不透明な奇蹟

久遠寺風卯(ペンネーム)

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第1話

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                 5

 一方、和輝の隣にある喫煙ルームボックスでは。
「浅倉和輝の奴めっ! 俺のことをキレイさっぱり忘れて有名プロ俳優になり売れて涼しい顔をして過ごしやがって。反吐が出るわ。」
 怪しい男、境哲司さかいてつじが清掃員として働いていたが、仕事をサボってタバコを吸っていた。年齢は六十代前半ぐらいだろう。
 和輝の姿を見てタバコをくわえ、苛立ち、足踏みを何度もする。
「ええい! クソッ! アイツの面を久々に見たら、昔のことを思い出して胸が悪くなったぞ。」
 哲司は口にくわえていたタバコを外し、口だけではなく鼻からも煙を出した。
 そんな彼と一緒に居た清掃員仲間として掃除していた男性は、休憩として一服していたが迷惑そうだ。
「十何年前か? アイツと会話してから何もかもが上手くいかなくなったんだ。」
 哲司は苛立ちタバコの灰を吸殻に落とす。
 彼と居る男性は落ち着かせようと言葉を掛ける。
「境さん、逆恨みは慎んだ方が良いですよ。浅倉さんは何も関係ないですし。
 今、あなたがこうして芸能業界で雑務係として出入りし働けることは有り難く思わないと。」
「雑務だあ? ただの清掃じゃねぇか! 」
 怒鳴りながら、短くなったタバコを吸殻に押し潰し、水が入ったところにポイ捨てした。そして二本目のタバコを取り出し、また吸う。
「忌々しい。どいつもこいつも逆らい裏切り俺を失脚させて、こんな雑務の仕事部署に飛ばして、皆この俺を見下しやがって。」
 哲司は、和輝以外にも休憩所に集まって来る芸能業界に関わる人々を睨んでいた。

                  ◆

 白はケーキを食べ終え、次は家から持って来たお弁当を取り出し食べようと蓋を開ける。
 その瞬間だった。
 後ろから誰かの殺気の気配を感じた。
 白は、席を立ち辺りを見渡す。
 周りを見渡すが、先程より人が行き来して休憩所は十人以上居る。
「気のせいかな? 」
 彼女は椅子に座り直すと、頭に誰かがファーストフード店で買った品袋を軽く乗せて来た。
 白の隣には流斗が立っていた。
「白。お前、また人様から食べ物もらってんのかよ。ホント食い意地はってんのな。」
「流斗! 何でここに? 」
「何でも何も、ニ時間後にドラマの収録予定入ってんだよ。」
 流斗は和輝が座っていた席のテーブルに品袋を置きながら、その椅子に腰掛けた。
「そうだったんだ。」
 白は流斗に話し掛けながら、犬のように彼が買って来た品袋をクンクン匂い、手で勝手に袋の中を漁る。
 ハンバーガーやポテトにシェイクなどいっぱい入っている。
 彼女は、目をキラキラさせながらヨダレをたらしながら喜び、ハンバーガーを一つ手に取り、包まれた紙を開けて、遠慮もなくかぶりつこうとした。
「Wクドだ! いただきまー……! 」
 流斗は、白の頭に軽く手でチョップし、彼女の手からハンバーガーを取り上げた。
「何を勝手に取って食べようとしてんだ。コラッ。」
「こんなにいっぱいあるなら一つや二つぐらいもらったって良いじゃない! ケチ。」
「普通は「おいしそう。少しちょうだい。」とか言ってから俺の許可を取って食べるだろ。意地汚ぇ! 浅倉さんに対しても何だよ。あのガン見は。」
「え、見てたの? 居たの? 」
「つっても、さっきだけどな。」
 呆れた顔をし流斗は、マスクを外し白から取り上げたハンバーガーをかぶりつきながら呟く。
「しかしなあ。相手は先輩だぞ? 少しは遠慮しろよ。浅倉さん、きっとお前のこと「図々しい女だな。」と思われてるぞ。」
「流斗……。」
「何だよ? 」
「私と浅倉さんの声真似してるけど、全然似てない。」
「ガクッ……。」
 流斗は、肩を落としながら疲れた顔をする。
「ま、まあ元々お前の為に買って来たから……良いけどよ。」
 白に、紙袋に入ったプライドポテトやミニパンケーキにハンバーガーセットを渡す。
「そうだったんだの? 何だかよく分かんないけど、ありがとう! 流斗! 大ー好き! 」
 流斗は白の天使の微笑みで大事そうに腕に抱えて感謝を伝える姿に、そっぽを向いて素っ気ない態度を取る。
「そういう事、よく恥ずかしげなく言えるよな。」
 流斗は小声で呟きながら、白からは見えない角度でデレッとした顔をする。
 白は気にすることなく彼をお昼に誘う。
 おいしそうに白は食べる一方で流斗は、じーっと彼女の様子を窺いポテトを摘まみ食べながら尋ねる。
「なあ。お前。今朝の事、もう根に持って怒ってないのかよ? 」
「今朝? なーんかあったけ? 」
 白は、きょとんと首を傾げる。
「忘れたのか!? 俺がどれだけお前に謝ろうか考えて悩んでいたっていうのに! 」
 流斗は、今朝の出来事で白と喧嘩したことをずっと気にしていた。
「ああ。あの事ね。もうそれは良いのよ。」
 白の表情は、超ご機嫌が良い様子。
 今朝、事務所を出て行く時に不機嫌になって怒っていた雰囲気は嘘のように何処にもない。
 彼女のこういう様子の時は、流斗に取っては良いようで良くない。絶対ろくでもない展開だといち早く察する。
「へ、へー。それは良い。ってどういうことだよ? 」
「じ・つ・は・ね……。」
 白は取り出し広げたお弁当と流斗からもらったハンバーガーを交互に食べて平らげながら、彼に午前中にあった出来事を教える。
 休憩所に居る周りの人達の話し声など気にせずに会話する二人だった。
 そんな二人を名も知られていない新人女優達、三人組が小声で話す。
「清水さんと天宮くん、二人とも付き合ってるのかな? 」
 一人目の子が呟くと、二人目の子は驚きながら返事を返した。
「ええ!? でも、さっき清水さん、浅倉さんと一緒に親密な雰囲気で話してたよ? 」
 三人目の子は「まさか、告白? 」と黄色い声で盛り上がる。
「ないない。だって浅倉さんは三十六で清水さんは二十七でしょ? 歳離れすぎてるし、ありえなくない? 絶対釣り合わないよ。てか、自分なら歳の差って引くわー。」
 一人目の子はドン引きと口から出る。
「でも浅倉さん、カッコイイよ。今日はバレンタインだから、差し入れです。とか言って一緒に渡そうよ! 戻って来たら。」
 三人目の子は黄色い声でまた騒いで和輝が戻って来るのを期待するように待っているようだ。
「私は浅倉さんより断然、天宮くんに渡すー! 」
 二人目の子は流斗に渡そうと考えている。
「私は陽太様ー! 」
 一人目の子は陽太に渡したいと呟くが、二人目と三人目の子が一緒になって彼女の顔にアップにし近付き小声だが「陽太くんはダメー! 女誑しだもん! 」と叫ぶ。
「んまあ、そこが時に陽太くんの魅力的で良いんだけど。女の子の気持ち分かってるもんねー! 」
 三人目の子が言うと、二人目の子も「小悪魔な一面も持ってるって噂だしー。」と女子高生のようにトークが盛り上がる。
「皆、一緒に行って渡せば怖くないもんねー! 」
 黄色い声で騒ぐ女性以外でも若手新人俳優の男性など小声で呟く。
「ホントめっちゃくちゃ可愛いよなあ。清水白さん、女子だけじゃなく男子とも誰とでも話し掛けるコミュニケーション能力高けーし。あれで男と付き合ってねぇとか彼氏居ねぇのはおかしいだろ。」
 四人で話す一人目の男子が呟く。
「明るくて天真爛漫で優しいし、気取ってない、数々の楽器を演奏するし、歌手力に絵の才能だろ。演技、ダンス、五カ国もペラペラ話せるらしいぜ。」
 二人目の男子もデレデレだ。
「とにかくさあ。一緒に居て話しても面白れーもん。太陽みてぇ。つか天使だよな。」
 三人目の男子はスマホを扱いながら白ことアーティスト名・KIYORAの曲を聞きながら言う。
「あの天宮先輩とは何か、暇さえあれば喧嘩してるけどな。たまに小悪魔系が出るレア白ちゃん可愛いんだよなあ。ホント不思議だよなあ。」
 四人目の男子も白と流斗の二人を見ながら話した。
 有名で人気俳優女優なだけに芸能界でも黄色い目で注目されていた。
 そんな中、白と流斗の二人は相変わらず周りの人を特に気にすることなく話続けていた。
「は? 」
 流斗は飲んでいたシェイクの手を止め、白の浮き浮きする表情に顔をひきつった。
「だーかーらー。浅倉さんに料理を教わることになったの。んで! 流斗は味見係担当になったから。よろしくね! 」
 ハンバーガー等だけでなく、お弁当も完食した白の話によると、彼の知らないところで勝手に料理指導から味見係、料理指導を和輝に変更する方針に進んでいたことに流斗は驚愕する。
「はあああ!? ふざけんなよ~! 何勝手に話進めてんだよ! 」
 彼は興奮して席を立ち、テーブルに手を強く叩いた。
「んまあ。細かいことは気にしないで。」
 白は笑いながら流斗を落ち着かせる。
 しかし、彼の態度は変わらずだ。
「気にするわ! 
 お前にとっては細かい話だろうがなあ、俺にとっては細かくねぇんだよ! 
 味見じゃなくて毒味係の間違いだろ。冗談じゃねぇ。」
 流斗は白の両頬を軽く指で摘まみ横に引っ張り伸ばした。
「いーたーいーよー! 」
 白は流斗から手を離されると、引っ張られた部分、自分の顔を手で軽く擦る。
 彼は、深い溜め息を吐いてショックを受け椅子に腰掛け直す。
「何でよりによって、あんな無表情で愛想もない面白みねぇ淡泊男の浅倉さんが料理指導する流れなんだよ! 
 あの人が指導し教えたところで、お前の料理の腕前が上達するわけねぇだろうに。
 一体、誰の入れ知恵……いや、誰の嫌がらせだ? 」
 流斗は肘を付いてシェイクを飲みながら不満を呟く。
 すると、白は彼の言葉の一部に眉をピクッと動かす。
「ちょっと! 聞き捨てならないわね。「上達しない。」ってどう意味!? 」
「………。」
 ジューッ、とシェイクを飲みながら流斗は黙秘し、彼女から目を反らす。
「コラッ! コラッ! 何で黙ってんのよ! 」
 白は彼の顔の表情を窺いながら眉間に皺を寄せる。
「浅倉さんも気の毒に。」
 ボソッと流斗の呟いた言葉に白は、ムカつき、ジロッと睨む。
「聞~こ~え~た~わ~よ~! はっきりと! 」
 バンッ! とテーブルに手を付いて立ち上がり、大声を上げて怒った。
「酷いわ! あんまりよ! 私は真面目に真剣においしい料理れるように上手くなりたいのに~! そんな言い方するなんて! 流斗のバカ! 」
 流斗は苦笑いしながら白に謝る。
「悪い。つい口が滑った。……はっ!」
 しかし、彼の余計な一言により白の機嫌をより不機嫌にするのだった。
「くっ、口が滑った。だあ? 」
 白は、焦げ茶髪姿だったが流斗にぶちギレそうになる。金髪姿の元ヤンの面影を出しそうになる。
「おんどりゃあ! 」
 普段話している声や歌声、演技とはまた違い男みたいに低くとんでもない別人みたいな言葉が出る。
「おんどりゃあ? 」
 周りに居た人達はヒソヒソと小声で白を見る。
「ほほほほ。」
 白は周りの人達には営業スマイルの表情を向けた。
 そして流斗に至近距離で近付き、周りには気付かれない角度で、怖い顔でガン付け小声で脅す。
「おい、自販機。調子こいてんじゃねぇぞ。ああ? テメーのレンジに生卵を入れてチンして爆発させたるぞ! それかブッ殺ろーして台湾の海の藻屑となるくらい沈めてもええねんやぞ! 大事なタマ蹴たくって使い物にならなくしてもええやぞ? コラッ! このタコ! グズ、ボケカス! 」
 白の目の瞳孔はバッキバキで、可愛い顔は何処にもなかった。
 流斗は顔を真っ青にしながらも何とか言葉を出しツッコむ。
「もはや元ヤン通り越してヤクザですやん。」
 彼女に対し流斗は、元ヤンという立場を本気で隠す気あるんですか。と思うのだった。
 すると喫煙ルームボックスから和輝が出て来て、白と流斗の居る席に近付いて来た。
「あれ? 流斗くん。お疲れ様。この後、ここで仕事? 」
 白は和輝の声が背後から聞こえると肩を震わせて、彼に気付かれないように流斗から距離を取りいつもの機嫌の良い天使の微笑みになり和輝の方を振り返る。
 流斗は、白と和輝の顔を交互に見て少しだけムッとした表情をし、拗ねるような態度を取る。
「浅倉さん、お疲れ様です。ええまあ。」
 白は明るく待ってましたという嬉しそうな表情だ。
「浅倉さーん! 」
 彼女は、流斗が座ったままの椅子を両手で必死に引きながら和輝へ手繰り寄せた。
「流斗、退っいって! ここは元々、浅倉さんが座ってた席で、私、浅倉さんと大切な話をしてたんだから~! 」
 しかし、びくともしない。当たり前だ。流斗が足で強く踏ん張って動けないようにしているからだ。
「誰が退くかバーカ。それより浅倉さんに大切な話って何だよ? 」
「あんたに関係ないでしょ。」
 流斗の態度が気になった和輝は彼に尋ねる。
「流斗くん、何か機嫌でも悪いの?  」
 フン。と鼻を鳴らして、未だに流斗は不機嫌だ。
「すげームカつくことが、まあ……ありまして。でも、くだらいことなんでー。」
 気のせいか、流斗は自分とはあまり目線を合わせてもらえていない気がした。
「それなら良いんだけど。」
 和輝は苦笑いしながら、自分が座っていたテーブルの下の床に置いていた荷物を取り、隣の空いてる席に移動して座る。因みに流斗の隣である。
「それより大変ですねぇ。浅倉さんも、急にコイツのくだらない料理指導頼なんかを任されて。良い迷惑ですよね。」
 流斗はシェイクを飲みながら嘲笑う。
「ちょっと。何よ。その棘のある言い方は! 浅倉さんに失礼でしょ! 」
 白は流斗の言葉発言の悪さを注意する。
 しかし、彼女の言葉は無視をしていた。
「羽奈達にコイツの料理指導交渉し頼まれてしても無駄ですよ。可哀想な炭火焼きや犬の餌以下のものしか出来上がらないんで。止めた方が良いですよ。はははは。」
 カラカラと口を開けて笑い転げるくらいバカにして大笑いする流斗に白は、涙をうさぎみたいにうるうるさせて大きな声で叫んだ。
「ううっ。流斗なんて……っ、大ー嫌いっ! 」
 幼稚園児みたいに泣きじゃくり、床に寝転んで手や足をバタバタさせて、泣きわめいた。
「嫌い、嫌い、嫌い、嫌いっ! キライ、キライ、キライ、キライ~ッ! 」
 和輝は呆けた顔をして見る。
「清水さん……。」
 流斗は恥ずかしいと思い、他人のフリをしたかったが、それも叶うわけもない。
「幼稚園児かお前は。」
 すると、周りに居た人達からヒソヒソと声が聞こえ出す。
 振り向くと、流斗と目を合わせないが「最低。」だ「女の子を泣かすなんて中学生? 」や「普通、女の子にそこまで言う? 」など小声での避難が飛び交う。
 逆に白のわめく声に何の騒ぎかと思い、野次馬が集まって来る。
 白は野次馬に気にすることなく起き上がり、流斗に怒鳴る。
「そんなに私をバカにして傷付けて、そんなに楽しいわけ!? 久しぶりに会ったのに、全然優しくないし、感じ悪っ! 何怒ってんのよ! 意味分かんない! 浅倉さんにも不愉快な態度取って何なのよ! 謝りなさいよ! 」
 流斗は、チラッと和輝の方を振り返る。周りの視線も痛い。
「すんませんでしたー。」
 しかし、謝罪の言葉はこもっていなかった。
「すみません。浅倉さん。」
 白は流斗の頭を軽く手で押さえながら下を向かせる。
「僕は全然気にしてないから。」
 そう和輝が言うと野次馬や小声での避難する者は居なくなった。
「それより清水さん、体調大丈夫なの? あんまり興奮すると良くないんじゃない? 」
 和輝は心配そうに尋ねるが白には通じずだった。
「浅倉さん、本っ当に優しいですねー。」
 彼女は明るく和輝を褒める。そして流斗を見ながら深い溜め息を吐いた。
「それに比べてどっかの誰かさんと話してたら疲れるし、キモい。しばらく私に話し掛けないで。」
 流斗は冷たい態度で声を低くして白の方を向いて睨み付ける。
「どっかの誰かさんって俺のことかよ。誰がキモいだ。コラッ。」
 白は和輝の株を持ち上げ黄色い声で褒め称えた。
「流斗、少しは浅倉さんを見習ってさあ。こういう紳士的で大人な男になる努力したら? 」
 流斗は白の発言にイラッとする。
「はっ! 笑わせるなよ。紳士的な男なんざ数百人すら存在しねーよ。
 男は女に惚れたら、獣に早変わりしてストーキング野郎になったり、どうやって惚れさせてやろうとか、ろくな考えしかしないバカな方向に走る生き物なんだよ。大抵の多くは。
 まれに恋して仕事や家事をも疎かにするくらい恋愛脳お花畑メンヘラヘタレも世にありふれてる。
 そんなキラキラしたおとぎ話に出て来る王子様的な男が存在するわけねぇだろ。現実見ろよ。」
 流斗は上から目線で見下すように語る。
「そんなことないもん! 乙女心を分かってくれる大人で、紳士で優しい男性絶対居るもん! 浅倉さんだってね! その一人なんだから! 」
 白はあまりにも無神経な言い方をする流斗に対し、手に力を入れて握りしめながら怒る。
「僕は清水さんが思うような人間じゃないよ。」
 和輝は苦笑いし、自分の作ったお弁当を食べながら呟いた。
 白は彼の言う言葉は耳には入らず流斗に不満と文句をぶつけ続けた。
「だいたい何でそんな遠慮もなく酷いこと平気で言えるの!? このデリカシーの欠片もない激辛口堅物男!
 フーンッだ。そんなこと言い続けるなら、絶交しようかなあ。
 浅倉さんや堤さん、理くんみたいな優しい人達がたくさん居るしー。あんたと話していても楽しくないし、気分悪いわ、疲れるから。」
 ついには腕を組ながら、小悪魔みたいな態度で流斗から目線をそらし彼を困らせるような行動を取る。
「んだと! テメー! 裏切るきか!? 食べ物もらってたらふく食って仲良く食べて話していたわ、さっき俺のこと「大ー好き! 」とかほざいていたクセに! 手の平返しやがって! 
 だいたいなんだ? その態度。誰でも機嫌取って媚び売りやがって。」
「ん? Why~? 私、流斗にそんなこと言ってないよ? 」
「え。」
「Wクドのハンバーガー等が大好きであって、流斗に恋愛感情の好きはないもん。」
 そう白に、はっきり言われると流斗は呆けたように立ったままショックを受け、まるで精神面の心のガラスのハートがブスッと強く突き刺さり、身体全体にヒビが入ったみたいにガラガラッ崩れるくらいダメージが来て、彼は席に座り伸びて倒れた。
「清水さん、意外とはっきり言うんだね。」
 和輝は、白と流斗のやり取りを聞きながら何か漫画みたいな会話だなあ。と心の中で思う。少し面白いと感じ笑いを耐える。
「でも流斗くんも悪いよ。女性に悪口とか酷いこと言わなければ嫌われないのに。優しく接してあげなよ。」
 悟らせるように優しく流斗に注意する和輝だが、流斗は苛立ちながら席に再び腰を下ろし拗ねる。
「優しく普通に人として接してますよ。だけど、アイツにはついその……素直になれないといいますか。」
「なるほど、流斗くんは好きな子の前では素直になれないツンデレなんだ。」
 和輝は、流斗をからかう訳でもなく真面目にお弁当のおかずを頬張りながら呟いた。
「んな! 誰が食うことと遊ぶことしか脳がない、推し活ばかりしている上に、おまけに料理は出来ないわ、色気もねぇ、男勝りのあいつを好きになりますか。」
 流斗は動揺して焦りながら和輝へ否定するように必死に言う。
「流斗くん、そんなにはっきり言わなくても。」
 すると、存在感を消すように一人の男性が白達の居る休憩室に足を運んで来た。
「ま・し・ろ・ちゃーん! 」
 その人は陽太だった。
 彼は座っていた流斗の身体を手で強く突き飛ばして現れた。
 流斗は陽太に突然突き飛ばされ椅子から落ち、床にひっくり返るように転び尻もちをついた。
「いっててて……っ。何すんだよ! あんた! 」
 流斗は身体を起こしながら腰に手を当てながら立ち上がる。しかし、その間に陽太がさりげなく席を横取りし、その椅子に腰掛ける。
「お疲れ様ー! また会ったね! 」
 陽太は流斗を無視して白へ平然と話し掛ける。
「あ、はい。堤さん、お疲れ様です。」
 白は普通に陽太に接し挨拶をする。
 陽太は流斗を未だに無視し、隣の席に和輝も居ることに気が付くと、声を掛け、彼の手の平へタッチする。
「あ! 和輝さんじゃーん! お疲れースッ! 久々じゃん。イエーイ! 」
「久しぶり。お疲れ様、陽太くん。やけに嬉しそうだけど、何か良い事あったの? 」
「まあ。そんなところですかねー。」
 陽太は鼻歌を歌いながら、笑みを作り白の顔を見る。
 白は陽太が何故自分の方を見ているのか分からず、目を点にして首をかしげた。
 流斗は陽太に突き飛ばされたことや無視されていることに腹も立つが、何より白との異様に近い距離で話す彼が気に入らず、白を守るように彼女の前に顔だけを出して彼に睨みつけた。
「突然何なんですか? 堤さん。俺をいきなり突き飛ばすなんて。ちゃんと謝ってくださいよ。」
 不機嫌な態度で流斗は陽太に対し静かに怒る。
「あれー? 流斗くん、いつから居たの? 」
「さっきからずっと居ましたよ。」
「ごめーん。和輝さんはともかく、白ちゃんの姿があまりに綺麗で天使みたいに美しくてキュートだったから、流斗くんの姿が霞んで見えなかった。」
 陽太はニコニコ微笑みながら悪びれる様子もない態度で謝る。
「この女ったらしのギザヤロー。すげームカつく。」
 流斗は小声で陽太に聞こえないように独り言を呟いた。
 陽太は、白に話し掛けようと思ったが流斗が間に居る為、和輝の方へ話を振った。
「和輝さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど。良かったらアドバイスもらえませんか? 」
 陽太に質問される和輝は首をかしげながら彼の話を聞く。
「俺、和輝さんと同じく俳優業界に長く居るんですけどー、どうやったら、あんたみたいにカッコイイ男になれますかね? 」
 近くにある椅子を引きずって持って来て和輝の隣に座る。
「陽太くんは充分にカッコイイ男だと僕は思うけど。」
 和輝は、お弁当を食べ終わると買った飲み物であるホットミルク紅茶缶を開けて飲みながら答える。
「またまたー! 謙遜しちゃってー! 」
 さりげなく和輝の肩に腕を回して仲良く話す陽太。
「和輝さんみたいに大人の男になりたいんですけどー。上手くいかないんスよねー! ははは! 」
「はあ。そうなんだ。」
 和輝は呆れた表情で答えながらまた飲み物を口にする。
「何か秘訣は? 和輝さん、色んな女性と付き合った経験ありますよね。あんなに恋愛でのラブシーン演技上手いんですから。」
 その二人の会話を近くで聞いていた流斗はドン引きしていた。
( 堤さーん!? いくらなんでもデリカシーなさすぎでしょ!! 笑顔でストレートに地雷踏むような質問を普通するか!? )
 白も流斗と同じくその会話を聞いていた。
( 確かにラブシーンは浅倉さん、めっちゃ上手に演技しているし、写真掲載記事とかでも包容力ありそうな場面は数々あるけど! 堤さん、ちょっとこの質問の仕方は……。浅倉さん、流石に不愉快に思うんじゃ……。 )
 和輝の口から、どういう言葉が出るのか、二人はゴクッと喉を鳴らす。
 怒るのか、それとも真面目に答えるのか気になり、彼の方を見る。
「あー……悪いけど実は僕、女性と付き合ったことあるけど……そういう、なれそめとかはないし、陽太くんみたいに女性とどうこうなったことないんだよねぇ。」
 平然と真顔で言う和輝の言葉に二人は驚く。
(( ええええええええー!?  ))
 陽太自身は相変わらず反応が薄い。
「えー? マジですか? 」
「そりゃあ、女性には何回も告白された経験あるし、付き合ったけど……。
 色々仕事とプライベート分けて付き合うとねー。ややこしくて、揉めて喧嘩や自然消滅とかで五人くらい別れたから。当分僕は恋愛や女子と付き合うつもりないかなあ。しばらくは一人や友達って感覚で付き合った方が楽だし楽しいから。」
 淡々と答える和輝に陽太は「ふーん。」と答える。
「じゃあ、ラブシーン撮影で抱き合っている演技とかの上手さは何ですか? 」
「違う作品とかの映像観て参考にしているのと、女性の気持ちに寄り添う感じで……。」
 和輝は自分の意見を普通に伝えたつもりだ。
 周りには白や他の女性も居る。だから下手にイヤらしい会話や不愉快な話はしたくなかった。が、残念なことに陽太は周りの空気ぐ読めていないようだ。
「エロ本とかAVは参考にしないんですか? 」
 スマホで検索したエロ本やAVDVDやBDを和輝に見せつけた。
 流石に陽太の一言とスマホ画面に和輝は飲んでいた飲み物が口から飛び出すまではなかった呼吸する方の気道に入りそうになり咳き込む。
 流斗は周りの目を気にしながら陽太に近付き、台本を丸め彼の頭を軽く叩き注意する。
「バカなんですか? 堤さん。
 周りには俺ら男だけじゃなくて他の女性達も居るんですよ。
 そんな中でエロ本話とかするのおかしいでしょ! 女性は意外と言葉には敏感だし清純派の人もいるんですから! 」
「そうなの? 」
 陽太は悪気もなく首を傾げる。
「それに女性の前で話す内容じゃないよ。」
 和輝は額に手を当てながら頭痛そうになる。
 流斗は陽太のスマホを取り上げ、検索した画像を素早く削除しホーム画面に戻した。
「なら最後にセックスしたのいつですか? 」
 陽太は全然懲りる様子もなくデリカシーもない質問を続ける。
「「ブーッ! 」」
 流斗と和輝は同時に口から飲み物が吹き出しそうになった。
「俺はねー何回も……。」
 陽太が爽やかな顔で言うのを二人は叫んで止める。
「「言わんでいい! 」」
「何~? 二人とも乗り悪くない? 俺はただ質問とアドバイスもらいたいだけなのにさー。」
 陽太は頬を膨らませながら口をタコの漏斗ろうとみたいにして拗ねる。
 流斗は和輝に声を掛けて近付き耳打ちするように会話する、
「何であんなヤツを女子は好きになるんですかね? 
 女性に対してはデリカシーありで、俺ら男性にはデリカシーの欠片一ミリもないって。」
「同感だしワケわかんない。
 おかしいなあ。陽太くん、前はあんなキャラじゃなかったのに。」
 和輝は腕組みしながら陽太を見る。
「人と関わりすぎて性格変わったとか? 」
「かもねー。この業界では皆、キャラ濃いから。」
「いやでも、だからってそんな女遊びに走りますか? 」
「何かあったのかな? 」
 そんな流斗と和輝の二人が会話していると、陽太は拗ねた子供みたいに駄々を捏ねる。
「何コソコソ話してるのさー。二人っきりでー。」
 流斗は陽太に「別になにも。」と答え、まだ残っていたポテトを口に入れる。
「それで? 和輝さん、どうなんですか? 答えてくださいよー。」
 陽太は流斗の買って来た昼ご飯でもあるポテトを勝手につまみ食いしながら和輝に尋ねる。
 流斗が無言で陽太の手を軽く祓う中、和輝は声に出したくなかったので、スマホで字を打つ。
 そして、陽太にスマホを見せる。
 打たれた文章はこう書かれていた。
『やってないよ。』
 和輝はスマホ画面を消して、不愉快な顔をしてそっぽを向く。
「ええええ。和輝さん、マジで童貞なんですね。ふーん。俺には和輝さんみたいな考え無理スッわ。」
 陽太はヘラヘラと笑いながら流斗から自分のスマホを奪い、和輝と話を続ける。
 しかし和輝自身の溜めていた気持ちが一気に爆発する。
「童貞って……っ。陽太くん、あのねっ。俺だから良かったけど、デリカシーのないこと無暗に人に言ったらダメだよ。
 言葉は刃物だし、中には逆ギレしてくる人とか傷付いて立ち直れない人や繊細な人もいるんだからさ。皆、メンタル強いわけじゃないし。
 今度からは少し発言に気を付けてくれるかな。」
 和輝は表情を真顔のままだが静かに怒り注意する。
「スンマセーン。気を付けます。でも俺、そんなデリカシーのないこと言ったつもりないんですけどねー。誉めたつもりだったのにー。」
「いや、普通に貶してたよね。」
 和輝は目を細め白い目で陽太を見ながら呟いた。
「勿体なー。和輝さん、演技も仕事もハイスペックとは言わないけどストイックなのにー。彼女いないとかありえないでしょ。」
「陽太くんは充分ストイックだと思うよ。女性にモテるってスゴイよね。仕事以外で色んな女性と相手して付き合って疲れないの? 」
 和輝は、つい陽太の態度に呆れ、心にもない言い方を口に出してしまった。
 まずい。不愉快に思っただろうかと心配するが、陽太は気にしていないようだ。
「あー。実は俺、これを機に女遊びは止めようと思ってるんですよねー。」
 陽太は顎に手を乗せてニヤリと猫みたいに笑いながら有頂天になる。
「白ちゃんに好かれる為に頑張るー! 一人の女の子の為に励む! 」
 和輝はドン引きしながら、引きつった顔をする。
「あ……そうなの? でも、無駄なんじゃないかなー。その性格直さないと。」
 聞こえるか聞こえないかの声で和輝は嫌味を独り言のように呟いた。
「それに清水さん、さっき理くんに告白されてたよ。お友達からかお試し期間みたいに付き合うみたいだし。」
 和輝が陽太に教えると流斗は聞こえた和輝の会話に混乱と驚愕し席を立つくらい逆上する。
「はああああ!? どういうことですか?! 理って誰ッスか!? 」
 陽太も驚き声を上げた。
「俺も聞いてないよ~! 今朝、白ちゃんに告白してフラれたのに! 」
 どうやら白は今朝、陽太に告白された。というかナンパされたらしいと思い、流斗はニヤリと嬉しそうに悪魔みたく嘲笑う。
「フラれたんだー。ざまあー。」
 陽太は面白くなさそうにしてまた頬を膨らませながら口をタコの漏斗みたいにして拗ねながら、白を探す。しかし、彼女の姿がいつの間にか見当たらなかった。
「あれ~? 白ちゃんは? 」
 流斗に尋ねると彼は、白はお手洗いに行ったことを伝えた。
「そんで理って男は何処のどいつですか? 」
 和輝に白が誰に告白されたかを知りたがる流斗に教える。
「俳優の立川理くんだよ。」
 流斗は彼に名前を教えられると雷が落ちるくらいショックを受ける。
「あの……っ、空手世界チャンピオンと数々のスポーツで賞を取りまくってるハイスペックのガキかよ!? 」
 立川理は若手俳優。二十代後半の二十五歳で俳優になる前は、空手に柔道、剣道、ボクシング、キックボクシング、スケートボード、自転車競技などあらゆるスポーツ競技に参加。ハイスペックな活動して一般の女男からも黄色い声が飛び交うくらい学生時代から人気者だったらしい。
 十八歳くらいの頃に空手の世界チャンピオン優勝歴がある。他にも数えきれない賞を獲得している。
 そんな立川が白に告白してくるとは恐ろしい男だ。
 白の裏の顔、元ヤンこと元ヤンキーであることも金髪ハーフであることも知らないというのに、怖いもの知らずの男なのか。
 もし、このまま本当に白と立川が付き合ったら別の意味での最強カップルだ。
 だが、流斗にとっては冗談じゃない。
 自分だって、俳優業の一環でもあるが、白に好意を寄せてもらおうと日頃から、ありとあらゆる方法を使い身体を鍛えた。
 仕事オフの時、早朝にはウォーキングにスポーツジム通い。家の中でも身体を鍛える為に色々機械を買ったりもした。プロテインも飲んだ。
 ひたすら鍛えた。食事にも力を入れた。
 白は優しく強く逞しい男が好きだと言っていたからだ。
 あまりバキバキの筋肉マッチョだと気持ち悪がられるかもしれないと思い、細マッチョを維持していた。
 が。全く流斗は白には相手にされていなかった。
( あのクソアマッ! 俺より理かーい! 何で俺じゃねぇんだよ! ふざけやがって! )
 身体を鍛えただけでなく、美容、ヘアースタイル、化粧にも力を入れたのに。
 何が立川に劣っているというんだ。
 ギリギリと歯軋りをし、怖い顔をする。
 おそらくだが、流斗の場合は、白に対して素直になれず、優しさや態度がイマイチ欠けているのが欠点なのだろう。
 それを克服すればあるいは少しは可能性があったのかもしれない。
 たが、白にとっては流斗は同期で同じ事務所の役者仲間で友達、三つ年上の兄のようにしか思っていないのだから、よっぽどの事がない限り彼女が彼に振り向くような展開はまずないに等しい。
 怖い顔をしている流斗を見て陽太はニコニコしながら呟く。
「流斗くん、俺と対して年齢変わらないけどー……ガキだよね。中学生みたい。」
 流斗は陽太にそう言われると言い返した。
「そういうあんたはチャラ男の女ったらしでしょ。」
 そんな会話をしている三人の近くに居た瑠華はというと。
 何とかして流斗に話し掛け、手に持つ小さな紙袋に入ったバレンタインの手作りチョコを渡そうと考えていた。しかし、邪魔な女は消えていた。
( よっしゃー! 目障りな女は居なくなったー! 流斗様に話し掛ける絶好のチャンスー! )
 因みに目障りな女というのは白のことである。
 瑠華は勇気を出して立ち上がり、流斗に近寄り話し掛けようとする。
「っ……、天宮先輩あのっ! 」
 しかし。
 恐ろしいほど女子達が集団で群がるようにして来て、流斗に陽太、和輝の三人を取り囲んだ。
 黄色い声を上げて差し入れのお菓子やチョコを手渡していた。
 瑠華は、女子達の集団に突飛ばされたり、はね除けられ流斗に近寄れなかった。
「っ……、メス豚がっ! トンテキにしてやる! 」
 流斗達の名前を叫ぶが女子達の黄色い声に搔き消された。
 そんな中、休憩室に新たな俳優が足を運ぶ。
「何かスッゲー群がってるくね? 」
 三十代人気アイドルグループタレントの男性が、驚いて立ち止まる。
 同じく四十代人気俳優男性も驚いて呆れる。
「違う所に移動しようか。」
 すると再び白が休憩室に戻って来て、立ち止まる二人に声を掛けた。
「あ! しゅんくん達だ! おーい! 」
 三十代人気アイドルグループタレントの男性、神崎舜が白に声を掛けられて振り向く。
「おお。白。」
 四十代人気俳優男性、ディラン・ササハラも彼女に振り返り気さくに挨拶をする。
「お疲れ様。白ちゃん。」
 白は二人の着ている服装に驚く。
「お二人とも、その格好! 実写版映画の衣装ですか? 」
 黄色い声で、もしかして再び漫画の続編実写化映画の撮影しているのかと尋ねた。
「前作の続編製作決定して、完結編二部作、前後編の映画で、今回は六ヶ月撮影しているんだよ。」
 ササハラから聞くと白は、興奮して喜ぶ。
 人気漫画で、アニメ、劇場版アニメ、実写化映画も仕事の合間を縫っては足を運んで映画館へ観に行っていた。賛否両論あるものの、白はその作品は好きだった。
 そして何より、俳優や女優さんが実写化して演じても何も違和感がないくらい漫画のキャラクター、登場人物のイメージ通りなのだ。
 神崎は主役、ササハラは脇役である。
「舜くんもカッコイイけど、ディランさんもカッコイイです。」
「ありがとう。」
 白はササハラだけではなく神崎にも褒める。
「舜くん、髪の色の金髪、超似合ってる。漫画そのままって感じで素敵。」
「でも今回はウィッグなんだよね。前回は染めてたんだけど、痛むからさあ。また髪を伸ばす時間もないし、難しいから色々製作の人達と相談してカツラにしたんだ。」
「そうなんだ。でも、似合ってるよ。」
 神崎は笑いながら白と明るく気さくに返事を返した。
「よせよー。おだてたって何も出ないからな。」
 ササハラは白と神崎に撮影中の実写化映画のことを語る。
「だけど、今回は前回よりほとんどCGが多めで完成度高いから難しいよね。役どころや演技。」
「そうですよねー。難しいですよ。俺なんて今回、二役ですよ! 」
 神崎とササハラの二人が盛り上がるように語り合うのを他所に、白は実写化映画に出演したことがない。彼女は密かに憧れていた。
「実写化映画かあ。良いなあ。」
「実写化で出演に選ばれるのは良いけど、漫画のキャラクターのイメージ壊しそうで大丈夫かな? って思う人多いらしいんだよね。」
 そんな話を三人で話しているとまた別の俳優が顔を出して来た。
「やけに騒がしいと思ったら、あんたか。」
みなとくん! 」
 神崎、ササハラと同じ実写化映画に出演している三十代俳優の七宮湊が白に話し掛けながら、自販機で水を買う。
「あれ? 湊くん、実写版の衣装は? 」
「俺は、もう収録終えて、今、声をアテレコしてるんだ。それと同時進行でインタビュー受けてるんだよ。」
「へー。」
 白は、持っていた袋の中からビッグサイズの飴玉袋を取り出し、五個ずつそれぞれの手の平に乗せた。
「あ。三人に大したものじゃないんですけど……差し入れです! 飴は喉に良いから。どうぞ。」
 白の様子を遠くから見ていた流斗は何やってんだ。と目を細めて見ていた。
「ありがとう。白ちゃん。あ。僕も大したものじゃないけど……キシリトールガムのフルーツ味。」
 ササハラは気さくに持っていたBOX付きキシリトールガムを白に手渡した。
「BOX付きの八百円代じゃないですか!? 」
 神崎はマジかと驚いてササハラとあげる品を交互に見る。
「コンビニに初めて入って買い物したら、くじ引きがあって。何故かこれが当たったんだよねー。でも、こういうの僕は食べないから。あげるよ。白ちゃん。」
 七宮もズボンポケットから取り出しチョコを白にさりげなく手渡した。
「俺もやるよ。マープル。」
 神崎は七宮も白に無償で渡していることに驚いてツッコミを入れる。
「うおい! お前もかいっ! 」
 神崎は、頭を軽く掻きながら二人があげるなら自分も渡そうと考え、小さな箱のお菓子を渡す。
「なら、俺もやるよ。タバコ似ラムネのココア味。」
「ありがとうございます。」
 そして白は三人から、たまたま持っていたお菓子をもらい喜ぶ。
( ラッキー! )
 すると流斗達の方に居た人達とは別のファン集団が波のように押し寄せて来た。
 そして嵐のように僅か数分で人は居なくなった。
 神崎、ササハラ、七宮の三人の手元には大きな紙袋などを持っていた。
 白も同じく手元に紙袋など持っていた。
 しかし、それと引き換えに彼女のある物がなくなっていた。
「ウソ!? ない!! 」
 手元をよく見ると先程、三人からもらったお菓子と自分が配ったビッグサイズの飴玉袋が忽然と消えていた。
「舜くんとディランさん、湊くんからもらったお菓子と、私のビックサイズ飴袋っ、全部取られた! 酷い! あんまりだよ! 」
 床に手をついてショックを受け泣き崩れる白。
 七宮は苦笑いしながら呟いた。
「あのファンの誰かが持って行ったんだろうな。」
 神崎は「女子怖ーっ。」と言い去って行った人達の廊下を覗き窺う。
 休憩室に立て掛けてある時計の時刻を確認すると七宮は慌ただしく出て行った。
「やっば! 俺、次違う仕事入ってるんで行かないと! じゃあな。白。また次の時に菓子持ってたらあげるから。お疲れ様でしたー! 」
 ササハラも彼の後に続くように休憩室を去って行く。
「僕らも収録撮影の続きしに行かないと……。どんまい。白ちゃん。じゃあね。また! 」
 神崎も追うように走りながら、後ろを振り返り白に勇気を与える言葉を掛け手を振って去って行った。
「元気出せよ! 白! また今夜の歌ステで会おうな! バイバーイ! 」
 ショックで白はしばらく呆けていたが、神崎の励ましの言葉で我に返る。
「ん? 今夜? 」
 しかし、お菓子をあんな形で取られたことには白にとってはショックすぎて深い溜め息を吐いていた。
 すると、テーブルに一人、どんよりと暗く落ち込んで肩を落とす瑠華を見掛ける。
「一条さん。お疲れ様。どうしたの? 元気ないね。」
 心配になった白は彼女な気さくに優しく声を掛けた。
「清水さん……っ。フンッ! 」
 振り返ると瑠華は、また彼女が戻って来たことに不機嫌になり腹が立ち、冷たい態度を取り、そっぽを向いた。
 苦笑いしながら白は、瑠華が腕の中で握りしめる紙袋に目が行く。
 白は流斗達の方を見ると、三人の席にはチョコやらお菓子などがたくさんテーブルに積み重なっていた。
 ファンの人達はもう居ないが、先程みたく芸能界に居る女性集団が彼らに渡したのかと察する。
 瑠華も渡したかったのだろうが、彼女達に突き飛ばされてか渡せなかったのだろうと思考する。
 気の毒な話だ。
「一条さん、それ、もしかして流斗にわたすつもりだったの? 」
 白は優しく声を掛けて瑠華に尋ねた。
「だったら何よ。文句ある。」
 瑠華は素直に言い方ではなかったが、白には伝わったようだ。
 何とかしてあげようと思い瑠華を優しく立たせ手を引っ張って流斗のところに連れて行く。
「流斗にね。一条さんが、渡したい物があるんだって。」
「っ……、一条っ。」
 流斗は、先程の女性達の優しい態度とは違って打って変わり、顔色が真っ青になる上に表情がひきつる表情で瑠華を見る。
 白はニヤニヤしながら流斗の腰を肘で軽くつつきながら小声でからかう。
「流斗、モテモテじゃーん。」
「っ、あのな……っ。」
 流斗からしたら嬉しくもなんともない。
 白の余計なお節介に苛立つが、睨みはせずに眉間に皺を寄せて深い溜め息を吐いた。
 白の考えは手に取るように分かる。
 彼女はおそらく善意でやっているはずだ。流斗からすれば迷惑な話だが。
 冗談じゃない。白以外の女と付き合う気はこれっぽっちどころか一ミリだって嫌だ。と思う流斗だった。
 かと言って、瑠華を変に避けたり、一切関わらない。なんてことは出来ないし、したくないのも事実である。
 過去の元カノ達みたく変に執着されストーカーされたり、または一方的に別れを切り出されたりして傷付き失恋のような二の舞の未来にはしたくもないし、なりたくもない。どうしたものか。
 流斗がそう思っていると瑠華が頬を染めて、もじもじしながら話し掛けて来た。
「天宮先輩っ、六年前に助けてもらった感謝のお礼です。渋谷で……落とし物拾ってくれたこと、覚えていませんか? 」
 旗から見た流斗からは、何を頬染めてンだ!? とドン引きしていた。
 瑠華に一方的な好意を向けられ、白は全然気にする様子はない。
「あ、ああ。覚えてるけど……。」
 陽太と和輝は流斗の会話に聞き耳を立てるが、声のテンションが低い上に暗い。あからさまに瑠華と話したくない、関わりたくないオーラが出ているのが見える。
 瑠華は、必死に流斗に想いを言葉にして伝えるのが精一杯で流斗のあからさまに分かるくらい迷惑そうな表情でさえも彼女の脳内で美化され優しいイメージで話を聞いてくれる彼として見えていた。
「今まで、仕事とかでお忙しくて、天宮先輩と、ちゃんと向き合って話せなかったので。そのお礼です! 」
 手が震えながらも紙袋を流斗に渡す瑠華。
「これを、良かったら、どうぞ。つ、つまらないものですけど! 」
 流斗は苦笑いしながら彼女な感謝の気持ちを伝えながら、紙袋を受け取る。
「ありがとう。」
 瑠華は脳内でまた都合よく美化し、彼の嬉しそうな微笑みに見えて嬉しい気持ちになる。
 現実は苦笑いしている流斗である。
「あの、もし、良かったら私とLIME交換してくれませんか? 」
 これで終わるかと思いきや連絡先のやりとりをお願いされるときた。
「え。」
 流斗は、更に真っ青になり固まり困る顔をする。
 先程の女性集団達は余程、流斗と仕事を関わらない限りLIME交換をすることはないし、しない。
 しかし、瑠華とは思い返せば仕事上で共演は何度もあった。これまでLIME交換していないこと事態が不思議なくらいだ。
「だ、ダメですか? 」
 上目遣いで謙虚に瑠華は頼み込む。
 大抵は男は胸キュンだドキッとときめくのだろうが、流斗には悪寒しかない。
 明らかに彼女から好意を寄せられているといち早く察する。
 流斗がそう思っていると白が小声で彼に促す。
「交換してあげなさいよ。」
 分かっている。
 この女は自分のことなどこれっぽっち恋愛感情を持ち合わせていない恋愛経験ゼロ。
 芸能界での仕事がなければ、食べ物を食べるか遊ぶことしか脳がないバカ女である。
( このドン感のアバズレ女! )
 流斗は、眉間に皺を寄せながら睨む。
 けれど、この芸能界では一般業界より人との関わりが多いのは事実。連絡先交換せざる負えない。嫌だなんて言えるはずはない。
「あー……うーん。いいよ。」
 流斗は、ものすごくあからさまに分かりやすいテンションが低い状態で、連絡先を交換する。
 声から嫌そうに言う流斗の言葉に陽太と和輝は心の中でツッコミを入れる。
(( LIME交換するんだ。))
 彼と瑠華がLIME交換する様子を見ていた。
 白は自分のことのように喜びながら明るく瑠華に話し掛けた。
「良かったね! 一条さん。」
 瑠華は流斗に手作りバレンタインチョコも渡せたしLIMEも交換出来た。喜びニコニコする。
 本当に彼と連絡先交換したのか信じられずLIMEの彼のアイコンと名前を確認し、嬉しそうだ。乙女の顔だ。
「礼は言わないわよ。」
 瑠華は近くに居る白に気が付くとツンと冷たい態度を取る。
 一方、流斗は早速、瑠華にLIMEトークメッセージをどう返そうか葛藤し眉間に皺を寄せていた。
 が。テーブルに顔を伏せて重く深い溜め息を吐いた。
「メンタルめっちゃキッツーぅ! 」
 暗く落ち込む流斗に陽太は声を掛けた。
「流斗くんさあ。本当にプロ俳優~? あからさまに嫌そうな表情と声のトーンが低く出てたよ。」
 陽太はマスクを外し、ガムを噛んで風船を膨らませながら流斗に話し掛けていた。
 和輝は食べ負えた弁当箱を包み自分のリュックにしまいながら流斗に呟いた。
「交換したくないなら、何でちゃんと断らなかったの? 」
「断れるわけないでしょ。この業界じゃあ。」
 流斗は二人に愚痴を溢した。
 因みに、LIMEを交換しただけで瑠華とは友情すら築けてはいない。まだ何も発展はしていない。
「一条……実は苦手なんですよねぇ。俺。」
 小声で本音を呟く流斗に対して陽太は呟く。
「俺は瑠華ちゃん素敵な女性だと思うけどなあ。」
 和輝は陽太を見ながら、またサラッとキザなことを言っていると思いながらも受け流す。
「一条さん、流斗くんのこと好きなんじゃないの? 」
 そう和輝が流斗に伝えると彼は顔が真っ青になる。
「冗談じゃないッスよー。俺には好きな子が居るのに。」
 口から魂が出そうになるくらい流斗は更に落ち込む。
「間違っていたらごめん。流斗くんの好きな子って……清水さん? 」
 和輝は飲み物を飲みながら尋ねる。
「ちっ! 」
 流斗は分かりやすく動揺して立ち上がり、和輝を見た後に、白の方を振り返る。
 本人に聞こえてはいないかと焦る。
 大丈夫だ。聞こえてはいないようだ。
 白は瑠華と楽しそうに話している。
 安堵すると流斗は、また再び椅子に座り、冷静を装い笑って誤魔化す。
「違いますよー。面白い冗談ですねぇ。俺が白を好きになるけないじゃないですが。ははは。大体何を根拠に。」
 シェイクを飲みながら流斗はケラケラと笑い続ける。
 彼の素直じゃないツンデレな態度に和輝は平然と口にする。
「流斗くん。噂、知らないの? 君が清水さんに好意を抱いているってことは、芸能業界内では皆ほとんど知ってるよ。」
 和輝は冷静沈着に流斗へ伝えた。
「え。」
 また分かりやすい動揺をする流斗。
「知らないのは清水さん本人ぐらいじゃないのかなあ。」
 和輝は他人のにも自分の恋愛にも興味はない。が、三十という歳でありながら、中学生みたいな性格で女子をからかったり、いじめたり、嫌われるような発言している男は、見ていて正直好きではない。それに、自分までそういう男だと思われたくないからもその一つだ。同じ三十代でも見ていても恥ずかしい上に腹が立つ。
「流斗くん、何で素直に清水さんに好きだって言わないの? 」
 まだ幸いにも理くんに告白されたけど、まずは友達から付き合う感じみたいだし。その内、彼じゃなくても、他の誰かに取られるかもよ。」
 和輝は飲み物を飲み終えると、缶入れのゴミ箱に捨てながら呟いた。
「あんまり心にもないことを言わない方が良いよ。好きな人には素直になって優しく接する。誰にでも優しくするのは止めるとかした方が良いよ。
 いつまで経っても好かれないし、ドが過ぎると本当に嫌われるかもよ。」
 流斗は和輝に注意をされると、流石に彼の言うことは一理あると思った。
 が、そんな急に素直や優しくなろうと思ってもすぐには出来ないものなのだ。とくに好きな人には。
「余計なお世話です。そもそも俺が白とどうなろうが、あんたに関係ないでしょ。ほっといてください。」
 フン。と怒って流斗は和輝からそっぽを向く。
 陽太はそんな二人の会話を聞いていたが無視し、ガムを噛み終えると、それを小さな包み紙に丸め、戻って来た白に獲物のように標的みたいに狙いを定めるように目を細め、席を離れ白に近寄り声を掛ける。
「そうそう。白ちゃん、今朝の話の件なんだけど。」
 白は陽太の方へ振り向き、今朝の件。と陽太に尋ねられ思い出す白。
 確かエレベーターの中で本気か遊びか、あるいはナンパに近いような壁ドンをされて付き合わないかと言われたことだろうかと、白は顔をひきつらせながら苦笑いする。
「あの件は朝、お断りしましたけど……。」
 陽太は爽やかなキラキラスマイルでストレートに二度目の告白をしてきた。
「やっぱり俺達、付き合おうよ。今度は結婚前提で。」
 白は白目になる上に口がポカーンと開いた。
 その二人のやり取りを特等席みたいに見ていた流斗は、ギロッと睨みながら犬みたいに歯軋りする。
「あのヤローッ! 性懲りもなく、また勝手に俺の白に堂々と口説いてやがる! 」
 和輝はツッコミを入れながら、彼を落ち着かせる。
「いや、清水さんは君のものでもなんでもないよね? 人をモノ扱いってのもどうなんだろう。」
 一方、白は目の前に居る陽太から距離を取りたく、一歩足を後ろに下がると彼がより距離を詰めてくる。
 何とか陽太に諦めるように話を持って行こうとする。
「ご冗談を。今朝のことだって、今のお言葉も、からかってるだけですよね? 」
 今朝のエレベーターの中で迫って来た距離と同じで近い。
「そんなわけないでしょ。」
 白の耳元で優しく甘い言葉で陽太は囁く。
 大抵の多くの女性は、それで効果が発揮されて思考回路など麻痺したりし、恋愛感情のような錯覚、甘い感覚になり好きになる傾向がある。
 白にだってきっと効くはずだと思い実行する。
「聞いたよ。和輝さんから。理くんと付き合う方向だって。
 けど、改めてさあ。考え直せない? 理くんより俺との方が気が合うと思うんだよねー。」
 白は自分の口元を手でとっさに塞ぐ。
 よく俳優や女優でもお芝居とは言えど、何かしらのきっかけにより、お芝居どころじゃなく笑いのツボのようなことが起き、笑いがしばらく止まらなくなり、撮影NGになる展開があるように白もその笑いのツボが入ってしまった。
 因みに、これはお芝居でもなんでもなく、陽太に告白、いや迫られ口説かれている真っ只中の最中である。
( だ、ダメだ! 面白い! ごめんなさい。堤さん! )
 肩を震わせながら何とか笑いを押さえていた。
 その彼女の様子を見ていた流斗は目を細めながら安堵する。
 心配することも助けに行く必要なさそうだ。と思い、飲み終わり空になった紙コップをゴミ箱へ残りの袋もまとめて捨てた。
「あれ? 流斗くん、意外と冷静だね。清水さん助けてあげないの? 」
 和輝がスマホで動画観ながら流斗に尋ねる。
「あいつ普通の女子に比べたら女子力低いですから。恋愛にも超ドン感ですけど。それ以前に白はカメレオン女優ですよ? あの程度じゃ落ちないし靡かないですよ。」
 余裕綽々の流斗に呆れてものも言えない。告白する勇気もない小心者な上に器小さいクセにと思いながら和輝は溜め息を吐いた。
「あるいは清水さんが理くんに返事OKしたのは、彼が彼女のタイプだったからかなあ? 」
「優しくて強い男がタイプで好きらしいですからね。特にイケメンだと尚更。」
 流斗が何か飲み物を買おうと自販機の前に立ち悩み、行ったり来たりして迷う中、和輝は、白を口説く陽太の二人のやり取りする光景に違和感を覚えた。
 前に一度だけ似たような場面を見たことがあるのを思い出す。
 そうだ。十七年前、幼い地毛金髪姿の白を自分の付き人にして連れ回していた時期、何処かのテレビ局で高校生の陽太が彼女をからかって口説き、ナンパしていた場面が脳裏に浮かぶ。
 現実は地毛金髪姿の白ではなく、同姓同名の別人である焦げ茶髪姿の白に陽太が口説いている訳なのだが……。
 いつの間にか焦げ茶髪姿の白を幼い頃の地毛金髪姿の彼女と比較、いや、同一人物かもしれないという見方をしてしまう。
「近々、眼科行った方が良いかな? さっきから幻覚が見える。」
 おまけに何か二人を見てると流斗と少しだけ違うが、苛立ちとは違い、心がモヤモヤムカムカする。
 芋虫かなんかを踏み潰したような嫌な気持ちになる。
 和輝は思考を働かせると、はっ! と目を開いて、真顔で自分の手の平にポンッと拳を作り縦に軽く乗せて呟く。
「あ。そっか。なるほど。」
 自分は義理の妹の彬を親代わりみたいに育てたことから、自分より下の世代の年齢の子、特に女性には、娘のように心配する過保護で保護者のような父性と母性のマリアージュした感情が芽生え始めているんだ。だから白ではなく陽太に対して複雑で不愉快な感情を感じたのだろう。
 陽太のような男は確かに危険だ。
 しかし、白を助けてあげたいが自分がそれをすると周りからは誤解されたり冷やかしが来る予感しかない。
 しばらく様子を見ようと考える和輝に対し、流斗は首を軽く傾げる。
「あの人、何独り言呟いて自分で自己完結して納得してるんだか。」
 すると、流斗は和輝が飲み物を買ったあの謎の奇妙な自販機の前に立っていた。
 お金を入れると、同じく広告CM動画が流れていた画面が途中で切り替わり、変な文章が出て来たのを見て、目が白目になった。
 文章には『あなたがモデル、俳優になったきっかけはありますか? 』と書かれていた。
 YESかNOでタッチするように指示が出た。
「バカバカしい。」
 自販機に新しい機能でも付いたのだろうか。と勝手に納得して迷いなくYESをタッチした。
 和輝と違って意外に早く押した。
 その後、自分の選択した飲み物、グレープフルーツジュースを押し、下から出て来た瞬間、自販機のピピピピッ! とな長めの音が鳴る。
 数字の七が五つ並ぶ。
 数字が揃えば二本目は無料で選択した飲み物がもう一つもらえるのだ。
「おお! マジか! 」
 ほっとのお汁粉缶の飲み物が一列目に並んでいる。
 白が好きな飲み物だ。
 これを選び彼女に渡せば笑顔は自分だけに向けて微笑んでくれて独り占めに出来るはずだ。
 流斗は口元がニヤけながら想像する。
「ありがとう。流斗! 」
 鼻歌を歌いながらピッとお汁粉を選択する。下から落ちて来ると取り、悪魔のように笑う。
「俺ってなんて良いヤツなんだ。」
 自分の飲み物と白の為に選んだ飲み物を取る。しかし、思ったよりお汁粉の缶が熱く思わず手を離してしまった。
「熱っ! 」
 その缶は流斗の足に落ち、カラカラカランッと床に転がる。
 流斗は落ちた缶で足を突き指して痛い顔をして足を押さえ痛みに耐えていると、近くに居た羽奈が転がる缶を拾いながら爆笑して彼を見ていた。
「ぶははは! マヌケー! あははは! 」
「笑うな! 」
 流斗は羽奈が持っていた缶を素早く取り上げながら怒る。
 羽奈は大爆笑し過ぎて笑いが中々止まらないようだ。
 笑いが収まると彼女は白と陽太が話しているのを無視して和輝が使っていた喫煙ボックスに目を向け流斗を強引に誘い、彼の首に巻いたマフラーを軽く引っ張り、その中へ二人で入った。
「何だよ羽奈。俺をこんなところに連れて来て。」
 流斗は換気扇を回しながら羽奈に訊ねる。
「ここなら会話は聞こえないから。それに喫煙してるぐらいでは親密に見えないし。」
 羽奈はポーチからタバコ箱を取り出し、一本手持ちマスクを外し吸うフリをする。
 流斗は彼女が自分に向けるタバコ箱の角から出る一本のタバコを取り、彼もマスクを外し加える。そして、ポケットからライターを取り出し、点けたフリをし話し出した。
 因みに二人は喫煙者ではない。演技意外はタバコを吸うことはない非喫煙者、健康人間である。
 流斗は休憩所を見ながら不服な表情をする。
「充分親密にしか見えねぇだろ。」
 頭を抱えながら頭をぐしゃぐしゃにし、不安になる。
「大丈夫だよな? お前の彼氏に誤解されるんじゃ……彼氏の名前、なんだっけ? 」
 羽奈は肩に掛けていたバックからあるものを取り出しながら彼に教える。
「俳優の薬師寺大河くん。」
「そうそう。大河くん。
 その人に怒り買わないかなあ? 大丈夫だよな。な? な? 」
 焦る彼に羽奈は笑いながら伝える。
「大河くんは流斗くんより器小さくないし、心広くて優しいから。問題ないわよ。」
 流斗は彼女のあまり物事を深く考えないところが良いのか悪いのか、意外にポジティブな面を持っているのには感心する。
「悪かったな。器小さい上に心狭いわ優しくないわで。」
 一方、その二人が気になっていた瑠華は、不機嫌な顔をして、隣の空いている喫煙ボックスに入り、流斗や羽奈と同じようにタバコ箱を取り出し、一本のタバコを加える。
 しかし、こちらは本当にライターを取り出してタバコに火を点けて吸っていた。
 そして気付かれないように流斗が居る壁際に向かい合わせのように立つ。
 彼が高身長なのが意外と効果があり、隣の喫煙ボックスに瑠華がタバコを吸いながら聞き耳を立てている姿は隠れていた。
( あの女! 星乃羽奈っ、俳優の薬師寺大河と付き合っているクセに流斗様に気安く話し掛けて! おまけに何二人っきりの親密な空間に誘ってんのよ! )
 足踏みしながら瑠華は苛立ちタバコを吸っている中、流斗と羽奈の二人は彼女の隣の喫煙ボックスで話を続けていた。
「だいたい何だよじゃないわよ。
 あんたに頼まれてた白の写真データが入ったUSBとかを手渡しする為に待ち合わせ場所、このビル内の食堂で会う約束しといたのに。待ってても全然来ないし。 LIME送っても既読にすらならないわ電話しても出ないから、あんたが向かう心当たりある場所を予想し来てみたら案の定……休憩所ここかーい! 」
 羽奈は渡そうと思っていた品袋を流斗に乱暴に押し付け怒る。
「わ、悪りい。すっかり忘れてた。ごめん。あと、サンキュー。」
 すぐに流斗は彼女へ素直に謝る。
 羽奈はまだ苛立っていたが、設置されている小さなテーブルに手を置いて指先を何度か動かして、心を静めさせ一度深いため息を吐いて機嫌が良くなると、また自分のバックから一枚の封筒を取り出すが、中身を一枚一ずつ確認していた。
「しかし、よくバレないねぇ。白に。
 確か白、流斗くん家に同棲? 妻通い? 寄生? みたいなことして出入りしてるんでしょ。」
 流斗は、買ったグレープフルーツジュースを飲みながら羽奈に言い返す。
「人聞きの悪い事言うな。言っとくけどなあ。こっちはいつも迷惑してるんだよ。」
 六年前、何気ない世間話の会話で、流斗は白から同じ地域に住んでいることを知り、仕事オフの日、二人はお互いに住んでいる場所を教える。なんと徒歩約十分くらいの場所だった。
 それからというもの、近所付き合いということで白は暇さえあれば流斗が住むタワマンに時々、突撃晩ご飯のように顔を出しに来ていたりしているのだ。
 それは今も長々と続いている。
 羽奈は流斗の話を聞いている限り、旗から見れば白と彼は、ほぼ同棲ではないか。いや、カップルじゃん。と思う。
 この目の前に居る男はバカなのか。
 今、一番白の近くに居て有利のは流斗なはずだ。
 事務所、仕事、住んでいる地域も一緒なら尚更、アタックするのは簡単。一石二鳥ではないか。
 だが、何故かそれを放棄し何も発展がない現状維持を保っている。
「そう言ってる割には口元嬉しそうだよねー。
 そこまで進展しているならさっさと白に告白して結婚すりゃあ良いじゃん。ダッさー。」
 羽奈の言うとおり、流斗の口元はゆるゆるに喜んで口が開いていた。
 しかし、結婚という言葉が出ると流斗は表情が引きつる。
「あのなあ。結婚とか簡単に言うなよ。」
 羽奈は写真を確認し終わると、封筒に戻し入れながらからかう。
「えー? 流斗くん、意外。白と結婚する願望あると思ってたのに。違うんだー。」
「あるよ。願望くらい。」
 流斗は、想像しながら鼻の下を伸ばす。
 けれど羽奈が水を差すように止めて、彼の頬を強く叩いた。
「ごめーん! 蚊が流斗くんの顔の周りを飛んでたから目障りで退治しようかと思って。」
 流斗は叩かれた頬を摩り羽奈を見ながら睨む。
「冬に蚊が居るわけねぇだろ。お前、絶対わざとだろ。」
 見え透いた嘘を言うな。と流斗は羽奈に目で訴える。
「いやいや。本当に蚊が居たんだってー。
 蚊もさあ、きっと、そういうあんたの押し付けるような重く長い妄想未来予想図に突入する話は聞きたくなくてウザく感じて血を吸おうかなあ。みたいに近付いて来たんだよ。きっと。」
「あるわけないだろ。」
 流斗は自分のマスホでカメラを操作し、自分の顔が写るカメラに切り替えて鏡を見るように頬が腫れてないか確認する。
 良かった。撮影前に痣やら腫れが出来ていたら製作者さんらに怒られ、迷惑が掛かるところだ。
 なんて恐ろしい女なんだ。平気で男の顔をひっぱたくなんて。
 羽奈と付き合ってる薬師寺という男、どうかしている。
 おそらく彼女は彼氏の前では相当猫被っているとみた。
 まだ猫被ってないはっきりとした素直な白の方がマシだ。
「そんなことよりさあ。」
「そんなことより!? 」
 この女、自分から聞いてきておいてなんなんだ。と、流斗は思いショックを受けていたが羽奈は構わず封筒を渡す。
「これは別の写真。もしかしたら白かもって思って撮ったものだから、確認しといて。
 勘違いだったら捨てちゃっていいから。」
 先程と違って乱暴じゃなく丁寧に手渡され受け取る流斗だが、品物渡すぐらいで羽奈が、二人っきりになれる空間に誘うわけがない。
「それだけじゃねぇだろ。わざわざこんな場所を選んだ理由。」
「へええ。バレたー? 実は白ねー。」
 羽奈が言う前に流斗は呟いた。
「理に告白されて近々付き合う流れだろ。」
「早ッ! 誰から!? 聞き出したのさー! 」
 流斗は休憩所に居る和輝を見ながら言う。
「浅倉さんから聞いた。」
「ちっ。おもんないわー。」
 羽奈は舌打ちしながら頬を膨らます。
「お前が少し顔出す前なんざ、堤さんに迫られて告白してたけど。」
 流斗から話を聞くと羽奈は興奮し黄色い声を出した。
「マジ~!? 全然気付かなかったー! 
 てっきり、何かセリフの読み合わせみたいなことしているもんかと思ってたけど。
 白、相変わらずモテキ現状維持じゃーん! 」
 羽奈からしたらそう見えたらしいが、彼からすれば和輝と同じく陽太が白にした口説き片はナンパにしか見えていなかった。
「あれが? セリフの読み合わせねぇ。ははは。笑えねぇわ。」
 白目でボソッと小声で呟いている流斗を無視して羽奈は一人で話し出した。
「私ね。あんたがさあ。さっさと素直に白へ告れば良い話なのにー。八年もグズグズダラダラとツンデレ行動してるからさあ。白と両想いにさせる協力をするのめんどくさくなって来たわけよー。」
 流斗は羽奈からもらった品袋の中身を確認しながら、適当に頷いて聞いていた。
「だ・か・らー。午前中にこの私、羽奈様が色んな俳優や女優さんに協力してもらって仕掛けちゃいました。」
 羽奈の話の内容が急にぶっ飛んだような展開だったからなのか、品袋に目を向けていたが彼女の方へ目線を変えた。
「なぬ? 」
「そ・れ・はー! パッパカパーン! 奪略愛大作戦ー! 
 ラブラブの白とわたるんから、あんたが二人の仲、間を引き裂くようにしてどうのこうのなり、白と恋仲になる。ってハピエンシナリオになるように作戦ノートを作って来たんだよーん。」
「作戦ノート? 何だよ。それ。」
 顔を引きつらせながら流斗は羽奈の話を聞き続ける。
「流斗くんが白に告白する勇気、その気にさせる為にあえて、誰かと白を付き合う方向に持って行ったのであります。
 羽奈、白に気付かれることなく色んな人に演技使って交渉するの相当大変だったんだよ? 
 白には流斗くんより、わたるんとの方がとか心にもないこと呟いたり。
 感謝しなさいよねー! 流斗くん。えっへん! 」
 羽奈は腰に手を当てながら天狗になる。
 流斗は驚愕する。
 白と立川をくっつけさせたのは羽奈の仕業だと知る流斗は最大のショックとダメージを受ける。
「んまあ、協力してくれたのは全員ってわけじゃないし、ほとんど高丘さんが面白く乗っかって上手く理くんをその気にさせたんだけど。」
 それは遡ること午前中、白達がアイスブレイクをしていたあの時間だった。
 高岳がさりげなく、誰にも気付かれないようにスマホを使って羽奈のLIMEに実行するぞ。というメッセージが届く。
 羽奈も誰にも気付かれないように彼と同じくメッセージをすぐに打ち、りょ。と返信する。
 まさかそんなやり取りがあったことも、それが実行されていることも白は未だに気付いていない。
 おそらく和輝もそこまでは気付いていないはずだ。
 羽奈はチラッと休憩所で和輝を見る。
 白と陽太の三人で何やら珍しく長話をしているようだ。
 陽太は何度も白と共演し仲良く話すのはともかく、和輝は確か白とは今日が初対面のはず。
 僅か午前中であそこまで親しく話せるものだろうか。羽奈は首を傾げる。
 白のコミュ力はスゴイ。数知れないくらい年齢幅広いくらい俳優、女優と仲良くなるのも早い。ムードメーカーと言っても良い。
 しかし今までと違い、あんな面白みないほとんど無表情や無言の淡白男、和輝と会話をするのは普通の人でも出来ないはず。
 午前中、羽奈は暇さえあればずっと白を見ていたが、和輝と話していた時間はそんなに長くなかった。
 おまけに白から聞いた話だと祈願に向かう移動中は送迎の車内で和輝の隣の席で暢気居眠りしていたという。
 今は正午。昼休みの間に彼とまた何か親しくなるような会話でもしていたのだろうか。
 もしかして、初対面に見えて実はそうじゃないのではないのでは。と羽奈は考える。
 けれど、流斗の興奮し苛立ち騒ぐ声で羽奈は現実に引き戻される。
「何がだよ! 全然良くねぇよ! 奪略愛大作戦って何だよ!? そっちの方が面白くもなんともねぇわ! 余計なお世話だぜ! 
 要するにお前と高丘さんらだけが勝手に楽しんでるだけじゃねぇか!」
 自分の頭を抱えるように、またヘアースタイルが変わるぐらい、ぐちゃぐちゃに手で掻き回しながら不満と文句を怒りながら羽奈に伝える。
 けれど、羽奈は微笑みながら彼の隣に近付いて言う。
「流斗ちゃーん。人生はそんなに甘くないし、思い通りには行かないもんなのよー。意外と現実は理不尽なのよ。」
「ちゃん呼び止めろ。スゲームカつくから。」
 見つめ合う二人を隣の喫煙ボックスから間近で見ていた瑠華からすれば苛立つ表情だ。
( おのれー! 星乃羽奈! 唐揚げにしてやる! )
 因みに彼女には二人の会話は一切聞こえてはいない。
 羽奈は流斗の横顔を見、からかいながらも話を続けていた。
「うかうかしてたり、ぼーっとしてたら白、いつの間にか誰かに取られちゃうし、結婚しちゃうかもよ? それに知ってた? 女は意外と気分コロコロ変わるもんなだぞ。フフーン。」
 鼻で笑い彼女は流斗の顔を見つめ質問する。
「いずれ白が誰かと隣でウェディングか和装か着て結婚式挙げるような展開になっても言いわけー? 平気なのー?」
 流斗は、眉間に皺を寄せ羽奈の話を聞き唇を噛む。
「ううっ! へ、平気じゃねぇけど……。」
 羽奈は自分のスマホに保存してある写真画像を指でスライドさせ、一枚ずつ色んな独身の男性らを流斗に見せながら更に動揺させる。
「わたるんじゃなくても、堤さんや浅倉さんとか、アイドルとかミュージシャンとか他の共演者やアナウンサーに芸人、声優もありえるのよ。この業界じゃ。一般業界より。」
「止めろ。見たくない。聞いたくない。」
 流斗は目を反らし両耳を塞ぐ。
 だが、羽奈の言うことは現実にあり得ることなのである。
「むしろ……そうなったら永遠の地獄うううっ! 」
 ずるずると腰を低くしながらプレッシャーに耐えられず落ち込みしゃがむ流斗の肩に軽く手を置き悪魔囁きのようにして羽奈はその気にさせる。
「そういう結末にしたくないならー、羽奈が考えた奪略愛大作戦をこれから実行しなさい。」
「ええええ……。嫌だよ。引き裂くのとか。嫌がらせとか邪魔するぐらいならあれだけど。」
「中学生か。」
 すると羽奈は自分のスマホ着信が鳴る。
 前もって休憩終わりのアラームセットしていた。それが鳴るということは次の仕事場へ移動する時間だ。
「んまあ、何をしてもどっち道ダメならダメで、白がわたるんと上手くいくか他の誰かとハピエンになるなら別に私はそれで構わないんだけど。」
 羽奈は無駄遣いにはなるが灰皿に煙草を潰し捨て、喫煙ボックスから出ながら鼻歌を呟いて流斗に別れを告げる。
「もう次の仕事に向かう時間だから私、行くわ。また連絡するからー! んじゃね! チャオ! 」
 流斗は、羽奈が風のように去って行くと、しゃがんだまま彼女からもらった封筒の中身を取り出して見る。
「こ、これは……! 」
 五枚入った写真には焦げ茶髪姿の白ではなく、地毛金髪姿の白が写っていた。
 一枚目から見ていき、二枚目は誰か分からない男と二人っきりで歩いている姿がある。
「誰だ!? 隣に居る男は! 」
 三枚目に入るとよく見たら自分の姿だった。
「あ。なんだ。俺か……。羽奈のヤツ。ちゃっかり俺の写真まで。」
 四枚目、五枚目は何処かの旅館だろうか。ドライヤーで髪を乾かす姿、地毛金髪姿で売店で堂々と試食したりする姿がバッチリ写っている。
 地毛金髪姿の白はレアものだ。
 すぐに封筒に戻し、頷く。
「よし。奪略はともかく、二人を引き裂いて別れさせよう。」
 流斗はそう決意し、羽奈に続いて煙草を潰して捨て、喫煙ボックスを出る。
 流斗は周りの目も気にせずに口元をニヤけていた。
 いつの間にか陽太が白を口説いていた時間は過ぎ去っていた。
 自販機で飲み物を買い終えた陽太は彼が戻って来るのを確認すると爽やかに笑いからかいながら声を掛けた。
「え、キモッ。何そのデレデレ顔。何か良いことあったの? 流斗くん。」
 和輝はタブレットで動画を見ていた。
 彼が自宅に設置してあるペット用監視カメラを通して飼っている愛犬、黒いトイ・プードルの様子を見ていた。
「スキップに鼻歌もしてるみたいだけど。」
 和輝はマスクをはめて表情が見えないようにしていた。
 愛犬に溺愛しデレデレ顔しているなど他の人にバレたくない。
 すぐに誰かが彼の背後や横を通ろうとすると電源を閉じた。
 その度に早く仕事を終わったら帰りたいとうずうずしていた。
 そんな和輝にも、陽太が奇妙な自販機を操作していたことすらも流斗は気付くこともなく、挙動不審な動きをする。
「べ、別に何もないですって。」
 羽奈からもらった封筒を自分のリュックに素早く仕舞わなければと思っていると白が背後から叫ぶように声を掛けて来た。
「流斗! 」
「うわっ! 驚かすなよ! バカ! 」
 振り向くと白の表情が珍しく涙目だった。
 ギクッ。と流斗は動揺する。
「なっ、何だよ? ど、どうした? 」
 自分が泣かせたわけではないが、周りの人からしたら流斗がそうさせたみたいではないか。
 素早くリュックに入れていた帽子を取り出し乱暴だが彼女の頭に被せ、手首を掴んで走り、また先程出入りした喫煙ボックスに二人で入った。
 ドアを閉めると白は涙をぽろぽろ流しながら泣き出した。
「どうしよう~! 流斗~! もう私の芸能界人生おしまいだよ! ついに堤さんに気付かれちゃったよ~! 浅倉さんにバレるのも時間の問題だし~っ。」
 流斗は白が泣いている姿を休憩所に居る人に見えないように出入口に背中を向けて立ち、深い溜め息を吐いた。
「状況が全く分かんねぇけど……。とりあえず、落ち着けって。あと涙を拭け。」
 ズボンのポケットからハンカチを取り出し、白に手渡した。
「ありがと。」
 受け取ると白はハンカチを目に優しくあてて拭く。 そして涙がある程度止まり気持ちが落ち着くと流斗の名前を呼び、被っていた帽子を取ると、目の前に居る彼に深々と頭を下げる。
「短い間だったけど、お世話になりました。これからも芸能活動頑張ってください。私は遠くから応援してますので……。引退しても、私のこと、忘れないでね。」
 突然何を言い出すんだこの女は。と思い流斗はガクッと肩を落とす。しかしすぐに白の早まった行動を止めて落ち着かせる。
「おい。ちょっと待てって。」
 流斗は頭を手でバリバリ掻きながら、彼女に掛けてあげる言葉を選ぶ。
 事の状況がさっぱり分からないが、おそらく白は何かヘマをして陽太にバレてその彼が一人で子供のように皆に騒いだりしていると推理する。
 陽太が騒ぐことで近くに居る和輝から疑うような視線のプレッシャーに耐えられなくなったんだろうと考えた。あくまでも憶測だが。
「白。よく思い出して考えてみ?
 お前は仕事をちゃんとしてるし働いて稼いでるじゃねぇか、遅刻もしてない。別に犯罪まがいのことをしているわけでもないだろ? 」
 座る席、ソファーがあることを確認すると彼は、しょげた顔をした彼女を誘導し座らせた。
「俺にはお前が泣き出した状況が全く分かんねぇけど、良い機会じゃねぇの? この後、堤さんには車の中とかでとかさ。マネージャーの翠さんにも言えばさあ。
 和輝さんだって、他の皆だって良い大人なんだから……髪の色が焦げ茶髪かと思いきや実は地毛金髪だったとか知ってもどうも思わねぇって。ハーフだってこと知ったって態度や接し方を変えたりしないって。
 俺的にはどう見ても笑い話な展開にしか見えねぇし。大丈夫だって。」
 自販機で当たりもらった飲み物のおしるこをコートのポケットから取り出し白に手渡す。
 元々彼女にあげるつもりだった。
 ポケットの中には暖かくなるカイロも入れていた。冷たくないはずだ。
「何しけた顔をしてんだよ。らしくねぇな。いつも朗らかに、時にコジラ並みにギャーギャーうるさく騒いでるじゃねぇか。」
 流斗なりに不器用だが白を慰める。
「ちょっと……。誰がコジラよ。私、怪獣じゃないわよ!? 
 せめてキモカワイイ蝶か蛾のモスリーにしてよ。」
 言い返す言葉や怒る表情が出てきた彼女の様子に安堵する。
 流斗は後ろを振り向くと一人の清掃員が二人が入っている喫煙ボックスを睨み付けるように見ていた。
 流斗は肩を震わせながらビビりつつも、タバコ箱を慌てて取り出し、一本加える。
 白にも一本渡して、ライターでタバコに火を付ける。
 羽奈の時は吸うフリだったが、清掃員に見られている以上、誤魔化せない。
 吸いたくないが演技力で気持ちよく吸う。
 早くどっかへ行けと思いながら、灰皿入れに吸うタバコから落ちる灰を落とした。
 彼が離れて行ったのを確認すると、咳き込みながら安堵した分、脱力感を感じた。
 灰皿入れの角にすぐにすりつぶし、白に話続ける。
「映画の撮影時にも違和感なく、堂々とカツラじゃなくて金髪の姿で歩けば良くね? 
 元ヤンアピールはなしで。話し方は焦げ茶髪姿の時と一緒で標準語。黙ってれば可愛いし、美人だし。」
 白はタバコを指でくるくる回しながらムカムカ苛立ちをみせる。
「さっから何なのよ。黙ってればってどういう意味? 」
 ソファーから立ち上がり流斗の胸倉を掴み強く揺らす。
 流斗は目を反らしながら、へっ。とバカにしたように笑う。
 白が流斗から離れ腕組みし、足踏みを数回している間、彼はマフラーを外しながら再び話し続けた。
「つか初耳なんだけど。お前、昔、堤さんと和輝さんに会ってたのか? プライベートで? 一体どういう関係? 」
 白は立ったままテーブルに顔だけ寝そべりながら彼に伝える。
「まあ、プライベートというか事故というか……。関係は……年の離れたお兄さん的な感じかな? あれ? 言ってなかったけ? 」
「聞いてねぇよ。」
 流斗は目を細め休憩所に居る陽太と和輝を睨み付ける。
「あは。ごめんなぱい。
 でも、小学生の時の話だし。流斗には関係ないことだと思ったし。」
 白は笑ってはいるが、申し訳ない顔で謝る。
「お前、意外とはっきり言うよな。」
 さっきまでしょげた顔して泣いていた白は何処へ行ったと思うぐらいだ。
 心配した自分がバカみたいじゃないか。と流斗は呆れため息を出す。
「それでやたらと堤さんと和輝さんに株を上げてたんだー。なるほどなあ。」
 棒読みに呟きながら流斗は心の底でははらわたが煮えくり返っていた。
( ということはつまり! あいつら二人は俺の知らない白を知ってるってことだよな! 何かムカつくぜ! )
 てっきり自分だけが白の秘密を知っていると思っていたのに、まさか他にも彼女と接点、関わりがある人物が居たとは。
 苛立ち飲み終わったグレープフルーツジュースのペットボトルに力を入れバキッと折り曲げた。
「しかし、堤さんにバレてあの人が一人騒いでるのはともかく、何で浅倉さんは気付いてないフリするんだろうな。」
 流斗が不思議に思い首を傾げる。
 白は重いため息を吐きながら呟く。
「それは色々まだ言えない事情があるのよ。
 本当は流斗達が来る前に打ち明けるつもりだったんだけど……頭痛がして言えずじまいで。途中からは忘れてたと言いますか。」
「浅倉さんの前に、お前のマネージャーの翠さんや事務所側に言うのが普通だろ。」
「あ、そうだよね。」
「バカだろ。お前。」
 流斗は呆れた顔でツッコむ。
「バカ!? 」
 白は驚いて彼を見る。
 さっきまで優しく慰めてくれた流斗は何処に行ったのか。
 気持ちを聞いてもらって嬉しかったのに。彼に相談したのがバカだったと感じた。
「それより次の仕事場に向かわなくていいのかよ? 確かウェディング雑誌の撮影だっただろ。」
「さっき翠さんから撮影が遅れてる。って連絡があって……まだこのビルに居ても構わないって言われたから大丈夫だよ。」
 流斗は顔に手を当てながらまたツッコんだ。
「翠さんと連絡取ったんなら、その時に大事な話があるから時間ください。とか言えよ。つーかそれくらい考えろよ。バカ。」
「またバカって言った! んもー! 」
 白は興奮しながら流斗に言い返す。
 いつもの調子に戻った彼女に彼は微笑む。
「お前には泣いている姿は似合わねぇよ。
 いつもみたく堂々としてればいいんじゃねぇの? 
 それでも何か言って来る連中が居たとしても……俺はいつだって白の味方だ。
 また何かあったらいくらでも話ぐらいは聞いてやるよ。」
 決まった。と流斗は勝ち誇る。
 今、絶対言いセリフを伝えられたはず。
 鈍い白でも流石に自分に惚れたに違いないと思った。
 しかし白には効果はなかった。
「結構です。」
 そう言って白は喫煙ボックスを出る。
「スゴーッ! っ……俺が一体どんな気持ちで今、必死にお前に良い励ましの言葉を伝えたと思ってっ。」
 流斗は釈然とせず慌てて白を追い掛ける。
 白は途中で立ち止まり、彼の方へ振り返る。
「流斗。ありがとう。」
 微笑みながら素直に気持ちを伝える彼女に流斗は目を反らす。
「お、おう。」
「駄目元で私、勇気出して頑張って堤さんや和輝さんに伝えてみるよ。」
 白が笑うと可愛いと思う反面、元気になって良かったと安堵する流斗。
 話が終わったら、すぐに二人の所に向かうかと思っていると彼女は手の平を合わせて頼む。
「それでさあ。お願い! 協力して! 」
「は? 」
 それは白が陽太と和輝に声を掛け、違う日にちに会えないかを交渉するという流れにしようという考えだった。
 そして二人と会う日に何故か流斗も同伴し落ち合う計画を打ち明ける。
「何で俺が……。」
 小言をブツブツ言いながら流斗は白の頼みを受け入れ付き合うことにした。
 羽奈からもらった封筒の中身に入った写真をもう一度確認すると、五枚あったはずが、四枚しかなかった。
「な、ない!? 」
 そんなバカな。さっき確認した時は確かに全部あったはず。
 まさか何処かで落としたのでは。と考えると、冷や汗が流れる。
「まずい、ヤバイ、まずい……っ! 俺としたことがあああ! 」
 独り言を言い、床を見たり、しゃがんだりし隅々まで探していると、背後から和輝が流斗に声を掛ける。
「流斗くん。」
 真剣に探していた彼は和輝の声に驚き、振り向くと、テーブルの下を見ていたことを忘れ、テーブルの裏で頭を強く打った。
「うお! んがッ! 痛ってて……。」
 頭を押さえ目眩を起こしながらフラフラと立ち上がる。
「大丈夫? 」
「へ、平気です。」
 和輝は真顔だが白い目で流斗を見ていた。気がした。
「これ。君のでしょ? 落ちてたよ。」
 写真は裏返しのまま渡される。
「あ、あざます。」
 流斗は和輝から受け取り礼を言うけれど、先程あった時の態度と明らかに違う。冷たい。
( 何か真顔だけど……浅倉さん、スゲー機嫌悪いような? それに、まるで俺のこと虫ケラみたいに見てねぇか? )
 この落とした写真を彼が分かった上で誰にも気付かれず、見られることなく拾い預かっていたということは、やはり白の秘密を知っている証拠だ。
 だが、何故自分を睨むんだ。
 わけが分からない。
「浅倉さん、俺、何かあなたに不愉快なことしましたか? 」
 試しに聞いてみようと、恐る恐るだが聞いてみた。
「悪いけど、しばらく僕に話し掛けないで。」
 流斗は和輝の冷たい目付きに身体が凍る。
 何故だか彼が般若のお面を被っているように見えた。怖い。
「え、ええええ……。」
 和輝を誘うのは白に任すとして、あのキザな爽やかなキラキラ王子男の陽太を誘うのは自分がしなければならない。
 ついでに羽奈のヤツも誘っとくか。と流斗は思い、気は進まないが陽太に声を掛けようと試みる。
 しかし、白を口説いていた時とは打って変わり、別人のように陽太はクールだった。
 買ったペットボトル式コーラを指で軽くつっつきそれを間近で見ているはずなのに何処か遠くを見つめているような気がした。
 すると、彼の空いているリュックの中から何かがピョコッと何かが顔を出した。
 その動物はハリネズミだった。
 ハリネズミは陽太の肩に乗り移り、心配そうに見つめる。
 陽太はチラッと肩に乗るハリネズミを見て不敵に微笑んだ。
「今日は千春の家で世話になりな。」
 ハリネズミに話し掛けながら優しく撫でた。
 すると陽太は流斗が近くで見ている気配に気付き、振り向いて爽やかに微笑んだ。
「何か用? 流斗くん。俺、男の君には全然興味ないんだけど。」
 流斗は陽太の発言にはカチン。と頭に来るが、冷静になり自分のスマホのスケジュールを確認しながら陽太に訊ねる。
「俺もあんたには一ミリも興味ないですけど。
 白が近々、何人かと待ち合わせして大事な話をしたいらしいみたいなので、あなたの空いているシフト日程教えていただけませんか? 」
「えー。白ちゃんは? 」
「白は浅倉さんと話し中です。」
「ちぇっ。白ちゃんが良かったのに。」
 陽太は拗ねながら空いている日時を流斗にLIME添付して送る。
「あんたな……っ。」
 陽太は流斗に興味なく、ハリネズミを肩から下ろしてテーブルに乗せて、おやつのさつまいもを食べさせ可愛がる。
 ハリネズミがおいしそうに食べるのを眺めながら陽太は流斗に話し掛ける。
「流斗くんって、白ちゃんの犬みたいだよね。」
 ハリネズミはさつまいもを食べながら流斗と目が合うと鼻でバカにするように笑う。
 そのハリネズミ見て流斗は可愛くないと思った。
 話の内容も人のことを犬って失礼な。
「誰が犬ですか。誰が。」
 すると流斗のリュックから気付かれないようにリスが飛び出す。彼の飼ってるペットだ。
 陽太の飼うハリネズミのおやつ入れに入っている果物の匂いを嗅ぎ付けて、頂こうとする。
「どう見ても、キャンキャン、ワンワン騒いでいる時点で犬だよね。
 暇さえあれば好きな飼い主見つけて守るように着いて回る。」
「違うって言ってるじゃないですか。俺の何処が犬だ。バカバカしい。」
 陽太と話、言い争っていると自分が飼ってるリスがリュックから出てテーブルに居るのが視界に入る。
 おそらく果物を狙っている。
 小声でこっちに来るようにコートのポケットに入っていたエサ入れの音を鳴らし釣ろうとする。
 しかし、リスはツンと可愛げなくそっぽを向く。
 いつも食べている食べ物より他の人の見たことない食べ物に目移りし興味津々なのだろう。
「こっちも可愛げねぇ。」
 するとハリネズミをほっぱらかして陽太は白と和輝に話し掛けていた。
「ねぇ。和輝さーん。」
 自分の飼ってるペットから目を離すなんて飼い主としておかしいだろうと思い、陽太に叫ぶ。
「おい! 」
 動物番組に出演するわけでもないのにペット達を連れて来てるなんて知られたら注意される。隠さないと。と慌てふためく。
 けれどわりと逆で女子の黄色声が聞こえる。
「わあ。可愛い~! 」
 旗から見ればただの小動物だが、芸能人のペットなら尚更好感度が高いのだろう。
 テーブルを取り囲んで見つめている。
 リスは毛繕いし、ハリネズミはご機嫌にクッ、クッ。やゴロゴロと鳴いている。
「天宮さんのペットですか? 」 
 一人目の女性が目をキラキラさせながら流斗に聞いて来る。
「リスはそうですけど。ハリネズミは違います。」
 流斗は注意されずに済み安堵する。
 二人目の女性は興奮しながら明るく話す。
「あ。このハリネズミ、確か陽太様のペットだよ。いつかの動物番組に出てたから! 」
 三人目は流斗に写真撮っても良いか聞いて来た。
「ど、どうぞ。」
 その現場を遠巻きに見ていた瑠華は流斗のペットのリスを間近でみたいと目を輝かせる。
「流斗様のペット!? 私も写真撮りたいっ! 」
 撮ったリスを待ち受けにしようと踏み出すが、邪魔だと言われてまた強く突き飛ばされる。
 ビタン。と強く俯せの体制になり床へ叩き付けられた。
「ぐぬぬぬ! あいつら! ソテーにしてやる~! 」
 身体を起こしペットを取り囲む女性達を睨んでいる瑠華に流斗は優しく声を掛ける。
「瑠華。」
 好きな人から声を掛けられると、一瞬で目がハートになる瑠華。
「はーい! 」
 服に付いたほこりを軽く祓い立ち上がる。
「ちょっとの間で良いんだ。この二匹のペットの面倒見ててくれる……かな? 」
「はーい! もちろんお安いご用でーす! 」
 流斗は瑠華の性格がイマイチ分からないと思い、目をぱちくりする。
「すぐに戻るから。」
 不安ではあったが、そう言い残して陽太を呼び戻しに向かった。
「流斗様が私に声を掛けてくれた。幸せ~! 」
 瑠華が独り言を呟き嬉しそうにしている中、テーブルに居たリスが彼女を見て呟く。
『あらあら。あのひと、完全に私の飼い主の義兄様にお熱ね。んまあ、当然だけど。ほほほほ! 』
 ハリネズミは流斗のリスに話し掛ける。
『みかんちゃん、こんにちは。今日も君の毛並み素敵だね。』
 キラキラした目でハリネズミは憧れのように流斗のリス、みかんを見つめる。
『こんにちは。ごはんくん。それにしても毎回会う度に私にそう言ってるわね。』
 ごはんはため息を吐きながら落ち込む。
『ああ。君がうらやましいよ。憧れだ。
 僕は一ヶ月に一度、お風呂に入らなきゃならないんだ。前のご主人の洗い方が酷かったから、おかげでお風呂は苦手だし大嫌いだよ。
 生まれ変わったら身体洗わなくてもいいリスとかハムスターやウサギになりたいなあ。
 そうしたらお風呂に毎回入らなくていいから。』
『あら。でも身だしなみぐらいはちゃんとしないと。』
『もちろん、当たり前さ。』
 すると、みかんとごはんの背後から二匹より大きな影が近付く。
 振り向くと自分達より背が高かった為、怯え叫んだ。
『『ぎょえええー! ◯撃の巨人だあああー!! 』』
 しかし、良く見るとフェレットだった。
『何だよ。失礼な。』
 フェレットは不愉快な顔をする。
『ホッ。良かった。一条さんのところのダイヤくんか。』
 ごはんは警戒し丸まってトゲになってじっとしていたが、知り合いの動物友達だと思うと安堵し、もとの姿に戻った。
『ダイヤくん、また家から脱走して来たの? 』
 みかんは瑠華が飼っているフェレット、ダイヤに気さくに話し掛ける。
『家にずっーと居てもつまんないからな。気が滅入るのさ。
 動物番組の出演時は、スタジオ、テレビに出られてめっちゃ嬉しいけど。 』
 ダイヤは目をキラッとさせ、番組に出演したことを思い出しながら浮き浮きする。
『分かるわー! その気持ち! 』
 みかんはダイヤと共感し合い喜ぶ。
『僕もだよ! 芸能界の人間、男性アイドル? とかみたいに黄色い声で可愛いって言われるの嬉しいよね! 触られるとより幸せだあ。』
 ごはんもそう呟いて三匹で盛り上がり話した。
 人間である飼い主同士は、まったく気が合ってはいないようだが、ペット動物達は仲良しだった。
 因みに人間には動物の会話は、まったく分からないのである。
 一方、白と和輝に話し掛けて来た陽太はというと。
 二人の顔を二度見しながら質問していた。
「もし十七年前の子……地毛金髪の白ちゃんだっけ? その子が目の前に現れたらどうする? 」
 白は顔を引きつらせる。マスクを着けている為、表情は見てはいないがプルプルと怯えていた。
「どうするも何も……どうもしないでしょ。」
 和輝は突然何を言い出すのだろうか。
 わけが分からないことを。と思い呆れつつも答える。
「ふーん。」
 陽太は和輝の様子を見ながら、口元をニヤリと何かを企む。まるで猫みたい笑う。
「じゃあさ。その子が、もし現れたら、俺がもらいますね。」
 そんな会話を地獄耳のように聞き耳を立てていた流斗は、ピキッと苛立ちが沸き上がり、普段の声より低い声で怒る。
「ああ?! 」
 和輝は真顔で冷静に陽太に伝える。
「どうぞ。勝手にすれば? 白ちゃんは僕の物じゃないし。彼女が決めることだし。」
 白はガーンと和輝の一言一言にショックを受けて身体全体が石化し、倒れそうになる。
 別に和輝と付き合うつもりもなければ、彼に恋愛感情も何もないけれど、目の前で言われると物凄く傷付く。
 いくら今の姿ではなく、もう一人の本当の姿、地毛金髪の姿の自分のことだったとしても、そんな言い方しなくてもいいではないか。と思う呆ける白に陽太は肩をさりげなく組む。
「やったー! 誰かさんの許可が出たよ。ね? 付き合おうよ。白ちゃん。」
 はっ。と意識を戻すと白は陽太の腕を強く振り払う。
「だから! 私は十七年前の白ちゃんじゃないと言ってますよね!? 何度も! それに私、今、理くんとデートの約束してるんですってば! 」
 流斗は、白と陽太の間に自分の腕を入れ二人の間の距離を引き裂き、白の前に護るよう立ちツッコんだ。
「おいいい! 堤さん、もらうってどういう意味ですか!? 」
 陽太は爽やかな笑みで流斗に言う。
「そのままの意味だけど。」
 流斗は興奮しながら怒る。
「そのままの意味ってどういうことだあああ!? コラッ! 」
 白は、流斗を落ち着かせようとするが、まったく聞かず「気が散る。話し掛けんな。」と言われてしまう。
 うるさく騒ぐ流斗と陽太に和輝は手の平でパチンと強く手を叩き静かにさせる。
 沈黙になると、和輝は感情的にならず冷静に話し出す。
「あのさ、陽太くん。僕は金髪の白ちゃんのことを言っただけで、今居る清水さんのことは何も言ってないんだけど。
 君、今さっきまで清水さんと付き合う為に今カノ全員フッてたよね? 本カノの川崎ちゃんまで。」
 陽太は首を傾げる。
「川崎ちゃん? 誰それ? 」
 和輝は身体がよろける。
 自分のカノジョの名前を忘れるか。普通。と思う。陽太の物忘れに神経疑う。
「君の本カノの川崎千春ちゃんでしょ。」
「ああ。千春は心よく理解してるから大丈夫だよ。」
 陽太は思い出し頷きながら爽やかな顔で余裕な発言をする。
「何なの? その自信。」
 和輝は陽太を見ながら、なんて悪い男なんだ。と感じ、少しだけムカッとする。
「おまけに清水さんと地毛金髪の白ちゃんを天秤にかけるつもりなの? そういうの止めた方が良いと思うよ。」
 冷静に話すつもりもがいつの間にか和輝も刺のある言い方になってしまう。
「果たして天秤かなあ? 」
 陽太はまたさりげなく白に腕を回す。
「気安く触らないでください。」
 白はパシッと軽く陽太の手を振り払い、和輝に耳打ちする。
「あのー……浅倉さん。私、堤さんと付き合うって一言も言ってませんよ? 金髪の白ちゃんだって、付き合うつもりないと思いますし。
 堤さんに、そんなガチまともに相手をしなくても。」
 しかし和輝は冷たい目で白を一瞬見て「清水さんは黙ってて。」と言い陽太を睨み付けた。
「しょぼん。」
 白は背筋を曲げ、しょげた。
 流斗は和輝の表情のない真顔で怒る姿と声の低さが怖く、口をつぐみ、二人から距離を取り、白に近付き小声で話す。
「何だよ。意外に金髪のお前、モテモテじゃねぇか。」
「何バカなこと言ってんのよ。そんなことあるわけないでしょ。十七年も前の話だよ? 堤さんはただ面白がってるだけだよ。」
 白は流斗からもらった飲み物、おしるこを飲み心落ち着かせようと開けて飲もうとする。
 それに話たり泣いたりしたら喉が渇いた。
 そんな彼女を見ながら流斗は、さっきまで陽太と和輝に秘密がバレるとビビッて泣いたり引退宣言みたいなことをしていた白は本当に何処へ。思う。
 たかがおしるこなのに子供みたいに何わくわくしながら飲もうとしているのか。
「浅倉さん、変なスイッチ入っちゃったよ~。」
 白はまだ一口も飲んでもいないというのに、熱々のおしるこの味を想像しながらニヤて犬のようにクンクン嗅ぐ。セリフと感情がバラバラだ。
「変なスイッチ入ってるのはお前だろ。」
 白は流斗のツッコミは無視して缶を開け目をキラキラ輝かせながら飲んだ。
「ぬるい! ぬるすぎる! 」
 白はショックを受ける。
「まあ、だいぶ時間たってるしな。」
「ムキー! 飲み物チンする! 」
 休憩所に設置された電子レンジで温め可能のマグカップにおしるこを注ぎ念の為にラップをかけて飲み物温めボタンを押す。
 温めが終わると、白は手に取り幸せそうな顔で流斗の隣に戻り飲む。
「おいひい。」
「暢気だな。お前は。」
 陽太と和輝が険悪な雰囲気だというのに。
 二人の喧嘩を止めようとは思わないのか。
「僕は別に清水さんのことも金髪の白ちゃんのこともどうでもいいけど、君が人としてどうなのか神経疑うんだけど。」
 和輝は目を細め陽太を睨む。
「君さ。付き合えるんなら誰でも良いわけ? 」
 陽太は穏やかに和輝と会話する。
「誰でも良いわけじゃないけどー。俺はー……思い通りにならない面白い子が一番好きかな? 」
 陽太はニコニコしながら悪気なく和輝に言い返す。
「そう言ってる割には、和輝さんだってコロコロ女性の好み変えて五人と付き合ってたじゃーん。」
 しかし、やはり陽太も何処か刺のある言い方だ。
「関係ないでしょ。過去のことは。今、僕は誰ともどうこうなるつもりも付き合うつもりもないし。」
 白はそんな二人の間にさりげなく入り明るく微笑みながら優しく注意する。
「まあ、まあ、まあ。二人とも落ち着いて~。喧嘩しないでください。」
 そして自分達が座っていた席に二人を誘導し、流斗が捨てる前に袋の中に残っていたナフキンをコソッともらい、もしかしたら何かの役に立つかもと念の為に持っていたそれをテーブルに何枚か広げ、それを小皿変りにして何かお菓子を乗せる。
「甘いものでも食べてリラックスしましょう。怒っても何にも良いことないですよー。」
 そんなことを呟く白に和輝は目を細めて訊ねる。
「何なの? これ。」
「かりんとうです。」
「それは見れば分かるよ。」
「私、これが一番お菓子の中で大好きなんですよ。」
 和輝はこれまでにない盛大なため息を吐いて顔をテーブルに俯せる。
 流斗は、かりんとうをつまみながら白に言う。
 確かWクドのポテトも頬張り食べていたのを彼は見ていた。
「さっきも散々いも食っただろ。」
「デザートはベツバラなの。」
「ケーキも食べてなかったか? お前。和輝さんからお裾分けしてもらってただろ。」
「そうだっけ? 」
 すっとぼける白に流斗は肘を付いてこいつの行動にいけないと思った。
「んまあ、とにかく皆で仲良しパーティーしましょう! 」
 明るくはしゃぐ白に和輝は顔を俯せたまま呟く。
「そうじゃなくてさ……。」
 一体何の真似なのか。どういうつもりか聞きたかった。
 朝からだが、彼女の突拍子もない行動にいつも振り回されている。
 和輝はそう言えば十七年前も経ったの三ヶ月だったが同じような行動をたまにしていたことを思い出した。
 自分の秘密を隠す気あるのかと疑問に思う和輝だった。
 流斗はペットの面倒を見てくれていた瑠華のところに行き引き取りながら呟く。
「バカだろ。」
 みかんは自分の肩に乗せて、ごはんは陽太に返した。
 すると陽太のスマホからある人物からLIMEトークが来た。
 彼は目が一瞬だけ曇る。
 今朝、エレベーターの中でしつこく電話を掛けて来た父親からだった。
 教えてもいないのに突然息子のLIMEアカウントをわざわざ検索してトークして来るとか気味が悪い。
 ごはんは陽太の肩から彼のスマホ画面を見ると文章は分からないが内容が連続で脅迫に近い文章が立て続けて送られて来るのが分かり、怯えて「キーッ! 」と一度だけ叫び、飼い主である陽太を心配する。
 陽太は、さりげなく安心させるように、ごはんを手の平に乗せて毛を撫でながらまた爽やかな笑顔のフリをする。
 そんな彼の笑顔の違和感さえ感じていない白は瑠華にも声を掛ける。
「一条さんも一緒に食べない? 」
 瑠華は何故か居るダイヤに驚き優しく掴み素早くトートバッグに隠しチラッと流斗を見、白に呟く。
「行ってあげてもいいですけど。」
 流斗は彼女の返答の言葉にビクッと震える。そして顔を引きつり、え、嫌だ。と思う。がそんなことは決して口にしない。
 和輝は何なんだこの流れ。と目を細める。
 いつの間にか険悪はなくなり賑やかな雰囲気だ。
 時間も午後一時を回ろうとしていた。
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