ない。

 白はその文章を見ると色々なこれまでのトラウマの出来事がフラッシュバックで思い出された。

                  ◆

 母国であるアメリカで父親から家庭内暴力が行われた映像や空港で弟の光に酷い言葉を伝えられた場面。
 日本に来て初めての学校生活に馴染めなく初っぱなから孤立。
 やっと仲良くなった同じクラスメイトの男子友達との突然の別れ。
 そして、そっからは連続のように最悪絶頂だった。
 そう、俳優の浅倉和輝の彼女、梓とのトラブルに巻き込まれて殺傷事件と発展し、彼女は警察に逮捕された。その報道がテレビや記事に出たことにより白が通う学校にテレビ局が押し寄せて彼女に取材しに来た。
 白は何も知るよしもなく和輝のお見舞いに行ったり、三ヶ月間だけ彼の付き人をしていた。
 ほぼ学校は不登校だった。
  学校側には事情説明し職場社会見学の一環として白は頑張って働いて動き回っていた。
 だから、学校では大変な事態になっていることを知らなかった。
 やっと彼の仕事がオフで久しぶりに学校を訪れると学校には相変わらずテレビ局や雑誌のカメラマンが張り付いている。
 白は何とか彼らから逃げて学校の校舎に入り、教室に入ると皆から白い目で見られた。
 黒板には酷い言葉が沢山チョークで大きく書かれていた。
 その後、男子数人から身体を強く突き飛ばされて手足を床に押さえ付けられ、一人の男子生徒にハサミで長い髪を強く掴まれ切られそうになる。
 今居るこの教室は現実の世界なのか。
 怯える中で担任の先生がクラスの騒ぎを聞き付けるが教室に入れないようにされていた。
 白は怖くなり、暴れに暴れて男子生徒達を突き飛ばし、ハサミで髪を切ろうとした男子に向かって足蹴りして身体を突き飛ばした。
 ハサミは男子生徒の手元から離れ上空に上がり、それが男子生徒の頬に刃物がシャッとかする。
 血がうっすら流れ、男子生徒は怯え泣いた。
 他の男子も女子も悲鳴を上げる。
 白は一目で分かった。
 刃物を突きつけた男子生徒は嘘泣きをして自分は被害者面をしようとしていた。
 放課後は白とトラブルになった生徒達の保護者が来て白が悪い流れになり謝罪するように白の母親まで学校に呼び出された。
 何で自分がこの男子生徒に頭を下げなきゃならないのか。悪いのはコイツらじゃない。
 白は謝らないと叫んで母親を置いて教室の廊下を飛び出して全駆け走った。
 学校に行くのが怖い。取材しに来る人達も。
 白の心、精神状態をどうにかしたく、和輝は無理に学校に行かなくていいと電話で伝えて、勉強なら自分が教えてあげると自分の家に誘い招いた。
 実際、何人か信頼出来る芸能人を家庭教師として和輝が連れて来て勉強会が開かれた。
 国語、算数、理科、社会、保健、体育、家庭科、道徳、古文、英語、世界史、地理、音楽、美術、茶道、生け花、作法、演劇鑑賞様々なことを暇さえあればスパルタ教育させられた。
 意味がさっぱり分からない時は、うとうとして眠気が来ると和輝に怒鳴られたりもした。
 感情的にならないからまだ良い。
 これが身内だったら火山爆発だ。
 が。白は他人だ。
 心を静めて落ち着いて優しく接し教えればいける。
 だが、気を抜くと彼は容赦がない。教育指導には鬼だ。
 白の実家にお邪魔をしてリビングで長時間、和輝と勉強すると集中力切れて泣いて騒いで逃げ回るのを捕まえて教えたりもした。
 テストをする度に白は国語、英語、音楽、体育、保健に関しては良いけれど、後はからっきしダメだ。
 学校のテストだけは受けて来るように言い聞かせ、点数結果が分かったら、問題用紙と解答用紙、どっちも持って帰って来るようにも伝えていた。
 とあるテレビ局の楽屋控え室で、和輝は白からテストプリントの点数結果を受け取る。
「が、頑張りました。和輝さん。努力致しました。」
 見ると彼は目が点になった。
 その後は顔が真っ青だ。
 酷い時は一桁の点数や零点だ。
 和輝はプルプルとプリントを見ながら手を震わせる。
 顔がのっぺらぼうになりそうだ。
 小学生が取る点数とは言えど、自分はこんな白みたく酷い点数は生まれてこの方、一度も取ったことがない。
 全て九十点代だ。ごくたまに百点も取ったことがある。
 何をどうやったらこんな酷い点数が取れるのか理解不能だ。
「何を頑張ったの……? 白ちゃん。全部間違ってるよ。」
 よく見ると解答書き込んで合っていても自分の名前を書いてない、書き忘れている為に零点だ。重大なミスさえもしている。
「それに何これ? 最初に自分の名前は絶対書かなきゃダメだって注意したじゃない。何ポンコツ発動しちゃってんの。勿体ないよ。これ。」
 白の母親のかすみに自分が家庭教師しますと懇願しておいて、学校のテスト結果が悪いだなんて知れたらガッカリなことだろ。
 和輝は額に手を当てながら自分は人に勉強を教えるのには向いていないと思った。
 大変だったが、学ぶことが沢山あって嫌な思いもしたが楽しかった。
 けれどそんな出来事もあるのとは裏腹に、白の知らないところで、学校以外からのいじめが彼女に向かい始めていた。
 白の母親に初めて買ってもらった携帯に変なメールが送られて来て、それを開くと闇サイトで白への誹謗中傷書き込みがズラズラと出て来た。
 連絡先、住所も教えていないのに知らない人達から手紙が沢山来て、封筒の中を開くとカッターの刃物が張り付けられていて、それに気付かずに指を少し切ってしまい血が流れた。
 手紙の内容は汚い字で、ブス。奪略愛女。消えろ。死ね。地獄に落ちろ。芸能人になれる才能ナシ。自作自演。男目当て。媚を売るな。などの酷いメッセージだ。
 中には知らないうちに白のプライベート写真が五枚入っていて彼女ね顔をマジックで黒く塗りつぶしたりしていたり、そこにも酷い言葉が書かれている。
 不幸な手紙さえも入っていて、手書きで百枚書いて誰かに送らないと一ヶ月後、あなたは死にます。と嘘臭い恐怖手紙が届いたりもした。
 当時の白にとっては最大に怖かった。
 和輝に助けを求めたいが、そんなこと彼に言ってどうする。迷惑掛けるだけではないか。
 母親や祖父祖母に白は怖いと相談して、母親と二人暮らししていたアパートをしばらく出て、実家で暮らした。
 和輝の付き人をしながら、白は明るく笑うフリをする。彼に心配させないようにしなきゃ。笑わなきゃ。笑って、何事もなく安心させて別れるんだ。
 しかし、やはり芸能界の一部の大人や子役の人達からも白い目で見られたり、取り囲まれたりして恐怖を感じたりした。
 表上はきらびやかに見えても裏ではそうではない厳しい世界だった。
 そして和輝との突然の悲しい別れが来た。
 自分のベッドに寝そべって泣き崩れた。
 和輝とはもう二度と会えない。連絡さえも、隣に立って歩いたりも出来ない。
 芸能界に入り、歌手や女優、歌に演劇の道を進みたい白の夢も希望も全てズタズタになった。
 あんなに好きだったドラマも観たくなくなり、色々な俳優の写真集や雑誌を集めた物も迷いなくブックオッフなどに売り飛ばした。
 芸能界に入る為の為になる本なども全て。
 音楽の楽譜もCDも何もかも消し去りたい。
 唯一、アニソンやアニメグッズのビデオ、DVD、漫画は平気で観れた為、そういった品は残しし、しばらく家に引きこもってダラダラとして暗く過ごしていた。
 やっと立ち直り動き出したかと思えば違い、母親の目を盗んで、お金を盗み、彼女が居ないのを見計らい家出した。
 そして三日三晩、長引いては一週間、更に二週間と帰って来ない日が続いた。
 学校は転校して短い期間だが、新しい学校ではずっと不登校で卒業し、中学に上がっても登校せず、グレにグレて不良娘になり、他校と喧嘩三昧の喧嘩番長。ヤンキーになった。
 暴走族の先輩の不良らと打ち解けて羽目を外したり楽しんだり、決闘みたいなこともした。
 あんな偽善で理不尽な学校生活になんか戻りたくない。忘れたい。何もかも。
 そんな時期が長く続いた。
 自分があの時、余計なお節介をしたから、罰が当たったんだ。
 和輝が役者として頑張ってるのに彼の誘いに甘えて付き人になり、ファンや芸能界の人達に誤解するような軽率な行動も取ってしまい、彼自身の人生に泥を塗るようなことをし、邪魔をした。
 そんな私が芸能人になって皆の心を明るく照らして笑顔にさせるような芝居や歌を歌ったりするような役者を目指すなんて、おかしな話だったんだ。
 気を抜くとずっと恐怖のトラウマが付きまとう。
 自分を罵倒や非難する声が街を歩けば幻聴のように聞こえることもある。
 こんな醜い差別的な目や少し普通の人と違うと非難し叩くこんな世の中なんて大嫌いだ。

                   ◆

 気が付くと白は目が虚ろになって意識が飛んでいた。
 しかし、彼女は腕を動かし指で画面に軽くピッと押す。
 Aの、ある。を選び、何か聞き取れないくらいの小声を呟き、コーンポタージュを押した。
 画面には、ご協力、ありがとうごさいました。と出たら、すぐにまたCM広告宣伝動画が流れた。
 ガランッと下から出て来ると拾い、今度は自分の財布からお金を取り出し飲料水を選ぶ。
 明らかに彼女、白の様子はおかしかった。

                  ◆

 本当の白は意識が飛んで、何処かの空間に居た。
 気が付いたらエビのように丸まってヨダレを垂らして寝ていた。
 目を覚ますと周りは真っ暗だ。
 足元も全て暗い。
「随分と長く懐かしい夢見てた気がする。」
 口元のヨダレを拭きながら立ち上がり、これは夢かと首を傾げる。
 すると誰かの気味が悪い笑い声が響く。
 警戒するように白は気配を読み取る。
「フフフッ……。」
 今度は背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
 後ろを振り向くと片方の手が白に伸びて来る。
「っ……!? 」
 そこでまた白の意識は途絶えた。

                  ◆

 何も気付かない陽太は自販機の前に立って飲み物を手にしたのを確認すると白の肩を軽くポンッと叩いて爽やかに声を掛けた。
「白ちゃん。そろそろ行こう。」
 その瞬間だった一瞬だけ休憩所が停電になり電気が消えた。
 だが、すぐに灯りが点いた。
「停電かしら? 」
 それにしては、流斗達にとっては一分以上長く感じた。
 気のせいだろうか。
 陽太はニコニコと面白がりながら呟いた。
「もしかして、今さっきの停電、何かの怪奇現象だったりして~。」
 そんな彼の言葉に和輝は呟く。
「有り得るかもね。」
 流斗は口を引きつらせながら、和輝を見て顔色を悪くし震える。
「出た。始まったよ。この人の変なスイッチ入ってオカルト語りするの。」
「実はこのビルに噂があるんだよ。」
 和輝が怪談話を語ろうとしていると流斗は、一人隠れて入れるくらいの大きなゴミ箱をどっからか引きずり持って来て中身のゴミ袋を外に放り出し、空になったゴミ箱の中に入って蓋も閉めて体操座りをして閉じこもった。
 ゴミ箱の中で両耳を塞ぎながら一人怯える。
「うわああ。知らない。知りたくない。聞きたくない。何も聞こえなーい。」
 そう何度も口に出していると、ゴミ箱の蓋を誰かに開けられる。
 蓋を開けたのは陽太だった。
「流斗くん、犬が苦手に幽霊ホラー系も苦手、あと高所恐怖症だもんねー。でも、そこ汚いよー? 」
 返せと呟いて陽太から蓋を取り上げてまた閉めようとする流斗に和輝は目を細める。
「まだ僕、何も喋ってないんだけど。
 え。犬に高所恐怖症が苦手はともかく、幽霊を信じてて怖いの?
 流斗くん、本当に人気絶頂のイケメンプロ俳優なの? 」
 ハムスターかもぐらみたいに頭だけ顔だけ出して彼は和輝に打ち明ける。
「そうですよ。ああ。怖いですよ。悪いですか? 」
「じゃあ僕の犬や清水さんの犬とかダメなんじゃない? 近付くの。」
 ピキッ。と流斗は身体が固まる。図星だった。
 七歳の時、親戚の家付近に居た放し飼いの犬、小型犬の可愛い柴犬と目が合い、触ろうとしたら吠えられ、尻もち付くぐらいなら未だしも、立ち上がった瞬間に足に飛び付かれた。
 普通は可愛いく感じられたが、流斗にとっては恐怖だ。怯え逃げると犬はしつこいくらい追い掛けて来た。
 それ以来、小型から大型までどの種類の犬も怖くて近付くも触るのも無理なのである。
「黙ってろ! この石頭淡白童貞男! 犬好きのあんたに、あの時の俺の恐怖する気持ちなんて分かるもんか! 」
 和輝は悪口を言われ、ピクッと頭に怒りが込み上げて来た。
「ホント二人とも僕に対して失礼だよね。マジで泣いていい? 」
 真顔でそう呟く和輝を無視して、流斗はゴミ箱から出ようとする。が、身体がはまって身動きが取れない。
「あれ? 出られねぇ? 」
 ガタガタとゴミ箱を身体で揺らしてどうにか出ようとすると、陽太から軽く蹴ったくられた。
「ぐはっ! 」
 床にうつ伏せに倒れ、ゴミ箱からは、頭から肩まで出ている。情けない格好だった。
 ニヤニヤと猫みたな顔で足でゴミ箱を強く転がした。
「うあああ! 何してくれてんだあんたー! 」
 小悪魔発動させて笑う。
「漫画みたいで面白ーい! あははは!」
 近くに合った大きな植木鉢に強くぶつかるが、頑丈だった為、倒れることはなかった。
 流斗は、怯えながらなんて恐ろしい男と思いながら、ゴミ箱から這い出るようにゆっくり出る。
「はっ! やった! やっと出られた! 」
 埃を軽く祓いながらホッと安堵する。一時はどうなることかと、一生出られないのではないかと思った。
 ホント騒々しいなと和輝は思っていると、白の身体が突然ふらつき陽太の身体に重く寄り掛かった。
「白ちゃん!? 」
 陽太は彼女の身体を慌てて支え、心配し、しゃがむ。
「おい、どうした!? 」
 流斗は倒れたゴミ箱を立てながら陽太に尋ねた。
「分からない。体調悪くなっちゃったのかなー? 」
 和輝は自分のスマホを取り出して電話を掛けて流斗に指示を出し、休憩所から出て廊下で話し病院に連れて行こうと考え、立ち上がり足を踏み出す。
「とにかく流斗くん、清水さんのマネージャーさんに連絡してあげて。僕は病院に連絡して。」
 しかし身体全身が、何故か急激に重くなり力が入らなくなり、うつ伏せに倒れた。
 身体を上半身だけでも起こそうと両腕に力を入れるが、その度に強い痺れが走る。
「身体が……っ、何かっ、おかしい……っ。」
 何とか上半身を起こし白の方へ振り返ると、陽太の腕の中に居る白が透明に透け始めるのを目撃する。
「ちょっと! 何か白ちゃんがの身体が透け始めたんだけど! 」
 陽太が事の状況がさっぱり分からず混乱して、白の身体を支え続けていると、彼も和輝と同じく身体全身が急激に重く力が入らず、強い痺れに見舞われる。
「……っ! 」
 そして気付けば腕の中にいた白が消えていた。
「っ……!? どうなってんのさ! 白ちゃんが消えちゃたよ! 」
 陽太は、一番近くに居る和輝に尋ねる。
 気付くと和輝自身の身体も白と同じように透明に透け始めた。
 白は確か、さっきまで自分と同じ場所で買ったあの謎で奇妙な自販機の前に立っていた。
 あれに何か関係があるのかもしれないと推測する。
「っ……もしかしたら、たぶん、さっきのあの変な自販機の……っ。」
 しかしそこで和輝の姿は流斗や陽太に、瑠華達の居るその場で消えた。
「浅倉さん!? 」
 流斗は驚いて和輝の居た場所に駆け寄る。
 瑠華、怖くなり悲鳴を上げる。
 だが今度は陽太が二人の目の前で透明に透けて消え掛かった。
 陽太は気が触れたかのよう笑い出す。
「さっぱりワケわかんねぇんですけど……。
 フッ、あははは! どうせなら俺じゃなくて、あの人を消してくれれば良かったのにさ……。」
 そう言い残して消えた。
「堤さんまで………っ。」
 流斗は驚愕する。
「ええええ!? マジでどうなってんだ!? これー!! 三人とも目の前で居なくなっちまったぞ! おいいい! 」
 指で居なくなった三人の場所を何度も指しまくる。
「天宮先輩、落ち着いてください。」
 瑠華の声に振り返ると彼女も身体全身が透明に透け始めていた。
 彼女はあえて近くのテーブルに手を置いていた為、身体のバランスが取れて立ったままでいた。
「瑠華……い、意外と落ち着いてんな。さっきは悲鳴上げていたのに。だけど、お前もよく見たら消えかけてんぞ。」
 瑠華は眉間に皺を寄せ辛そうな表情をしながら流斗と会話する。
「そういう天宮先輩も、透け始めてます。」
 流斗も身体全身が重くなり、足に力が入らなくなり転けそうになるが、気合いだとばかりに足に力を入れて踏ん張り近くのテーブルに手を伸ばし、掴みしがみついた。
 無理に動いた分、身体にスゴく強い痺れが来る。
「本当に一体……何が起こってんだ!? 」
 痺れの痛みに耐えながら流斗は瑠華に聞く。
「そんなこと私に分かるわけないじゃないですか。
 それより、おかしいと思いませんか? これだけ私達騒いでるのに……皆……っ。」
 瑠華が休憩所の周りに残る人達を振り返り見る。
 が、全く自分達の様子、事の状況に気付いてない。これだけ騒いで居るというのに。
 そう流斗に伝える前に瑠華は彼の前から消えてしまった。
「ヒイイイ! 消えたー! 一条まで! マジでか!? つーか、俺を先に消えさせろよ! 怖いんですけど! 」
 流斗の肩に乗っていたみかんが、軽く数回跳び跳ねて尻尾で彼の頬に叩きつけた。
 くるくるとテーブルに着地して落ち着け。と流斗にジェスチャーで伝える。
 痛いと頬を摩りながら、よく見ると自分のペットまで透けているではないか。
 よく見ると消えた四人の荷物もペットすらもいない。
「って、バカやってる場合じゃねぇ。」
 痺れはするかもしれないがやむを得ない。自分の上着のポケットに入れていたスマホを取り出し、とある番号に電話を掛け、耳に軽く当てた。
「さっさと出ろよ! 」
 焦りと苛立ちを感じながら、電話に出る相手を待つ。
『はい? 』
 掛かった。
 スマホから聞こえた声は白のマネージャー、翠だった。
「もしもしっ、天宮流斗です! 今、このビルの七階の休憩所に白達と一緒に居てっ、実はっ! 」
 しかしそこで会話は途切れた。

                    ◆

 白達が居るこのビルの地下駐車場に翠は車で運転し来ていた。
 駐車場へ駐車しながらカーナビ通信パネルを通して会話する。
 スマホとカーナビを連携し、運転していても掛かって来た電話番号を画面で確認し、通話ボタンを指で押すと手元にスマホがなくても車内にあれば運転しながらでも安全に通話することが出来る。
「どうしたの? 」
 駐車し終えると、流斗の返事が返って来ない。
「流斗くん? 流斗くん!? 」
 彼の名前を叫ぶが途中で通話は途絶えてしまう。
 流斗が自分のスマホに電話を掛けて来る時は、よっぽどの事や用事がない限りは掛けては来ない。
 何かあったのだろうか。
 すぐに車の電源を切り車内から下りて隣の助手席に置いたカバンを掴み、ドアを閉めて鍵を掛け、車が走って来ていないか確認し道を渡り急いでエレベーターへ駆け走った。

                    ◆

 カラン……ッ。コロンッ。
 一人の清掃員が休憩所の近くの廊下でモップを掛けて綺麗に磨いていた。
 缶やペットボトルが転がる音に気付くと振り向き、深い溜め息を吐いた。
「まったくクセが悪い。困るんだよね。ちゃんとゴミはゴミ箱に入れてくれないと……。」
 休憩所に足を踏み入れる清掃員は植木鉢辺りに何故か移動してある大きなゴミ箱に驚き立ち止まる。
 誰がこんなところにわざわざ動かしたんだ。
 蓋を開くとゴミ袋がない。空だ。
 よく辺りを見渡すとテーブルの近くに中身の黒色のゴミ袋が無惨に放り出されている。
「まったく、何処行ったんだ。あの人は!? ここを掃除するように伝えてたのに。またサボってどっかで寛いでるなあ! 」
 転がる五つの空き缶に空になったペットボトルを拾う。
 缶、ビン専用のゴミ箱もペットボトル専用のゴミ箱に入れようと思ったが満タンに入れられている。
 回収して新しいゴミ袋を用意し持って来て入れておこうと考え、満タンのゴミを引き抜く。
 流斗が動かしたゴミ箱も清掃員が担いで元の合った場所に移動する。
 台車の折り畳みキャリーカートにゴミ袋を置けるだけ置き積み重ね、押して行く。
 その清掃員と入れ替わるように翠が休憩所に辿り着いた。
「白! 陽太くん! 」
 辺りを見渡すが白の姿も陽太の姿もなかった。
 電話して来た流斗すら姿が見当たらない。
 白から電話で和輝に瑠華も居ると聞いていたが二人の姿もない。
 エレベーターで、すれ違い乗って下りたのだろうか。
 翠はまた引き返して戻って来た清掃員に声を掛ける。
「すみません。ちょっとよろしいでしょうか。
 ここに居た清水白さんと堤陽太さんを見かけませんでした? 」
 清掃員は雑巾バケツやモップを持って、和輝達が使っていた席の床に置く。
「さあ。私は違う場所を清掃しておりましたので。」
 身近なテーブルにアルコール消毒を振りかけてテーブル用の雑巾で綺麗に拭きながら翠に話す。
「おかしいわね。何処に行ったのかしら? 」
 スマホで白に電話を掛けるが出ない。
「私が来た時はここの休憩所にはあの役者さん達しか居ませんでしたよ。あとはまあ、床に空き缶やペットボトル合わせて五つが不自然に床に落ちていて……。」
 清掃員から話を聞くと頭を下げて礼を言って離れた。
「荷物がないってことは、何処かに移動したってことで間違いないわよね。」
 スマホを顎に軽く当てて考える。
「流斗くんから何か慌てたような連絡があったのに……その本人すら居やしないし。」
 今度は休憩所に残る女性達に尋ねた。
「ねぇ。あなた達、天宮流斗くんを見掛けなかった? 」
 すると四人の女性達の一人が答えた。
「さっきまでうるさいくらいその辺の席で賑やかに話してましたけど。」
 二人目の女子が笑いながら呟いた。
「私達の知らない内に次の仕事に行ったんじゃないんですか? 」
 他にも居た男性達にも尋ねるが同じ答えが返って来た。
「そう。教えてくれてありがとう。」
 翠は、彼らから離れてまた今度は陽太に電話を掛ける。
 しかし出ない。
 和輝にも瑠華へ電話しても全員応答がない。
 ポチッと指で電話通信を切って深い溜め息を吐いた。
「流斗くんのさっきの電話……何だったのかしら? 」
 ここでいつまでも考えていてもしょうがない。
「とにかく一旦、地下駐車場に戻ってみようかしら。
 白と陽太くん、もしかしたら、すれ違いで下に下りて待ってるかもしれないわ。」
 翠は休憩所を出てエレベーターに乗り下って行く。
 一方、休憩所に残っていた女性達が賑やかに何か話していた。
「ねぇ。 今、流行ってる都市伝説の噂知ってる~? 」
 遅い昼食を取りながら他人事のように尋ねる。
「ああ。知ってる! SNSで密かに話題になってるヤツだよね。」
 先程、翠が尋ねた同じ女性達の二人目の女子が呟いた。
「一件、何の変哲もない自販機があるらしいんだけど、それは何処に現れるか分からないし、何の違和感もなく突然現れ、その自販機で飲み物買った人達が突然、失踪しちゃうんだってー。」
 三人目の女子も呟いた。
「何それ。マジでウケるんだけどー。神隠し? え。その人達、どうなっちゃたの!? 」
 四人目の女子は呆れて手作りおにぎりをぱくりと口に入れ、一口胃袋に入れると話し出す。
「そんなの決まってんじゃん。
 その人達は別の異空間、異世界に飛ばされ、転生かなんかして、今流行ってるゲームや小説や漫画にアニメとかに出て来る、その人物になって新たな第二の人生を楽しく歩んでるのよ。」
 一人目の女子は苦笑いしながら、四人目の愉快な発想にツッコむ。
「それはないでしょ。流石に。ないない。」
 二番目の女子は割り込むように話す。
「でもさあ。人生やり直し効くなら新しい人生、違う自分に転生してみたくない? 」
 三番目の女子は嫌だという表情で物を言う。
「私は充分今のままでも良いかなあ。売れなくなってテレビに動画配信とか出れなくて注目もなく廃れたら、辞めようと思えば辞めれるし。新たな人生歩もうと思えばいつでもやれるし。」
 四番目の女子は三番目の女子を見ながら簡単によく言えるものだ。
 売れて活躍する俳優、女優はそう簡単に辞めようと思っても辞められない。もらった、引き受けた仕事は最後までやらなければならない。
 そんな都合よく役者や芸能引退など、よっぽどの事情や説得力がないと出来はしない。
「何それ。今ここに子役の頃から長年俳優として活躍している堤さんや和輝さんの耳に入ってたら絶対叱られるところだよ。」
 賑やかに話す女性達はまだまだもの足りなさそうに話すが仕事の時間だ。スタジオに向かわなければと席を立ち、その場を去って行く。
 男性達は飲み物買おうと自販機の前へ向かう。
「何か買おうぜ。」
 五人組の男性達が自販機の前に立ち並ぶ。
 しかし、白達が買っていた自販機はそこにはもうなかった。
 いや、最初からなかったようになっている。
 果たして白達は何故消えてしまったのか。
 過去か未来、または本当に異世界という時空の彼方へ飛ばされたのか。
 彼等が辿り着いた時空は一体何処なのか。
 それぞれの者達が目を覚ました時、予期出来ない選択をし、大変な事態を招くことになるとも知らずに……。
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